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第19話 戦いの準備

 二次試験の終わった次の日。

 俺はセリカを連れて防具屋へ来た。

 さすが王都の店だけあって、品揃えは豊富だった。

 店内を物色しながらセリカが言う。

「しかし驚きました。ケイカさまが防具を買うだなんて」

「別に俺が装備するわけではないがな」

「え?」


 防具は罠のため。罠は複数あったほうがいいからな。

「まあ支払いは頼む」

「わ、わかりました」

 セリカはたおやかな指先で財布を握り締めた。出会った頃よりだいぶ少なくなっている。

 今の俺って完全にヒモだな。

 勇者になったら楽をさせてやりたいと思った。


 主人らしき太った商人が話しかけてきた。

「これはこれは、ケイカさんじゃないですか。先日はどうも」

「先日?」

「あなたが生きてるほうに賭けて儲けさせていただきましたよ」

「そいつはよかったな。これからも儲けてくれよ」

「それで今日はどういったものをお探しで?」

「盾か兜で、安いのがあればいいんだが」

「鎧ではないので?」

 和服一枚だけ着た俺の体をじぃっと見る。

「今はいい。勇者になれたらひいきにさせてもらうよ」

「盾か兜の安いの、ですか。これなんてどうでしょう?」

 商人は鉄製の兜を取り出した。鋲の打たれたヘルメットといった感じ。

 俺はじっと品を見る。


【鋲打ち鉄兜】鋲を打っているため通常の兜より硬そうに見えるが、内側の鉄を減らして薄いため、すぐに壊れる。 防+15



 俺は商人のおっさんを睨む。

「鉄が薄くてすぐに壊れそうだが? そういう考えで商売しているのか、お前は」

「え、いや……ああ、これは私が勘違いしておりました、あはは」

 汗をダラダラと流し始める商人。

 別の商品を探し始める。


 俺はその背に声を掛ける。

「もう少し派手な装飾の多い兜にしてくれ」

「予算はいかほどで?」

「限りなく安く、だ」

「それだと、この仮面なんてどうでしょう?」

 顔全体を覆うタイプの鉄仮面。ベルトで止めるようになっている。耳飾が派手だった。


【カナトの仮面】名匠カナトが作った兜の顔当て部分。視野が狭く見えにくい。防+20 敏捷-5

 ……なるほど。一部のパーツだけか。これは買い叩けそうだな。


 商人が作り笑いを浮かべる。

「これは名匠によるなかなかの一品でして、かなりの防御力が見込めますよ」

「そのぶん見えにくくて、とっさの対応ができなさそうだがな」

「さすがケイカさんですな。いいでしょう、おまけして大金貨3枚でどうです?」

 全体が欠損してるのに30万円とか、ぼったくりにもほどがある。

 カナトの兜自体は全部揃うと50万~100万してるようだが。


「兜全体は失われているのにか?」

「な、なぜ流れ者のあんたが、それを……!」

「お前には失望する。勇者になったらひいきにすると言ったな。あれはなしだ」

「そ、そんな! 半額にします。大金貨1.5枚でどうでしょう?」

「小金貨3枚だな」(約1万5千円)

「安すぎますよ! それじゃあ商売が――」

「本来売り物にできないジャンク品を売ろうとしているのにか?」

「ぐ……!」

「勇者になって王様に会った暁には、王都の大通りに店を出しておいて、ジャンク品を売りつけようとする店があると報告しよう。見たところ衛兵にも武器を下ろしているようだが、商売許可証どうなるかな?」

「そ、そんなこと言いながら、勇者に絶対なれるとでも!?」

「俺が勇者になれない方に賭けるなら売らなければいい。俺が勇者になって店をひいきにしてもらいたいなら小金貨2枚だな」

「うわぁぁ! さらに下げたよ、この人! あんた、悪魔か! ――ええい、もってけ! 小金貨2枚でもってけやぁ!」

 商人は肥えた顔をぶさいくに歪ませて泣いた。


 俺は笑って言った。

「おっけー。取引成立。セリカ払ってくれるか」

「わかりました……あ、あのご主人。気を落とさないでください」

「ううっ……なんて優しい言葉……私の味方はあなただけです、お嬢さん」

 泣きながら、お金を受け取りつつ、差し出すセリカの手まで握ろうとする商人。

 俺はセリカの薄い肩を抱いて引き寄せた。柔らかい金髪が広がるように揺れる。彼女は驚きつつも、頬を染めながら俺へしなだれかかってきた。

 どさくさに紛れてセリカを触る気だろうが、そんな汚い手で触れさせるかっ。


「同情する必要なんかないぞ、セリカ。どうせ買取の時には「全体が揃ってないと売り物になりませんねぇ。いつもひいきにしてもらってますからこの額で引き取らせてもらいますが」とでも言って、小金貨1枚程度で買い叩いてるはずだからな」

