第240話 ラストバトル! ――魔王の復讐
浮遊大陸中央にある黒い立方体の建物の中。
ラピシアが発動した大地抱擁によって、みんなが母を思い出して泣いていた。
創世神アトラまでもが。
それを見ながら俺は納得していた。
もう何もかもわかってしまった。
そうか……そういうことか……。
ラピシアから聞いた世界樹の伝言「間違えないで」を思い出す。
そう。
俺はずっと間違えていた。
俺は、偶然この世界に来たんだと思っていた。
でも違った。
俺は呼ばれたんだ。
俺でなくてはならなかったんだ!
神々を石化して餌にしたヴァーヌスが、なぜ世界樹だけは殺そうとしたか?
世界樹は枝葉を異世界にあまねく伸ばして知識を蓄える。
だから世界樹はヴァーヌスの正体を知っていた! だから安全のために殺す必要があったんだ!
それにゲアドルフは言った。魔王の叡智に惹かれただけだと。
そして、ヴァーヌスの手下の名前! 俺を邪神にすれば従えられる理由!
創世神の見ていた色! 星!
人魚の迷信。ミスッターの語った魔王の本心。
すべての辻褄が合う!
「セリカ、教えてくれ」
「ふぁ!? あ、はいっ!」
セリカは涙目を手で擦ってから、凛とすまし顔を作る。
「セリカの好きな絵本の話。暇を持て余した少女が冒険の果てに王子様と出会って幸せに暮らしたんだよな? その後は?」
「は、はい。その後は、王子様と力を合わせてお城の庭を、幸せな庭に仕立て上げたのです」
「この絵本、書いたのはアトラだな。もしくは形を変え、伝承となって伝わったか。まあでもベストセラーと言ってたし、本人が書いたのだろう」
「え!? そうだったのですか!」
「アトラはこの世界に失望した。そして一度、元の世界に戻った。そこでヴァーヌスと出会った。イエトゥリアやリリールから聞いた話を総合するとそうなる」
ヴァーヌスが頭を振りながら構える。
「それがどうしたって言うんだい? ちょっと驚かされたけど、それだけだったねぇ。……君では僕を倒せないんだよ。さあ、最後の攻撃をしてごらん? くくくっ」
魔王本人に肯定してもらえたことで予想は確信に変わった。
俺は鼻で笑う。
「ああ、いいぜ。トリックはすべてわかったからな!」
「え? ……なんの話しだい?」
俺は太刀を構えた。胸の傷はまだ塞がっていないが、それでも全力を込める。
太刀が虹色に輝き出すのを見ながら言った。
「聖剣とスキルを使っても倒せなかったのは、不死身だったからじゃない! ――本当の名前を言わなかったからだ!」
ヴァーヌスは肩をすくめて鼻で笑った。
「だったら、どうだというのさ? 君は知ってるはずがないんだからね。くははっ」
「その虚勢、いつまで持つかな?」
「君のほうこそ虚勢を張って……愚か者はこれだから困るよ」
「ほう? 『インマ』がヘブライ語で『母』の意味だと言ってもか!?」
「えっ! なんのことかわからないね?」
ヴァーヌスが目を見開き一歩後ずさりした。
輝く太刀を正眼に構えて言い返す。
「とぼけるのもいいかげんにしろ、ヴァーヌス! ――俺は貴様の名を知っているッッッ!」
「くだらない冗談だね! 笑う気すら起こらないよ! そんな低レベルな嘘で僕が騙されるとでも?」
しかし、俺の気迫に気圧されてヴァーヌスの額に焦りの汗が光った。
俺は、長い黒髪をなびかせて浪々と叫ぶ。
「俺がこの世界に呼ばれた意味が今、わかった! 俺でなければ倒せない! レオも侯爵もセリカもリヴィアもリリールも! この世界の住人は創世神ですら貴様の名を知らないからな!」
「はっ! そんなに自信があるなら言ってごらんよ。笑ってあげるからさぁ!」
「いいだろう! ――神に愛され、知識を授けられ、72柱の悪魔を従えた賢者! しかし奢り高ぶったため地位を剥奪された古代の王!」
ヴァーヌスが驚愕で少年顔を醜く歪める。
「な、なにぃ! でたらめを言うなぁぁぁ!」
取り乱した声で叫んだ。額から流れた大量の汗が頬を伝う。
俺は奴を睨んであらん限りに張り叫ぶ!
「俺が必ず貴様を倒す! 覚悟はいいか! ――神々へ反逆せしエルサレムの王!」
「ひい……っ! な、なんで知ってる――っ!」
ヴァーヌスが、後ずさりしながらよろめいた。
俺は黒い床を蹴って駆け出した。
全身全霊を太刀に乗せて叫ぶ。
「貴様の名はソロモン――ッ! ――魔王撃滅閃!」
大きく踏み込んで太刀を振り抜く!
激しく輝く強大な斬撃が、横一文字を描いて奴へと迫る!
