第264話 侯爵ご満悦!(侯爵領問題その3)
数日後。
さんさんと日差しが降り注ぐ、午後のけだるい街並み。
俺はダフネス王国の首都クロエにある王城へ来ていた。
幅の広い廊下を歩く。
隣には王女エトワールが従っている。
彼女は丈の短いドレスの裾を翻しつつ長い足で優雅に歩む。
「ケイカさまも急ですわ。うまくいくでしょうか……最低限の根回しはいたしましたが」
エトワールには事情を話してすでに動いてもらっていた。
「いかせるのさ」
「肝心の侯爵さまは来られなくてもよろしかったのでしょうか?」
「彼はあとでくるそうだ」
侯爵的には何か考えがあるらしい。
俺たちは石造りの荘厳な廊下を歩いて王様の待つ謁見の間へと向かった。
王城の二階にある謁見の間。
太い柱が立ち並び、入り口からダフネス国王の座る壇上の玉座まで、赤い絨毯が敷かれている。
俺とエトワールは段のすぐ下で軽く一礼をした。
王様は血色のよい顔で朗らかに笑いかけてきた。
「おお、勇者ケイカと愛娘エトワール、遠いところをよくぞ来た! ――して、今日は何用じゃ?」
玉座から身を乗り出して言った。
どうやら魔王という一番の心配ごとがなくなって、身も心も元気になったようだ。
エトワールが優雅な仕草で微笑みかける。
「とても機嫌がよろしいようで、アタクシもうれしいですわ。お父様」
「魔王だけでなく、悪さをたくらむ貴族たちもみな消えたのでな。これもすべてケイカのおかげじゃ」
俺はうなづきつつ、慎重に話を切り出す。
「ところで王様。今日は頼みがあって参りました」
「ほう。ケイカの頼みとな。よかろう。なんでも言うがよい」
「ある人物に独立した領地を与えてあげてほしいのです」
「ほう? ケイカにではなく、別の者とな?」
エトワールがあとを引き継ぐ。
「ええ、とっても確かな人物です。魔王の手からこの国を守った者です。お父様も見られていたはずですわ」
「む? ケイカ以外に、じゃと? いったい何者――」
王様の言葉の途中で、謁見の間が突然暗くなった。
――闇の魔法ダークネスか。
薄暗がりの中、広間に雷光が走る。
「な、なんだ!?」「どうした!?」「敵襲か!?」
居並ぶ兵士や官僚たちが驚き戸惑った。
そこにアホみたいな高笑いが響きわたる。
「ふはははは! 騒ぐな雑兵ども!」
「な、なに!?」「誰だ!」「姿を見せろ!」
カッ! と地上から天井に向けてスポットライトが当たった。
こうもりのように天井から逆さにぶら下がる黒マントの男が浮かび上がる!
ギラッと目を赤く光らせて居並ぶ人々を威圧した。
「初めましてだな人間の王よ! 我輩こそが死をつかさどる地獄の支配者、地獄侯爵ことデスペラードだ! おびえるがよい! おそれおののくがよい! ふははははっ!」
高笑いの中、兵士たちの焦り声が広間に反響する。
「あ、あんなところに!」「いったい、いつの間に!」「ていうか、この光は誰が用意した!?」
王様も、ぽかーんと口を開けて天井を見上げていた。
「じ、地獄の支配者、じゃと……?」
突然のことに、エトワールは両手で頬を挟んで「まあ、どうしましょう!」とおろおろ戸惑っていた。
俺は額に手を当てつつ、呆れながら言うしかなかった。
「……ええ、王様。彼が魔物でありながら魔王に敵対し、ケイカ村を守った吸血鬼です」
「おお! あの映像で見た男か! 人ではないと思うておったが……そうか、魔物か」
「悪い奴ではないのです。神格も持っています――もう気は済んだだろ。降りてこい」
侯爵は天井を蹴ると、バサァッとマントを翻して俺のそばに降り立った。
鋭い犬歯を見せて、にんまりと笑っている。
楽しくて仕方がないらしい。
「ふふん、これだ! これこそ我輩が求めていた反応だ! うむ、気持ちがいいぞ!」