 商人は愕然と口を開ける。もう言葉も出ないらしい。


 抱かれたままのセリカが信じられないといった様子で至近距離から俺を見上げた。

「……そこまで見抜かれていたなんて……ひょっとして故郷では商売をやっておられたのでしょうか?」

「いいや。なんとなくだ」

「すごいですわ、ケイカさま」

「じゃあな、親父。また来るよ」

 俺とセリカは外へ出た。



 その後、俺たちは宿の部屋へ帰った。

 さっそく筆と塗料を用意して鉄仮面に色を塗った。黒い紋様を描く。

 俺の作業する手元を、ラピシアが青いツインテールを揺らしながら、じーっと興味津々な様子で見ている。

 セリカが青い瞳を丸くしつつ首をかしげる。

「ケイカさま、何をなさっておられるのです?」

「んー、罠を仕掛けようと思ってな」

「罠、ですか?」

「よし、模様はこんな感じでいいだろう」


 ラピシアの目付きがゴキブリを見るような嫌悪に染まる。眉間に可愛いしわを寄せて仮面を見る。  

「それ キライ!」

「やっぱりラピシアにはわかるか……絶対装備するんじゃないぞ」

「うん ワカッタ!」


 俺は塗料が乾く前に、両手で持って呪文を唱える。

「蛍河比古命の名において 止水の悔念 無風の苦念 激しき恨みに焚き狂え――《呪念付与》」

 鉄仮面の模様が蛇のように動いて呪いを固着させる。

 仮面は禍々しい濁ったような青いオーラを発するようになった。

 神だから、呪いの装備を作るぐらいたやすいものだ。

【憤怒の仮面】異界の神の呪いがかけられた仮面。すべての能力値を飛躍的に上昇させる。しかし仮面は外せず、破壊の衝動を抑えられなくなる。


 見ていたラピシアが、ひいっと悲鳴を上げてベッドに飛び込んだ。

「キライ! のろい キライ!」

 毛布を頭から被ってぶるぶると震え出した。隙間から覗く金色の丸い瞳がうるうると潤んでいる。トラウマが発動したらしい。


 俺は仮面を布で包んで隠した。

 立ち上がって部屋の外へと向かう。

「じゃあ、ちょっと仮面を渡してくる」

「誰にでしょう?」

「すぐにわかる。それよりラピシアとセリカはお互いを守って一緒にいるんだ。わかったか?」

「はい、ケイカさま」

「いいい、いってらっしゃー ナノ!」

 怯えながらも挨拶をするラピシアが可愛くて少し頬が緩んだ。




 数日後。

 俺は夜の街を見下ろしていた。

 闇の中に広がる街並み。

 その眼下にある一軒の酒場に注視していた。

 《千里眼》と《多聞耳》を使用して。


 酒場の隅で話し込むガフとその手下がいた。

「ここ数日見張ってもらったが、ミーニャとセリカ、どちらが人質にしやすいかわかったか?」

「そりゃあ、一人で出歩くミーニャちゃんがやりやすいっしょ」

 手下の一人が答えるが、すでに俺の手下となっているマージリアが反論する。

「でもよお、兄貴。仲良くなかったら人質にならないぜ? 奴にとっちゃあ、宿泊してる宿屋の娘でしかねーかもよ?」

「そいつもそうだな。やっぱ狙うとするなら、金髪か……」

「でもあいつ、ほとんど誰かと一緒ですぜ? あの男か、青髪のちっちゃい子と」

「ラピシアとかいうガキだな。親父の親戚らしいが、ものすごく勘が鋭くてすぐに大声出しやがる」

 マージリアが言う。

「トーナメント当日なら、金髪1人なんじゃないですかい? 子供はこないっしょ」

「きても酒場の老いぼれぐらいか……こちらも二人いるから、観客席で襲えるな」

「その方が奴にも見せ付けられっしょ」

「んで、手も足も出なくなったところを兄貴がやっちまうって寸法さあ」

 ガフがニヤニヤと笑った。

「くくくっ、そいつが一番効果がありそうだな。まあ当日なら奴もいねぇから、金髪が宿屋で留守番してても襲い放題ってわけだ」

「あの女を楽しめるっすね、さすが兄貴!」

「とっておきのアレも手に入ったし、もう兄貴は怖いもんなしでさぁ!」

 がはは、と高笑いする山賊たち。


 俺は屋根から離れた。

 ――マージリアはうまくセリカを狙うように誘導してくれたようだな。

 あとは場所と方法だな。


 

