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第189話 失われたたまごを求めて

 朝。

 ハーヤが呼びにきたのでケイカ村の工房へ行った。


 中に入るとセリカそっくりの人形が作業台で寝ていた。

 可愛らしさや美しさそのままの姿。知らないと普通に接してしまいそうだ。


 ――が。

 俺は違和感を感じて首を捻った。

 そっと近寄り体を触る。肌は冷たさが気になるけれど人肌そっくりの感触。

 しかし服を押し上げる豊かな胸がない。

 見れば、なくはないが、手のひらに収まる程度の小ぶりな胸になっていた。


 俺は言った。

「セリカそっくりだけど、胸が小さいな」

「おや? 戦闘能力はいらないというので、そうなりましたが」

「何を仕込む気だったんだよ」


 ハーヤは、むふーっと鼻息荒く答える。

「男のロマンですー」

 絶対、おっぱいミサイルでも入れる気だったんだろうな。


「まあ、パッドでも詰めれば誤魔化せるか。操作方法は?」

「起動前にこのコードをセリカさんの頭につけて脳波計測してください。計算や執務をしてもらえると、より正確に反映できます――それから」


 いくつか注意事項を聞いてから、セリカの人形を背負ってエーデルシュタインへ向かった。


       ◇  ◇  ◇


 エーデルシュタインのお城。

 人にはほとんど出会わずセリカの寝室へ戻ることができた。

 すれ違った人も、俺とセリカの関係を知っているためか、詳しくは探ってこない。

 結果、人形とは気付かれなかった。


 寝室ではセリカがすでに起きていた。

 眠たげに目を擦り、下着姿で動き回っていた。朝日の中、波打つ金髪と白い肌が眩しい。


 人形をベッドに投げ出すと、セリカが目を丸くする。

「そ、それはなんでしょう!? わたくしの、人形!?」

「ハーヤに作らせた。魔導人形だ。――これから起動させるからちょっと来てくれ」

「は、はい」

 ハーヤに教えられたとおりにセッティングし、脳波計測。

 セリカを椅子に座らせ、普段行う執務を模擬的にやってもらう。



 しばらくして、ピーと音がした。

 人形がゆっくりと目を開ける。セリカと同じ青い瞳。

「おはようございます、ケイカさま。セリカさま」

「おー、動いた。おはよう。セリカが二人もいるなんて、なにか変な感じだな」


 セリカが少し引き気味に言った。

「わたくしはもっと不気味に思っていますわ……ひょっとしてこの人形が?」

「セリカが城を開ける間、この人形に身代わりになってもらう」

「見分けがつくでしょうか」


「人形は胸が小さいからすぐわかる」

「……胸だけですか」

 自分の大きな胸を押さえつつ、不服そうに口を尖らせた。



 なぜ不満そうになったのかわからないので、話を変えた。

「とりあえず胸に詰め物をして、セリカのドレスを着せよう」

「「はい」」

 二人のセリカが同時に返事する。声までそっくりだ。

 本物セリカが少し戸惑っているのが面白い。


 そして、人形を王女そっくりに仕立て上げた。

「これでよし。では執務室へ行って、仕事を始めてくれ」

「わかりました、ケイカさま」

 優雅に一礼すると、金髪を揺らして部屋を出て行った。



「大丈夫でしょうか、ケイカさま……」

 心配そうな顔で俺に寄り添うセリカ。

「今、観察してる」

 千里眼で後を追う。

 人形はすれ違う人々とそつなく挨拶をしていた。


 執務室では積み上がった書類を整理して、ペンを走らせ始める。

 セリカに確認したが、記入内容は正解だった。

 大臣が朝の報告に来ても、問題なく対処していた。

 金鉱山の採掘方法の指示まで出している。


「これは便利だな。もっと早く作っておくべきだったか」 

「そうでしょうか……わたくしは怖いですわ」

 セリカの顔に不安そうな影が差す。下着だけの胸を押さえる。


 俺は近付いて、そっと肩を抱き締めた。すべすべした肌が心地よい。

「大丈夫。何かあっても、俺がいるから」

「あぅ……ありがとうございます、ケイカさま」

