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第16話 試練の塔 11人いる!(4層目)

 試練の塔、4層目。日没まであと3時間55分。


 俺たち――先頭が俺、次がセリカと酒場の親父、最後が大男――は高さと横幅が2メートルぐらいの通路を歩いていた。

 石の床や壁が濡れている。湿った空気がよどんでいる。

 俺は小川の神なので風や水とは親しいのだが、どうも周りの水は嫌な感じがした。

 じっと様子をうかがっているというか。すでに別の奴に従っている様子。


 それでも先に進まなくてはいけなかった。

 あと約4時間で塔を突破できなければ失格になる。



 いくつか角を曲がって進むと、奇妙な部屋にでた。

 横幅は10メートルぐらいだが、奥行きが数十メートルはあった。細長い部屋。

 しかも床も天井も壁もすべて鏡張り。

 出口は見あたらなかった。


 真理眼で凝視する。

【魔法の鏡】魔法や魔力を100%伝える鏡。物理攻撃では破壊されない。


 ふむ。効果以外は普通の鏡のようだった。

 部屋の中に罠は見当たらない。



「魔法効果を伝える……てことは魔法が得意な敵と戦わせる気だな」

「罠はなさそうだぜ、ケイカ」

「魔法攻撃に気をつけるんだ。戦いになったら俺の後ろへ隠れろ」

「わかりました」

「おうよっ」

 俺が先頭に立って、慎重に進んでいく。

 太刀に手を添えていつでも抜けるようにしながら歩いていく。

 空気が相変わらず湿っぽい。まとわりつくようだった。


 すると後ろにいたセリカが声を上げた。

「ケイカさま、入り口がっ」

 振り返ると、入り口があった場所は一枚の鏡に覆われていた。

「クリアしないと出られないってわけか。気をつけるんだ」

「はいっ」



 そして部屋の奥まで進んだ。

 出口がない。扉もない。四方を鏡に覆われているだけ。

 奥の壁際に台座があった。上に石像が乗っている。

 美しい女性。背中に蝶のような羽根を持っていた。


「妖精か?」

「どうやらそのようですね」

 すると突然、声が聞こえた。美しいけれども悲しげな声。

「よくぞ参られました、勇者の卵よ。これより試練を言い渡します」

 俺は石像を見ながら太刀を抜く。

「いいぜ。どこからでもかかってきな。まともにクリアするかは別問題だが」

「どのような方法でも、試練をこなせば構いません。では言い渡します。偽の仲間を倒して心臓にある宝石を抜き取り、この台座に乗せてください。そうすれば次の階層へといけるでしょう」

「偽の、仲間?」

 俺がつぶやいた瞬間、セリカの悲鳴が合唱のように響いた。

「「「ケイカさまっ!」」」

「セリカ!?」


 俺が振り返るとそこには無数の金髪が揺れていた。

 ざっと数えると、11人いた。

「いったいどういうことなのです……?」

「どうしてわたくしがこんなに……」

 見た目はそっくり。声もそっくり。

 11人のセリカは不安そうに互いを見ている。



 それだけではなかった。

 親父も増えていた。11人いる。

「俺が、たくさん……?」

「どうなってやがるんだ」

「お、おい」


 俺は妖精像へ目を向けた。

「……まさか、これを倒せってか?」

「はい、これが試練です。正しい仲間だけを残して、偽者を全部倒してください」

 俺は【本物のセリカ】を見た。青い瞳が不安そうに揺れている。



「胸くそ悪い試練だしやがって」

 仲間を殺すという心理的負担を勇者に与えるつもりなのだろう。

 体力や魔力の次は精神をすり減らしに来る。

 心の弱い勇者だとトラウマになるかもしれない。


 すると一人のセリカが前に進み出た。

 覚悟を決めたように、長いまつげの目を閉じる。

「ケイカさまのためなら、この命、惜しくはありません」

「すまないな」

 真理眼でステータスを見れば、どれが偽者かはっきりしていた。

 進み出てきたのは【偽セリカ】だった。

 仲間のふりして襲ってこないだけマシか。


 俺は太刀で突いた。

 どすっと鈍い感触が手に伝わる。

「うう……っ!」

 偽セリカが苦痛で端正な顔を歪める。

 つうっと口の端か赤い血の筋をこぼす。

「えっ?」

 人を切ったような、生々しい感触。

 思わずステータスをみた。

 やはり【偽セリカ】だった。


 彼女は血を流しつつ微笑んだ。

「ケイカさま、どうか勇者になってください……お会いできて本当にうれしかった、です……」

 苦しげに揺れる青い瞳から涙をこぼし、かはっと血を吐いた。

「セリカ――」

 緊張が走る鏡の間。

 セリカたちが口を押さえ、また整った顔を悲痛に歪めた。


 どさっと床に崩れ落ちる彼女。

 金髪が扇のように広がる。

 死体は消えたりしなかった。


 

 俺は呆然と立ち尽くした。

 石像の声が言う。

「何をしているのですか。早く心臓をえぐりだして宝石を取り出してください」

「なにっ! 解剖しろと言うのか!」


 セリカたちや親父たちに動揺が走る。

 本物のセリカまでおびえていた。

 ――これは……このまま試練をこなしたら相手の思う壺だ……!



