第30話 旅立ちの川下り(ラピシアレベルアップ)
清々しく晴れた朝。
俺とセリカとラピシアの3人は、荷物を背負って王都の中を流れる川へ来た。大河の支流となっている。
岸壁には川船が何隻も泊まって、積み荷を上げ下ろししていた。
そのうちの1隻に近寄った。
荷物より人を多く乗せている船。船体の半分は屋根に覆われている。
人が50人は乗れる、屋形船のような船だった。
船頭らしき男に【勇者の証】を見せながら話しかける。
「ドルアースへ行きたいんだが、この船は行くか?」
「おう、勇者さまかい。行くぜ。大人は小金貨3枚、子供は小金貨2枚。荷物は多いと1枚だな。勇者さまは荷物少ないから3人まとめて2枚でいいな」
「了解した。セリカ、払ってくれ」
「はい、ケイカさま」
セリカが中金貨を2枚、小金貨を2枚渡す。
「へぇ。これが中金貨か。さすが勇者さまだな。――おっと、食料は持ったかい?」
「いちおう3日分は持ってるが」
「丁度いい。ドルアースまでは3日かかるからな。それじゃ乗ってくれ」
「わかった」
俺は内心、ほっとする。
――祭りまでには充分、間に合いそうだな。
俺たちは屋形船に乗り込んだ。
細長く平べったい船。
客は20人ほどいた。思い思いの場所に座っている。
岸を振り返って言った。
「ラピシア、足元に気をつけろ」
「うん!」
ワンピースの裾をひらっと翻して船へ飛び乗る。細い素足が付け根まで見えた。
屋根の下へ入ってみる。
中は商人風の男や冒険者風の女が壁へ寄りかかるようにして座っていた。
その一番奥に、大きな背負い袋にもたれる少女がいた。
帽子をかぶって尖った猫耳を隠している。
「……ミーニャ。何してる」
声を掛けたとたん、黒い尻尾がぴんと立った。
帽子の下から、じっと伺うような視線で見てくる。
「家出」
「……はぁ。親父に怒られるぞ」
「一人旅するだけ。ケイカお兄ちゃんと会ったの……偶然」
「んなわけあるか! はぁ」
俺は溜息を吐いた。
許可が下りなかったので、勝手に家出したようだ。
この頑固さは親父譲りだな。
「家に帰れ、と言ったら素直に聞くか?」
「ん……一人で旅続ける」
俺は少しだけ考えた。
このまま追い返しても次の船で追いかけてきそうだ。
そうなると人口の多い港町で一人きり。さらに祭りで人が増加してるから俺を探し当てるのは難しい。
しかもこの国は獣人を蔑んだ目で見ている人がいる。そんな奴らに正体がばれたら、路地裏に連れ込まれていろいろとひどい目に合うかもしれない。
……1人にさせるのは危険すぎるな。
船頭の声が聞こえる。
「それじゃあ、そろそろ出発するぞー! ドルアース行き、乗りたい奴はいないか~?」
数名の船員たちが慌ただしく動いて縄を解き始める。
セリカがミーニャの隣に座った。
「帰ったらキンメリクさんに謝るのですよ」
「……謝るなら、連れて行ってくれる?」
くりっとした大きな黒い瞳でミーニャは俺を見上げてきた。瞬きすらせずにじっと見てくる。
俺は何度目かの溜息を吐く。
「いいだろう。でも危ないことはするんじゃないぞ」
「わかった。……――ケイカお兄ちゃん」
「ん?」
「好き」
膝立ちになって俺の腹に抱きついてきた。膨らみかけの胸が太ももに押し当てられる。
そこで初めてミーニャが細かく震えていることに気付いた。
――心細かったんだろう。
一緒に行けるかどうか、俺と出会えるかどうか、わからなかったのだから。
俺は呆れながら微笑んだ。
お腹に顔を埋めるように押し当ててくるミーニャの華奢な背中を優しく撫でる。
「もう無茶するんじゃないぞ」
「……うん」
こくっと素直にうなずいて、小さく鼻をすすり上げる。
泣きながらも、尻尾は嬉しそうに左右へ揺れ続けた。
俺は【勇者の証】を取り出して、ミーニャをパーティーに入れた。
そして桟橋にいる町の人に、酒場の親父へ手紙の配達を頼んだ。
ミーニャを保護したので連れていく、という内容。
きっと心配するだろうから。
それから船は岸を離れた。