「というか、さっきから下着姿だが、いいのか?」


 セリカは自分の姿を見下ろして、頬を赤らめた。

「ひゃっ! 寝惚けていましたわ! ――み、見ないでくださいっ」

 どうやらネグリジェを着ていると勘違いしていたらしい。


「安心しろ。もう隅々まで見た」

「いじわるです……っ」

 セリカは恥ずかしそうに顔を手で覆いながら、衣装棚がある隣の部屋へと走り去った。


       ◇  ◇  ◇


 朝日が照らす港町、ドルアース。

 大陸随一の港町は、朝から人々の活気で溢れていた。

 冬だけれども、寒さなんてものともせず、威勢の良い掛け声が飛ぶ。


 俺はセリカとラピシアを連れて大通りを歩く。馬車が軽快に行き交っている。

 ミーニャはエーデルシュタインに残り、獣人たちに睨みを利かせてもらっていた。兵士の大半が獣人である以上、必要な措置だった。

 ついでに人形の補佐もお願いしておいた。

 ちなみにミーニャの人形を作ることも考えたが、百獣女王の地位まではコピーできず意味がないのでやめにした。

 

 セリカが隣を歩き、ラピシアが両腕でたまごを抱えてとことことついてくる。

 しかしラピシアは眉間に深いしわを寄せてたまごを見ていた。

「ちゃんと前向いて歩かないと危ないぞ」

「このたまご……エロいっ」

 ――子供にすら、わかってしまうらしい。


「そうだな。早く真っ白に浄化してやってくれ」

「わかった!」

 不審そうに顔をしかめつつも、ほお擦りしたり手で撫でたりした。ラピシアに任せて大丈夫だろう。



 それから大通りに面したドライド商会へやってきた。豪華な建物。

 出会った頃は弱小の商会だったが、いまや大通りに店を構えられるほど大きくなっていた。

 人々が出入りする入口から中へ入る。

 受付に勇者の証を見せて、ドライドを呼んでもらう。

 受付の女性は慌てて奥へと走っていった。


 すぐにドライドが顔を出す。

「これはケイカさま。みなさん。お久しぶりです」

「お久しぶりですわ、ドライドさん」

 セリカが赤いスカートをつまんで丁寧にお辞儀した。

 ――なんだか王女に返り咲いてから優雅さに拍車が掛かってるな。


「元気そうだな。ちょっと聞きたい事があって来た」

「奥の応接室で話しましょう――おおい、お茶を用意してくれ」



 応接室は窓のない部屋だった。異国の布で壁が飾られている。というか、辺境大陸の織物だ。

 楕円形のテーブルがあり、ふかふかのイスが置いてあった。

 俺たちが並んで座ると、ドライドが言った。

「今日はどういったお話でしょう?」


「まずは世間話と行くか。仕事は順調そうだな」

「はい、おかげさまで。高速輸送に船団護衛の仲介がとてもうまくいっております。ケイカハウスでの人魚歌謡ショーも順調です。毎日立ち見が出ており、チケットも一ヶ月先まで売り切れです」


「人魚の歌姫――名前なんだったか」

 セリカが横からそっと助け舟を出してくれる。

「アリアさんですわ、ケイカさま」

「そうそう。アリア一人では大変ではないか?」


 ドライドは笑顔で頷く。

「ええ、私もそう思っていましたら、アリアさんの方から3人ほど新しい人魚の歌姫を紹介されました」

「ほほう。ローテーションが組めるな。いいことだ。いっそ人数を増やして歌劇やミュージカルに挑戦してもいいんじゃないか?」


「それは面白いですね。さっそく提案しておきましょう――そうそう。今月はまだでしたね。お渡ししておきます」

 ドライドが小袋をテーブルに置いた。ジャラっと思い音がする。



「セリカ、持っていてくれ」

「はい、ケイカさま」

 すらりとした指で袋を取る。中を開けて確認してから自分オサイフへと移し変えた。

 その時、チラッと聖金貨(500万円)が混じっているのが見えた。

「聖金貨? 相当利益を上げているようだな」


「はい、おかげさまで。船団護衛のおかげで島や遠方との貿易航路が幾つも再開されまして、莫大なお金が入ってきました。特に砂糖の取れるシュガル諸島、香辛料の取れる大赤島との貿易路復活が大きいです」

