第1話 どう見ても異世界
緑の木々が鬱蒼と生い茂る森の中。
俺は意識を取り戻し、目を開けた。
見た事もない木が生え、花が咲き、虫や動物がいた。
「やっちまった……」
俺は起き上がると、和服の懐に手を入れて歩き出した。
森の柔らかい腐葉土を下駄で踏む感触が心地よい。
まあいい、呪文を唱えなおしてさっさと帰ればいいんだ。
そのためには清らかな水が必要だった。ひょうたんの水は使い切ってしまっている。
「陰気な森だな。泉か小川があればいいんだがな――《千里眼》」
俺の目が光る。遠くまで見渡せる。
――が、森が深すぎていまいちわからない。驚くほど広大な森だった。
「仕方ないな。どこか話を聞けそうな奴は、っと」
千里眼のままでキョロキョロと見渡す。
すると、1本の巨大な木を見つけた。他の木々よりも2倍ほど高く、胴回りは大人10人が手を広げても届かないほどに太い。
日本なら確実に御神体になってるレベル。おそらくすでに意志を宿しているだろう。この森の主と見た。
「よし。あいつに尋ねるか」
俺は森の下草を踏みしめて歩いていった。
大木の傍まで来る。高さよりも横に太い。堂々とした構え。
上から下まで見てじっくりと見定めて、信頼できる奴かどうか判断する。
よこしまなオーラを感じない。いい奴そうだった。
「なあ、ちょっとすまないが、この近くに小川か泉はないか? 魔法の触媒に使えそうな清らかなやつ」
すると、大木は向かって右側の枝をざわざわと揺らした。そっちにあるらしい。
「ありがとよ」
片手を上げて礼を言うと、教えられたほうに向かって歩き出した。
しばらく木漏れ日を感じながら森を歩いた。
人の手がほとんど入っていない原生林で、苔むした木や岩が多い。
下駄の跡が点々と地面に残った。
そして、俺は森の中にある広場のような場所へやって来た。
体育館ほどの広さがあり、木々が生えていなかった。
暖かな太陽が真上から降り注ぐ。どうやら昼らしい。
芝生のような緑に覆われている。広場の端には清浄な水を貯めた小さな泉。
「ん?」
俺は足を止めて、首を傾げた。
泉の傍に巨大な岩があったが、そこに鎖につながれた女がいた。
腰までの長い金髪に青い瞳。大きな胸にくびれた腰。大人のような色気を持つが、どこか少女らしい青さを感じさせる。十代後半の気の強そうな女だった。
スタイルはいいがたぶん処女だな、と俺は思った。
しかし格好が珍しい。
ゲームやマンガでしか見たことのないような(神だって暇つぶしに遊ぶ)赤いスカートに白い上着。銀の胸当てをして、細身の剣を腰に下げている。
いわゆるファンタジーに出てくる女騎士とでもいうような存在。
首輪をはめられて岩に鎖で繋がれた女は憔悴しきった様子で座り込み、ぐったりとうなだれている。
清らかな白い頬に金髪がかかるその姿は、儚げなほどに美しかった。
――ま、俺には関係ない。
知らない世界だ。へたに関わると面倒なことになる。この女の抱える問題が面倒なのではなく、この世界の神の機嫌を損ねることが問題なのだ。
この世界にも神はいるはずで、女の様子はどうみても儀式か何か。よく見れば女の周りには酒瓶や果物まで供えられている。
この世界の神に自分への供物を横取りしたと思われたら弁解の余地がない。
殺されても文句言えない。
……それにもう、人を救うのにも疲れたしな。
当分、高天原に引きこもって寝て過ごしたい。
俺はジャリジャリと下駄を鳴らして広場を横切った。
そして泉の縁石に足を乗せた。和服のすそが割れてふくらはぎが露わになる。
それから腰に下げたひょうたんを手に持った。水を汲むため。
鏡のような水面に黒髪黒目の顔が映った。それなりに整っている俺の顔。
すると。
女騎士がはっと顔を上げた。美しい金髪がはねて整った顔立ちが露わになる。
「あ、あなた! 旅のものですか!? わたくしを助けなさい! 今すぐに!」
俺の眉間にしわが寄る。
――それが神に対してお願いをする態度か……――え?
