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勇者のふりも楽じゃない――理由? 俺が神だから――  作者: 藤七郎(疲労困憊)
第八章 勇者冒険編・亡国の姫君

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第176話 レジスタンス

 俺たち3人は谷間にある小さな村についた。

 山の急斜面に段々畑が細々と作られていた。あとの斜面は森が広がっている。

 村にはいくつか家があったが、人の気配がする家は10軒あればいい方だった。

 谷をさらに進むと廃坑となった第6鉱山がある。


 村の入口近くには粗末な小屋があった。

 小屋の前で、背中の曲がった老婆が揺り椅子に座って編み物をしている。

 俺は懐から勇者の証を取り出しつつ、老婆に話しかけた。

「ちょっといいか。村長はどこにいる?」

「おや、これは勇者さま。こんな辺鄙な村へようこそ。村長さんは、谷の一番奥の家です」

「ありがとう」

「いいえ。ご武運を」

 老婆はにこにこと笑って言った。


 しかし、妙に落ち着き払っている。

 ――このばあさんが村の入り口の見張り役じゃないか?

 


 教えられた家へ行く。頑丈な丸太小屋が建っていた。

 扉をノックすると、待ち構えていたかのようにすぐ開いた。やはり老婆から連絡が行っていたのだろう。


 中から30代ぐらいの若くて壮健な男が出てくる。ただの村人には見えない体格をしている。

 人懐っこい笑みを浮かべて挨拶をしてきた。

「やあ、初めまして。俺が村長のシュバウアーです」

「俺は勇者ケイカだ。こっちはその仲間たち」


「こんちゃ!」

 ラピシアが元気に挨拶した。

「はい、こんにちは。元気だね――後ろの方もこんにちは」

 セリカは無言で会釈だけした。俯いて顔を見せないのが少し気になった。緊張した気配が伝わってくる。


 シュバウワーは軽い身のこなしで山小屋の中へと手招きする。

「立ち話もなんですから、どうぞ中へ。山菜茶しかないですが」


 疑問に思いながらも丸太小屋へ入りつつ、シュバウワーの背中を真理眼で見た。

--------------------

【ステータス】

名 前:シュバウワー

性 別:男

年 齢:32

種 族:人間

職 業:レジスタンス隊長 エーデルシュタイン近衛騎士見習い

クラス:騎士Lv32 盗賊Lv37

属 性:【土】

--------------------

 ほう。こいつがレジスタンス隊長で、しかも近衛騎士。盗賊というのは、そういうことをもやってきたんだろうな。

 ただの村人ではないと思っていたが……セリカが緊張しているのは、もしかして知っている人物だからか?

