第190話 のん気なたまご探し
最後のたまごを探して商人のドライドに情報を聞いた俺は、エーデルシュタインに戻ってミーニャを連れ出した。
獣人兵士たちの動向が不安だが、仕方がない。
ラピシアを置いていこうとしたら本人が嫌がった。出歩きたいらしい。
というわけでセリカ、ミーニャ、ラピシアを連れて獣人地区へと向かった。
ちなみに、グレスギーに盗賊団を退治したか尋ねたら「あまりおいしくなかった」と返答された。道理で盗賊たちの死体が見つからないわけだ。
その時、盗賊たちに襲われていたチーシャを助けたらしい。
いろんな因果があるものだ。
◇ ◇ ◇
昼過ぎの獣人地区。
冬枯れのため、地表が見えている平原。
ゆるやかな丘がいくつかある。
俺たちはまず一番人口の多い狼の集落に向かっていた。
ミーニャが巫女服を風に揺らして歩いている。細いけれど筋肉質な手足が良く動く。
セリカは横に並んでいた。
後ろでは、ラピシアはエロい模様の描かれたピンクと紫のたまごを抱えて、楽しそうに歩いていた。
「ラピシア、楽しそうだな」
「大地!」
「ああ、次のレベルアップは『地を知る』だったな」
ラピシアが砂を蹴っ飛ばしながら言う。
「砂は大地。土も大地。岩も大地。大地ってなに?」
「海や川がないところと言えるかな」
ラピシアは体を横に傾げた。ツインテールが地面を擦る。
「じゃあ、水が全部なくなったら、海の底も大地?」
「む……」
――なんでそういう面倒な発想をするのだろうか。
子供らしいけれど。
いやでも水のない火星や金星はすべて大地といえるのか。
「そうだな、大地になるな」
「むう~。でも水が入ると海になる。山も大地、野原も大地。でも水に入れば海になる~」
ラピシアは頭を左右に振って悩んでいた。
「海の底にも山はあるぞ。海底火山なんて言われてる。山頂だけが水面に出て島になってる場合もある」
「むむむむううう~」
俺は簡単に整理して話す。
「大地とは星の表面で、水に覆われていない部分を指すんだろうな」
「星のひょうめん」
「ちなみに大地は動いている」
「う? お母さんが押してる?」
「違う、マントル対流だ」
そこから地殻やマントル、熱による対流、海溝やプレート、衝突による隆起などを話した。
わからないかと思ったら、意外と素直に覚えた。
ふんふんと頷いている。
その横でセリカは目を丸くしている。
「信じられませんわ……大陸が動いているなんて。でも本当なのでしょうね。さすがケイカさまです」
ラピシアは、うむっと頷く。
「お母さんは動かしてない。勝手に動く。なるほど――あ!」
「どうした?」
「山に金属や宝石があるのも、ぶつかったせい?」
「お、偉いぞ。高熱や強い圧力が物質にかかることによって変性したんだ」
「わかった! じゃあ、昨日のやっぱり――きょきょきょ~!」
たまごを持って、セリカの周りをばたばた走り始めた。
捏造の金鉱石が地理学的におかしいと気がついたようだった。
セリカが手を合わせて謝った。
「ごめんなさい、ラピシアちゃん。どうしてもサンプルが見つからなくて、あんなことに」
「きょっ。でも、許す」
立ち止まって平らな胸を偉そうに反らした。
俺は不思議に思っていたことを尋ねる。
「というか、昨日の時点で本能的におかしいと気付いてたんだろう? どうしてやったんだ?」
するとラピシアは、屈託のない笑顔で答えた。
「みんなを想う嘘だから! きっとみんな笑顔になるの!」
「……そうだな。偉いぞ」
この中で一番大人なのがラピシアかもしれない。
そんなことを考えていると、ラピシアが頭を近づけてきた。
優しくなでなでしてあげる。
えへへ~、と顔を緩めて喜んだ。
セリカは弱く首を振る。金髪が力なく揺れる。
「ラピシアちゃんの好意を無にするわけにはいきませんね。絶対、エーデルシュタインを素敵な国にしてみせますわ」
「頑張れ」
「がんばっ」
俺とラピシアがほぼ同時に励ました。微笑みつつ。
なごやかな雰囲気はその後も続いた。
俺は目先の問題を解決した気になっていたせいか、ピクニックにでも行くような気持ちで歩いていた。
――と。
前を行くミーニャが振り返った。
「ケイカお兄ちゃん、ついた」
指差す先には、森の中に広がる掘っ立て小屋の集落があった。
家自体は小さいが、数はとても多い。
小屋を繋ぐ道を子供たちが走り回っている。みんな狼の獣人だった。
「さて。ここで見つかるといいがな」
「獣人のことなら、私に任せて」
ミーニャは尻尾をぴーんと立てて颯爽と歩いていった。
俺たちが遅れて村に入ると、すでに狼獣人たちは広場に集まり正座していた。
ミーニャが手をひらりと動かし俺を示した。
「この人が勇者。私の将来の旦那さん。だからケイカお兄ちゃんの言葉は私の言葉。心して答えて」
紹介の言葉に不穏な言葉があったが今は無視した。
みんなの前に立つ。
「俺が勇者ケイカだ。今日は知りたいことがあってきた。盗賊のアジトを襲って盗品を持ち帰った獣人がいるらしい。その盗品の中に赤色のたまごがあったはずだが、誰か知らないか?」
俺の問いかけに、広場はしーんと静まり返る。
ミーニャが、とんっと足を踏む。
それだけで狼獣人たちがいっせいに体を強張らせた。
「知ってるの? 知らないの? 黙ってるものは敵とみなす」
淡々とした口調だったが、狼獣人たちは泣きそうになりながら口々に言った。
「し、しらねぇっす!」「そんなたまご、見てないです!」「山賊のアジトなんて……怖くて近付けないです」
俺は顎に手を当てて考える。
「――ふむ。嘘は言ってないようだな。じゃあ、山賊のアジトに向かった獣人や、急に羽振りがよくなった獣人は知らないか?」
ひそひそと狼獣人たちが話し合う。
しかし、こちらを向いていっせいに首を振った。
「知らないです」「わからないです」
そのうちの一人が言った。
「そういえば、熊獣人たちがここ最近、豪遊しているそうですが」
ただ別の者が反論する。
「でも熊は南に行かないだろ? 山賊アジトがある南へ良く向かうのは猪たちじゃないかな」
「ほう? それは調べる価値があるな」
俺はミーニャを見てうなずいた。
ミーニャは胸を反らして言う。
「また何かあれば聞きに来る。協力、ごくろう。褒めてつかわす」
「「「はは~」」」
獣人たちがひれ伏した。
さすが百獣女王。
その後、俺たちは狼の村を後にして熊たちが住む山へ向かった。
しかし、最大規模の人数を誇り活動範囲も広い狼獣人が、ほとんど何も知らないのは意外だった。
――これは、難航するかもしれないな。
嫌な予感に囚われつつ、妖精の扉へ入った。