「ちょっと待て! お前、俺の姿が見えるのか!?」
「何を言っているのです! 見えてるではありませんか! ――もう時間がありません! 早くわたくしを助けなさいませ!」
女騎士は身をよじって必死で訴えてきた。首の鎖がシャランと鳴った。
よほど焦っているようで、丁寧なのか威圧的なのかよく分からない口調になっていた。
俺はとっさに考える。
神の姿が見えるのなら、そういうふうな世界に作ったんだろうな。
この世界の神はよほど自己顕示欲の強いやつらしい。
そんな奴の供物を取ったら――。
俺の態度は決まっていた。
「いやだね」
「な、なぜですか――っ!」
「どこの世界でも鎖につながれる奴は、悪いことをした奴か、繋がれるだけの理由がある奴だ。そんなのを事情も分からずに野放しにはできないな」
「――うっ!」
女騎士は悔しそうに赤い唇を噛んだ。みるみるうちに端整な顔を歪めて泣きそうになる。華奢な体が細かく震え始めた。
少しだけ同情する。
ていうか、うなだれているため細くて白いうなじが見えている。色っぽい。
思わず軽口を叩いてしまう。
「あれか、畑泥棒でもしたのか? お前、食い意地張ってそうだもんな」
「そんなことしません! ――わたくしは、わたくしは……」
女騎士は言いよどむ。
その言葉すら言いたくないといった様子で。認めたくないらしい。
けれど女騎士は顔を上げると青い瞳で俺をまっすぐに見た。
「……わたくしは、何も悪いことはしておりません。ただ『咎人』として生まれてしまったのです」
「とがびと?」
「はい、生まれながらにして悪い存在と言われています。この世界の大半が魔王の手に落ち、世界を救うべき真の勇者が生まれてこないのも、すべて罪深き『咎人』が生まれてきたせいなのだ――と言われています」
「ふぅん」
俺は首を傾げた。
この女、気は強そうだが、悪い奴には見えなかった。
むしろ、清く正しい奴に見える。
俺は目を細めて、じっくりと女の内部へと目を向けた。
物事のすべてを見通す目。
――《真理眼》。
俺の目の前に女騎士のステータスが浮かび上がる。
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【ステータス】
名 前:セリカ・レム・エーデルシュタイン
性 別:女
年 齢:17歳
種 族:人間
職 業:咎人 (=====)
クラス:騎士Lv5 =====Lv17
属 性:【光】
【パラメーター】
筋 力:10(1) 最大成長値25
敏 捷:17(3) 最大成長値30
魔 力:19(4) 最大成長値75
知 識:12(2) 最大成長値50
幸 運:02(0) 最大成長値03
生命力:135
精神力:155
攻撃力:107(37+70)
防御力:089(44+40+5)
魔攻力:165(50+50+50+15)
魔防力:158(43+50+50+15)
【装 備】
武 器:秘匿銀の細剣攻+70 魔+50
防 具:秘匿銀の胸当て(ミスリルハーフプレート)防+40 魔+50
祝福の絹服防+5 魔+15
装身具:継承の指輪 思い出のペンダント
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あんまり育ってないので、スキルツリーは省いた。
なんで他人の能力がゲームのように数値化されて見れるのか?
理由――だって神だから。
昔はもっと違う感じで見えていたのだが、いろいろゲームをプレイしていた時に、こっちのほうがわかりやすい! と気付いて真理眼を修正したのだ。
まあ、それにしても。
能力にいろいろ突っ込みどころはあるとして(例えば筋力の数字の横(1)はLvが上がった時の成長値。こいつ1しか上がらない上に最大25と、明らかに騎士じゃなく魔法使いのほうが向いてる、とか)
とりあえず俺は属性に注目した。
光属性。
意味が分からず腕組みをして考えながら呟く。
「どこが生まれながらの悪なんだ? 珍しい光属性じゃないか」
この世界はどうか分からないが、日本で言えば1万人から10万に1人しかいない、稀少な存在だった。
こんな経験はないだろうか。
町内会議などでケンカになりかけたが、近所の明るいおばちゃんがやってきたとたん、会議室内の雰囲気まで明るくなって、ケンカがうやむやになったり。
学校でとても嫌なことがあってイライラしてたけど、とある明るい店員さんの顔を見るだけでなぜか癒されたり。
めったにいないから経験してないかもしれないが、いるだけで周りを明るくする人。そういう存在が光属性だった。
そしてこの女騎士も光属性。
世界に害をなす罪人とは、とてもじゃないが思えなかった。
女騎士はうなだれたまま首を振る。金髪が力なく揺れる。
「そんな……わたくしが光だなんて、ありえませんわ……。生まれてからずっと不幸で」
「ああ、うん。不幸そうだものな」
幸運が2しかないからな、とはさすがに言えなかったが。
女騎士は長い長い溜息を吐いた。もうすべての希望を吐き出してしまうかのような疲れた溜息だった。
「やはり咎人として生まれてしまったわたくしが悪かったのでしょう。――旅の方。お願いを一つだけ聞いてはいただけませんでしょうか?」
「聞くだけは聞いてやるぞ」
すべての神は願いは聞く。しかし叶えてやるかどうかは神の御心のままだ。
しかし女騎士の願いは予想の斜め上だった。
「わたくしを――殺してください」
「えっ!」
俺は、突然の願いに返す言葉を失った。
後日、ケイカの容姿追加。文章微修正。