第142話 オークション開始!
俺は王都の商人ギルドで開かれたオークションに参加していた。
一階に下りると女性の職員が話しかけてくる。
奴隷との面会は終わったと伝えると、会場へ案内された。
一階奥にある大広間。
ホテルのホール並に広かった。
舞台があり、その正面には革張りのイスがずらっと並んでいた。
500人は余裕で座れるだろう。
みんな高そうな服を着て、飲み物片手に談笑していた。
舞台に向かって前の方が一般席。
後方が貴族や高官の席になっている様子。
ただ、イスが並ぶスペース以外にまだ余裕がある。
「立見席もあるのか?」
俺が尋ねるとリオネルが答えた。
「ううん。競売には参加しない人が入るんだよ。観客さ」
「ある種の見世物になるのか」
「だからお金持ちは財力を示そうとヒートアップしやすくなるんだ」
「なるほど。面子がかかっているものな」
広間を横切って前のほうへ。
端の方の席に座りながらリオネルがぽつっと呟いた。
「この並び、嫌だね」
「どうしてだ?」
「後ろから見てれば、誰が何を入札したか分かるから、相手の狙いや予算が見えてくるんだ」
「なるほど。本命の出品がきたときに有利だな。だから後ろの席に行くほど地位の高い連中がいるのか」
「そうなんだ。しかもここのオークションは、基本は競売方式――指の数で数字を加算していく一般的な方式なんだけど、いくつかは総取り方式の競売なんだ」
「総取り? 負けても提示した金額は払わないといけないのか」
「うん。主催者と出品者はとても儲かるよね。ただ総取りだと下手な出品物だと入札0になるから、よっぽどのもの――騎士団長や巫女、破滅の剣にティアラなんかはきっと総取り方式だね」
「総取りだと、予算把握されてるとカモにされて終わるな……」
「うん、ほんとにね。大人ってずるいよ」
これが前にリオネルが懸念した、金を持ってるカモを集めてるんじゃないかと言う理由か。
――まあ、俺には千里眼があるから関係ない。
「でも総取りは悪く思えるが、値段の釣り上げはなくなるから公平ではあるな」
「そうだね。さすがケイカさん、余裕だね――あ、そろそろ始まるみたいだよ」
金髪が柔らかく揺れて、リオネルが背筋を伸ばして座りなおした。
会場のイスは8割ほど埋まっていた。
正面の舞台に燕尾服を着た男が立つ。刈り揃えられたひげがダンディーな男性。
司会進行役のようだ。
「ただいまよりオークション大会を開催したいと思います。遠方より足を運んでくださった方々、本日はお集まりくださいまして誠にありがとうございます。古今東西の名品・達人200品が出品予定でございます。出品は番号順でございます。――まずは1番から!」
司会が合図すると、一人の男が鎖につながれて出てきた。
細身の引き締まった体だが筋肉はたくましい。元は騎士か冒険者か。なかなかの美形だった。
競売が始まる。
「番号順?」
俺が呟くと、リオネルがカタログを開いた。
「これがそうだよ、ケイカさん」
カタログの最初のページに順番が出ていた。品名の横に相場落札価格が書き込まれている。
リオネルが調べたらしい。
「すごいな。ここまで調べてたのか。偉いぞ、リオネル」
「ありがとう」
素直に褒めるとリオネルは目を細めて微笑んだ。少し照れたような仕草が子供のように可愛らしい。
オークションは順調に進んでいった。
最初の青年は無条件奴隷で、大金貨40枚で太った貴婦人に買われていた。
次は、浄化の手袋とかいう魔法の品が出た。触ると水や食料が綺麗になり腐敗状態を戻す。
安そうだと思ったら意外にも貴族たちが食いついた。競って入札する。
毒の暗殺を防げる上に料理が美味しくなるから、らしい。
最終的には107枚で落札。
入札額が高額になるほどに、周りの観客がどよめいた。
次はコーデリアばあさんが出てきた。
背丈と同じ杖を突いて舞台中央に進み出る。
司会が条件を話し、入札スタート。
貴族が参加しないので上がり方も地味。会場の熱気が冷める。
結果、大金貨9枚でリオネルが競り落とした。
条件奴隷なのに早い段階で出されたのは勢いに水を差すと考えられたからだろう。
俺は横に座るリオネルの耳元に口を寄せて尋ねる。
「希望する最低落札金額を下回った場合、どうなるんだ?」
「その場合、出品者はその値段で売るか拒否するか選べるんだ。この場合は条件奴隷のおばあさんがどうするかだよ」
「なるほど。逆に言うと希望最低落札金額を上回ったら絶対売らなくちゃいけないのか」
「落札品の交渉はオークションが終わったあとだから、この調子で落札頑張ろうね」
「そうだな、頼むぞ」
その後、空気を入れ替えるようにいくつか品物や奴隷が出て、盛り上がっていく。
会場が熱気に包まれた頃、条件奴隷が出始めた。
優秀なスキルを持った奴隷たちが多く、しかも美女やイケメンが多いため入札が白熱する。
逆に見た目が無骨な薬師は安くて5枚、あとで交渉に。執事がどこかの女商人と競ったため27枚に。
高くても必要な人材だからしかたない。
リオネルは1枚ずつ上げるようなことはせず、一気に始まり値の2~5倍をつけていく。脱落者が増えたところで1枚にしてから、最後にもう一度大幅アップ。他の客を突き放す。
子供ながらにえげつない。
勇者の盾には俺も競売に参加してみた。
希望最低落札価格が大金貨40枚。
「これは俺も参加してみよう。指を表向けて立てればいいんだな?」
「手の甲向けて出した指は倍になっちゃうから気をつけてね」
「わかった――3!」
入札が始まったとたん、俺は手を挙げて指を3本だした。
なぜか会場がし~んとなる。
――あれ?
