第187話 欲張りセリカ
夜魔伯爵の街を訪れて、たまごをゲットした俺は、一緒に行ったステラをケイカ村へと送り返した。
ステラを旅館に届けたものの、女将の部屋でぐったりして動こうとしなかった。
「もう今日は仕事むりー」
形の良い胸を見せつつ足を広げた、あられもない姿で寝転がっていた。
――確かに力を少し注ぎすぎた。しばらく休ませよう。
その後、キマイラのグレスギーを連れてエーデルシュタインへ戻った。
湖上に聳える白亜の城に入るとグレスギーが言った。
「俺はどこにいればいい?」
「前はどこにいた?」
「兵舎だが」
「じゃあ、そこにいてくれ」
グレスギーは、むうっと唸って鼻の頭にしわを寄せた。
「もう司令官ではないのだぞ。捕虜の住む場所ではない」
「なら、また玉座の間でいいか?」
「兵舎以外ならどこでもいい」
「じゃあ、そうしてくれ」
グレスギーはクッションを背負って、のそのそと二階にある玉座の間へと向かっていった。
「さて」
近くを歩いていた文官を呼び止めて、セリカとラピシアの場所を聞く。
廃鉱山には部下だけ行かせて、セリカ自身は執務をしているらしい。
俺は二階にある執務室へ向かった。
階段を登って廊下を進む。
途中、すれ違う兵士や騎士に会釈された。
そして王女の執務室の扉をノックする。
中から優しい声が聞こえた。
「はい、どうぞ」
「入るぞ」
扉を開けて中へ入る。
教室程度の小さな部屋。
大きな窓を背にして、ドレスを着たセリカが執務机に座っていた。見慣れた格好ではないので、妙に可愛らしく見えた。
彼女はすぐに立ち上がって俺を出迎える。頭の上のティアラが光った。
「おかえりなさいませ、ケイカさま」
「……ただいま。いつもよりかわいいな」
セリカの顔が、かあっと赤くなる。
「は、恥ずかしいです……でも、ありがとうございます」
うつむいて、胸の前でもじもじと指を絡ませていた。
そんな仕草もいじらしい。
俺は視線をそらしつつ、頭をかきながら言った。
「廃坑には行かなかったのか?」
「いえ、妖精の扉を使ってラピシアちゃんを連れて先回りしました。第7鉱山を金山に変えております」
「ほう。確か水晶が取れた鉱山か。金と石英は同時に産出しやすいからな。でもなぜ自分たちで見つけなかった?」
「部下が見つけたほうが励みになるかと思いまして」
「なるほど。探し回っていたものな。部下に報いたほうがいいか……ちなみにラピシアは?」
「そちらに寝ております」
セリカが隅にあるソファーを指差した。
ソファーに掛けられたシーツが人型に膨らんでいる。
「寝てるのか」
「力を使いすぎたようです」
俺はソファーに近付いて、シーツをどけた。
ラピシアはよだれを垂らして寝ている。
その腹の上に、とすっとたまごを置いた。
むっ、と一瞬顔をしかめたが、目覚めはしなかった。よほど疲れているらしい。
それからたまごが落ちないよう、シーツでたまごとラピシアを一緒に包んだ。
――目が覚めたら自分から温め出すだろう。
セリカが目を丸くする。
「まあ、新しいたまごを見つけられたのですね!」
「夜魔伯爵からもらってきた」
ついでに夜魔伯爵の街であったことをかいつまんで話した。
あとでもめても嫌なので、ステラにキスしてサキュバスたちを懲らしめたことも話す。
するとセリカは泣きそうな顔で、う~と下唇を噛んだ。
「わかっております。しかたがなかったのです……でも、なんでしょうこの気持ち……うぅ」
セリカに近付いて優しく抱き締める。大きな胸が柔らかく潰れた。
「嫉妬してくれるのか。ありがとうな」
「いえ――んっ」
セリカの頭を撫でた。金髪が柔らかく流れる。
セリカはぼうっと頬を赤くしつつ、甘えるように体を触ってきた。
そんな彼女に、いとおしさが込み上げてくる。
――が。
ドンドンと突然扉をノックされた。