水門をくぐり、大河へと合流する。
幅が数百メートルはある大河の真ん中、早い流れへ進んでいく。
俺は船べりにもたれて雄大な景色を眺めた。
ゆうゆうと流れる大河。
風に髪をあおられながら、キラキラ光る青い水面を眺めていた。
灰色の水鳥が風に乗って素早く飛び交っていた。
小川とはまた違った、川の姿。眺めるだけで気持ちが良かった。
――と。
にわかに船内が騒がしくなった。
男が叫ぶ。
「おい、この女の子、様子がおかしいぞ!」
「なんだ、この子。爆発するんじゃねぇのか!?」
声のほうを見れば、白いワンピースを着たラピシアが、船の真ん中あたりでうずくまっていた。青いツインテールが扇のように広がり、小さな体を丸めて震えている。
その細い体が白い光を発して点滅していた。
確かにその点滅の間隔は、今にも爆発しそうだった。
セリカがおろおろした声で叫ぶ。
「どうしたの!? しっかりして、ラピシアちゃんっ」
「ラピシア、どうした?」
俺は駆け寄り、薄い肩を抱いた。
そして《真理眼》でじっと見る。
異変は【職業:大地母神Lv1】にあった。
これが明滅している。
俺は詳細を見るように目を細めた。
すると。
『大地母神Lv2(レベルアップ条件・大地から離れる)【達成/未達成】』
達成と未達成を交互に繰り返すたびに体が点滅していた。
というか、ラピシアのLvアップは経験値じゃなく、条件達成方式なのか!
しかしなぜだ?
ここは船の上。川の上であり、大地ではない。
条件は達成しているはずだった。
俺はラピシアの様子を見た。
ラピシアはぶるぶると震えていた。
「こわい……コワイ……オカアサン いない」
――ああ、大地から物理的に離れるのではなく、心理的に母離れを達成するのが条件なのか。
俺はラピシアの頭や背中を優しく撫でて、さとした。
「ラピシア。よく聞くんだ」
「ケイカ……」
「なぜ今、大地から離れたら怖くなったか、わかるか?」
「……お母さん いない カラ?」
「違う。……ラピシアが川のことを何も知らないからだ」
「――ソウナノ?」
「逆に大地のことは何でも知ってる。だから地面の上や建物の上にいるときは安心できたんだ。じゃあ、どうすればいいかわかるか?」
ラピシアは首を強く振った。青いツインテールがさわさわと鳴る。
「わからない」
「相手のことを知ればいいんだ。川を知れば、怖くなくなる。もっと言うなら――川と友達になるんだ」
「かわと ともだち……」
「俺は川が大好きだ。できればラピシアにも好きになって欲しい。そのためには、怖がらず、目を開けて。相手をまっすぐに見るんだ」
「かわ……」
ラピシアの震えが収まった。
俺はラピシアの小さな体を抱えて船べりへ行く。
ラピシアが和服の袖や襟をギュッと掴んできた。
「離さないから大丈夫だ……ほら、青くて綺麗だろ?」
「キラキラ 光ってる……」
金色の瞳を丸く開いて、ラピシアは波打つ水面を見ていた。
水鳥がすいっと空を横切り、波間からパシャッと魚が飛ぶ。
「さかな!」
「そうだな。大地は生き物をはぐくむが、川だって同じように生き物を育てるんだ」
「かわ……」
ラピシアは俺から手を離し、船べりに身を乗り出した。スカートがめくれてパンツが見える。
俺は落とさないようにしっかりと、細い素足と腰を抱える。
ラピシアは上半身を完全に乗り出し、おそるおそる水面へと手を伸ばす。
そして触れる。
白く細い指先に青い水が絡む。水面に切るような線が走る。
俺は言った。
「山から生まれて海へと流れる水の束。それが川だ」
「かわ……きもちいい」
ラピシアが振り返ってにっこり笑った。
その瞬間、小さな体から強い白光を放った。
ぴこーんと音が鳴る。
『メンバー(ラピシア)がレベルアップしました』
『新しいスキルを修得しました』
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【ステータス】
名 前:ラピシア