腰に手を当て、胸を反らしてふんぞりかえる。
「あのなぁ、侯爵。一応今日は交渉に来ているんだぞ。驚かせればいいってものじゃない」
「何事も最初が肝心! 我輩が御しやすい男だと勘違いされては困るからな!」
「あー、はいはい。侯爵は侯爵だよ……というわけで、王様。この侯爵に独立した領地を与えてもらえませんか? 正確にはダフネス王国の大河の東側。湿地帯のあたりを」
今度は王様が目を見開く番だった。
「な、なんじゃと! あの湿地帯を与えるとな! いやはや、水路が近くて耕作に適した土地じゃ。いくらケイカの頼みでも……」
侯爵が目を細めてにらむ。
「ふん、与えるだと? 欲しいものはこの手で奪うまでだ! 我輩に従う一万の魔物たちも黙ってはいまい!」
「お前、ちょっと黙れ――王様、彼の言葉は無視してください」
俺の言葉にエトワールもあわてつつも言葉を添える。
「ええ、お父様。かのかたは冗談がお好きでしてよ」
まだ何かしゃべろうとする侯爵の口を押さえつつ、俺は言った。
「これはダフネス王国にとっても悪い話ではありません。すべての女性、ひいてはこの国の未来に繁栄を与えることになります」
王様がいぶかしそうに眉を寄せた。
「さすがにそれは言いすぎではないか、ケイカよ。話によれば、侯爵は魔物も従えると聞く。魔物を保護しては逆に未来が閉ざされるであろう」
「それは彼の力を知らないからです、王様」
「なんじゃと?」
ここぞとばかりに俺は声を朗々と響かせる。
「この世界では母が子を産むのにとてつもない危険が伴うと聞きます。5人に1人は出産で亡くなるとか。それを限りなくゼロに近づけられます」
「な、なに!? そんなことができるというのか! ……先ほどのような怪しげな術でごまかしはされぬぞ?」
「大丈夫です、王様。まずは妊婦をケイカ村の病院で看護しましょう。その結果を見てから考えてもよいかと」
「むう……子は宝。未来のいしずえ……。それに娘を失いたいと思う親はおるまい」
王様はエトワールを見ながら言った。
このときばかりは、我が子を慈しむ父の声だった。
エトワールは胸に手を当てつつ応える。
「ええ、少しでも長く、愛しい家族と一緒に過ごしたいものですから」
侯爵が我が意を得たりとばかりに高らかに笑う。
「そう、それだ! 死を覚悟した者の死ほどつまらんものはない! 家庭の暖かみを知り尽くし、子や孫に囲まれながらまだまだ生きたいと思う中で死ぬ! それこそもっとも落差のある絶望的な死! 我輩を喜ばせるものだ! ふははははっ!」
王様が顔をひきつらせながら言う。
「だ、大丈夫なのか、ケイカよ……」
「平常運転です。彼の協力を得られたら大丈夫ですよ……たぶん」
断言はできなくて思わず目をそらした。
王様は長い髭を引っ張りながらも、侯爵式の安全な出産方法を実施することを許可してくれた。
◇ ◇ ◇
侯爵式出産方法の調査が許可されてから数日後。
ケイカ村に10人の妊婦が馬車に揺られてやってきた。
何枚もの毛布を敷いて、極力振動を与えないようには指示しておいた。
俺たちは病院の玄関で出迎えた。
侯爵とその部下、そして院長の修道女ファルがいる。
「よくきてくれた。俺が勇者ケイカ。こっちが院長のファル、そして侯爵とその部下だ」
「みなさん、長旅お疲れさまです。元気そうでなによりです」
修道服のベールを揺らしてファルが微笑んだ。
侯爵の部下は人もいるが獣人と魔物もいる。
妊婦たちは不安げな顔をしながら俺に礼を述べた。
「勇者さま、安全に子供が産めるそうで」「本当にありがとうございます」「すべてケイカさまのおかげです……」
「うむ。全力で母子ともに助けてやるから安心しろ。そしてこの獣人や魔物たちも良い奴らだからそれも安心してくれ。何かあっても、魔王を倒したこの俺が守ってやるから」
