第188話 予想外の魔王城
昼過ぎのケイカ村。
俺は屋敷を回って、裏手にある妖精ハーヤの工房を訪ねた。
こじんまりした物置小屋ぐらいの大きさ。
扉をくぐるとハーヤは一人で作業台に向かっていた。
髪の長い女の子妖精の姿は見えない。
「元気か? ちょっと頼みたいことがあるんだが……」
するとハーヤが振り向いた。
なぜか涙目になっている。
「遅いです~。どうしてもっと早くにきてくれないのですか~」
「なにかあったのか? ――あの女の子はどうした?」
ぐすっとハーヤは鼻をすすり上げる。
「ふられちゃいました」
「あんなに仲良さそうだったのに」
「勇者の仕事を手伝ってるって言いながら、全然なにもしてないって言われて……」
――そういえば、最近、仕事を頼んでなかったな。
俺は気まずい気持ちになりつつ、頭を掻いた。
「それは悪かった。だから仕事を頼みに来た」
「なんでしょ~?」
「セリカは知ってるな? セリカそっくりの魔導人形を作って欲しい」
――だいぶ前に、ファブリカ王国の大臣そっくりな人形を作っていた。
長く付き合っていたはずの兵士達にもバレない人形なら、セリカの不在を誤魔化せるのではないかと考えた。
ハーヤは少し考えてから言った。
「……ほむ。それはおやすいごようです。鼻を押した人間になるようにするのに時間がかかりますが」
「コピーロボットにしなくていいっ!」
「おや。そのままで?」
「ファブリカ王国で作らされてたようなやつでいい。戦闘能力もいらないか。執務ができるだけでいい。早く頼むな」
ハーヤは胸を、とんっと叩いた。
「それぐらいなら簡単です。お任せあれ~。――あ、そうだ。エッチな機能はお付けしますか?」
「…………いや、いらない」
一瞬だけ躊躇した。
胸と金髪が美しいセリカ二人と、ベッドの上でくんずほぐれつするところを想像してしまった。
なんて素晴らしい男の夢!
でも、嫌われそうだからやめておく。
そもそもセリカは女性関係に嫉妬しつつもかなり肝要な方だが、それは確実に俺が子孫を残せるためであって、享楽のためではなかった。
――ただの楽しみのエッチをしたなら、あの変態夜魔伯爵となんら変わりがない。
セリカを大切にしないと。
「じゃあ、頼む。どれぐらいでできそうだ?」
「1日もあれば」
「早いな。さすがハーヤだ」
「えへへ~、頑張ります」
そう言って、ハーヤは作業台に向かい始めた。
俺はその後ろ姿をしばらく眺めていたが、邪魔しないようそっと外に出た。
◇ ◇ ◇
俺は空を飛んでいた。北を目指して。
日は西のほうにだいぶ傾いていた。
ちなみに妖精の扉で行ける一番北に出た後、魔王城を目指した。
一番北は霜巨人の国ブリザリア。
そこからまっすぐに魔王城を目指して北上した。
風が凍るほど冷たい。
和服の裾がバタバタと激しくめくれた。
しかし回りは本来なら氷点下の寒さ。
俺は風をまとって寒さを凌いでいた。
次第に氷原の氷が分厚く、そして青白くなっていく。
時には、高さ数百メートルもあるような丘を形成していた。
空は黒雲に覆われ、刃のように冷たい雪が降り出す。風が逆巻き、強烈なブリザードとなる。
氷点下数十度になっていそうだ。
その上、視界が効かない。
千里眼がなければ迷うしかなかっただろう。
妖精の扉から出発して数時間。
ようやく目的地の魔王城が見えてきた。
けれど様子がおかしい。
魔王城は大きな透明なドームですっぽりと覆われていた。氷でできているらしい。
入口は見当たらなかった。
「なんだこれ? まあ、いいか」
ドームの傍まで来ると太刀を抜いた。
少し意識を集中して呪文を唱える。
「我が名に従うそよ風よ、一束に集まり刃と成せ――《烈風斬》!」
振り下ろした太刀から強烈な風の斬撃が迸る。
氷のドームを切り裂き――って、ちょっと傷つけただけだな。
ドームに近付く。1センチほどの溝ができただけ。しかもすぐに治っていく。
――むう。力の出し惜しみはダメか。というか普通じゃないな、これは。
真理眼で見る。
【絶氷球壁】聖剣すらはねかえす硬度を持つ氷のドーム。氷を育てる魔力を吸収して維持、成長する。
――聖剣でも無理とあるが、傷つけられたってことは俺なら可能ってことだな。
俺は地面に降りた。ひょうたんの水を太刀にかけると、両手で構えて上段に構える。
「蛍河比古命の名に従う、神代の時より流れしせせらぎよ、一束に集まり激流と成せ――《魔鬼水斬滅》!」
ズァァンッ!
