第23話 奴隷商人(情報収集2)
俺とセリカは昼食を食べてから、王都での情報集めを再開していた。
次に向かったのは王都の外壁近くにあるスラムのような場所だった。
こんな汚い場所に来るのは初めてなのか、怖がるセリカは俺にピッタリと寄り添い、つなぐ手に力が入っていた。少し汗ばむ。
逆に俺の足取りは軽かった。
神がいないから、力を制限されないと知ったため。
目の上のたんこぶが取れたような気持ち。
とても、すがすがしかった。
外壁沿いのスラム街、一軒の石造りの家の前に来た。
二階建ての、堅牢な牢屋を思わせる建物。
俺が分厚い木の扉をノックする。
すると小窓が開いて男が覗いた。ただ者じゃない、鋭い目付き。
「……会員証は?」
「ないな」
「だったらお帰りを」
「これじゃ、ダメか?」
俺は和服の懐から大きなメダルのような、銀色の【勇者の証】を出した。
男が扉の向こうで息を飲む。
「うっ……勇者……」
「安心しろ。客だ」
「ああ……」
カチャッと音がして扉が開いた。
――まあ、勇者の証があるから押し入ってもよかったが。
今後の関係を築く上で反感を買いそうだったのでやめた。
開いた扉の横には、頬に傷のあるスキンヘッドの男が立っていた。
「……どうぞ」
「お邪魔する」
俺とセリカは建物の中に入った。
薄暗い室内。広さはワンルームほどでカウンターしかない。奥に扉がある。
むわっと、酸っぱい匂いが漂っていた。風呂に入っていない人間の匂い。
「商売繁盛してそうだな」
スキンヘッドの男は、困ったようで顔をしかめた。
「どう答えていいか、わかりませんね」
「それもそうだな。奴隷は奥か?」
「ええ……こちらへ」
男――奴隷商人に案内されて奥へ。
扉を開けると、酸っぱい匂いが強くなる。
窓のない密室。教室ぐらいある広さ。
明かりがほとんどなく、男は入るなりランプに火を灯した。
壁に沿って男や女、子供の姿が浮かび上がる。
全員薄汚れた服を着て、鎖につながれていた。
10人以上いた。
俺は振り返って言う。
「セリカ、気分が悪いようなら――」
「……大丈夫です。お傍にいます」
青褪めた顔で唇を噛んでいた。でも和服の背中辺りを指先で摘んでいる。一人になるのが怖いらしい。
「そう心配するな」
奴隷商人が言う。
「こちらにいるのが、今買える奴隷たちです」
「ふぅん……」
俺は一人一人《真理眼》でステータスを見ていった。
能力やスキルなどを見抜ける魔法。
けれど欲しい奴隷がいなかった。【光】属性の奴隷が。
変わりに場違いな存在を発見した。
手足の長い美少年の奴隷だったが、実は魔物だった。
【ポイズンシェイプ】と言う魔物で、人の姿になって近付いてきて、相手が油断したところで食べるそうだ。
どうするか。これは使えるぞ。
セリカが突然声を上げた。
「あっ」
和服を掴む力が強くなる。
「どうした?」
「いえ……。なんでもありません」
セリカが硬い表情で首を振った。薄暗い室内で金髪がほのかに光る。
俺はセリカがチラチラと見ている視線を追った。
そこには人の良さそうな太ったおばさんがいた。懐かれたのか奴隷の少女に抱きつかれている。
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【ステータス】
名 前:クラリッサ
性 別:女
年 齢:41
種 族:人間
職 業:奴隷 (宮廷料理長)
クラス:料理士Lv49
属 性:【土】
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……宮廷。なるほど。
セリカの知り合いか。
考え込んでいると、奴隷商人が気を利かせて一人の男を示してきた。
「戦いに連れて行かれるのでしたら、こちらの男などどうでしょう?」
スキンヘッドは壁際に繋がれた男へランプを差し出した。髭面の、目の濁った男が照らし出される。
「弱そうだが」
「元は剣闘士です。武器の扱いは見事なものです」
俺はじっと男を見た。能力は高いが【アルコール中毒】に陥っていた。
「ダメだな。アル中――酒飲みの中毒症状が出てる。まともに働かないな」
「……さすが勇者さま。見る目は確かですね」
「咎人はいないのか?」
「咎人は需要が多いので、入荷してもすぐ出荷されますね。儀式用、生贄用、供物用で引く手あまたです」