「王女様、大変です! よろしいでしょうか!」
慌てて体を離した。急いで服を整え、髪の乱れを手櫛で直す。
セリカは執務机に座ると、優雅な声で言った。
「どうぞ、お入りになって」
「失礼いたします!」
兵士が入ってきた。
机の前で膝を突く。
「そんなに慌ててどうされました?」
「王女様に言われて第7鉱山の探索をしましたが、急いで帰ってきました! なんと、金鉱脈が見つかりました!」
「まあ、それはよかったですわ」
セリカはにこやかに微笑んだ。
仕組んだ本人なのだから、驚かなくて当然だった。
しかし、兵士の次の言葉に凍りつく。
「調べたところ、金含有率72%もありました! もうそのまま出荷できるレベルの優良鉱脈です」
俺はセリカを見た。きっとジト目になってるに違いない。
セリカは、額に汗を浮かべつつ、口に手を当てておほほと笑った。
「それは素晴らしいですわ。すぐに大臣に知らせて、採掘作業に取り掛かってください」
「はい、わかりました! 失礼します!」
兵士は慌ただしく出て行った。
部屋が静かになってから、ようやく俺は口を開いた。
「セリカさぁん……わかっていますかね~?」
「うぅ……申し訳ございません」
縮こまる彼女に言葉を畳み掛ける。
「含有率72%って、お前それ18金ってことだぞ。普通は0.5%、多くて7%だ。そのまま流通できる貴金属を鉱脈として産出してどうする……どうしてそうなった?」
セリカに近寄って顔を覗き込む。
今にも泣きそうな顔になっていた。
「金鉱石のサンプルがなかったので……金細工を溶かして割れた石に流し込んだものをサンプルに……」
「ばか。欲張りすぎだ――そりゃ、ラピシアが力尽きるわけだ」
天然にはめったに存在しないものを無理矢理作らされたんだから。
ちょっと怒りつつ彼女の頬を摘む。
ふにっと柔らかく歪んだ。上下左右に引っ張ってみる。整った美しい顔が変顔になる。
「申し訳ありません、ケイカさまぁ……」
ふと気になって尋ねた。
「で、金鉱脈を作るとき、ラピシアは『きょっきょっ』と言ってなかったか?」
「あ……言ってました。でも頼み込んだら、してくれました」
「はぁ……子供なんだから、無茶させるなよ」
ぐいーっと両頬を引っ張った。もちのように良く伸びた。
「はうぅ……ごめんなさいぃ」
涙目になって謝罪してきた。
俺は指を離しつつ、溜息を吐いた。
「まあ、人々に見つかったからには仕方がない。偶然として押し通すしかないな。あとでラピシアに謝るんだぞ」
「はい、わかりました。今後は、気をつけますから……」
とりあえずラピシアにたまごを渡すという用事は終わったので、入口に向かった。
後ろからセリカの声が掛かる。
「えっと、どちらへ行かれるのでしょう?」
「ちょっと魔王城へ行ってくる」
セリカがガタッと執務机から立ち上がる。
「魔王城!? お待ちください、わたくしも行きます! すぐに用意しますわ!」
「いや、いい。俺一人で行ってくるよ」
「で、でも……」
「心配するな。様子を見てくるだけだ。それに執務がまだ山ほど残ってるはず」
「うぅ……わかりました。お帰りをお待ちしておきます」
それでもセリカはドレスの裾を持ち上げると走ってきた。スカートの下の細い足が美しい。
そして俺の後ろから抱きついてくる。
「きっと、戻ってきてくださいね」
「わかってる。じゃあ、行ってくる」
「どうか、ご無事で……いってらっしゃいませ」
セリカの切ない声に送られつつ、部屋を出た。
――というか。
セリカが王女へ復帰した今、旅に連れ出すことは難しいな。
でも、セリカの知識や能力は今まで何度も旅を有利にしてくれた。
正直、傍にいて支えて欲しい。
う~ん。
問題は山済みだな。
俺は魔王城へ行く前に、一度ケイカ村へ行くことにした。