水の魔力をまとう強烈な斬撃が放たれた。太刀の切っ先がドームを切り裂く!
しかし、真っ二つにする前に、腰の高さ辺りで切っ先が止められた。固い感触が伝わってくる。
何か嫌な予感がしてすぐに引き抜く。
ドームは先程よりはるかに深くえぐれた。拳一つ分ぐらいなら向こう側まで切れていた。
――が。
物凄い勢いで修復されていく。
それどころか、最初に斬ったときより氷の壁が分厚くなった。
「これ、俺の放った技までも吸収してるっぽいな」
ドームの傍で腕を組み、城の内部を眺めつつ考える。
書類のある部屋は資料の数が膨大で一人だと厳しい。セリカが欲しいところ。
罠も多いのでミーニャも必須の様子。
それとは別に突破方法を考える。
氷が育つには水と風が必要。
俺とは相性が最悪かもしれない。水と風の攻撃はすべて吸収され、ドームの糧にされてしまう。
となると、リリールやリヴィアに頼むのは意味がない。
火の神カンデンスは封印されてて難しい。
「やばいな……城に入れない」
魔王城ぐらいすぐに行けると思っていた。
けれど時間がない。今日も含めてあと6日しかない。
火で一気に焼き払うしかないか。
ラピシアの能力で、溶岩をどうにかすることも考えたが、ドームだけじゃなく魔王城そのものまで消滅させてしまいそうなので危険だった。
「他に……火は」
俺は太刀を収めると、地面を蹴って飛び上がる。
真っ白に吹雪く極地を、まっすぐ南に飛んでいった。
◇ ◇ ◇
ダフネス王国の西にある独立峰、グリーン山。
夕日を浴びて赤く染まっている。
俺はドラゴンに会うため、妖精の扉を通って山頂へとやってきた。
体育館より広い洞窟の中で、ドラゴンが寝転がってダンジョン管理画面を見ながら唸っていた。
「久しぶりだな、ドラゴン」
「おお、ケイカではないか。どうしたのだ?」
「ちょっと力を貸してもらいたくてな」
「ほう? どういうことだ?」
軽く説明する。
「咎人システムは魔王が仕組んだことだという証拠が欲しいから魔王城に行きたいが、氷の壁が邪魔して入れなかった」
「そんなもの、砕けばよいではないか」
「それが出来なかったからここへきた。俺のフルパワーでも傷つけた程度。絶氷球壁というドーム状の魔法だ。知っているか?」
ドラゴンは、むうっと眉間にしわを寄せた。
「厄介な結界魔術を使用しているな」
「ドラゴンでも無理か?」
「我ならば溶かすことも出来よう」
「おお、マジか! だったら、頼む!」
しかしドラゴンは長い首を振った。
「それはできない」
「なぜだ?」
「ここを長期間空けることになってしまう。証拠探しなど、行ってすぐ終わるわけでもあるまい? 城の中を探し回るなら数日はかかるはずだ。その間、非常事態が発生したときのために待機しておかねばならぬ」
「まあ、そうなるな……」
ドラゴンはかつてたまごを盗み出されている。
母親としては山から離れることに慎重になって当然かもしれない。
だから、俺は掛ける言葉が見つからなかった。
――すると。
突然広い洞窟に、マントのなびくバサァと派手な音が響いた。
「フハハッ、我輩がおるではないか! まさか我輩が洞窟一つ守り通せぬとでも思っているのか、ドラゴンよ!」
髪をオールバックに撫で付けて、渋みのある中年紳士、地獄侯爵が立っていた。
「侯爵!」
俺の声に侯爵は、顔を手で覆いつつクククッと笑う。
「貴様ほどの男が、魔王の策に苦戦するなどだらしがないぞ! 少し甘くみておったのではないか?」
「ぐ……っ」
確かに魔王を倒すのは難しいと思っていたが、咎人の嘘を暴くぐらいなら簡単だろうと思っていた。
侯爵はポケットから櫛を取り出すと、すうっと髪を撫で付けた。
「どうやら図星のようだな。ふふん、まあよい。留守番はしておいてやるから、二人で行ってくるがいい。近付くものすべて死の世界へといざなってくれるわ!」
「それは助かる、侯爵。――ドラゴン、行ってくれるか?」
