第222話 妖精女王復活祭(第九章エピローグ)
ブリザリアを救って霜巨人たちから感謝された俺は、屋敷に戻るため妖精の扉をくぐった。
聖剣ができるのは明日。浮遊大陸の場所は飛竜たちに探してもらっている。
浮遊大陸に囚われているはずの神々を救出するのは危険だと教えてもらったので、どう対処するか作戦を立てなければいけなかった。
妖精界の回廊に出た俺は立ち止まった。
内部情報を知るはずの大海神リリールに心話を使って話しかける。
なんだか彼女と話すのも久しぶりだ。
『リリール、起きてるか?』
『あ――ケイカさんですね、どうされました?』
『直接会って尋ねたいことがある。あと信者数が6万人を越えた。だいぶ前に信者が5万人越えたらどうとか言ってただろ?』
『まあ! おめでとう。今はどちらに?』
『妖精界だ。ケイカ村に来れるか?』
『ええ、急いで向かいますね。明日行きます』
『ん~? 俺も早く会いたいから、場所を教えてくれたら勇者パーティーに入れて妖精の扉を通れるようにするぞ』
『何を言っているのです。神なのだからステータスの種族を妖精に変えれば自由に使えますよ』
『それもそうか』
『では、明日。行きますね』
話は終わった。
……何かおかしい気がしたけれど、わからなくて首を捻った。
考えていると、ケイカ村につながる扉から羽根の生えた妖精が出てきた。
燃えるような赤い髪をした美女。
妖精のマージリアだった。
「勇者さま、ここにいたのか! ずっと探していたんだ」
「ん? どうかしたのか?」
「ついに、妹――妖精女王が復活する!」
「お~。オルフェリアだったか。それはよかったな」
「今から祭りなので、ぜひケイカさまも参加して欲しい」
俺はセリカたちを振り返った。
「予定は大丈夫か?」
「ええ、わたくしは大丈夫です。人形さんに任せていますので」
「私の最優先事項は、ケイカお兄ちゃんと一緒にいること。問題ない」
「よし。じゃあ、パーティーに招かれてみるか」
「わーい!」
ラピシアが両手を挙げ、くるくる回って喜んだ。
マージリアは頭を下げた。赤い髪が流れるように垂れた。
「ケイカさまには助けてもらった恩がある。祭りへの参加、感謝する」
「気にするな――というか、マージリアは口調がころころ変わるな。学校の先生してるときと全然違うぞ」
マージリアは水を浴びたように、はっと顔を上げた。
「そ、それは……この口調では、子供たちが怖がるではないかっ」
「なるほど」
――妖精は子供が好き。種族としての本能が出てしまったらしい。
「わ、私だって、子供たちには笑顔になって欲しいのだ」
マージリアは恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして俯いた。
思わず笑ってしまう。
「そんなことないぞ。いい教師だ。これからも子供たちを頼む」
「ま、任せておけ――では、案内する。女王はこちらだ」
マージリアの後に続いて、地上へと上がる階段を登った。
◇ ◇ ◇
妖精界。
爽やかな青空が広がり、地平線まで緑の草原が広がっていた。ぽつぽつと花も咲いている。
小さな妖精たちが羽根を動かして花から花へと飛び交い、大きな妖精が微笑みながら草花の世話をしていた。
地下の回廊から上がったところにはメルヘンチックな城がある。
ただし妖精たちはそこにはいなかった。
「女王はあちらだ」
マージリアが緑に萌える野原を指差した。
城から少し離れたところに妖精たちの人だかりができていた。
ドーナツのように大きな輪を作って何かを囲んでいる。
俺たちが近付くと、大小の妖精たちは道を開けた。
「勇者さま、そろそろです!」
「もうすぐです!」
妖精たちは口々に感極まった声を掛けてくる。
一番前まで行くと、そこには小さな泉があった。
緑の鮮やかな蓮の葉が水面を覆っていて、泉の中央には大きな花の蕾がある。
蕾の大きさは大人の身長ほどもある。
――と。
どこからか、シャラン――ッと鈴の音が聞こえてきた。
妖精たちのざわめきが減っていく。
続いて、ドンドドン、と民族太鼓のような低い音が響き出した。
か細い笛の音も聞こえ始めて、だんだん厳かな雰囲気が漂い始める。
そして、蕾に変化があった。
静かな音色に合わせて、白い花弁がゆっくりと開いていく。
中には透き通るような白い肌をした全裸の美少女がいた。オルフェリエだ。
胎児のように膝を抱えてうずくまっている。背中には透明な羽。新緑のように鮮やかな緑髪が胸を隠すように垂れていた。
試練の塔で見たときよりも一回りほど小さく思えた。若返っているようだ。
「ん……」
オルフェリエは小さく声を漏らし、眉をしかめた。
日差しが眩しいらしい。
それから、長い睫毛を瞬かせて目を開けた。
翡翠色の瞳が空を見上げ、辺りを見回す。
――その瞬間。
泉を中心にして爽やかな風が吹きぬけた。
サァァと草原を揺らして丸く広がっていく。
すると、花がいっせいに咲き始めた。
あっという間に、地平線まで見渡す限りの花畑となる。
なんというメルヘンな風景。
集まっていた妖精たちは花に埋もれながら声を揃えて叫ぶ。
「「「じょーおーさまー!」」」
はじける笑顔で喜んでいる。中には涙ぐむ妖精までいた。
羽根の生えた小さな妖精が布を持って飛んでいく。
オルフェリエの裸体を布で隠した。
大事なところを隠しただけなので、細い手足の白さが際立つ。
