第14話 試練の塔 一度で運ぶには?(3層目・前編)
試練の塔3階層目。日没まで残り5時間20分。
俺たちは扉から入ってすぐの場所に立っていた。
風が吹きぬける。目の前は広大な空間が広がっていた。コンサートホールよりも広い空間。
ただし、床がなかった。どこまでも深い暗闇が広がっている。底は見えない。
試しに小石を落としてみたが、底にぶつかる音は聞こえなかった。
その空間に、幅が50センチメートルほどの床が細く伸びている。
道は蛇のようにうねりながら向こう岸に見える扉まで続いていた。
扉のすぐ脇に一メートルほどの円柱があり、その上には緑色の炎を上げるたいまつが絶えることなく燃えていた。いわゆる、かがり火。
炎が緑なのは魔法だからだと思われた。
ふと、親父の手の包帯に気がついて尋ねた。
「傷は大丈夫なのか?」
「ああ、問題ない」
「念のため魔法で治しておこう」
「お前、回復魔法まで使えるのかよっ! すげぇなんてもんじゃねぇーな」
驚く親父は放っておいて、さっさと《快癒》と《解毒》を唱えた。
俺が手のひらから発する光をみながら、セリカが、はぅっと感嘆の吐息を漏らす。
「きっとケイカさまはなんでもできてしまうんです」
「あんまり頼りすぎるなよ」
「はいっ、逆にお役に立てるよう頑張りますっ」
「じゃあ、治癒してる間にかがり火の台座にある文字を読んでおいてくれ」
「わかりました」
セリカはスカートを翻してかがり火へ向かった。
セリカがしゃがんだままの姿勢で振り返る。
「ケイカさま『ろうそくにかがり火の炎を移して進め。さすれば緑の扉は開かれん』と書いてあります」
「ろうそく?」
「かがり火の台座の後ろに5本ありました」
「5本か……予備じゃなく全部使えってことなんだろうな」
俺は暗闇の広がる空間まで行くと、細い足場に一歩足を乗せた。
手を何もない穴の上へ出す。
ゴウッ!
突風が吹いて、手に当たり、和服の裾がはためいた。
穴の下から吹いてきている? 違う、魔法で吸い込んでいる。
「なるほど。細い足場の上を進んで行かなければ、火は消えると言うことか」
空を飛んでも引きずりこまれるのだろう。
俺は思った。
これは相当集中して運ばなければいけない。手元と足元に注意を払いつつも、当然魔物や罠にも警戒しないといけない。
――精神力減らしか。神経が磨り減るな。
セリカが長さ20センチメートル程ある太いロウソクを持って立ち上がる。
「それではケイカさま、先へ進みましょう。ロウソクは5本ありますが、どうしましょう?」
「俺が全部持っていくよ」
「ええ!? ですがモンスターが襲ってきたら……」
「こうする――《浮遊風》」
ふわっと、セリカの手からロウソクが離れた。
5本ともふわふわと漂いつつ、かがり火へ近付く。
緑の炎が移る。
セリカは青い目を丸くしていた。
「ケイカさまはすごいです。こんな魔法、初めて見ます」
「そうか。まあ、そうだろうな」
俺は基本的な神法術――魔法以外に自作した魔法が多かった。
なぜそんなことができるのか? ――だって神だから。
しかし調子に乗っていたら、急に頭がくらっとした。
「うっ」
足がふらつくも、踏みとどまる。
セリカが澄んだ声で叫ぶ。
「ケイカさま!?」
「おい、どうした、ケイカ!」
体の力が抜けていく感覚に襲われた。
とっさに《真理眼》でかがり火とロウソクを見た。
【緑炎のかがり火】この魔法の火を階層扉の前へ並べると次の階へ行ける。
【魔消のロウソク】使用者の魔力を消費して魔法の火を燃え続けさせる。手を離したり、魔力が切れると普通の火に戻る。
ちっ、そういうことか!
俺は自分の手を見た。
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【ステータス】
名 前:蛍河比古命
【パラメーター】
生命力:61万4600
精神力:53万1204/56万6600
攻撃力:10万2220
防御力:14万3620
魔攻力:18万4020
魔防力:4万2620
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MPがガッツリ減ってる!
