第17話 試練の塔 幼女降臨!(5層目)
試練の塔、5階層目は禍々しい気配に満ちていた。
怨霊と化した神の気配。
石造りの通路を、骸骨や石像を倒しつつ進んでいく。
時間がないので、途中の扉や壁は強引に破壊した。
30分ほどで一番奥の広間へ来た。
幅が20メートル、奥行きは30メートル。
ホテルなどの大宴会場ぐらいありそうな広さ。
天井が高く石柱が何本も林立していた。
そして一番奥に小さな扉と、その前に石の棺が設置されていた。
【ラピシアの棺】に間違いない。
「さあ、大男よ、進め」
ゴーレムがずし、ずしと歩いていく。
親父が心配そうに言う。
「うまくいくかね」
「ゴーレムは石化しない。生命反応も無い。蓋を押さえて出てくるのを防ぎ、その間に背負い袋に入れて持ってきた土を被せて、神の怒りを鎮める。いけるはずだ」
ゴーレムは足音を響かせて石の棺にたどり着いた。
片手で蓋を押さえると、もう片方でリュックサックの背負い紐を千切りながら、中身をぶちまけた。
茶色の土が棺に降りかかる。
「よしっ、いいぞ! そのまま蓋を押さえてろ!」
俺は駆け出しながら呪文を唱える。
「我が名は蛍河比古命! 異国の地より来たりし小川の神なり! 大地母神ルペルシアよ! 怒り狂う我が子の心を鎮めたまえ!」
カッ!
と棺の周りに盛られた土が光る。
これで、勝ちだ!
――と。
ズズズッと石の棺の蓋がずれていく。
「え!? 大男! 蓋を押さえろ!」
ゴーレムは蓋をがっちりと押さえた。
俺はさらに鎮めの祝詞を唱える。
しかし、それをものともせず、蓋は開いていく。
隙間が開いて黒いオーラが噴き出した。
「セリカ、親父、見るな!」
俺は走って戻り、左側にある石柱の影に隠れた。親父は右側の石柱に身を隠す。
セリカが傍までやって来て、袋から鏡を取り出す。魔法銀を磨いて作った手鏡。
「こちらを」
鏡の中の鏡像には、石の棺から黒い手が出ているところが映っていた。
このままだと壊される!
「大男、柱の陰に隠れろ!」
ゴーレムがゆっくりと一番近い柱の陰へ向かう、が。
その胸に黒い手が突き刺さった。
一瞬の静寂の後、ガラガラと崩れるゴーレム。
人の形をした黒い影が立っていた。
髪を振り乱した女性の姿。禍々しいオーラを発している。
ゴーレムを倒すと、ひたり、ひたりと歩き出す。
「こっちに向かってくる」
「ど、どうしますか、ケイカさま」
「なぜだ……なぜ大地母神は願いを聞き届けない……っ!」
その時、頭に眠たげな声が響いた。
『ダレカ イルノ?』
――ラピシアか。前に喋った俺だ。ケイカだ。
『ニゲテ!』
――そうはいかない。お前を何とかしに来た。
『ミンナ イシニナル! ダカラ ニゲテ!』
――どうして石にするんだ? 掘り起こされて怒っているのか?
『オカアサンガ オコッテル! ラピシアヲ マモルタメナノ!』
俺は間違いに気付いた。
――怒り狂っているのはラピシアじゃなくて、秘匿した我が子を掘り起こされた母親の方が怒っているのかっ!
「ケイカさまっ! すぐそこまで!」
「ちぃっ! もっと左へ」
俺とセリカは左の影側の石柱へと場所を移した。
その時、右側から火の手が上がった。
「こっちだ、化け物!」
広間に響く親父の叫び。
鏡で見ていると、黒い影は長い髪を揺らしつつ右の方へと向きを変えた。
――ナイス、親父!
すぐにラピシアへ呼びかける。
――ラピシア、お前は棺の中にいるのか?
『ハコノ ナカ ナノ』
――出られないのか?
『ウゴケナイ』
――母親の魔法で縛られてるってことか。ということは土系統の魔法だな。
ラピシアが言う。
『ウゴキタイ……』
――動けたら、どうする?
『イマノ オカアサン イヤナノ! ヤサシイ オカアサンガ スキナノ!』
――わかった。なんとかする。
俺はひょうたんを手に持った。いつでもぶちまけられるように。
「セリカは入口の左側付近で音を立ててくれ。俺は棺に向かう」
「わかりました……お気をつけて」
「セリカも無理するな」
「はいっ」
金髪をなびかせてセリカは入口へと向かった。
俺は鏡で確認しつつ、そろりそろりと左奥へと向かった。
するとガンッガンッと壁を強く叩く音がした。セリカが剣の鞘で壁を叩いている。
「こちらです、化け物さん!」
黒い影は親父を追うのを止めて、セリカのほうへと向かった。
――今だ!
