第248話 ケイカ例大祭・後編
青空の広がる春の昼。
ケイカ村の北側に来た。
大森林へと続く道が北へと伸びている。
道に面した広い原っぱに仮設の小屋が建てられていた。道の傍には御輿が8つと担い手たち、それにエトワールやセリカがいた。ミーニャやラピシアもいる。
エトワールは背中の開いたノースリーブのドレスを着ている。白い肌を惜しげもなく晒していた。
俺を見るなり、赤い髪を揺らして近付いてくる。
美しい顔ににこやかな笑みを浮かべて言った。
「さあ、ケイカさま。御輿にお乗りくださいませ」
「まさか……これで練り歩くつもりか」
「ええ、侯爵さまの御輿を思い出しまして。ご協力いただいたのですわっ」
「え!?」
仮設小屋の扉が豪快に開いた。マントをたなびかせて紳士――地獄侯爵が現れる。
「ふははははっ! 地獄の儀式を布教してやったわ! これで貴様の村も恐怖に支配されるのだ、ふはははっ!」
「いたのか、侯爵」
侯爵は顔を片手で覆い、尖った犬歯をギラリと光らせる。
「くくくっ。我輩に掛かればこの世など、どこでも神出鬼没! 地獄に等しいのだよ!」
ふと見ると、御輿の数は侯爵の分まであった。
「ああ、そうか。身を挺して村を守ってくれたものな。全員で感謝するのも当然か」
「守った? 勘違いするな、ケイカよ! 貴様の作り上げた悪辣な村を、死などという生温い方法で救済してやらなかっただけだ。老いて死ぬその瞬間まで、苦しみ続けるがいい、くっくっく!」
「侯爵はいつもどおり、楽しそうで何よりだ。俺の祭りを楽しんで言ってくれ」
「くくっ、当然だ! 祭りとは、普段は抑圧されて地べたを這うしかない者たちの、悲鳴の合唱にすぎんのだからな! 騒ぐ声を聞いているだけでゾクゾクしてくるわ!」
なんでこう、ただのストレス発散をそういう風に解釈するかな。
さすが侯爵、と言えなくもないが。
エトワールが華やぐ声で言う。
「さあ、みなさん、御輿に乗ってくださいませ!」
頭をポリポリと掻きつつも、指示されるままに御輿に乗った。
担い手が支え棒を担いで持ち上げる。
気合を入れる男たち。
「さあ、屋敷まで運ぶぜ!」「おうよ!」「派手に行くぜぇ~!」
じゃ~ん、じゃ~ん、と銅鑼が叩かれ、音楽が鳴る。
「「「わっしょい、わっしょい」」」
と元気よく運ばれていく。
村に入って大通りを進む。
人々から歓声が上がる。
「ケイカさま~!」「ありがとう、勇者さま~!」「素敵~!」「こっち見たわぁ~!」
俺を讃える人たち。拝むおばあさんもいる。涙ぐむ人も。
なんだろうか。
嬉しいことは嬉しいが、少し見世物になっている気がしなくもない。
それでも引きつった微笑みを浮かべ、手を振って人々に答えた。
すぐ後ろにも御輿は続く。
セリカ、ミーニャ、ラピシア、侯爵、エトワール、ステラ。エルフのフィオリアや人魚のクリスティアまで運ばれている。
最後尾にはアイもいた。触手を振って応えている。
姿が見えなくなったと思ったら参加者だったのか……。
突然、侯爵が御輿の上で立ち上がった。
「ふはははっ! 見よ、ケイカ! この者たち、恐怖で涙を流しておるぞ! この間、我輩の実力を見せ付けたからな! 子羊のように震え上がっておるわ! フハハハハッ!」
いや、村を守ってくれてありがとうという感謝の涙だろう。
呆れていると、後ろの輿にいるセリカが、くすっと少女のように笑った。
俺も肩をすくめて思いを伝えておいた。
そして村を練り歩いた後、御輿は屋敷の庭へと帰ってきた。