 俺はその場に座り込んだ。

「お前たち全員、一人一人離れて壁際に座れ」

 ぞろぞろと命令に従うセリカと親父たち。



 俺は考え込む。

 これは勇者の心を削るだけじゃない、仲間の信頼をも壊す気だ。

 いくら試練とはいえ、仲間そっくりの姿を殺しまくる勇者を、はたして今までと同じように信頼できるだろうか?

 それに宝石をえぐり出すため、本人の目の前で死体を捌かなくてはいけない。

 しかも10体。


 今まで一緒に戦ってきた仲間であればあるほど、勇者を信じようとしても『でも試練のためなら仲間を惨殺することも平気なのか』と心の片隅で思ってしまうことだろう。

 きっとこの試練をクリアしたあとも、勇者に対する不信感は消えない。



 俺は死んだ偽セリカを観察した。

 質感や存在感が人間そっくりだった。

 なんどもステータスを確認しては【偽セリカ】という表示を見て安心するしかなかった。


 俺ですら不安定な気持ちになる。

 本物のセリカや親父は信じたいけれど信じきれなくて葛藤していることだろう……。

 あまりにそっくりな偽者を見て、間違って殺されるかも知れない恐怖に苦しんでいるはずだ。

 早くクリアしてやらなければ。



 それにしても。

 いったいこの魔法はどういう仕組みなのか。

 遠隔操作では難しいはず。


 この鏡の向こう側に誰かいるのか?

 千里眼が使えないのが痛い。



 どうすればいい?