 夜の闘技場。

 楕円形の戦闘場を取り囲むように観客席が階段状に配置されている。

 人は誰もいなかった。

 用心しながら歩き回り、戦闘場入口の位置や観客席の位置を確認する。

 そしてセリカが安全に襲われやすい場所を選んだ。


 楕円の中央に面した辺りに三階建ての高さがある貴賓席があった。やぐらのような感じ。ここから王や貴族が見下ろすのだろう。

 石や柱を組み上げて作ってあるため、すぐ下の席は窮屈だった。それに他の客席からは死角が生まれやすい。

 ――ここだな。



 俺は宿屋へ戻った。

 酒場はもう閉まっていた。

 ミーニャが厨房で細腕を器用に動かしてなにかしている。明日の仕込だろうか。

「ミーニャ、一つ頼みたいんだが」

「なに……ケイカ」

「ルベラの実を買っておいてくれないか?」

「ん、わかった」

 くりっとした大きな黒めで俺を見てくる。相変わらずの無表情だが、尻尾はふりふりと動いていた。

 何か言いたそうにも思える。


 俺は厨房に入りながら言った。

「何か手伝おうか?」

「大丈夫……それより」

「ん?」

「ケイカは勇者になったら……旅立つ?」

「そうなるな」

「そう……」

 ミーニャはまた仕込みに戻った。しかし尻尾がへにゃっと垂れてしまった。


 ところが、急に耳をピッピッと動かして俺を見た。

「長旅……ご飯は、誰が作る?」

 長い旅に出るとしたら、俺とセリカとラピシアになるはず。

 眉間にしわを寄せつつ答える。

「俺かセリカか」

「そう」

 無表情に仕事をこなしていく。

 けれど黒い尻尾を楽しそうに足へ絡ませていた。


 なんだかよく分からないが、楽しいなら何より。

「じゃあ寝るわ。おやすみ」

「おやすみ」

 ミーニャと別れて部屋へ戻った。



 部屋へ入ったとたん、白い固まりがぶつかってきた。

 ツインテールの青髪が激しく揺れる。

「ケイカ! おかえり! 好き!」

「なんだラピシア。まだ寝てなかったのか」

「いっしょに ねる!」

 ぎゅううっと抱きついてくる。薄いワンピース越しに華奢な肢体の形が伝わる。子供の体温は高いなと思った。

 それに数日で言葉の発音が良くなった。あとは片言がなくなれば完璧だな。

 


 薄着の寝巻きに着替えたセリカが、疲れたような溜息を吐く。

「どうしてもケイカさまに一目会ってからでないと寝ないとごねまして……」

「今日は出ていたからな……しかたない、寝るか」

「うん! こづくり する!」

「ばか。お前がその子供だ」

「ぶー」

 ふっくらした頬をさらに膨らませるラピシア。

 抱きつくラピシアを軽々と抱え上げて、添い寝をするようにベッドへ入った。

 すると、なぜかセリカが俺の背中に胸を押し付けるように寄り添ってくる。

 薄着を通して伝わる、柔らかな丸みと早い鼓動。


「……セリカ」

「なんでしょうか、ケイカさま」

「ラピシアが来てから、妙に大胆になってないか?」

「ふぇ……そ、そんなことはないですっ! 前からこうでした!」

 そう言いつつ、後ろから腕を回してますます抱きついてくる。首筋に甘い息がかかってくすぐったい。

 俺に抱きついていたラピシアが、青髪を揺らして顔を上げる。

「うそつき! うそつき!」

「こら、なんてことを言うのですかっ!」

 怒るセリカに向かって、べーっと小さな舌を出すラピシア。


 俺はやれやれと呟きつつ、体をずらした。

 両手でセリカとラピシアの柔らかな肢体を抱き締める。

「言ってるだろ。仲良くしないと」

「はい、すみません……でも負けたくなくて」

「お姉ちゃんには 勝つ!」

「はあ……よしよし」

 溜息を吐きつつ、二人の頭を撫でてなだめるしかなかった。

 正直、平らなラピシアにピッタリとくっつかれると暑い。

 セリカの柔らかさの方が俺には優しく感じた。



 青い瞳を切なそうに潤ませるセリカに俺は言った。

「おっとそうだ寝る前に。セリカ」

「は、はい」

「トーナメントの観戦に来るだろ?」

「はい、行きます」

「それ、一人で行ってくれないか? 席は闘技場の楕円の中央、貴賓席の下だ」

「はい? 別に構いませんが」

「そこで襲われるはずだから抵抗しないでくれ」

「ええ!? いったいどういうことで――」


 するとラピシアが、むすっと怒った。

「ラピシアも いく!」

「ラピシアには別の用事を頼みたい」

「う? なに?」

「トーナメント当日、ミーニャが狙われるかもしれないんだ。だから彼女から離れず守ってやってほしい」

 ――急な人質変更など、最悪の事態に備えておく。


 ラピシアの眉間に可愛いしわが寄った。

「むぅ……」

「それともミーニャのこと、嫌いか?」

「ミーニャ 好き!」

 ラピシアは金色の瞳をきらきらさせて笑顔になった。

「そうか。じゃあ守ってやってくれ。でも悪い奴を思いっきり殴っちゃダメだぞ」

 ラピシアの力だと、確実に撲殺してしまうからな。


「わかった! てかげん する!」

 わしゃわしゃと青い髪を撫でてやる。

「うん、偉いぞ。あとセリカにはまた詳しく説明する。うまくいくから信じてくれ」

「わかりました、ケイカさま。心から信じます」

 そういってセリカは俺へ寄り添ってきた。

 今日も暑くて眠れない夜になりそうだった。



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