ザァァン――ッ!
体を水平に切り裂かれたヴァーヌス――ソロモンが叫ぶ。
「うぁぁぁぁああ! そ、そんな、ばぁなぁああ!!」
「まだまだぁ――ッ! 風よ、力を! ソロモン――魔王撃滅閃烈風斬!」
上段に構えた輝く太刀を振り下ろす!
ザァァァン――ッ!
「いぎやぁぁぁぁ!」
体を十字に切り裂かれたソロモンが激烈な悲鳴を上げた。
――が。
致命傷を与える前に、瞬間転移されてしまった。
深くはえぐったが倒すまでには至らない。
壁際に逃げたソロモンが、手を付きながら俺を睨む。
どす黒い血を流しながら、あざ笑いを浮かべていた。
「ざ……残念、だったねぇ! 君の剣技は、避けてる間に全部見切っていたんだよ! ――これからすべて避ければいいだけさ! あははははっ!」
そう言ってソロモンは分身した。
数十体のソロモンが笑う。その声が暗い広間に響いた。
どれが本物かわからなかった。
――くっ! これが『無数分身』か!
しかも俺の剣技を知るために空振りさせていたとは――っ。
さすが狡猾な魔王だけある。これで万策は尽きた!
俺は歯を食い縛って太刀を構え直す。
「それでも倒す! あと一撃、打ち込めば勝てる!」
ソロモンたちが口々に笑い出す。
「もう時間がないのに?」「攻撃は当たらないよ?」「あと数分で君は死ぬよねぇ」「――そうだ、こいつは世界の人々から力を得てるよ?」「だったら先に消えてもらったほうがいいよねぇ!」
ソロモンたちが一斉に片手を上げた。
一見変化がなかったが、異様な圧迫感が頭上に生まれた。
《千里眼》で上を見ると、浮遊大陸の上空に、黒い光の玉が無数に生み出されていた。
一つ一つの玉が、どんどん大きくなる。
これらを世界中に飛ばすつもりだ――!
俺はとっさに心話を飛ばした。
二人の女神へ。
『リリール、リヴィア、聞こえるか!』
『どうされました?』『なんじゃ? というか、この力は!?』
『ヴァーヌスが世界を滅ぼす魔法を飛ばそうとしている! 浮遊大陸を空高く押し上げろ! 二人で力を合わせて、魔法が地上へ届かない位置へ上げろ! 急げ!』
『は、はい!』『むぅ。仕方あるまい。わかったのじゃ』
千里眼で真下の海上を見れば、二人は嫌々ながらも手を繋ぐところだった。
「力を同じ量に合わせるのじゃ!」「わかっていますわ、そちらこそ間違えないでください!」
「「大海潮波動!」」
激しく荒れる水柱が生み出された。
そして、島の下部にぶつけた。
ドゴォォォンッ!
激しい揺れが浮遊大陸を襲い、みるみるうちに上昇した。
雲海を抜け、天高く昇っていく。
分身したソロモンたちが手を上にかざしながらニヤニヤ笑う。
「残念だけど、心話は筒抜けだよ」「ほんと、思慮の浅い雑魚には哀れみすら覚えるねぇ」「地上から遠ざけて、距離と空気での減衰を狙ったんだろうけど」「むしろ広範囲を狙いやすくなったよ!」「ありがとう! くははははっ!」
俺は盛大に顔をしかめて悔しさを滲ませて叫んだ。
「ああっ――しまったぁぁぁ!!」
「あはは、とってもいいよその焦り顔!」「減衰分は、込める力を増やせばいいだけなのにね」「無駄な足掻き、残念だったねぇ!」
そう言って力を込めた。
頭上に生まれた無数の黒い玉がさらに大きくなる。
浮遊大陸は成層圏へと達した。
俺は演技をやめて鼻で笑った。後方へ手招きしながら言う。
「ふんっ。そう思わせたんだよ。――これでお前はチェックメイトだ」
とてて、と軽い足取りでラピシアが傍に来た。
その細い首根っこを掴み上げると、壁際にいるソロモンたちに向かってラピシアを投げた。
165キロの直球!
「きーーーん!」
ラピシアは両手を横に伸ばして、飛行機のようにすっとんでいく。
ソロモンは首を振りつつ回避行動に入る。
「やれやれ、この期に及んで子供の遊びかい? 意味がわからないよ――なっ!」
ラピシアが突然、急角度に曲がった。
力学上、有り得ない動き。
狙われたソロモンが驚き戸惑う。
――そう、ラピシアはスキルを発動している。必中技のスキルを!
高度五万メートルから目標目掛けて頭突きするスキル、
『流星頭突き!』
例えここが室内であっても、五万メートル上空には違いない!
攻撃が当たらないなら必ず当たる必中技を繰り出せばいい。
くしくも子供の遊びという指摘は正鵠を射ていた。
集団の中にいる本物のソロモンが手を前に出した。
「う、うわぁ! 来るなぁ! ――魔氷冷結!」
禍々しいオーラを持つ氷のつぶてが放たれる。
「まずい!」
防御魔法を唱えようとしたが到底間に合わない!