俺は石柱の陰から飛び出した。一直線に棺へ駆ける。
しかしセリカの悲鳴が上がった。
「ケイカさま、そっちに――!」
俺は鏡で確認。物凄い勢いで黒いオーラが追ってきていた。
「くそっ――《疾風脚》!」
ぐんっ、と俺の足が早くなる。ラピシアの呪縛を解くために!
棺の傍へ来る!
ひょうたんの水をぶちまける。
「我に従う清らかなせせらぎよ! 土に染み 岩を割りて 大地のいましめを解き放て!――《浄化せ――》」
ゴッ!
頭に衝撃が走った。
ぶっとばされた勢いで、一本の石柱の真ん中にぶつかった。それをへし折って、さらに右奥の壁へ激突する。壁が衝撃で丸くへこんだ。
床へ落ちて倒れる俺。
追いかけてきた黒い影が殴り飛ばしてきたのだった。
「くっそぉ……石化さえなけりゃ……」
床に手を付いて起き上がりながらチラッと体を見る。
【パラメーター】
生命力:39万9200/61万4600
精神力:51万3456/56万6600
たったの1発で20万以上のダメージを受けていた。さすが大地母神。
人なら1発で消し飛んでいたところだった。
気配だけを頼りに逃げようとする。
しかし、完全に起き上がるより先に、俺の目の前に禍々しい壁が立ちはだかった。
俺は床しか見ていない。顔が上げられない。
影が動く。手を振りかぶるような気配。
ここで終わりか……。
――いや、この状態、いける!
俺は目を瞑って、しゃがんだままの姿勢で太刀の柄に手を添えた。
相手がどこにいるか正確にわかる今の状態なら、必殺の一撃を打ち込める!
黒い影の攻撃は、手での殴り。
攻撃してきたところをカウンターの居合いで決める!
内心で唱える――《水刃付与》。
土に対しては風より水のほうが効果が高い。
一触即発の雰囲気。
じりっと互いの距離が詰まる。
相手が動く――。
「ハァッ!」
気合一閃!
ザァンッ!
青い光が弧を描くイメージ。
胴体を深く切った手ごたえ。
しかし、回避されたのか即死させられない!
「ギャアアア!!」
耳障りな叫びが広間に響く。
怒り狂った黒い影が素早く動きながら接近してくる。
――くっ、早すぎて捉えきれない!
目を開けて確認したい衝動に駆られるが、それもできない。
ところが幼い声が広間に響いた。
「オカアサン ダメナノー!」
ドォンッ!
何かがぶつかる音がして、辺りの石柱がキシキシと揺れた。
俺は鏡を出して、鏡像で見た。
白いワンピースを着た10歳ぐらいの小さな女の子が、黒い影に馬乗りになって押し倒していた。
「オカアサン ヤメテ! モウ イシニ シナイデ!」
「ウ……ウガ……らぴ、しあ」
「らぴしあ ヤサシイ オカアサン スキナノ! モウ ヤメテナノ!」
青色の長い髪を振り乱して押さえつけるラピシア。大きな瞳は金色だった。
「らぴしあヲ守ル……。殺サセナイ」
「らぴしあ シナナイ! ダカラモウ ヤメテ!」
「守ル……邪魔スル者ハ 殺ス……」
「オカアサン!」
なんでラピシアが片言なのかと思ったら、一緒にいた母親が片言だったからか。
というか。
俺はひょうたんを片手に立ち上がる。
「ラピシア、お母さんを抑えてろよ」
「ケイカ!? ナニスルノ!」
「お母さんを元に戻してやる」
「ホント!? ワカッタ!」
娘の言葉に耳を貸さない時点で、呪いによって怒らされてると理解した。
「ヤメロ……ヤメロ……!」
鏡像の中で黒い影が暴れる。
しかし、腹の傷が深く、全力を出せないでいる。
結果、子供のラピシアでも押さえつけられていた。
鏡を見ながらそばまで来た。
黒い影に水をかけ、呪文を唱える。
「山間を流れる清らかな小川よ 悪しき力を流し清めよ――《浄化清水》」
黒い影が清らかな光に包まれる。
「ウウウゥ……グワァァ……!」
激しく身もだえする黒い影。
「ダ、ダイジョウブ ナノ……?」
心配そうな金色の瞳でラピシアが俺を見る。
「大丈夫だ。俺を信じろ」
そして黒い影が白い影に変わった。
淡い光に包まれていて正確な輪郭がつかめない。
ラピシアが笑顔になって、白い影に抱きつく。
「オカアサン オカアサン!」
「ラピシア……寂しい思いさせてごめんね」
「ウウン! オカアサン イテクレタ! ズット! ダイスキナノ!」
母の胸に幼い顔をこすり付ける。その顔は太陽のように輝いていた。
白い影が顔を上げる。のっぺらぼうのような顔。
「もう鏡越しでなくても大丈夫です。異界の神――蛍河比古命よ」
「そうか。ルペルシア、全力で切ったが大丈夫か?」
