第225話 ブラックなお仕事
リリールを倒して洗脳を説いた俺は魔王退治の作戦を練るため、屋敷に戻ってきた。
すると屋敷の前に巨大なアメーバ状の生き物、ビホルダーゲルのアイがいた。
村人は誰も怖がらない。すっかり村になじんでいた。
アメーバの核の部分が目玉になっていて、その大きな青い目でリリールをじっと見る。
「まあ、ビホルダーゲルではありませんか。どうしてこんなところに――あ」
「おまえが待機指示を出したまま忘れたんだろ」
リリールは乾いた声で笑った。
「あはは……そうだったかもしれません」
アイは道のはずれに行くと、透明な触手を伸ばして地面に何かを書き始める。
記号すぎて神の俺でも読めない。もっと信者数が増えなければ読めないようだ。
リヴィアが横から覗きこんだ。
「ふむ。仕事開始から今までの給料12000ネムラリン、を払えとな。リリール、払ってやるがよい」
確かネムラリンとは異世界の物質で、インゴット1本で極上カルメラ焼き1トンと同じぐらい価値があるそうだ。
「えええええ! 破産してしまいます! というかこの世界にそんな蓄えありません」
アイがぶんぶんと目玉を横に振る。
俺が代弁して言う。
「上司の指示通り働いたんだから、給料払わないとまずいだろう」
「ケイカさん、なんとかならないでしょうか!?」
リリールは泣きそうな顔で言った。
「う~ん。アイは死にかけてたからなぁ。その分も加味してやらないと」
こくこくとアイは巨大な目玉を上下させた。
リヴィアは幼い顔をニヤニヤ笑いでいっぱいにして言う。
「海に関するすべての権限はそなたに移っておるからの」
「でも、ないものは出せません……どうしたら……」
ぐすっとべそをかくリリール。そんな仕草も可愛らしい。
とりあえず可哀想になったので助け舟を出した。
「まあ、そうだな。変わりに欲しいものはないか? 別のもので現物支給するってのは」
アイは視線を落とし、考え込むようす。
「それに、だ。アイだって待機なんだから、正規の金額じゃなく減額してあげてもいいんじゃないか?」
落としどころを見つけようとした発言だったが、アイは徹底的に目玉を振って拒否した。
そしてまた地面に記号を書き始める。
リヴィアが言う。
「待機じゃなくて、監視業務、だと言っておる」
「ほう? 何を監視していたんだ?」
するとアイは触手をリヴィアに向けた。
「リヴィアを監視していたのか。じゃあ、なんでこの村の池にいたんだ?」
アイは北東を指し示した。
その方向を千里眼で見る。
大河の上流に湖があった。湖底には神殿が沈んでいる。
「そういや川の上流に神殿があったな。宝も何もないが……ひょっとしてリヴィアが封印されていたのはあの神殿か?」
「むぅ。よくは覚えておらぬが……」
リリールが美しい顔を泣きそうに歪めながら答える。
「ええ、リヴィアさんの魂を封印したのがあの湖でしたので。復活しないように見張っていてもらいました」
「そして、忘れた」
「ううっ。どうしてこんな大切なことを忘れてしまったんでしょう」
困り果てておろおろするリヴィアがなんだか可愛い。
が、それを見ていて不意に電流が走った。
「――いや、忘れさせられたのかもしれないぞ」
「え? いったいなぜ?」
「魔王は四天王のゲアドルフに嘘の儀式を教えていた。その結果、よみがえったのが創世神を恨むリヴィアとベヘームト。正確にはリヴィアだけだが。魔王は二人の邪神を利用するつもりだったんだよ。それには魂を監視されていると邪魔だった」
「そ、そんな……でも二人をよみがえらせたら、お母さまが危なくなります」
「そうだな。世界が滅びかねない。となると勇者や神々が阻止するために動かなくてはならない。――つまり、魔王は時間稼ぎとして記憶消去などの保険をかけていたんだろう」
「まあ! 魔王ヴァーヌスはそんなことまで考えていたというのですか!」
リヴィアが腕組みをして偉そうに頷く。
「うむ。その可能性が高かろうて。さすがケイカじゃな。よく気が付いたのじゃ」
「魔王もおそろしいですが、それに気が付くケイカさんも、さすがです……」
ラピシアが元気な声で言う。
「セリカが言ってた! ケイカが一番おそろしいって!」
俺は顎に手を当ててますます考える。
微妙に納得がいかない。
「邪神復活を保険にしていた。時間を稼ぐ必要を考えてだろう。――おかしい、そんな必要はないはずだ」
リリールとリヴィアが首を傾げる。
「なぜでしょう?」
「復活するまでの時間稼ぎであろ?」
「いや、違う。進化の繭は絶対防御だと言ってただろ。攻撃できないから倒せない」
「あっ! そうでした! 聖剣でも無理かもしれません」
「繭から出てきたらすぐに世界を滅ぼせばいいから時間稼ぎなんておかしい――まさか」
水を浴びたように、はっと顔を上げた。
「え? どうされました?」「なにがじゃ?」
「虫と同じで、繭から出てしばらくは体が柔らかいままだとか、本調子ではない可能性がある!」
「た、確かにその可能性は高いですわ!」
「攻めるなら今じゃな!」
リリールが首を振る。白いベールが揺れた。
「さすがケイカさんですわ。少しの情報から敵の動向をどんどん暴いてしまうなんて」
「げに、おそろしき男じゃ」
なぜか二人の女神から熱い視線を送られた。
頭を掻きつつアイに向き直る。
「まあ、そういうわけだ。確かにリリールは管理不届きかもしれないが、不可抗力の側面もあった。減額できないだろうか? できる限り魔王から取り立ててみせるから」
アイは青く巨大な目で、じーっと見つめてきた。
しばらくしてゆっくり頷いた。
「わかってくれたか。無理を言ってすまないな」
「本当にごめんなさいでした、ビホルダーゲルさん。できるだけ払えるよう頑張りますわ――ケイカさんも仲裁ありがとうございます。私だけではどうにもなりませんでした」
「気にするな。当然のことをしたまでだ。――それより情報も随分集まった。作戦会議をしよう。ラピシア、セリカとミーニャを呼んできてくれ」
「わかった!」
青いツインテールを後ろになびかせて、屋敷へと駆けていった。
俺たちも屋敷へ行こうと敷地へ入った。神社に似た配置の石畳と建物が見える。
すると、アイが触手でつんつんと突いてきた。
「ん? どうした?」
記号を書き始める。
というかどこの文字なんだろうかこれは。神代文字ですらない。
リヴィアが俺の隣まで来て覗き込む。
そして、ぶふっと吹き出した。
ニヤニヤ笑って俺を見上げる。
「さっきの現物支給の続きじゃ。ケイカの子供が欲しい、と言うておる! もてる男は辛いのう!」
「お前メスだったのかよ!」
尋ねたとたん、アイの巨大な目が火が付いたように赤くなった。
そして何本もの触手で目玉を覆いながら、ずるるるる~とすごい速さで去っていった。
後に残された俺は、呆然と立ち尽くしていた。
大声に驚いた奴隷たちが小屋から顔を覗かせ、販売所からはファルが身を乗り出してこちらを見ていた。
そよ風がバカにしたように前髪を弄んでいく。
リヴィアは隣でまだニヤニヤ笑っている。リリールは困ったような笑みを浮かべていた。
はぁ、と溜息を一つ吐くと、屋敷へと戻った。