――が。
一直線に飛ぶラピシアが膝を抱えて、くるっと空中で前転した。
背中に背負った『勇者の盾』が前に出る。
パシィと魔法を軽々と弾いて霧消させた。
ソロモンの端整な少年顔が驚愕で引きつる。
「な、なにぃ!」
「きぃぃぃん!」
ラピシアは速度を上げて、両手をピッタリと体の横につけた。
砲弾よりも早くなる。青い髪が激しくなびいた。
ズドォォン!
ラピシアの頭突きがソロモンの腹に刺さった。
反動でラピシアは地面をごろごろと転がり、ソロモンは吹っ飛んで壁に激突した。
「ぐっ! ――よくもやってくれたねっ!」
ダメージは与えられない。
しかし、追加効果が発動することは、創世神アトラで実証済み!
一定時間、動く速度が半減する。
俺は太刀を虹色に輝かせて、駆け出した。
下駄の音が暗い広間にこだまする。
「セリカ、ミーニャ、ラピシア! 今こそ力を!」
「はいっ、ケイカさま! 頑張ってくださいませ!」
セリカは金髪を美しく揺らし、大きな胸の前で両手を握って祈った。
戦意高揚が発動する。攻撃力と防御力が上がった。
「ケイカお兄ちゃんなら、勝てる!」
ミーニャは足をしなやかに踏み鳴らし、さらに優雅に舞った。
神楽剣舞連によって力が込み上げる。
「ケイカ、お願い! ――ふぁぁぁ!」
ラピシアは白いワンピースの裾をめくり上げたまま、寝転がった状態で両手を俺へ向けた。
地精結集により攻撃力がLv分――10倍に上昇。
かつてない力が俺を包む。
間合いまで駆け寄った俺は、ソロモン目掛けて激しく輝く太刀を振るう。
奴は逃げようとしたが、水の中を泳ぐような遅さでしか動けない!
「蛍河比古命の名に従う、神代の時より流れしせせらぎよ、一束に集まり激流と成せ――これで最後だ、ソロモン――ッ! 魔王撃滅閃《魔鬼水斬滅》!」
特大の剣技が炸裂する!
ズザァァァ――ンッ!
床、壁、天井にまで亀裂が入った。
「ぎゃあああああ!」
ソロモンは真っ二つになりながら断末魔を上げた。
暗い部屋が悲鳴で埋まった。
アトラが叫ぶ。
「ヴァ、ヴァーヌスさまぁぁぁ!!」
ソロモンは二つになって倒れた。涙をこぼしながら同時に呟く。
「こ、こんなやつに……なんで……」「僕は、ぜんち、ぜんのう……」「あいつらに……力を奪った、神々に……」「ふ、ふく……しゅう」「するんだ……」
黒い床の上で痙攣し、そして動かなくなった。
無数に浮かんでいたスクリーンが消えた。
《真理眼》でボロ雑巾のようになったソロモンを見る。
【生命力】0
そしてソロモンの体は、さらさらと粉になっていった。
千里眼で見上げれば、禍々しい魔力の玉も消えていた。
薄暗い広間の壁際。
俺は肩の力を抜いて、ふうっと息を吐いた。
「やったな……」
太刀を鞘に収めると和服の裾がなびいた。
セリカたちが駆け寄ってくる。
「ケイカさま、本当に、本当にさすがですわ!」
「ケイカお兄ちゃん、最高」
ラピシアが背伸びして俺の胸の穴に手を当てる。
「きゅあああ、きゅああああ!」
ぐいぐいと傷が塞がっていく。
「みんなが支えてくれたおかげだ、ありがとうな。――ラピシアもよく頑張ったな」
ぽんぽんと頭を撫でた。
回復魔法を唱えながらも、にへらと笑った。
セリカがソロモンのいた辺りを見て言う。
「ケイカさまは魔王の正体を知っておられたのですね……」
「ああ、3000年前にいた異世界の王様だな。篤い信仰心を認められて神から叡智を授けられた男。人々から賢者と讃えられた。しかし歳を経るに従って傲慢になり、圧政を敷くようになり、神から見放された」
「その世界の神に復讐するために、この世界で力を蓄えたのですね……」
「そうなるな。そしてソロモンは悪魔を従えたが、その悪魔は実は邪神や土着の神。俺も一歩間違えれば従わされていただろう」
だから召喚された悪魔たちは俺と同じく桁違いの強さを持っていたと言える。
――と。
しくしくと泣く声に気付いた。
黒い床に両ひざを付いてアトラが泣いていた。
世界を失ったかのような絶望に、幼い体を震わせていた。
……いろいろと思うところはあるが、情状酌量の余地はあり、だな。
俺は、ゆっくりとアトラに近付いていった。




