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第263話 めでたいひらめき(侯爵領問題その2)

 昼の日差しが山頂に雪を残す山々に照り帰る。

 山脈に囲まれた高原にある小さな国、エーデルシュタイン。


 俺は王都シェーンブラウにある湖上の城にやってきた。

 城の中、広い廊下を歩きつつ一人ごちる。

「確か今日は使節団と昼食を取るはずだったな」


 歩きながら千里眼で広間や食堂を見ていく。

 しかし長いテーブルに座る使節団はいたが、対応しているのは大臣。

 セリカの姿は見当たらなかった。



「ん? 何か別の仕事か? ――なあ、セリカはどうした?」

 ちょうど通りかかった女官に尋ねる。


「これはこれはケイカさま。王女さまは気分が悪いとおっしゃられて、今は部屋で横になられております」

「そうか。最近働きすぎだったものな。ありがとう」

「いえ、お気になさらず」


 礼を言って俺はその場を離れた。

 階段を上って城の最上階にあるセリカの部屋へと行く。



「入るぞ」

 返事を待たずに扉を開けた。


 落ち着いた調度品に囲まれた部屋。

 質素だがどこか優雅な雰囲気がある。


 セリカは柔らかいソファーで横になって休んでいた。

 俺に気づいて上体を起こそうとするが、こめかみを押さえてふらついた。



 俺は急いで隣に座ると、華奢な肩を優しく抱きしめる。

「無理するな。少し働きすぎたんだろう」


「申し訳ありません、ケイカさま。少しめまいがしまして……」

 セリカの頬に金髪がかかる。端正な顔が少し青ざめていた。


 秀でた額に手を当てつつ言った。

「困ったときは俺を呼べ。セリカは大切な妻なんだから――《快癒》」

 手のひらが光って、セリカが優しい光に包まれる。

 一瞬で彼女の顔に血の気が戻った。



 セリカはうれしそうに緩めた。柔らかくほほえむ。

「ありがとうございます、ケイカさま」

「気にするな――まあ、ちょうどよかった」

「なんでしょう?」


「少し困ったことになってな。セリカの意見が聞きたい」

「はい、わたくしにできることでしたら」


「それでな――」

 俺は侯爵領の問題を話した。このままでは侯爵を討伐することになるかもしれないと。



 話し終えると、セリカは両手で口を覆った。

「侯爵さまを……! 立派なお方ですわ。どうしましょう!?」


「俺も困ってる。エーデルシュタインの領地を侯爵に分け与えることは可能か?」


 セリカは頬に手を当てて首を傾げた。

 考えつつ慎重に口を開く。

「難しいですわ……今でも食料は足りていません。金山の収入で穀物を輸入していますので……エーデルシュタインは小国。土地が足りないのです」


「じゃあ、獣人地区――今は獣人連合国だったか。あそこはどうか?」

「獣人たちは長く魔王軍の支配化にあったため、魔物に対しての感情は最悪ですわ。まず間違いなくいさかいが起きるでしょう」



 俺は肩をすくめて溜息を吐く。

「どこも大変だな……やっぱり浮遊大陸に住んでもらうしかないか……」

「隠し通せるでしょうか……」


「アトラに頼んでみるしかないか。何か使えるオーバーテクノロジーがあるかもしれないし」

 俺は立ち上がった。



 セリカも続いて立ち上がる。

 しかし、ふらっとセリカがよろめいた。

「セリカ!?」

 俺はとっさに彼女を抱き止めた。華奢な肢体の柔らかな重みが腕にかかる。


 抱きとめられた姿勢のまま、彼女は弱々しく声を震わせる。

「申し訳ありません、ケイカさま……まためまいが」


「俺の魔法だぞ? 効かないはずが――まさか! おい、医者を呼べ! 来てくれ!」

 俺の大声に、廊下がにわかに騒がしくなった。

 どたどたと足音がして、侍従や従医が入ってきた。


       ◇  ◇  ◇


 昼の日差しが高原を取り囲む山並みを照らしている。

 エーデルシュタイン王国の城にて、俺はセリカの部屋にいた。


 彼女は寝室のベッドに寝ている。

 横には従医がいて脈などをみていた。


 俺は彼を邪魔しないよう、少し離れたところで立っていた。

 気持ちがそわそわしてうろうろ歩いてしまう。



 診察を終えた従医が重々しい口を開いた。

「おめでとうございます。ご懐妊でございます」

「やはり、おめでたか!」


 セリカは慈しむようにおなかに手を当てる。

「うれしいですわ……ケイカさまの子……」

 でもほほえむ顔はどこかしら悲しげだった。



 従医は急いで部屋を出ていった。

 大臣や宰相へ報告に行ったようだ。


 セリカに第一子誕生の話は、またたくまに城内から王都へと広まった。

 城下町がにわかに騒がしくなる。

 遠くからの喜びの声が、今いる城の最上階まで響いてきた。



 セリカの寝室で二人っきりでいた。

 俺はベッドに腰掛けつつ、横になるセリカを優しくなでる。

「無理するな。俺もできるだけ国政に協力するから」


「ありがとうございます、ケイカさま」

 セリカはなぜか、嬉しさと寂しさを同居させた微笑みで答えた。



 ――国が立ち直ったばかりだから不安なのか?


