第223話 敵か味方か聖剣か
第十章(たぶん最終章)、開始です!
これまでに俺は、魔王四天王を倒し、エーデルシュタインを解放し、魔王を倒すスキルを覚えた。
あと聖剣ができるまでの間にブリザリアを救った。
今日は待望の日。
ケイカ村の朝。
うららかな日差しが村のあちこちに落ちている。
大気は暖かく過ごしやすい。
春にはまだ早いけれど、その予感を存分に感じさせた。
俺は裏庭にある鍛冶工房にいた。
疲れきった顔のヘムルじいさんと、平然な顔をしてたたずむ人形のセプティがいた。
「できたそうだな……ハーヤは?」
「そこで溶けてるでし」
セプティが指さす床の上に、ハーヤの模様をした水たまりができていた。
「でぎまじだです~。づがれたです~」
「妖精って溶けるのか」
セプティが言う。
「徹夜するとよく溶けるでし~」
「そうか。無理させたな」
「もう当分、働がぬです~」
ずる、ずる、と水たまりが床を這った。
「それは困る」
「え゛?」
「まあ、すぐにってわけじゃない。しばらくは休め」
「ひぎぃぃぃ~」
水たまりはぶるぶると震え、そして動かなくなった。風船のようなものが出てきて膨らんでは縮む。
寝たらしい。
ヘムルじいさんが腰をとんとんと叩きつつ、鞘に収まった太刀を持ってきた。
「これが聖剣じゃ。宝石の力がよくなじんだわい」
「ほう」
鯉口を切って刀身を見る。
虹色の淡い光が漏れだした。
「スキルや魔法の威力を数倍にするはずじゃ」
「もともと2倍にはなっていたが……」
真理眼で太刀を見た。
【神滅の宝刀】攻撃力3倍、魔力3倍。スキル効果増幅3倍、魔法攻撃ダメージ3倍。
『闇属性無効』闇属性攻撃、闇属性防御を無効にする。
『武器スキル:天臨の波動』敵に掛かるすべての付与効果を打ち消す。数ターンの間パッシブスキルも消す。
「……すごいな。よくやってくれた」
「まあのう。これだけの仕事をしたのはワシも初めて、いや世界初じゃ」
その言葉に引っかかりをおぼえた。
「ん? じゃあ、前の天臨の聖剣を作ったのは誰だ?」
「なにをいう。聖剣を作った勇者など今までおらんじゃろ? そもそもあれだけの量のエーデルリヒトなど、手に入らんわい」
「それもそうか……」
ふわぁ~、とヘムルじいさんが大きなあくびをした。
「どれ。ワシも一眠りするとしようかの」
「急がせてすまなかったな」
「なに、楽しかったわい」
かっかっか、と笑って工房の奥へと引き上げていった。
俺は太刀を腰に差すと工房を出る。
すると、入り口傍に猫獣人のミーニャが立っていた。
風に吹かれて巫女服が揺れている。
黒い尻尾がはたりと揺れた。
「ケイカお兄ちゃん、その剣あるほうが格好いい」
「そうか。俺も太刀が戻って安心したよ――それよりどうした?」
「ん。リリールが来てる」
聖女リリーこと大海神リリール。北方を巡って魔王軍の動向を調べていたはずだった。
彼女にはいろいろと聞かなくてはならないことがあった。
特に浮遊大陸の内部情報。
「ようやくか。どこにいる?」
「応接室に通した」
「わかった。すぐ行く」
俺は屋敷へと向かう。すぐ後ろをミーニャが寄り添うようにして付いてきた。
◇ ◇ ◇
屋敷の廊下を歩いていると言い争う声が聞こえた。
応接室からだ。
「騒がしいな」
リリールはそれなりに上辺を取り繕うのがうまかったはずで、こんなに大声を出すような女神ではなかった。
すると後ろにいるミーニャがボソッと呟いた。
「リヴィアと会ってる」
「……そういうことか」