 俺は壁際に並んだ一人一人を眺めた。

 目が合うたび、ひっと身を堅くするセリカと親父たち。

 本物まで緊張していた。


 ふと、石像に目が止まった。

 いったい何をかたどった彫像なのか。

 俺は目を凝らした。


【呪われし妖精の石像】妖精をかたどった石像。実物大。

           魔王に逆らったため呪いをかけられ封印された。

           妖精は死なない。生命が保てなくなると転生する。


 しかし俺は見逃さなかった。ステータスが浮かびかけたのを。

 すぐにアイテム情報を弾いてステータスを見る。


--------------------

【ステータス】

名 前:オルフェリエ

性 別:女

種 族:妖精

クラス:妖精魔術師Lv99

生命力:0/842

精神力:7249/9999

--------------------


 ……まるで生きているような情報。

 魔力を大量に消費している。

 ということは、こいつが魔法を唱えていたというわけか。

 ふと石化、という言葉が脳裏に浮かぶ。

 そう言えば、石像なのに生命力を持っていること自体おかしい。

 試してみる価値はありそうだった。



 不安げな色を青い瞳にたたえて俺を見るセリカに呼びかけた。

「セリカ、地聖水の用意を」

「はいっ、ケイカさま」

 ごそごそと鞄をあさって、素焼きの瓶を取り出した。金髪を後ろになびかせながら持ってくる。

 対ラピシア用に買い求めた、石化を治す聖水。

 1本しか買えなかったが、使うべきはここだろう。


 すると――少し遅れて他のセリカたちも動き始めた。手に瓶を持っている。

「「「ケイカさまっ。これを」」」

「最初のセリカ以外、動くな!」

 金髪を揺らして、ピタッと立ち止まるセリカたち。

 本物だけが傍へ来た。

「ケイカさま……どうされるおつもりで?」

「ちょっと待っててくれ」


 俺は腰に下げたひょうたんを手に持つと、妖精の石像へ頭からかけた。

「山間を流れる清らかな小川よ 悪しき力を流し清めよ――《浄化清水》」

 石像がキラキラと光る。

 《真理眼》で確認する。

【妖精の石像】妖精をかたどった石像。実物大。

       魔王に逆らったため封印された。

       妖精は死なない。生命が保てなくなると転生する。


 ――よし、呪いが解けた。

「さあ、地聖水を」

「はい、どうぞ。ケイカさま」

 セリカの差し出す瓶に手を伸ばした。その時、二人の指先が触れた。

 彼女はビクッと体を硬くさせた。

「あっ……」

 大きな青い瞳が後悔と自己嫌悪で苦しげに潤んでいた。


 俺は微笑むと手を伸ばしてセリカの頭を撫でた。艶やかな金髪。

 優しく、いつくしむように何度も撫でる。

 彼女の華奢な肢体から緊張がほぐれていった。


「すまなかった、セリカ。もう大丈夫だ」

「ケイカ、さまぁ……」

 甘く切ない声で呟くセリカ。瓶を渡したあとも俺から離れず、和服の帯を指先で摘んで傍にいた。

 また偽者たちと混じってしまうのが怖いらしい。



 俺は瓶の蓋を開けて石像にかけた。

 ――すると。

 黄色い光がきらきらと流れ、妖精像を包み込んでいく。

 そして、一瞬強い光を放ったかと思うと、台座の上に崩れ落ちた。緑の長い髪がふわっと広がる。

 セリカが驚きの声を上げる。

「えっ、いったい……!?」


 俺は近寄り、しゃがんで抱き上げた。薄絹をまとっただけなので、細く柔らかな肢体が透けて見えた。

 しかし生気が感じられない。

「オルフェリエ、だったか。大丈夫か?」

 俺の腕の中で、目を開ける。翡翠色をした大きな瞳。この世のものとは思えないほど美しかった。

「ああ……自分の意志で話せるなんて、何年ぶりでしょう……魔王にかけられた呪いを解ける者が現れるなんて……」

「あんたは操られていたのか」

「ええ、そうです。私の幻惑の霧の力でした」

 ――あの魔法はその力か。なるほど。


 俺は手のひらを光らせて言った。

「今、治してやる」

 すると彼女は弱々しく首を振った。

「大丈夫です。私の命は永遠です。解放された今、また次の世代へと転生します」

「そうか……なにか願いはあるか?」

「強い勇者さま。どうか魔王を倒していただけませんか?」

「元からそのつもりだ。時間はかかるがな」

 人々にじっくり恩を売ってからでないと、神にはなれないから。


 すると俺の心を読んだかのようにオルフェリエは微笑んだ。

「ありがとうございます。ただ妖精界に隠したものを手に入れなければなりません」

「それがないと魔王を倒せないのか?」

「ええ、お察しの通りです」

「なるほどな。それを奪われないために黙秘したから、こんなひどい目に遭ったのか」

 魔王は恐れたのだ。自分を倒せる何かを勇者に渡さないために。


 妖精の美しい顔が曇る。

「何人、優秀な者たちをこの手で葬らされてきたか……。心が砕けそうでした」

「心を破壊して、情報を引き出したかったのだろうな、魔王は」

「あなたと出会えて本当によかった。……では私の力を受け取ってください」

「……俺は別に他者の力など必要とはしていない」

「だからお願いしたのです。お賽銭の代わりでもいいですが」

「むぅ…………わかった」

 『お賽銭』という言葉を知っている時点で何を言っても説得させられそうだと感じた。

 なので、素直に受け入れた。


 するとオルフェリエが俺の頬に手を伸ばした。ひんやりとした冷たい手。

 その手が急に暖かくなる。慈愛に満ちた光。

 俺の中に力が流れ込んできた。


 真理眼で自分を見る。スキルが増えていた。

【スキル】

妖精の加護:即死無効 状態異常無効 幸運+30% 妖精界移動許可



 彼女が微笑む。

「この世界を、どうかお願いします」

「わかった」

 オルフェリエの体が白い霧に包まれたかと思うと、雲がかき消えるように消え去った。


 カラッ、コロンッ!


 鏡の地面に宝石が転がる音。

 見れば偽者たちはみんな消えていた。



 セリカは心配そうに呟く。

「ケイカさま、大丈夫ですか」

「少し休みたい気分だな。早く終わったし」

 ――セリカにも辛い思いをさせてしまったしな。


 ところがオルフェリエの声が響く。

「お急ぎください、勇者さま。もう時間がありません」

「ん? まだ3時間ぐらいはあるはずだろ?」

 この階層の攻略開始したときには、残り約4時間だった。

 あれから一時間ぐらいしか経っていないはず。


「この鏡の間は時間の流れが早いのです。外はもう夕方。日没まで1時間ほどです」

「なんだって!」

 俺は親父を見た。親父は時計を取り出して眺める。

「なんだこれ! 針が凄い勢いで進んでるぞ!」

「くっ! 急ごう!」

「はいっ!」



 俺たちは鏡の間を駆け回って散らばる宝石を集めた。

 台座に並べると緑色の扉が現れた。


 その中へ入る。

 体が上に引っ張られるような感覚がしたかと思うと、最後の階層へとワープしていた。

 石でできた通路。

 このダンジョンの奥に、見なくても分かるぐらい、禍々しい気配を放つ何かがいた。


 俺は拳を握り締める。

「大男、前に出ろ」

 ずしっと足音を響かせて大男が前に出る。

 頭から被るローブを俺は取った。

 中には石でできたゴーレムがいた。

 ――石化対策。うまくいくかどうか。


「さあ、これで最後だ」

「頑張りましょう、ケイカさま」

 セリカが金髪を揺らして頷く。

 親父が時計を見ながら言う。

「残り1時間切ったな」

「行くか」

 俺たちはゴーレムを先頭にしてダンジョンを進んだ。


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