「なにか気にかかることでもあるのか? 条約や内政で」

「いいえ……」

 するとセリカは弱々しげに首を振って手を伸ばしてきた。

 そのたおやかな手を握りしめてやる。小さな手のひら。


「心配するな。今は子供のことだけを考えていればいい」

「……ケイカさま」

 ぐすっと涙ぐむセリカ。

 何か感情が高ぶっている様子。

 ……子を授かったことで思うところでもあるのか。



 俺はできるだけ軽い調子で言った。

「じゃあ、使節団との会食は俺が引き受けよう」

 手を離してベッドから立ち上がろうとすると、和服の帯を掴んで引き留められた。

「ケイカさま……今までありがとうございました」


 その言葉に驚きつつ振り返る。

 横たわるセリカの顔をのぞき込んで言う。 

「何を言っている。変なこと言うな」


「ですが……お別れになるかもしれません。せめてケイカさまに似た和子を生んで旅立ちたいと思います」

 セリカの青い瞳が潤んでいた。喜びと決意が見て取れる。



 俺は首を傾げた。

 なぜ懐妊したぐらいで、そこまで思い詰めているのだろうか。

「どうした、セリカ。不安があるなら全部言ってしまえ。俺がついてるんだから」


「ありがとうございます、ケイカさま……。わたくしの母は、私を生んですぐに亡くなられました」

「それで、不安なのか。俺がいる。大丈夫だ」

 産後の肥立ちが悪くても《快癒》があればどんな病気だって治る。

 帝王切開したって秒速で治してやる。



「ですが……女性の多くは子供と命を引き替えに生みます。わたくしも……」


 そんなことは――と言いかけて、俺ははっと息を飲んだ。

 猫獣人ミーニャの母も産後の肥立ちが悪くて亡くなったのではなかったか!?

 ――いったいどうして……あ!


 俺は思わず大声で叫んだ。

「産褥熱かっ!」

「ケイカさま!?」


「そうか、衛生観念が低いのか! だから多くの女性が出産で命を落とす! そうか、そういうことか!」

 そういや、辺境村村長を任せているリオネルも、母親はすでに亡くなっていた。

 いや、思い返せば今まで出会った人々は、父子家庭が多かった気がする。エトワールの母親であるダフネス王国の王妃は? ファブリカ王国の王妃は?


 ――これは、ひょっとして、信者を増やせるチャンスかも!



 セリカが青い瞳を見開いて驚いている。

「急にどうされました、ケイカさま?」

「大丈夫だ、セリカは死なせない! 原因はわかってる!」


「ほ、本当ですか、ケイカさま!? さすがケイカさまですわ!」

 輝く笑顔になるセリカ。目尻から美しい涙がはじけた。


 俺は顎に手を当てつつ考える。

「さっそく産褥熱防止の手配を――いや、まてよ?」

「なんでしょう?」



 ――この世界でトップクラスの医療技術を持つのは侯爵!

「……うまくやれば、侯爵領の問題もかたがつくぞ! セリカ、偉い。よく妊娠してくれた!」

 ベッドに寝るセリカに多い被さった。

 華奢な体を抱きしめつつ、可憐な唇に熱く甘いキスをする。


 突然のことに「んぅっ――!」とのどをならしつつ、彼女は目を白黒させた。

 それでも必死に舌を合わせて応えてくる。濡れた舌が生き物ののようになまめかしく動き。

 広い寝室に、ちゅくっとみだらな音が響いた。



 長くいたわるようなキスをしてから体を離すと、彼女の頬は真っ赤に染まっていた。

「はぅ……よくわかりませんが、お役に立ててとてもうれしいですわ」


「よし、そうと決まれば侯爵とエトワールに会ってくる!」

「はい、行ってらっしゃいませ」

 頬を染めつつ、けなげに送り出してくれた。


 その態度が妙に可愛らしくて、思わず引き返していた。

 もう一度、彼女の額にキスをしてから外へ出る。

 扉を閉めるとき、室内から「はうぅ~」と溶けるような声が聞こえてきた。

次話は明日の昼か、遅くても夕方までには更新します。

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