「なるほど……あの決勝で戦った青年――レオだったか、あいつはどうなった?」
「あの人は咎人かどうかで、いまだに審議中です。判断が難しいらしくて」
「そうか……だったら他の咎人の情報があったらくれないか? これからずっとな」
勇者の証をちらつかせながら言った。
奴隷商人はスキンヘッドを撫でながら答える。
「私どもも商売でして……」
「魔王に加担する商売か?」
「滅相もない。清く正しく商売させてもらってます」
「商売の邪魔をする気はない。咎人を売った後で、その情報だけを流してくれたらいい。お前は損しないはずだ」
「信用がなくなってしまいますので無理ですね」
俺は太刀に手を掛けながら言った。
「じゃあお前、死ぬか」
「はい? 何を言われるのです、勇者さま」
「俺は咎人の情報が欲しい。くれなければ、切る」
「私を殺したところで……」
「お前の代わりなんて幾らでもいる。そうだろう? だから咎人がどこに連れて行かれたか教えてくれる奴隷商人が現れるまで切り続ければいい」
奴隷商人は冷たい目で俺を見る。
「……勇者さま、正気ですか? いくら勇者でも罪のない人間を殺せばただではすみませんよ?」
「魔物を王都に持ち込んでいる魔王の手先を殺してもか?」
「え……?」
「そこの美少年。人間に見えるが、吸血鬼だろう? ほれ」
俺が腰に下げたひょうたんを持って近付き、少年に水をかけた。
「ぎゃあああ!」
少年が苦しみ出したかと思うと、目が赤くなり、犬歯が伸びた。
騒然となる奴隷たち。
「ひいっ」「助けて!」「死にたくないっ!」
奴隷商人の顔に焦りが浮かぶ。
「そ、そんなばかな! わ、私は――」
「吸血鬼を奴隷として売りつけて、買った家の人間を殺すつもりだったんじゃないか? 魔王関連に裁定を持つ勇者として、お前を裁く。死刑だ」
太刀を素早く抜き放って、奴隷商人の首元に突きつける。
「わ……! 違います! 私は何も知りません!!」
「証拠があった以上、言い逃れはできないぞ」
「そんな! ――あ」
ジャランッと鎖を引き千切って、牙を生やした少年が襲いかかってきた。
「キシャアア!」
俺は突きつけていた太刀を無造作に振る。《水刃付与》で青く光らせて。
ザンッ!
「ヒギャア!」
少年は胴体を真っ二つにされて、そのまま粉々になった。灰となって辺りに散る。クラリッサおばさんがまともに被っていた。
俺は奴隷商人から眼を離さず、また太刀を喉元に突きつける。
「さあ、どうする? 証人が山ほどいるぞ? 言うか?」
「言います。教えます! だから助けてください。あの吸血鬼は本当に知らなかったのです」
「知ってたかどうかは問題じゃない。重要なのはお前が王都に魔物を持ち込んだという事実だけだ。利用価値があるなら、助けてやるが」
ぐぅ、と奴隷商人は息を飲んだが、長い溜息を吐いた。
「わかりました。お教えしましょう。ですが今はまだ情報が、というか生きている咎人の情報はありません。めったに現れないので」
俺はにっこりと微笑む。
「そうか。では情報が入り次第連絡してくれ。キンメリクの親父の店は知ってるか?」
「ええ、知ってます」
「そこに知らせてくれ。……もう気付いてると思うが、俺に嘘は通用しないからな?」
「はい……わかりました」
俺は太刀を収めると、手を差し出した。
奴隷商人が戸惑う。
「え?」
「握手だ。これから仲良くやろう」
「は、はい」
奴隷商人は恐る恐る手を伸ばしてきて、俺と握手した。
「ああ、それと。吸血鬼に噛まれてた人間は、しばらくしてから吸血鬼になるんだろう? ここにいる奴隷はしばらく売るなよ。近いうちにもう一度尋ねるから、その時に魔物は処分してやる」
「はい、わかりました」
「じゃあな」
俺はセリカを連れて外へ出た。
外はだいぶ日が傾いていた。
西の空が赤くなりかけている。
「さあ、宿に戻るか」
「はい」
セリカの顔が暗かった。
街を歩きながら尋ねる。
「どうした?」
「いえ……なんでもありません」
「わかりやすいやつだな。知り合いがいたんだろう?」
セリカが青い瞳を見開く。
「ど、どうしてそれを!?」
「わかるよ。まあ安心しろ。買い取ってやる」
セリカは首を振った。
「ダメです。吸血鬼になったかもしれない人を買うわけには……」
「ああ、それ嘘だから」