しかし、ドラゴンは首を振った。
「侯爵か……確かにそなたは強いが……心配事はそれだけではないのでな」
「なんだと?」
ドラゴンは悲しげな声で言う。
「狡猾な魔王と直接敵対することになるのは、やはり気が進まぬ。それに今は冬だ。4つに減ってしまった我が子を温めなければならぬのだ……すまぬ」
「我輩が温めてやっても良いが?」
「いや、それはだめだろ! またたまごに色がつく!」
「む……そうだったな」
俺の突っ込みに、侯爵は顔をしかめた。
ふと言ってなかったことを思い出す。
「そうそう、ドラゴン。たまごをまた1つ回収できたぞ」
ドラゴンの緑の目がぱあっと輝いた。
「本当か!」
「ああ、今はラピシアに持たせて浄化している」
「おお……なんとありがたいことだ」
侯爵がポーズを取りながら言う。
「ふんっ。さすがは我がライバルだと言っておこう! この世界に散らばったたまごを、これほどの短期間で集めるとはな!」
「まあ、まだ最後の一つが残っている。それも必ず見つけ出す。――だからドラゴン、連れて行ってくれないか?」
侯爵も後押しする。
「我輩はできぬことは口しない。洞窟を守ってやると約束したなら、それは必ず達成される! しっかりと数手先を読み、最善策や次善策を判断できて、初めて人の上に立てるのだからな! ふははははっ!」
胸を反らして豪快に笑った。
――さすが侯爵。トップとしての心構えが出来ている。
ドラゴンは目をつむり、眉間に深いしわを寄せて悩んでいた。
何をそんなに悩むのかと思うぐらいに。
いや、俺を信じるにあたいするかどうかだろう。俺にこれ以上肩入れして、もし魔王に負けたら自分やたまごが危なくなる。
しかしドラゴンは姿勢を正すと、大きな瞳を開けて俺を見た。
「……ケイカよ」
「ん? どうした」
「もし、たまごをすべて集めてくれたのなら、魔王城へ連れて行ってもよい」
「それが条件か! ……ただ、あと1個は……いや、わかった! 必ず見つけてくる」
俺は頭を振って、強く頷いた。
ドラゴンも頷き返す。
「勇者としての力を我に見せてくれ、ケイカよ」
「わかってる。任せておけ――あと集め終えたその時は、手助けを頼むぞ侯爵」
ところが侯爵が否定してきた。
「ふふん、甘いぞケイカ!」
「え?」
侯爵が鋭い犬歯をのぞかせてニヤリと笑う
「我輩がライバルを助けるとでも思っているのか! 目障りな魔王を困らせたいだけだ! 勘違いするなよ、フハハッ!」
そう言うわりには、とても楽しそうに高笑いする侯爵。
――これがツンデレか。
苦笑しつつ彼らと別れた。
「それじゃ、――またな」
「頑張ってくれ勇者」
「せいぜいあがくがいい、ふははっ」
高笑いの反響する洞窟を去って妖精の扉へ向かう。
外に出るともう夜になっていた。
◇ ◇ ◇
月が明るく照らす夜。
エーデルシュタインの城に帰った。
王女だというのに、わざわざセリカが出迎えた。
「お帰りなさいませ、ケイカさま」
「心配掛けたな」
セリカは安堵とともに微笑んだ。
上階へ向かっていると尋ねてきた。
「それでどうだったでしょう?」
「魔王城には入れなかった。至急、最後のたまごを探す必要がある」
「まあ! でも、最後は確か……」
俺は無言で頷いた。
最後の一個は人から人へと売買されまくって所在すら不明になっていた。
今日あったことを話していると、上層にあるセリカの寝室までついていた。
俺は入りながら言う。
「まあ、たまご集めの依頼は早くから貰ってたのに、別の事ばかりやってたツケが回ったな。何ヶ月掛かってるのやら。明日は全力でたまご探しだ」
「お手伝いしたいところですが……」
辛そうな顔で胸を押さえるセリカ。
彼女の手を取りグイッと引き寄せる。
「いや、さすがにしてもらうぞ。今回ばかりは時間がない」
「は、はい……」
戸惑う彼女を抱き締めつつベッドへと入った。
明日の予定を話し合いながら、いつしか寝た。