――って、背中に羽根があるからバスタオルのように体に巻けないのか。
オルフェリエは優しい微笑みを浮かべて泉に集まる妖精たちを見渡した。
「みなさん、心配掛けましたね。もう大丈夫です」
「「「うわぁぁん、じょーおーさまー!」」」
みんな泣き出した。泣き声の大合唱。
――転生しても、ハーヤのように精神年齢が退行していないようだ。
幼さの残る美少女なのに、大人のような仕草で微笑みを振りまいている。
そのギャップがなんだか神々しい。
それからオルフェリエが池の上を歩いて俺の前まで来た。緑の髪が優しく波打つ。
「……勇者さま。その節は、本当にありがとうございました」
「無事に転生してなによりだ」
「はい、おかげさまで。――あら?」
彼女は華奢な体を隠す布を手で押さえつつ、首を傾げた。
「どうした?」
「妖精たちは、あんまり信者になっていませんね」
「こいつらはそういうのと無縁じゃないのか?」
するとオルフェリエは、しなやかに腕を上げた。
騒いでいた妖精たちが静かになる。
「いいですか、みなさん。勇者ケイカさまは私を助け、妖精界を救いました。信じるに値する良い人です。ちゃんとケイカさまに感謝するとともに、ケイカさまが魔王を倒して世界に平和を取り戻すと信じましょう!」
「「「は~い!」」」
妖精たちが声を揃えて返事した。個別に小さな声も聞こえてくる。
「勇者さま、ありがとー」「勇者さまのおかげー」「ぼく、しんじるー」
俺は真理眼で手を見る。妖精が400人ほど信者に加算されていた。
「おっ。信者になってくれたな」
オルフェリエは満足そうに頷く。
「よい傾向です。――ではみなさん、お城へ行って、お祭り騒ぎをしましょう」
「「「わぁぁ~!」」」
大小の妖精たちは飛び跳ねると、城のほうへと波のように押し寄せて行った。
草原に咲き乱れる花が吹雪のように舞う。
あとには俺たちとオルフェリエが残された。
妖精たちの少なくなった泉の傍。
マージリアが羽根を揺らして前に出る。
「オルフェ――いえ、女王さま。お会いしたかった」
「お姉さま……封印された私を探し回っていること、気付いていました。とても勇気付けられましたわ」
――なるほど。そうだったのか。
たった一人で優秀な勇者候補を殺戮する仕事をさせられていたのに、よく精神が持ったなと思っていたが。
妹を思う姉の気持ちが支えていたんだな。
けれどマージリアは、毅然とした態度で言った。
「一人の妖精として当然のことをしたまで」
言葉を裏付けるように、膝を付いて頭を下げた。
オルフェリエは悲しそうに微笑んで見下ろしている。
俺は後ろからマージリアの頭をぽんっと叩いた。赤い髪がふわっと揺れる。
「寂しいこと言ってやるな。今日ぐらい姉妹として過ごせ」
マージリアは呆然とした表情で俺を見上げた。
「け、ケイカさま……そんなことできるはずが……」
「命令だ。できなきゃ魔王の手先として処分してやる」
「う……っ」
言葉を詰まらせるマージリアとは違い、オルフェリエは嬉しそうに微笑む。
「さすが、ケイカさまですわね。どこまでも気遣ってくださる。ありがとうございます。では、お言葉に甘えて。――行きましょう、お姉さま」
「う、あ……」
オルフェリエはマージリアを立たせると、手を繋いで歩き出した。
最初は戸惑いも見えたが、すぐに仲の良さそうな雰囲気をかもしていく。
オルフェリエは一度だけ俺を振り返り、丁寧に頭を下げた。
マージリアと子供のように手をつなぎながらも、心からの感謝が伝わる仕草だった。
俺は頷いた。
「よかったな」
「うむ。よかった! うむ」
俺の隣でラピシアが偉そうに頷いた。
――何もしてないだろ。
セリカがくすっと笑いつつ言う。
「さあ、わたくしたちも宴に参加させてもらいましょう」
「そうだな。行くか」
「ん、妖精の料理、楽しみ」
料理人の血が騒ぐのか、ミーニャは尻尾をぴーんと立てた。
その後は妖精の城で、飲めや歌えの大騒ぎ。
さらには妖精それぞれの特技を生かした出し物が出て、場を盛り上げる。
すべての妖精たちが参加したお祭りは、幸せそうな笑顔を振りまきながら続いていった。
――いや、嘘だった。
ハーヤだけはずっと工房にいたそうだ。
小さな工房に一人、泣きながら太刀に粉をかけては鎚を振るう。
「ひどいです~っ、ボクもじょーおーさまのおまつりに~っ!」
「さっさと聖剣つくるでし――こしょこしょ」
「ひぎゃぁぁぁ!」
鳥の羽でくすぐられて、激しくもだえるハーヤ。
ヘムルじいさんですら女王に軽く挨拶だけはしたというのに、ハーヤは人形に見張られていたため参加できず、泣きながら聖剣を作り続けたらしい。
――ま、恨むなら有能すぎる前世の自分を恨むんだな。
そんなこんなで、オルフェリエの復活によって妖精たちも信者にできた。
魔王を倒せる力は充分に揃った。
もうやれることは充分にやった。
――今日ぐらい、楽しんでもいいか。
セリカ、ミーニャ、ラピシアとともに、しばし戦いを忘れて騒いだ。
お祭りはいつ終わるともしれず、夜遅くまで続いていった。
第九章 勇者冒険編・天 終
お疲れ様でした。これにて第9章、終了です。
読んでくれたみなさん、ブクマや評価くれたみなさん、とても励みになりました。ありがとうございます。
おそらく最終章になる第10章は、プロットはだいたいできあがっているので、1~3日以内に開始します。
ケイカたちの現在のステータスは、あとでまとめて載せようと思います。




