第29話 奴隷入手と準備完了
俺はあの村にお礼参りして「ケイカ祭り」の開催を誓わせた。
その次の日、ブーホースに乗って王都へ戻った。
さすがにラピシアのメジェド箱(俺命名)は置いてこさせた。かなり不機嫌になったがしかたない。
あんなエジプト神話のメジェドみたいな姿で傍にいられてはたまらないからな。
俺はオシリスじゃない。
村人は親父の店を知らなかったため、ベイリーを連れて来た。
宿屋に帰ると、ミーニャが尻尾をぴんっと立てて俺の胸へ飛びついてきた。
「おかえり……」
「ただいま。一日空いただけだぞ?」
「でも……寂しい」
細い腕を回してぎゅっと抱きついてくる。膨らみかけの胸が押し付けられた。
親父がカウンターに出てきて言った。
「おお、帰ったか、ケイカ。さっき奴隷商人の使いが来て、大変なことになってるからすぐに来てくれって言ってたぞ?」
「お。まじか。早いな。すぐに行ってくる」
「え……」
ミーニャの三角の猫耳が、しゅんと垂れた。
俺は彼女の黒髪をわしゃわしゃと撫でた。
「心配するな。すぐに帰ってくる」
「……わかった」
口では納得してくれたが、尻尾はゆらゆらと寂しそうに揺れていた。
俺は振り返って言う。
「ベイリーとラピシアは、荷台を引いて付いてきてくれ」
「わかりました」「わかった!」
「じゃあ、セリカ、行くぞ」
「はいっ」
王都の外壁沿いにあるスラム街。
そこに奴隷商人の店があった。二階建ての牢屋のような建物。
扉をノックすると小窓からスキンヘッドの奴隷商人が顔を覗かせた。
「ああ、勇者さま。すぐ開けます」
カチャッと扉が開いた。
ベイリーとラピシアを外に待たせて、俺は中へ入る。
「何があった?」
奴隷商人は困った様子でスキンヘッドを撫でながら言った。
「来てくれて助かります。奴隷たちが何人か様子がおかしくなりまして……」
「見せてみろ」
「こちらへ」
奥の部屋へ案内される。
奴隷たちが鎖で壁に繋がれた部屋。
5人が苦しそうに唸っていた。時々体を痙攣させる。
「今日になって急に苦しみ出しまして」
「……この5人は感染してるようだな。今のうちに処分しよう」
「え、処分……浄化、みたいなことはできませんか?」
「こうなったらもう終わりだな」
「大損です……特にこの中年女性は料理が得意で大金貨40枚は……」
そんな金はなかった。だからこそ策を駆使したんだ。
俺は目に神の威厳を込めて睨む。
「子供のふりをした魔物を奴隷として街に入れてしまったのは、お前の責任だぞ。本来なら厳罰じゃないのか?」
「わ、わかっております」
「じゃあ、運び出すぞ」
冷や汗を流す奴隷商人を尻目に、俺はセリカやベイリーやラピシアに手伝ってもらって感染者を外へ運び出した。
明るい日差しの降る往来。
停めた荷台に奴隷を乗せた。
それからドアの傍に立って見守る奴隷商人に言う。
「咎人の情報はなかったのか?」
「ああ、そうです。港町ドルアースで勇者ラザンを称える祭りが開かれます。そこで咎人の生贄が使われるとか」
「ほう。その祭りはいつだ?」
「今日から一週間後ですね」
「いい情報助かるな。ありがとう」
俺はにこやかな笑みで手を差し出した。
奴隷商人は、少し戸惑ってから手を出してきた。
握手をする。そして改変していたステータスを戻した。
俺は笑顔で奴隷商人に言う。
「それで情報料だが。奴隷の費用込みで小金貨じゃないほうの金貨10枚でどうだ?」
「ありがとうございます。少しでもお金がいただけるのであれば助かります」
「というわけだ――セリカ、『あの金貨』含めて10枚ほどやっとけ」
「はい」
セリカは袋から大金貨5枚(50万)と中金貨5枚(10万)を取り出して渡した。
金貨十枚には違いない。
奴隷商人が微妙な顔をしたが、うやうやしく頭を下げる。スキンヘッドの後頭部が日差しで光る。
「さすが、勇者さま。商売をわかってらっしゃる。これからもよろしくお願いします」
「また情報があったら、頼む」
俺たちは死にかけの奴隷たちを乗せた荷台を押して、急いで宿屋へと向かった。
宿屋へ戻る。
「空いてる部屋に運び込め」
「はいっ」「わかった」
二階に運び込んだ。
女2人に子供2人、男1人。
苦しむ奴隷たちに《解毒》と《快癒》を唱えた。
すぐに顔色が良くなる奴隷たち。
その中にはクラリッサおばさんもいた。
起き上がって礼を言う。
「ありがとうございました、勇者さま」
「セリカの知り合いなんだろう?」
「はい、――その、昔勤めておりました場所でよくお会いしました。セリカさま、またお会いできて光栄です」
「クラリッサさん……無事でよかったですわ」
セリカは心からの微笑みを浮かべた。
「さて。お前たちの今後だが。どこか行く当てはあるのか?」
子供2人は首を振った。男と女は不安そうにしている。
クラリッサが代表して言う。
「私たちを買われたのは勇者さまですから、勇者さまのお力になります」
