第192話 絶望的たまご
獣人地区にあるはずのたまごを探して俺たちは猪の村へと向かっていた。
ラピシアが夜魔伯爵から奪ってきたたまごを抱えて歩いている。
急に俺の横まで走ってきて、たまごをにゅっと突き出した。
「ケイカ! 半分白くなった!」
「おお、すごく早いな。この調子で頼むぞ」
「うん!」
ラピシアの頭を撫でてやると、嬉しそうにはにかむ。
――ちょっと早すぎる気もするが。
ひょっとしたら、ラピシアが女神として成長していることが影響しているのかもしれない。
まあ、早く浄化してもらえるのはいいことだ。
そして南の大森林近くにある猪の村に着いた。百軒ほどのぼろい小屋がある。
広場に集めて話を聞く。
百獣女王ミーニャの威光に恐れをなして、みんな正座していた。
「お前たちはよく南まで出かけるそうだが、盗賊のアジトから盗品を持ち帰らなかったか? 探しているのは丸いたまごで、大きさはこれと同じだ」
ラピシアが両腕で抱えるたまごを指差した。
猪たちは首を振る。
「知らないでごんす」「食べ物探してるだけなんで」「見てないっす」
その時、後ろにいた猪の少年が立ち上がった。ウリ坊のように目が大きくて可愛い。
「あ、ぼく、知ってる!」
「なに! どこだ!? どこで見た!?」
急に大声を出したため、少年がビクッと震えた。
「え、えっと……リス獣人の村で見た。このあいだ、新しい小屋を頼みに行ったとき」
「よく教えてくれた。礼を言うぞ」
「あ、はい」
少年は胸を押さえつつ、また座り込んだ。
俺はセリカとミーニャを見てうなずく。
ミーニャが一歩前に出て睥睨する。
「協力、ご苦労。解散していい」
「「「はは~」」」
と、猪獣人たちがひれ伏した。
そして、すぐにリス獣人の村へと向かった。
思わず早歩きになってしまう。
「ようやくか。今日中にかたをつけるぞ」
――今日で3日目。あと4日しかない。魔王城の探索する時間を考えたら時間が足りない。
「はい、ケイカさま」
セリカが金髪を揺らして力強く頷いた。
◇ ◇ ◇
夕暮れ時。
空は厚い雲に覆われていた。西のほうの雲が心なしか赤い。
ようやくリスの村に着いた。
獣人地区の東側にある、林の傍の村。
今までと同じように広場に全員集まってもらった。
俺は尋ねる。
「このたまごの色違いがここにあったと聞いた。山賊の盗品うんぬんは不問にするから、たまごを渡して欲しい」
するとリス獣人の長老が口を開いた。
「すみません、勇者さま。すでに、たまごは材木に変えてしまいました」
「なんだって!?」
長老はすまなそうに何度も頭を下げる。
「家を立てるための材木が必要でして、その代金として川を下る材木商に渡しました」
あたりの家を見る。確かに新築が多かった。屋根と壁だけの倉庫にはまっすぐな材木が布を掛けられて置かれていた。
――そういえば、猪たちもリスに新築住居を頼んでいたっけ。
「材木商……」
長いいかだで組んで川を下るところを見たことがある。
俺は、思わず膝を付きそうになった。
――どんだけ人から人へ渡れば気が済むんだ……!
川を下る材木商ということは、川に面した町のどれかに売ったはず。
ただ、ドライド商会が高速輸送船の駅を沢山作っていた。特急船はドルアースと王都を直通で結ぶが、それ以外に、各駅停車の普通船があった。
当然、川下りの材木商は、木材を売るため各駅を利用する。
材木商が集まるのは、川の上流にある街クリュー。
そこへ行って情報集めをするしかないが、もう手放しているとしたら川沿いの駅。
またたまごの行方がわからなくなる。
そんな駅を増やす提案を誰がしたか。
――俺だ。
よけいに堪えた。
高速輸送の儲けを増やすためにやったことが、ここに来て裏目に出るとは。
もし途中駅がなければ、王都かドルアースしかなかったのに。
俺は頭に手を当てつつ言った。
「よく正直に話してくれた。礼を言う」
「お力になれませんで、申し訳ないです」
セリカが心配そうな声で言った。
「ケイカさま……」
「心配するな。また商人の手に渡ったのなら、同じ商人のドライドに頼んだ方が早い。また探してもらおう」
「そう、ですね。ドライドさんに頼みましょう」
そしてリスの村を後にした。
曇天からちらちらと雪が降り始めた。
セリカが独り言のように言う。
「もうすぐ、竜の息吹が来ますわ………」
「大量の雪が降るんだっけか。それまでにセリカの身の潔白を証明しないとな」
「はい、頑張りましょう」
セリカはそういって微笑んだ。
俺たちは言葉少なに妖精の扉へと向かった。
◇ ◇ ◇
帰り道、ドルアースのドライド商会に寄って、ドライドにたまごは川を下る材木商が手に入れたと伝えた。
彼はすぐに材木商の支店を尋ねに向かってくれた。
商会で待っていると、彼は暗い顔をして帰ってきた。
「材木商すべてに当たりましたが、たまごを使った取引は見当たりませんでした。おそらく税金を逃れるために裏取引をしたのでしょう。獣人地区は報告の義務がありませんから、まず発覚しません」
「引き続き調べてもらえるか?」
「はい、時間はかかりますが、明日はクリューまで行って聞き込みしてみます」
「頼んだぞ」
彼にたまごを一任して、ドライド商会を後にした。
外に出たときはすっかり夜になっていた。
エーデルシュタインへ戻るため、妖精の扉をくぐる。
妖精界にある勇者専用の小部屋に入ると、思わず溜息が出た。
「うまくいかないもんだな」
セリカが優しい笑みを浮かべつつ、俺の腕にそっと触れた。
「ドラゴンさまのたまごですもの、きっと不思議な力が働いているのでしょう」
「迷惑極まりない力だ」
はんっ、と変な声で笑ってしまう。
……そんな、仕事終わりの気だるい帰宅時間を過ごしているときだった。
突然、真向かいにある妖精の扉が光った。
そして勢い余った少年が転がり出てきた。
メイド服のスカートがふわっと広がる。
リオネルのメイドとして購入した少年ディナシーだった。
俺を見つけるなり、頭のカチューシャを揺らしてしがみついてきた。
「ああ! ケイカさま! 大変です!」
「どうした、そんなに慌てて」
彼は俺を見上げるなり、目に大粒の涙を浮かべた。
「町が……! みんなが……! リオネルさまが!」
「なに!? 何があった!」
「助けて――うわぁぁん!」
いきなり号泣し始めた。
辺境大陸の町に何かあったと直感した。
俺はセリカとミーニャを見る。
「行くぞ!」
「はい!」「ん」「わーい」
俺はディナシーの出てきた扉へ向かう。
あとに二人が続く。
ラピシアは何を勘違いしたのか、泣き続けるディナシーに「きゅあああ」と唱えてからついてきた。
そして、辺境大陸へつながる扉をくぐった。