小声で二人に尋ねる。
「俺、何かやらかした?」
「け、ケイカさま……声は出さなくていいですわ」
セリカが恥ずかしそうに俺の和服を引っ張った。
「そうか、すまない。でもなんで入札が止まったんだ?」
ざわめく会場に耳を傾ける。外野の観客が囁いていた。
「あれ勇者じゃん」「え、やばくない?」「これ落札しても奪われてしまうのでは?」「落札する意味が……」
――ああ、そうか。
【勇者の証】があれば、魔王との戦いのために必要だと勇者が証明できれば【必要物資調達】できるんだったな。
勇者の盾は、誰がどう考えても勇者の必需品と考えるはずだし。
俺はいらないけど。
結果。
「勇者の盾、大金貨3枚で落札です!」
司会が高らかに宣言した。
出品していた中年の商人は魂が抜けたような顔をしていた。動こうともしない。
司会から退場するように言われると、膝から崩れ落ちて号泣した。借金が……娘が……と呟いている。
早急に大金が必要だったのだろう。
かわいそうに。俺のせいだけど。
ただ、勇者の証で高額品を徴収した場合、問答無用で奪えることは少ない。
普通は勇者に重要物を渡す場合、一度だけ勇者を試すことが許される。
例えば、村の宝である勇者の盾が欲しければ、近くの山に住む盗賊団を退治してきてくれたら差し上げよう、といった具合に。
というわけで、少し変則的だがあの商人の願いがあれば聞いてあげよう。
次はサキュバスのステラが出てきた。尻尾が力なく垂れていた。
これも盛り上がらない。というか総取り形式のためほとんど入札がなく、10枚で止まった。
ひそひそとあのサキュバス役立たずなんだって、みたいな声が聞こえていた。
ステラは唇を噛み締めて、段上から恨めしそうに俺を見てくる。
はぁっと溜息を吐いて呟く。
「入札してやってくれ」
するとリオネルの驚く声が静まり返る会場に響いた。
「え? でも、仕事できないサキュバスなんて、お金の無駄ですよ? ……でも。わかりました」
そう言って手の甲を向けて指を出した。2倍の合図。
司会が言う。
「20枚!」
「25枚!」
どよどよと会場がざわめく。
後ろの方から声が聞こえる。
「ま、ま、魔物ちゃんだよぉ……ボクが愛してあげるからね、うひ」
聞いたことのあるキモい声だなと思って振り返ると、いつの間に来たのかリオネルの兄、ジャンがいた。
市長の仕事を手伝っているせいか、前よりさらに肥え太っていた。
「あいつ――ふんっ」
目に力を込めた。神の眼光でジャンを射抜く。
奴は俺に気付いて、ひいっと声を上げた。
リオネルが指を上げる。
「30枚!」
ジャンは白目を向いて痙攣している。
「――他にいませんか? 30枚で落札です!」
コールがなく、そのまま落札となった。
ステラは頬を膨らませて不満そうだった。
俺を一睨みしてから、ぷいっと顔を背けると、腰を左右に振りつつ歩み去った。
リオネルが俺だけに聞こえる声で呟く。
「やったねケイカさん。兄が入札したのは予想外だったけど……うまく金額抑えられたね」
さっき否定するようなことを言ったのは、やはりブラフか。
「あんまりさっきみたいなこと言うなよ」
「ごめんなさい」
調子に乗りすぎたと気付いたらしく、リオネルはしゅんっと肩を落としていた。
オークションは続く。総取り形式が多い。
槍が出たり、鎧が出たり。
青竜鱗の鎧は様子を見ていたが100枚を超えたので断念。どっかの貴族が200枚で買っていた。
騎士団長は150枚を超えた。ダフネス国の貴族と官僚が激しく争う。なぜ同じ国で? なぜかジャンも競っていた。270枚で貴族が落札。
会場はどんどん盛り上がっていった。
そしてついに【プリンセスティアラ】が出た。
司会が言う。
「さあ、こちらは亡国に伝わるという由緒正しきティアラです! この競売は総取り競売ですのでお気をつけください! では開始は10枚から!」
「15」「25」「35」「50」「55」「70」「100!」
一気に100まで跳ね上がる。
総取り方式だと言うのに貴族たちがガンガン競っていった。
勇者の証で貰おうかとも考えたが、魔王を倒すのに直接必要かと問われれば、難しいところ。
姫騎士自体が珍しいから、姫騎士専用装備なんだと訴えても認められにくい。
この人気を蹴落として落札するしかなかった。
「リオネル、一気に倍でいけ。早く諦めさせた方がいい」
「――わかった」