 セリカは頭巾を被って俯いているので表情は見えないが、きっとそうだろう。

 まあ、国を取り返そうなんてずっと頑張ってる奴は、前の国の奴だろうな。

 これは話が早そうだった。



 俺たちはテーブルに腰掛けた。湿布のような匂いのする緑色のお茶が出された。植物の蔓を揚げたものが添えられていた。

 お茶を一口すすったが、かなり苦かった。ラピシアなんて梅干を食べた老婆のように顔をしかめている。叫ばないだけえらい。

 セリカだけが懐かしむように、ほうっと吐息を漏らした。


 すぐテーブルに戻して、シュバウワーに尋ねる。

「なかなか個性的なお茶だった。それで、少し話を聞かせてもらいたい」

「勇者さまがこんな何もない村にこられるなんて、いったいどういうわけでしょう?」


「シュバウワーはこの国の現状をどう思う?」

 彼は顔をしかめた。

「ひどい状態です。魔王軍には徹底的に搾取され、新政府になってからも地方は放置。女王の目の届く範囲だけが豊かになっただけです」

「なるほどね。だからレジスタンス活動は継続しているわけだ」


 シュバウワーが目を見開く。

「な、何を言うのです! 俺はレジスタンスではないです!」 

「きょ!」

 ラピシアが反応した。

「ほら、子供ですら嘘だと見抜いたぞ」

 シュバウアーは声を荒らげる。

「なにを言うんですか! 根も葉もないことを言わないでください!」



 ラピシアが何か言おうとしたが、俺は手を挙げて止めた。

 横にいるセリカを見る。

「……頭巾を取れ。それで話は終わる」

「はい、わかりましたケイカさま」


 セリカは頭と顔を隠していた赤い頭巾を取った。

 花が開くように豊かな金髪が広がり、背中に流れた。

 シュバウアーが目を見開く。

「な、なんと! あなたさまは!」


 セリカは優雅に、しかし落ち着き払った威厳をみせつつ言った。

「わたくしはエーデルシュタイン王国、第一王位継承者、セリカ・レム・エーデルシュタインですわ」


「せ、セリカ王女!」

 シュバウワーのたくましいからだが震えた。そして膝から崩れ落ちる勢いで、とっさにひざまづいた。


 セリカは気品のある眼差しで、かしずく彼を見下ろす。

「シュバウワーさん、まだ王国が健在だった頃、近衛騎士団長のお付きをされていましたね」


 シュバウワーは顔をあげた。泣きそうにゆがんでいた。

「覚えていてくださったのですか、セリカ王女っ。このシュバウワー、恐悦至極でございます」



 セリカは、ふっと頬を緩めて慈愛に満ちた笑みを浮かべた。それだけで部屋が明るくなるようだった。

「エーデルシュタイン無き後も国のために力を尽くしたこと、うれしく思います。頑張りましたわね、シュバウワー」

「ありがたき幸せです、セリカ王女! このシュバウワー、王女さまのためなら、なんでもいたします!」

 彼は眼を潤ませて、セリカを見上げていた。手を握り合わせ、神に祈るような姿勢になっている。

 ――さすが王女。

 ねぎらいの言葉と笑顔だけで彼の心を掌握してしまった。



 俺は、お茶請けに出された蔓の揚げ物をポッキーのようにポリポリとかじりつつ言った。ほんのり甘みがあっておいしかった。

「それにしてもよく10年ぐらいもの間、レジスタンスとして頑張ってきたな」


「はい、大変でした……国に忠誠を誓った近衛騎士たちは、魔王軍に支配された後もゲリラ戦をしかけて戦い続けました。時には魔王軍の物資を奪い、人々に配布したり――が、もう俺だけになってしまいました」

 セリカが美しく眉をひそめる。

「それは痛ましいことですわ。ああ、近衛騎士たちの魂が安らかに眠らんことを」

 芝居がかった仕草でセリカは目を閉じて祈った。けれど、どうも本気で心を痛めたらしい。


 シュバウワーが首を振る。

「こうして王女が帰ってくるまで国民を守り続けたのです。騎士たちはきっと本望でしょう。――しかし、風の噂で王女は咎人として捕まったと聞きました。よくご無事で」



 セリカは俺を手で指し示した。

「ええ、生贄として殺されかかったところを助けてくださったのが、こちらのケイカさまです。私の命の恩人であり、世界を救うお方です。ケイカさまほどの勇者は今までも、そしてこれからも現れることはないでしょう」