海邪神リヴィア。俺の屋敷に住まわせることになった、のじゃロリババアの女神。
リリールの母に当たる創世神に呼ばれて天地創造の手伝いをしたにもかかわらず追放された神。
その後を引き継いだのが創世神を心酔するリリール。
どう考えても話が合わないだろう。
二人の間には、マリアナ海溝ほどの深い溝が横たわっていると思われた。
「しかし、会うしかないか――ミーニャは危ないから外で待っててくれ」
「わかった。あとでお茶持ってく」
ネコ耳をピコッと動かして頷いた。
俺は溜息を吐くと、応接室の扉を開けた。
中へ入ると、リリールとリヴィアが机を挟んでソファーに座っていた。
白いベールを被ったリリールは、相変わらず女神のように美しかった。
ロリばばあのリヴィアは幼い顔に不機嫌そうにゆがめている。
リリールの隣にはラピシアがいた。
何か思うところがあるのか、口を閉じてじっと二人の言い争いをうかがっていた。
――というかこの部屋、神しかいないな。
リヴィアが眉間にしわを寄せて叫ぶ。
「妾から海を奪っておいて、謝らぬというわけじゃな!」
「ええ、私こそ真の支配者です。お母さまに任されているのですもの。だいたいあなたはお母さまを裏切った悪い邪神ではありませんか」
「裏切った!? 働かせるだけ働かせて、そのあと給料も払わずに妾を封印したのはアトラではないか!」
「お母さまの尊い名を口にしないでください。穢れます」
「なんじゃと!」
リヴィアが怒って睨みつける。リリールは冷ややかな目で見返した。
「まあ、待て。その話はあとにしてくれ」
俺は溜息を吐きながらリヴィアの隣に座った。
ミーニャが扉を開けて、するっと入ってくる。猫のように。
俺たちの前にお茶を置くと、尻尾を揺らして足音を立てずに出て行った。
リヴィアは怒りながらも、ずずず~と音を立ててお茶を飲む。
しばしの休息。
それから、ほっと息を吐いてまた怒鳴った。
「ケイカはどっちの味方なのじゃ! こやつは創世神と魔王の手先じゃ!」
「まあ、なんてことを言われるのですか! お母さまは悪い魔王に騙されているだけですわ!」
会話の主導権が移るたびに、ラピシアはまん丸な目で両者を追っていた。
青いツインテールが波打つ。
一言も喋らず、じっと様子を見ていた。
「どこがじゃ! あれは――んぐ」
言い争いが終わらないので、リヴィアの口を塞いで無理矢理終わらせた。
むぐぐ、と口を覆われてもまだ何か言っていたが無視する。
俺はソファーに座り直してリリールを見る。
「まずはそれだな。本当に創世神アトラは魔王に騙されているのか?」
「そのとおりです。あんなに優しいお母さまが悪いことをするはずがありません」
美しい瞳に真剣な眼差し。
嘘をついているようには見えないが、心酔しきっているだけかもしれない。
ただラピシアはまだ黙っていた。嘘なら騒ぎ出すはず。
リヴィアの口を押さえたまま、さらに尋ねる。
「まあいい。リリールが目覚めた時、周りに石化した神々がいたんだよな?」
「はい、そうですわ。よくご存知で」
「どの辺りにいた? いや、いっそのこと浮遊大陸の地形や建物配置、内部情報を知っているだけ教えて欲しい」
リリールは困ったように顔を曇らせた。
「いえ、わたくしも逃げるのに必死で、内部までは覚えていません……」
「きょっ」
突然、ラピシアが鳴いた。可愛い声での警告。
口を「きょ」の形に開けたまま、大きな瞳でリリールを見る。
――リリールが嘘をついた。
つまり浮遊大陸の内情を知っているというわけだな!