「ええ、なんとか。動かなければ」
「なんで怨霊化してたんだ?」
「魔王に我が子を人質に取られて……怒りに我を忘れてしまいました」
「母の愛を利用されたってわけか」
「お恥ずかしい……ところで」
「ん?」
「この子をお願いしますね」
ガバッとラピシアが顔を上げる。長い青髪がフワッと広がる。
「オカアサン!? ナンデナノ!? ドコカイッチャウノ!?」
母は手を伸ばして優しく娘の頭を撫でた。
「ずっと起きていたので、しばらく眠るのよ、ラピシア」
「ダッタラ らぴしあモ イッショニ ネムルノ!」
母は首を振る。白いオーラが揺れた。
「たくさん寝たでしょう? ラピシアが寝るとお母さんが寝られないから、起きててね?」
「オカアサン ネレナイノ コマル?」
俺が言う。
「ラピシア、お母さんを寝かしてやらないと、また怨霊化するぞ」
――おそらく大地母神としての役割として、地の神の誰かが起きていないといけないのだろう。
うーっと、金色の瞳に涙を溜めて、頭をぶんぶんと振った。青い髪が激しく舞った。
「ソレハ イヤナノ! ――ワカッタ! らぴしあ ガンバル!」
「いい子ね、ラピシア。それじゃ、蛍河比古命。我が子をお願いするわ」
「その願い、聞き届けた。……まあ、できる範囲でだが」
「充分よ、ありがとう。それじゃ、ラピシア。この人の言うことをよく聞いて、いい子にするのですよ……そして助けてあげてね」
「ウン! ケイカ タスケル!」
そして白い影はおぼろげに揺れて、地面へ染み込むように消えた。
母がいた辺りの床をラピシアは小さな手でいつまでも撫で続ける。
「イッチャッタ……」
「さあ、行こうか、ラピシア」
俺が手を差し出すと、しがみつくようにぎゅっと掴んできた。
「ケイカ オカアサン タスケテクレテ アリガト!」
「いてて、強く掴みすぎだ」
「らぴしあ、ガンバル!」
幼い顔に決意がきらめく。
その時、石柱の影から声がした。
「もう、大丈夫なのでしょうか?」
「ああ、いいぞ。すべて終わった」
荷物を持ったセリカが金髪を揺らして近付いてきた。
俺と手を繋ぐラピシアを、じーっと見下ろす。
「この方がラピシアさま?」
「オバチャン、ダレ?」
「おば……っ! わたくしはセリカです! お姉さんと呼びなさいね」
「ババア!!」
「なんですって!」
言い合いを始めるセリカとラピシア。
溜息を吐いて仲裁する。
「こらラピシア。人をバカにしてはいけない。お前のほうが年上になるんだし」
むう、と柔らかな頬っぺたをラピシアは膨らませた。
「らぴしあ ケイカ スキ! セリカモ ケイカ スキ! バトル!」
「ダメだ。仲良くするんだ」
ぶふー、と不満そうになるがラピシアは納得したようで黙りこんだ。
セリカが俺の開いているほうの手を握ってきた。
「それにしても。さすがケイカさまです。……でも、あの時はもうダメかと思いました」
セリカは折れた石柱とへこんだ壁を見て言った。
「あれはやばかった。さすが神の一撃というべきか」
「それに勝つケイカさまは素晴らしいです」
「どうかな……」
――正直、勇者試験をなめてた。魔王が試験内容にまで絡んでるとはな。
神だからとうぬぼれた結果、日本で失敗したのは誰だったか。
勇者の資格を貰うまでは、もっと慎重にやらなければ。
親父がやって来た。
「落ち着いてるところで悪いがよ。そろそろ時間ないぞ」
「あとどれぐらい?」
「7分だ」
「やばいな! 急ごう」
俺たちは階層扉へ向かった。
しゃがみこんで調べていた親父が言う。
「鍵だけだな。開けるぞ」
ギィィィと錆びた音を立てて、大きな扉が開いていく。
扉を開けると通路が続いていた。
その向こうにはもう一枚、見覚えのある鉄の扉。塔の外壁の扉だった。
「ん、その前に、ラピシアの姿を知られるのはまずいな。ゴーレムの着ていたローブを羽織って姿を隠すんだ」
「ワカッタ!」
白いワンピースの上からローブを着る。
親父が言う。
「でも放送されてるんじゃねぇのかい?」
「見てる人全員が石化する可能性があるのに放送するとは思えないな」
「なるほど」
「じゃあ、行こうか」
俺たちは通路を抜けた。
その時、ルペルシアの声が聞こえた気がした。
『世界を、お願いします』
頼みすぎだぞ、この世界の奴ら。
俺は自分のためにやるんだからなっ。
くすっとルペルシアが笑った気がした。
扉を開くと、夕焼けの赤い空が視界に飛び込んできた。