100あたりで競っていたところでリオネルが動く。
「214!」
司会が叫び、会場を見渡す。会場の空気が変わった。
「215!」
一人だけついてきた様子。
リオネルが心配そうな顔でチラッと俺を見てくる。
これで負けたら大損だった。でも損切りすれば資金は半分以上残る。
「相手の軍資金がわからないから怖いよ」
と、か細い声で呟くリオネル。明るい瞳が不安で揺れていた。
確かに、総取り方式は負けても払わなくてはいけないから、早く諦めて損切りをできなかった場合、泥沼に陥る。
相手もそのようだった。
青褪めた顔で何かブツブツ言っている。《多聞耳》で聞くと
「まだいける……8枚までなら……いける」
と呟いている。
8枚って聖金貨か。1枚で50枚だったな。
――ということは。
俺はリオネルに顔を寄せて耳打ちした。
「相手の予算は400枚ちょい。倍プッシュだ」
「え!? ――うん、わかった」
リオネルの白く細い手が、甲を向けて動く。
そして――。
「430!」
うぉぉぉ! と会場がうねるようにどよめいた。
相手の男は、ぐぬぬっと唇を噛み締めて手を挙げようとしたが、隣にいた妻と思しき女性に止められてしまう。
男は、打ちひしがれてがっくりと肩を落とした。燃え尽きていた。
――ん、こいつ青竜鱗の鎧を200枚で競り落とした奴じゃ?
それで資金が尽きていたのか。
……貴族で名前はミルフォード。覚えておこう。
「いないですね? ……では、430枚で落札です!」
司会が高らかに宣言した。声が明らかに高揚している。
おおっ! と会場からどよめきが起こる。
「すげえ!」「勇者ってそんなに儲かるのかよ!」「手広くやってるらしいぜ」「村や高速輸送もそうだよな」「でもなんであんなティアラが……?」
今迄で一番のざわめき。会場の興奮は最高潮に達した。
俺は拳を握り締めた。自然と顔がにやける。
「よしっ。一番大切な物がゲットできたな!」
リオネルが信じられないといった感じで首を振る。
「さすがケイカさん、よく相手の予算がわかったね」
「まあな。か――勇者だからな」
危ない、素で「神だから」って答えそうになった。
セリカがそっと手を握ってきた。しなやかな指先が心地よく触れる。
「ありがとうございます。ケイカさま……なんとお礼を言ったらよいか……」
「礼なんていらない。ずっと傍にいてくれるだけでいい」
そっと薄い肩を抱き寄せると、セリカは「あぅ……」と喘ぎながらしなだれかかってきた。体に触れる吐息が熱い。
俺は舞台袖に引き上げようとする商人を呼び止めた。
「ここで金払うから、渡してくれ」
「え、それは……ああ、勇者さまですか。急ぐのですね。わかりました」
商人は司会によろしいでしょうかと伺いをたててから降りてきた。
セリカが金を払い、俺がティアラを受け取る。
良く見れば花の模様があしらわれた、気品の中にも可愛らしさを感じさせるティアラだった。
付け方がいまいちわからないが、そっとセリカの頭に乗せた。
金髪に、魔法銀が主体のティアラが良く似合っていた。赤い宝石もセリカの高貴な魅力を引き立てる。
まるで王女のようだった。王女だけど。
「ありがとうございます、ケイカさま……ぐすっ」
半べそをかきながら、俺の胸に顔を埋めてきた。花のような香りがする。
というか、可愛い。
よしよしと頭を撫でてやった。
しかし、リオネルがカタログを見ながら顔をしかめた。
「でもこれで、どっちか一人だけになりそうだね」
「ん? ――ああ、あれとあれか」
妖精少年のハウスキーパーと、大工のリス獣人。
リオネルが調べた相場では妖精が30枚、リスが40~70枚らしい。
「こっちは普通だが、こっちは高いな」
「猫や狼は多いけど、これは珍しいからね。しかも、今日の熱狂振りだと、もっと跳ね上がると思う」
現在で、大金貨504枚の出費。
残り60枚ほど。
「厳しいな……」
「両方欲しいけど、僕の溜めたお小遣い4枚しかないや」
「仕方ない。片方だけでも買おう」
「そうだね……残念だけど」
リオネルは達観したように微笑んだ。首を振ると金髪が柔らかく流れた。
目玉商品が終わったのでオークションは通常方式に戻った。
「続きまして、魔女の媚薬! 通常方式で、1枚からのスタートです!」
「10!」「14!!」「20!!!」
客は競って入札していく。
会場はさらに熱狂していった。