「とはいえ冒険に連れて行くわけにはいかない。かといってこの店にいたら奴隷商人に見つかるかもしれない。しばらくはベイリーと一緒に村へ行って、俺の屋敷を作る手伝いでもしてくれ……ベイリー頼めるか?」
「もちろんです」
ベイリーがにこやかに答えると、クラリッサが言う。
「奴隷契約はどうなりましょう?」
「あー、魔法の刻印をして行動を制限してるんだったな。俺はどうでもいいが、奴隷を野放しにしたら村人が怖がるか……でも、勇者が奴隷を従えてもいいのか?」
セリカがほっそりした指を頬に当てて考える。
「あまり……聞きませんね。世界を救う勇者が奴隷を使うのは、いい印象を持たれないかもしれません」
まあ、そうなるか。
神になるため、名声を積み重ねていきたい俺としては非常に困る。
「それは困るな……よし、全員をクラリッサの奴隷として契約する」
「え、よいのですか?」
俺はセリカを見た。
「このクラリッサは信頼が置ける奴だろう?」
「もちろんです、ケイカさま」
「セリカがそう言うんだから間違いない。クラリッサが奴隷長になって指揮してくれ。その他もクラリッサに従うように」
「はい」「わかりました」
男と女が答える。
子供たちは、こくこくと頷いて同意した。
俺はクラリッサの奴隷契約を解除し、クラリッサが奴隷の主となるよう契約させた。
そのため、彼女の職業が【奴隷】から【宮廷料理長】に変更された。
終わるとベイリーが扉へ向かいつつ言う。
「じゃあ、日が暮れないうちに帰りましょう」
「ではセリカさま、またお会いしましょう」
「頑張ってください」
「頼んだぞ」
俺がクラリッサに言うと、太った体を揺らして頷いた。
クラリッサは奴隷4人を引き連れて部屋を出て行った。
部屋が静かになる。
あとには俺とセリカ、ミーニャとラピシアが残った。子供2人は無言でじゃんけんみたいな遊びをしていた。
俺は一つ頷いてから言った。
「さて。やっておくべき事は終わった。そろそろ旅立ちだな」
「どちらへ?」
「港町ドルアースだ。咎人救出へ向かう」
「咎人……」
セリカが大きな胸を手で押さえた。白いブラウスにしわが寄る。
自分の境遇を思い出して、心が痛んだのかもしれない。
「大丈夫だ。みんな救ってやる」
「お願いします、ケイカさま」
セリカは頭を下げた。金髪がさらりと流れた。
「それにしても大陸の南にある海沿いだから時間がかかりそうだな。祭りの始まる一週間後までに着かなくては。――馬車でも手配するか」
「ドルアースでしたら、船で下るのはどうでしょう?」
「ほう。川下りか。それはいいな」
俺は川の神なので、そういうのは好きだった。
するとミーニャが抱きついてきた。
「わたしも……行く」
「いやいや。親父が困るだろう」
「行く」
ぎゅっと抱き締めてきて放してくれない。細い腕なのに意外と力が強い。獣人だからかもしれない。
俺はセリカを見た。
セリカは困った顔をして首を振った。
ラピシアだけが飛び跳ねて喜んでいた。
「ミーニャ いっしょ! ずっと いっしょ!」
きらきらした笑顔。
はぁ。子供は気楽でいいな。
俺はミーニャの頭を撫でた。つややかな黒髪。頭の上の尖った耳に触れるとピッピッと動く。
「親父の許可を得ること。それが条件だ」
「わかった……説得する」
「じゃあご飯食べようか」
「うん……」
ミーニャが無表情な顔のまま離れた。けれど黒い尻尾が名残惜しそうに、俺の足に絡んできた。
しなやかな毛並みがくすぐったかった。
その夜。
俺とセリカとラピシアは一つのベッドで抱き合うようにして寝ていた。
暑いのだが二人がしがみついてくるので仕方がなかった。
ワンピースがめくれるのも気にせずラピシアは抱きつく。子供らしいきめの細かい素肌と高い体温。
一方セリカは、押し付けてくる大きな胸が柔らかく潰れて、彼女の呼吸と鼓動をじかに伝えてきた。
二人は安心しきった様子で、すやすやと寝息を立てている。あどけない寝顔。
逆に俺は深夜過ぎているというのに、なかなか眠れなかった。
なぜなら一階の酒場から言い争う声が聞こえていたから。
親父の声だけだった。ミーニャはあの無言で、頑なに拒否しているのだろう。
まあ常識的に考えて、まだ13歳の子供が勇者と一緒に冒険するなんて、親父が許可するはずがない。
ラピシアは見た目10歳程度だが、神だから別格。強いから心配いらない。
しかしラピシアは強いが、全然成長しないな。
セリカはLvが上がったというのに。
Lvがあるのにどうしたらいいのかわからない。
魔物を倒す経験値では上がらないのだろうか?
そんなことを漠然と考えていたら、いつしか寝た。
ようやく情報収集というか、俺TUEEEなのに主人公が全然活躍できないフラストレーションの溜まる設定を排除できました。
次からは冒険に出ます。
それから誤字脱字の指摘を受けたので全体的に細かい修正や変更をします。