 ――まあ、人じゃなくて神だからな。チートすぎるんだな、俺が。


 シュバウワーは熱い視線を俺に向けた。

「ただの勇者ではないとは噂で聞いておりましたが、王女を救ってくれた我が国の恩人だったとは! ありがとうございます、勇者さま!」


「気にしなくていい。雑魚を倒しただけだから」

「雑魚って、ケイカさま……四天王のグレウハデスですわ」


 セリカの呆れたような声に、シュバウワーの目が飛び出さんばかりに丸くなった。

「ぐ、グレウハデスを――ッ! わが国を攻め滅ぼした時、魔王軍の先陣を駆け抜けたあの化け物を――!」


「しかも剣の一振りで真っ二つにされたのですよ。――このお方が今度はエーデルシュタインを取り戻すために力を貸してくださるのです。もう安心していいですわ」

「ありがとうございます、勇者さま!」

 俺を見るシュバウワーの眼が、尊敬と憧れの光に満ち始めた。


 ――俺を持ち上げて話を運びやすくしてくれたようだ。

 さすが俺の――いや、なんでもない。


 俺は咳払いを一つすると、椅子に座りなおした。

「さて。本題に入ろうか」 

「はい、なんなりと!」


「俺たちはレジスタンスに加勢することにする。しかし俺たちが国に来ていることを秘密にしておいて欲しい」

 シュバウワーは訝しそうに眉間にしわを寄せて首を捻る。

「なぜでしょう? セリカ王女のご帰還とあれば、人々の士気は高まります」



 俺はジロッと彼を睨む。

「お前は、セリカが大切じゃないのか?」

「え、何をおっしゃられます。セリカ王女のためなら――」


「しかし、レジスタンスの旗印としてセリカが立ち上がったら、王国軍は全力で潰しに来るぞ。それでもいいのか? 今の戦力で守りきれるのか?」

「あ……っ! た、確かに……セリカ王女が危険になってしまいます」


「セリカの存在はある意味この国を平和にする切り札なんだ。だからこそ俺は、セリカを大切にしたい。レジスタンスの戦力が王国軍を上回るまではな」

「な、なるほど……そこまで考えが至りませんでした。――セリカ王女、申し訳ありません。そして勇者さまは深遠な智慧をお持ちですね。さすがです」

 ひたすら感心するシュバウワー。

 ――まあ、俺がいたら余裕で守りきれるんだけどな。

 


 するとラピシアが揚げ蔓を食べる手を止めて顔を上げた。青いツインテールが跳ねるように揺れる。

「きょっ」

 ――勘のいい子だ、まったく。


 俺は無言で新しい揚げ蔓を手に取り、ラピシアの小さな口の前に持って行った。

 ぱくっと噛み付くように食べだすラピシア。

 面倒なので口に何か入れて黙らせておくに限る。


 セリカが首を傾げる。金髪が流れるように揺れた。

「しかし、ケイカさまはどういうお考えなのでしょう? いつ、決起するのでしょう?」


「そうだな。俺の考えている作戦を話しておくか。デモやゲリラ作戦で国内を混乱させる。国の物資を奪って民衆にばらまくのがいいだろう。すると国は軍を増強して対処しようとする。財政の負担が大きくなる。それは国民への負担となるため新政権に対する不満が大きくなる。するとレジスタンスへの協力者も増える。そうすればまた軍を増員せざるを得なくなり、今は志願兵だけだが徴兵しなくてはいけなくなるだろう。ここまでくると国民は我慢の限界を迎える。そこでセリカ登場。王国軍を味方につければ相手は丸裸だ」


 シュバウワーは難しそうな顔をした。

「そううまくいくでしょうか……」

「今だってレジスタンスへの協力者は増えているんじゃないのか?」

「良くご存知で! 民の不満が急激に増加しています。魔王軍占領時代よりも協力者が増えているのは不思議ですが」


「生活が良くなったからだろう。魔王軍は反抗する気が失せるほど絞り上げていたからな。空腹では戦う気が起きない。新政権は国民の人気を取ろうと施しをおこなったため、墓穴を掘ったわけだ」


「な、なるほど……そうだったのですか。しかし、王国軍が寝返りますか?」

「寝返らなければ戦えばいい」

「ええっ!」

 シュバウワーが驚きの声を上げた。


 セリカが美しい顔を悲しげに曇らせて俺を見てくる。

「同じ国民同士で戦いあうなんて……心苦しいですわ」

「そうだろう? だからいいんだ。軍隊が一番戦いたくない相手は誰かわかるか?」

 セリカは首を振った。金髪がはらりと揺れる。

「強い敵、でしょうか」

「違うな。一番戦いたくない相手は、自分の家族や友人だ。つまり自国民なんだよ」


 セリカははっと息をのむ。

「王国軍に嫌戦的な雰囲気をはやらせるのですね」

「その通り。そうすれば戦わずして民衆と軍隊を従わせられるんだ。もちろん正当な王位継承者のセリカがいるからこそできる方法だ。でないと王国軍が新政権を倒して軍事政権が誕生してしまうからな」