「それはよかった」

 ――世界が平和になりつつある証拠でもあった。

 クラゲ少女のルーナが大海支配者になったおかげでもあるだろう。



 一通り世間話を終えると、俺は本題を切り出した。

「人から人へ渡っているたまごの調査、どうなっている?」


 ドライドの顔が苦しげに歪む。

「申し訳ありません。まだ発見できてはいません」

「どれぐらいまで調査は進んだ? できるだけ詳しく教えて欲しい」

「……長くなりますがよろしいですか?」

「構わない。今は少しでも情報が欲しい」



 ドライドはコホンと咳払いして語りだした。

「わかりました。一度たまごを盗賊に襲われて見失ったところまでは報告したかと思います。その後、調査した結果、たまごはファブリカ王国の貴族が購入したとわかりました。けれど買い取り交渉に向かった時にはもう、たまごはなく。調べた結果、ダフネス王国の貴族へ贈り物として送られていました。当然、そちらの貴族へ交渉に向かいましたが――」


「この間の貴族動乱か。反乱に参加していた貴族だったんだな」

「そうです。家は取り潰し、家財は国が接収。ならば国が所有したのかと思ったのですが、これまた王都へ運ぶ途中、盗賊に襲われたのです。ちなみに送った側の貴族は恭順貴族で、これも処罰対象になりました」



 俺は呆れて言った。

「また襲われたのか。治安悪いな。その盗賊はわからないと」

「いえ、有名な盗賊団だったので。新ガフ盗賊団と言って国の北西をねじろにしていました」

「ガフってあいつか。それからどうした?」


「冒険者を雇い、交渉に向かいました。しかし、ガフ盗賊団は魔物に襲われて壊滅していました。生き延びた残党に話を聞くと、骸骨とキマイラにいきなり襲われたそうです。ただ死体が見つかっていないので奴隷になっている可能性もあるそうですが」

 ……なんか、知ってる気がするが、まさかな。

 いや、ふつうその組合せはありえない。

 どんな可能性も追わなくては。あとで聞いてみよう。


 横を見ると、セリカも驚きと戸惑いの混じった不思議そうな顔をしていた。俺もそんな顔をしているかも。



「で、どうなった?」

「盗賊団のアジトは何者かに荒らされたあとでした。ただ、毛がたくさん残っていたので、獣人たちの仕業の可能性が高いそうです」

「獣人たちも暮らしは厳しいものな」

「しかし獣人地区との交渉は現在、おこなわれておらず。今はそこで調査は止まっております」


 俺はにやっと笑った。

「獣人の誰かが持っているわけだ。これは、いける」

「さすがケイカさまですね」

「ドライド、よく諦めず調査してくれた。ありがとうな」


 ドライドはテーブルに頭が着きそうなほどに深々と頭を下げて謝罪した。

「お役に立てず、申し訳ありません」

「充分やってくれたよ。これからも仕事のほう頼むな」 

「はい、お任せください」

 簡単に挨拶を済ませて別れた。



 その後、ドライド商会を出て、大通りを歩く。

 さっきの話の間、ラピシアは喋らずたまごに付きっ切りだった。

 そのせいか、もう底のほうが白くなっていた。


「このぶんなら、すぐに白くなりそうだな。どれぐらいだ?」

「わからない! たぶん3日か4日なの」

「もう5個目で、慣れてきたおかげかな」


 ラピシアがぶんぶんと頭を振る。青いツインテールが激しく揺れた。

「このたまご、エロいだけだから簡単なの。深くない!」

 人としての底が浅いと言いたいらしい。

 夜魔伯爵の心をえぐりそうな攻撃だな。本人が聞いたら泣くかもしれない。


 そんな事を考えながら、要請の扉のある街の東のケイカハウスへと向かった。

 わりと足取りは軽い。もう半分以上解決した気にすらなっていた。

 ――たまごが獣人地区にあるならすぐ見つかるはずだ。

 獣人たちはミーニャの質問に嘘はつけないのだから。

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