神社の境内のような庭。
中央にある拝殿代わりの神楽舞台に俺たちは並んだ。
エトワールが赤髪を揺らして言う。
「勇者ケイカさまとその一行。そして、アタクシを含め、ケイカさまを支えた者たちですわ。正しき教えと、魔を滅ぼす光と共に! ケイカさまによってもたらされた平和が末長く続くことを祈って! みなさん、ケイカさまとその一行を讃えましょう!」
「「「わぁぁぁぁ!!」」」
人々が笑顔で歓声を上げる。拍手が波のように広がって、神楽舞台へと届けられた。
――と。
ミーニャが静かに足を進めた。ネコ耳がピッピッと動く。
拍手喝さいの波に乗り、巫女服を揺らして踊り始めた。
神楽舞台の端から端へ、流れるように舞い踊る。
二刀流の包丁を抜き放ち、時には鋭く、時には優雅にきらめかせる。
細い手足はしなやかに。白衣や黒袴が風に舞う。
黒袴の裾がめくれるたびに、キラリと白刃が光って観客が息を飲んだ。
俺たちはミーニャの邪魔にならないよう、屋敷へと移動した。
クリスティア、ステラ、アイは仕事に戻った。
侯爵は「不愉快な舞いだ。虫唾が走る」と言ってどこか行った。神聖な踊りは苦手らしい。
屋敷の玄関から神楽舞台を見続ける。
一途な思いが流れ込んできて、心が暖かくなる。
神に捧げる奉納舞は続き、いつしか広い庭は静寂に包まれていた。
全員が見惚れていた。
踊りの最後に、ミーニャは舞台の天井に付くぐらい大きく跳躍した。
そして、片膝を付いて着地すると、祈る姿勢で止まる。
巫女服の裾がふわりと落ちた。
一拍遅れて拍手が始まり、そして歓声に取って代わった。
「すげぇ!」「なんて美しいの!」「命を捧げる輝きだ」「ケイカさまに対する愛が伝わってくるよう!」「死を恐れぬ気高さも感じるっ」「こんな踊り、見たことねぇ!」
喝采の中、ミーニャは立ち上がる。
いつもどおりの無表情だが額に汗が光る。
なぜかやりきった、という清々しさを感じさせた。
――侯爵が神楽剣舞連を嫌がったのは、死を恐れてないからか。なるほど。
屋敷の玄関。
隣に立つセリカが俺の手を握ってきた。
「ケイカさま、勇武神になられておめでとうございます。本当に、よかったですわ」
「セリカが支えてくれたおかげだ。――いや、みんながいなければ、今ここに立っていない。ありがとうな」
エトワールが寂しそうにしていたので、セリカエトワールラピシア、みんなまとめてぎゅっと抱き締めた。
「け、ケイカさまっ」「ひゃあっ」「わーい」
腕の中で喜び、驚き、楽しむ声。
ミーニャが屋敷に戻ってきたのでついでに巻き込んだ。
「ん……好き」
とだけ喘いで、されるがままになる。爽やかな汗の香りがした。
そんな花束のように柔らかな彼女たちを抱き締めながら思う。
落ちぶれた神が、異世界でもう一度神となる。
魔王を倒し、勇武神となった。
自分一人で何でも出来ると思っていたが、そうじゃなかった。
かけがえのない小さな力たちの支えがあってこそ。
だが、魔王を心酔する部下はまだ残っている。
これからも人々を助け、守り、勇武神の名に恥じない神になろう!
そう思ったら、自然と口から言葉が出ていた。
「ありがとうな。これからも頑張るよ」
「はいっ、ケイカさま!」
セリカが花咲くような笑顔で答えた。
腕の中の彼女がいとおしくてたまらなくなった。
外から俺を讃える声が届く屋敷の中で、可愛い声で華やぐ花たちを抱き締め続けた。
次話は夕方五時ごろ。最後です。