性 別:女
年 齢:257
種 族:半神人
職 業:大地母神Lv2(レベルアップ条件・海を愛する)
クラス:治癒師 神術師
属 性:【豊穣】【輝土】【聖地】
【パラメーター】
筋 力: 5万(2万)(+0) 最大成長値∞
敏 捷: 3万(1万)(+0) 最大成長値∞
魔 力:12万(2万)(+0) 最大成長値∞
知 識: 5万(1万)(+0) 最大成長値∞
幸 運:999(0) (+0) 最大成長値∞
信者数: 0
【スキル】
地精結集:大地の力を集め、自分か他の神に与える。攻撃力×Lv値。
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次のレベルアップ条件は海か。怖がらずに海と親しくなればいいらしい。
海水浴だな。
港町に行くからちょうどよかった。
「それにしてもすごいスキル覚えたな。Lv上がったら脅威だぞ、これ」
「……うん」
「期待してるぞ。もう怖くないな?」
「うん……」
「ん? どうした? 元気ないぞ?」
ラピシアが幼い顔を桜色に染めてもぞもぞしていた。
川面へと身を乗り出したためにワンピースの裾がめくれてパンツが見えていたのだが、それを必死で直そうとしている。
「ケ ケイカ……おろして」
「ああ、いいぞ」
船の上に引き上げて立たせた。
しおらしく白いワンピースの裾やしわを小さな手で直す。
それが終わるとラピシアは胸の前で手をモジモジさせて言った。
「あ、あんまり 見られちゃうの やなのっ」
「え?」
「でも ケイカなら いいのっ」
かあっと耳まで真っ赤になると、手を左右に振る女の小走りでミーニャのほうへと駆けていった。青いツインテールを後ろになびかせて。
――……なんか、わんぱくな子供だったはずが、急に恥じらいをみせるようになった?
ひょっとしてレベルが上がると成長するのか?
でもこれ本来は親が育てるべきことな気もするが。
面倒なことを押し付けられたのかもしれない。
しかしどれぐらい成長するのか。
胸も?
豊穣の神は総じて胸がでかいからな。
……でも遮光器土偶みたいになったらどうしよう。
とりあえずラピシアの成長が楽しみになった。いろんな意味で。
もちろんどんな姿になろうとも、守ってやるのは変わりないが。
そんなことを考えていると、今度は俺が光った。
「お?」
『スキル【かばう】を覚えました』
『クラスに【勇者】が追加されました』
これにより、勇者のスキルツリーが解放された。
ツリーには勇者固有スキルだけではなく、他職との共通の技や魔法も含まれている。
神としての俺自身が強いからおそらく使わないが。
とにかくこれで勇者の奥義に一歩近づけた。よかったよかった。
船べりに座る俺の隣にセリカが並んだ。吹きぬける風に金髪がなびく。
「大丈夫でしたか、ケイカさま?」
「心配ない。うまくいった。ラピシアのレベルアップだった」
「そうでしたか。よかったです」
暴れる金髪をしなやかな手で押さえつつ、安堵の吐息を漏らして微笑んだ。
「そうだ。ドルアースに海水浴場はあるか?」
「かいす……なんでしょうか、それは?」
「ラピシアの次のレベルアップは海で泳ぐ必要があるんだ。どこか泳げるところはないか?」
「え……魔物だらけの海で泳ぐ人なんていないでしょう」
俺は思わず叫ぶ。
「なに! じゃあ水着もないのか!?」
「ミズギ? なんでしょう?」
セリカは不思議そうに長い睫毛で瞬きした。
俺は頭を抱え込む。
「そんなっ! 海といえば水着だろう……っ! ビキニは人類最高の発明――この国は間違っている!」
「……ケイカさま、なにかいやらしいことを考えられてますね?」
「何を言う……美しいものを愛でて何が悪い! ……くぅっ!」
「よくわかりませんが、頑張ってくださいませ、ケイカさま。きっと、ケイカさまならできますわ」
青い瞳に優しい光を浮かべて、セリカは微笑んだ。
俺は何か方法はないかと、うんうんうなって考え続けた。