 シュバウワーが強く頷く。

「では作戦はうまくいきそうですね! やってみましょう」

 セリカが優しげな笑みを浮かべた。

「さすがですわ、ケイカさま。ありがとうございます」

「これも全部セリカのためだ」


 ラピシアがもぐもぐ食べながら「きょきょっ」と呟いた。

 まあ自分のためだし、それに一つ重要なことをシュバウワーには説明しなかったので反応しているのだろう。



 するとシュバウワーが急に顔をしかめた。

「あの、勇者さま。一つよろしいでしょうか……先ほどから気になっていたのですが」

「ん? なんだ?」

「勇者さまが凄い方だとは充分わかったのですが、さすがにセリカ王女を呼び捨てにするのは……」


 セリカが金髪を揺らして首を振りつつ、手をすらりと伸ばして彼を制した。

「いいのです、シュバウワーさん。わたくしは言いましたよね? わたくしの命を救い、さらには世界を平和にする人だと――ケイカさまは魔王を倒せるお方なのです」

「え、それはつまり――」

 ――多大な功績を残した勇者は、お姫様と結婚するのが普通だった。

 これは世界平和のために働かせて強くなりすぎた人間を、今度は自分の国に縛り付けてその力の恩恵を得るという大人の事情も絡んでいる。

 だから、もし魔王を倒せば、各国から婚姻の話が持ち込まれるだろう。

 

 セリカが意味深な面持ちで、俺とシュバウワーを交互に見た。

「魔王を倒した勇者には過去の事例から考えたら――おわかりになりますよね?」

 シュバウワーが一瞬、妬みと羨望と憧れをない交ぜにした複雑な目で俺を見てきた。

 が、すぐに首を振りつつ頷いた。

「そういうことですか。わかりました、勇者さま、この国を、世界を、そしてセリカ王女をよろしくお願いします」


「その願い、聞き届けた」

 俺は力強く頷いて答えた。



 その時、小屋の扉が開いた。

 ミーニャが顔を覗かせる。俺を見つけたとたん、尖った耳がぴこっと立った。

「ケイカお兄ちゃん、終わった」


「そうか。だったらシュバウワー。廃坑にいるレジスタンスたちを逃がすぞ」

「え?」

「お前たちを潰しに王国軍が来てるんだよ」

「なんですと!?」


「ミーニャ、一番手薄なところへ案内してくれ」

「わかった」

「シュバウワーは仲間たちに知らせるんだ」

「わかりました、今すぐに!」

 シュバウワーが小屋を駆け出していった。



 俺たちはゆっくりと後に続いた。

 外に出るとミーニャが先頭に立ち、セリカが横に並んだ。セリカは歩きながら赤い頭巾を被って金髪を隠す。

 寂れた村の小道を歩いていく。

 寒い風が吹いていた。

 

 セリカがふと青い瞳を俺に向ける。

「そういえば、ケイカさま。ミーニャちゃんなら獣人たちを従わせられますが、そのことを言わなかったのはどうしてでしょう?」

「情報が漏れるのを防ぐためだ。対策を立てられたら困るからな」

「え?」


 俺は指を立てて揺らした。

「今、レジスタンスは急激に協力者を増やしている。すると新政権側のスパイが紛れ込む可能性が高くなる。今回、アジトの場所が知られたのもそのせいだろう」

「まあ! そこまでケイカさまは考えておられたのですか! 感心しますわ!」

 セリカは大きな胸に手を当てて感嘆の吐息をもらした。


「セリカが切り札と見せかけて、俺とミーニャが本当の切り札だ」

 ――軍の獣人比率を高めたところで、ミーニャの称号の力によって総服従させる。新政権は軍を強化すればするほど脆くなる。


「さすがですわ」

「私、頑張る」

 ミーニャは、ぐっと拳を握り締めた。


 後ろから不満そうな声がした。

「ラピシアは?」

「ああ、もちろんラピシアにも活躍してもらうぞ。特に戦いが終わった後で頑張ってもらうからな」

「わかった!」

 振り返って見るとラピシアは揚げ蔓をまだ食べていた。


 緩やかな登り坂になった谷奥への道を歩いていると、シュバウワーが駆けてきた。

「勇者さま、セリカ王女、準備が整いました。こちらへどうぞ!」

「早いな」

「いつ襲われてもいいように荷物や書類はまとめてありましたから」

「いい心がけだ。あと俺たちのことは名前で呼ぶなよ」

「あ、はい! 申し訳ありません……ではケイさまとリカさまと呼ばせていただきます」

「さまはいらないぞ」

「あ、すみません……」

 シュバウワーは困り果てたようで、顔を覆うように掻いていた。

 ――大丈夫なのか? 隊長をしている割には少し落ち着きが足りないぞ。

 まあ、念願の王女さまが帰ってきたのだから気が動転するのも仕方ないか。


 そうして俺たちは、山肌にぽっかりと開いた廃坑の一つへと案内された。

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勇者のふりも楽じゃない
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