「え!?」
「魔物には違いないが、人に化けて毒を撒き散らすだけの魔物。そして症状が出たら、処分するからと安く買い叩く」
「そんな考えを――いえ、でも、待ってください。それでは奴隷商人まで症状が出て発覚します」
「それも考えてある」
だから最後、奴隷商人と握手した時【ステータス】に【毒無効】を書き加えておいたのだった。
ステータス書き換えは神の特権だ。
俺は白い歯を見せて笑った。
「心配するな、きっとうまくいく。さあ、帰って親父とミーニャのご飯を食べるぞ」
セリカは呆然と口を開けていたが、しだいに目を細めて笑い出す。
「……ケイカさまは、本当に素晴らしいです。どんな不可能なことでも可能にしてしまいます」
「まあな」
「ありがとうございます、ケイカさま!」
セリカは腕を絡めるように組んできた。腕が大きな胸の谷間に挟まれる。
歩くたびに胸が揺れるので、極上の柔らかさを感じ続けた。
宿屋に帰る。
一階の酒場に入ったとたん、白いワンピースを着たラピシアが細い手足を振って駆けてきた。青いツインテールが後ろになびく。
「おかえり ケイカ! ごはん!」
見た目は10歳ぐらいの少女だが、精神年齢はもう少し低い。まだ片言が抜けない。でも大地母神だった。
俺はラピシアの頭を撫でながら言った。
「ただいま。そうするか」
「ええ、そうしましょう。だいぶ歩きましたから」
セリカが大きな胸を押さえながら言った。
ラピシアが幼さの残る顔に笑みを満たす。
「今日 ラピシア つくった!」
「大丈夫なのか……?」
思わず厨房のほうを見ると、猫耳をピッピと動かしつつミーニャが出てきた。13歳の獣人少女。ラピシアと同じぐらい細身だが、膨らみかけの胸が初々しい。
「手伝ったから……だいじょうぶ」
「そっか。それなら安心だ。ミーニャのご飯はおいしいからな」
「……」
ミーニャは無言でうつむいたが、嬉しいのか黒くしなやかな尻尾がピーンと立った。
そして四人がけのテーブルに座った。俺とセリカが並んで座り、対面にラピシア。
すぐにミーニャが料理を運んでくる。
肉団子、きのこスープ、野菜を焼いたもの。パンはトーストされていた。
肉とパンの香ばしい匂いがおなかを刺激する。
ラピシアが、まあるい金色の瞳で見つめて言った。
「にくだんご 食べて! 食べて!」
言われるままに肉団子をフォークで刺して口へと運ぶ。
噛んだとたんに甘い肉汁が口にあふれる。
「ん! なんだこの肉団子。完全に磨り潰されてて、中身ふわふわだ!」
「おいしい? おいしい?」
「うまいぞ、これ! 新メニューか!?」
「ラピシアが ぎゅーって ぎゅー」
ラピシアが細い腕を突き出して、小さな手のひらをギュッと握った。
――なるほど。筋力3万の握力で握り潰したから、こんなふうになったのか。
「えらいぞ、ラピシア」
「うん!」
目をキラキラと輝かせて満面の笑みを作った。
セリカが優雅な仕草で金髪を後ろに払いつつ、フォークを口元へ運ぶ。
数回口を動かすと、青い瞳を見開く。
「本当においしいですわ。初めて食べる食感です」
「ほめて ほめて!」
「素晴らしいですわ。ラピシアちゃん」
「わーいっ」
ラピシアは両手を挙げて喜んだ。
その様子にセリカも釣られてくすっと微笑む。
その後も食事は続いた。
にぎやかに笑い合う食卓。
楽しさがうまさを倍増させる。
しかし日本で生まれ過ごした俺は思う。
確かに美味しい洋食だけれども、そろそろ日本食が食べたくなってきた。
白い粒の光る白米。だしのきいた味噌汁。塩辛い紅鮭。あとはのりや納豆なんかも。
まあ、無理だろうな。
小さな溜息を吐いたらセリカが首を傾げた。
「どうされました、ケイカさま?」
「いや、なんでもない。ちょっと故郷の料理を思い出しただけだ」
「そうですか」
彼女はなんでもなさそうに頷くと、ラピシアへ話しかけた。
「ラピシアちゃんは、今日はどうしてたのでしょう?」
「きょうー ミーニャと 遊んだ! ボールかべまで!」
「まあ、ボール遊びで投げたボールが街の外壁まで飛んだのね。さすがラピシアちゃん」
しばらくセリカはラピシアを相手にして話していた。
気を使ってくれたのがわかる。
俺を一人にしてくれた。
こういう気遣いに、心が癒されるようだった。
セリカの存在に感謝しながら、おいしい食事を続けていった。