魔法をいろいろ唱えたし、《真理眼》を使いっぱなしだから1万ぐらい減っててもおかしくないが、それでも減りすぎだった。
俺は《浮遊風》を一本残して解除した。
バラバラと床に散らばるロウソク。消えなかったロウソクは炎が普通の橙色に戻った。
ステータスから目を離さずにいると、また魔力を消費した。
53万0071になる。1133の消費。割合にして最大値の0.2%。
一気に5本持ったから1%の5666も減ったわけだ。これはきついはずだ。
すぐに消した。
セリカが長い金髪をなびかせて、ロウソクを飛び越えて駆け寄ってくる。
「ケイカさま、どうされました!?」
「このロウソクは魔力を消費する。しかもおそらく比率で減るようだ」
「比率!? では魔力が多い人ほど一度に減る量が多いということですか?」
「そうなるな……試しにセリカ、1本持って火をつけてくれ」
「はい」
セリカがほっそりした指先で1本拾うと石柱の上で燃えるかがり火へ向かう。
すぐに緑色の炎が灯る。
魔力の値はセリカが一番少ない。165だった。
セリカも俺も親父も、彼女が胸の前に持つロウソクを見続けた。
しかし、見ていてもなかなかセリカの魔力は減らなかった。
3分ほどしてようやく1減った。
――やはり比率か。165の0.2%は0.33。
1分で0.2%減り、3分で観測できる数値に達した、と。
俺は頷きつつ、さらに指示を出す。
「次にセリカ、手に持ってるロウソクの火を、別のロウソクに灯してくれ」
「え……あ、はいっ!」
すぐに理解してくれたようで、セリカは落ちてるロウソクを拾うと緑の火を移した。
――しかし。
ロウソクの火を移したロウソクからは、橙色の普通の明かりが灯った。
「ロウソクからの火じゃ、緑色にはならないのか」
「残念ですね……」
薄い肩を落としてしょんぼりするセリカ。
見ていた親父が言う。
「ケイカは魔力が多いみてぇだから減らすわけにはいかねぇな。ロウソクは5本だから、最初はセリカ2本、俺1本。向こうに渡ったらまた戻って、セリカと俺が1本ずつ火を灯して運ぶ。往復するしかねぇか」
俺は広い空間に蛇のように走る細い道を眺めた。
「だめだな。片道だけで1時間は掛かりそうだ。往復したら3時間かかってしまう」
「じゃあ、どうされるのです……?」
セリカが青い瞳を心配そうに曇らせて、首を傾げた。緑のかがり火の光を浴びて金髪がきらきらと輝く。
俺は、口の端を歪めてニヤリと笑った。
「当然、1回だけで終わらせる! 無駄な時間を過ごしてたまるか!」
体力の次は集中力と魔力を減らすダンジョン。
獲物をとことん弱らせてから、確実に殺しにかかってきてる。
本当に狡猾でいやらしい発想だった。
――このまま魔王の思惑通りに進めてたまるかよっ!
セリカが端整な顔をしかめた。
「でも、どうやってでしょう?」
「こうやってさ」
俺は大股でかがり火に歩み寄りつつ、太刀を抜き放った。
「――《嵐刃付与》」
太刀に嵐の刃がまとわりつく。そして真理眼でじっと見定めながら太刀を振りかぶる。
セリカがぽかーんと赤い唇を開けている。
「え、ええ?」
「お、おい、ケイカ何するつもりだ!?」
「でやぁ!」
ズガァ――ッ!
燃えるかがり火の支柱と床の境目を叩いた。
粉砕されて傾くかがり火。
俺は素早く太刀を納めると、両手でかがり火の台座を持った。
「まあまあ重いな」
台座を含めて数百キロはあるかがり火を、ぐぐっと抱え上げる。
そして床から持ち上げた。
セリカがすらりとした手で口を押さえて驚く。
「け、ケイカさま! なにをなさる気ですかっ!」
「どうする気だよ、ケイカ! ――ま、まさかっ!」
俺は一度台座を置きつつ大きく笑った。
「往復するのが面倒なら、かがり火のほうを運べばいい。それに見てみろ。台座ごとなら移動させても緑の炎のままだ」
「な、なんという無茶をされるのですか……」
「お前の発想はもう、いい意味で人じゃねぇな。神か悪魔レベルだぜ……」
二人は呆れながらも、しだいに笑顔になっていく。
俺は背負っていた袋を降ろして、かがり火を背負うように持ち上げた。
「俺が先頭で、その後ろに親父。次が大男。セリカはろうそくと俺の荷物を持って最後に続いてくれ」
「わかりました」
「りょうかいだ」
準備が終わり、全員の顔が引き締まる。
「さあ、行くぞ!」
俺はかがり火をしっかり背負うと、空間に細く伸びる道へと足を踏み出した。
数字の間違い訂正