「は、はい……」「ケイカさまがそう言われるなら……」「覚悟しています」
俺の言葉も彼女たちの不安に対しては焼け石に水。
――いや、俺がいるからまだ今回の試みに参加してくれたのか。
魔物には徐々に慣れていってもらうしかないな。
もう一度、全員を励ましておく。
「もちろん、出産の最後はお前たち自身の頑張りにかかっている。気を抜くなよ」
「「「はい!」」」
侯爵が腕組みをしながら残忍な笑みを浮かべる。
「ふはは! 我輩の手に掛かれば必ず無事だ。棺桶に入ったつもりで安心するがよい!」
せっかく安堵しかけた妊婦たちが、ひぃっと悲鳴を上げて互いに身を寄せ合う。
おびえている。
俺はあきれて肩をすくめた。
「その例えじゃよけいに怖がるだろ……」
「む? 棺桶の中ほど心落ち着く場所はないぞ?」
「……もういい、それよりまずはなにをするんだ?」
「ふむ。健康状態の検査だな。母子ともに健康かどうか調べて、今後の対策を立てる」
「なるほど」
侯爵は傍に控える十名ほどの部下たちに指示を出す。
「お前たち、妊婦たちを検査しろ」
「「「はっ!」」」
一斉に答える人外の部下たち。人も魔物も女性が多かった。
ファルがのんびりした声でいう。
「では、みなさん、まずは病室に荷物を置いて、それから検査してもらいましょう」
彼女の案内で妊婦たちは病院へと入っていった。
後に残るは俺と侯爵。
風が病院前の道を吹き抜けて、俺たちの服をはためかせていった。
「うまくいきそうだな、侯爵」
「くくくっ……。我輩が協力するのだから、当然のことだ! ただ、死なないことを単純に喜ぶとはな。これが地獄の第一歩とも気づかずに。人間どもの絶望する顔が目に浮かぶようだ」
悪い笑みを浮かべた顔を片手で隠すように覆って笑っていた。
俺は彼の言葉の含みに気付いたので、釘を刺しておく。
「まあな。死亡率が下がるということは、人口が爆発的に増えて食料が足りなくなるということだ。飢饉でもきたら大変なことになる」
むぅっ、と侯爵は口をとがらせる。
「ふんっ。さすがはケイカだな。そこまで先を読んでおるとは。つまらん」
「お前のためだ、侯爵。ひいては人と魔物の融和のためになる」
侯爵は器用に片方の眉を上げると、驚きの視線で俺を見る。
「ほう~? 我輩たちのため、とな?」
「今後食料がますます重要になるから、王国東の湿地帯を治める侯爵の重要性が高まる。人との交流も増えるから、次第に悪感情も薄れていくだろう」
「ふむ。我輩にとっても人間を欺くには格好の隠れ蓑になる!」
「それには湿地帯を一日も早く畑にしないとな」
「それはすでに着手しておる。我輩に抜かりはないわ! ふははっ!」
「さすが侯爵だな。今年中には取引が活発になりそうだ。――あ、そうなると輸出に対する税金などはどうする?」
「いらん。安い食料を大量に供給して爆発的に人口を増やしてくれるわ! 我輩の地獄に引き吊り込むためにな、ふははははっ!」
最高にあくどい笑顔で大笑した。
「まあ、侯爵がその気なら問題ないか」
俺は肩をすくめた。
地獄という名の天国が地上に広がっていきそうだった。
――もちろん、俺の名前も一緒に。
出産に怖れを抱く夫婦たちは確実に俺の信者となる!
その上、侯爵領を公式に認めさせたとあれば、侯爵を慕う部下たちが俺の信者になる可能性も高い。
侯爵のためだと言ったが、実際は俺のためでもある。
一石二鳥。転んでもただでは起きない。
ただこのままだと侯爵の名声が上がりすぎる可能性がある。
侯爵に負けないよう、今以上に勇者ケイカの名を広めないとな。
晴れた日差しの中、侯爵の高笑いを聞きながらそう考えた。
次話は明日更新。