あと大口を開けたラピシアの顔が何かに似ていると思ったら、パタリロのタマネギだった。
――と。
たしたし、とリヴィアが柔らかな唇を塞ぐ俺の手を叩いてきた。
潤んだ瞳で何かを訴えてくる。顔が真っ赤だ。
手を離すと、荒い息をしながら言った。
「はぁはぁ……強引な男じゃ。それはそうと、今、こやつは嘘をつきをったぞ!」
びしっとリリールに指を突きつけるリヴィア。ロリ巨乳がたゆんと揺れた。
「な、何をいうのですか、この邪神は……」
「邪神言うでない! それよりおぬしは内部の地形をはっきり知っておるはずじゃ! なぜなら、神々の住まいであったからな!」
「なるほど。天界や天国みたいなものか。だから飛んでいたのか――ということは、魔王が本性を現して暴れるまでは浮遊大陸に住んでいたはずだな?」
「さあ、昔の記憶はおぼろげで……」
「きょきょっ!」
ラピシアがまた鳴いた。
リリールが訝しそうに隣に座るラピシアを見る。
「この子はさっきから、きょっきょっと何を言っているのでしょう?」
「ラピシアのことは気にするな。それよりまた嘘をついたな。お母さま大好きなお前が、母と過ごした場所や時間を忘れるはずがない。ベヘームトの言ったとおり、本当にここの神々は信用ならないな」
「う……っ」
リリールは悔しそうに唇を噛んだ。
だが……と、俺は頬に手を当てて考える。
――なぜ隠す必要があるのか。
リリールは魔王を倒したいのは間違いない。
それなら内部情報を教えても問題ないはずだ。
……まさか!
リリールの目を睨みつつ言う。
「それでも教えられずに嘘をついている……つまり、内部情報を教えると大好きな母親に迷惑がかかるからだな? 正確に言えば、創世神の考える作戦が台無しになるからだ」
「そ、そんなことは……」
「きょっ」
リリールは挙動不審に目を反らす。
ラピシアは両手を体の横で小鳥のように広げた。
「しかも普通、他の神に嘘を付くなんて邪悪なことだ。本来なら闇落ちしてもおかしくない。それが問題ないとすると。――俺すらも邪神認定しているわけか」
「……っ!」
リリールは鋭い眼差しで睨みつけてきた。神の威圧を感じる。
リヴィアが鼻で笑った。
「そりゃあ世界創造を手伝う妾たちを邪神扱いした女じゃ。ケイカも邪神と考えててもおかしくはなかろうて」
「リリールは前に『創世神はどこかへ消えた』と言ったな? だが嘘だ。本当は浮遊大陸に今でもいるんだろう? 石化された神々たちとともに」
「だ、だからなんだというのです!?」
俺はおもむろに立ち上がると、テーブルをまたぐように足を乗せた。水音を立ててコップが倒れる。
気にせず俺は手を伸ばした。
リリールの美しい顎に手を掛けて、クイッと上を向かせる。
「お前ら――俺が魔王を倒した後は、俺を殺すか封印する気だな?」
「――っ!? そ、そんなことは……しませんわ!」
リリールは強気な声で言い切った。
しかしラピシアがソファーの上に飛び上がる。
「きょ~! きょきょきょっ、きょ~っ!!」
手を鳥のようにバタバタさせて部屋の中を走り回った。
今までで一番大きな嘘だと警告していた。
顔を寄せてリリールを見下ろしつつ、鼻で笑うしかない。
「まあ、そうだよな。自分を信じる可能性の低いラピシアを殺そうとした創世神だ。今までお前の口から聞いてきたことも全部信じられなくなったな。魔王を聖剣で突き刺しただの、魔王の裏工作に気が付かなかったなんてのもな。全部わかった上で、創世神に命令されたからやったんだろう」
リリールの頬を片手で強く掴んだ。両頬が押されて、唇が突き出される。
ぶさいくに顔をゆがめながらも、リリールの目に火が灯った。
「ケイカ――いえ、蛍河比古命。大海を司る美の神リリールに、このようなマネをしてただで済むとは思っていませんよね?」
俺は手を離し、テーブルの横に移動した。
「いいぜ。いくらでも相手になってやる――信者5万人以上集めたら戦うみたいなこと言ってたしな」
リリールも修道服を揺らして立ち上がる。
「ええ、いいでしょう。勝ったら魔王を倒せる力を授けて上げましょう。ですが負けたら魔王を倒す道具に成り下がってもらいますわ」
俺は踵を返して扉へと向かう。
「村の外で戦おう。――リヴィアとラピシアは審判をしてくれ」
「ふふん、楽しみなのじゃ」「わかった!」
リヴィアが白いドレスを揺らして立ち上がった。ラピシアは大きく手を振って傍へ来る。
そして俺たちは怒りのオーラを全身から立ち昇らせるリリールを連れて、外へと向かった。
毎日更新したいですが、話をまとめるのに難航しています。
最低でも3日に一度は更新しますので、長い目で見てお待ちください。