第141話 リオネルとオークション
ゲアドルフを倒したことが魔王軍に伝わり、混乱と動揺のさなかにあった。
逆に獣人たちは砦を一つ奪ったことで勢いに乗っている。
次は獣人地区中央にある砦を落とすため、獣人たちも協力することになった。
一方、復活した海邪神リヴィアは行方をくらましたまま。
リヴィアは今の俺と同等なため、早急に信者を増やす必要があった。
ともあれ、リリールと話してからでも遅くない。
今は溜まっていた雑用を終わらせよう。
◇ ◇ ◇
蒸し暑い昼の辺境大陸。
原住民が集まって住むケイカハーバーで俺とラピシアが川の岸辺で魔法を唱えていた。
川が割れて島まで地続きになり、その水をせき止めるように土壁が隆起する。
続いてラピシアが川底に降りて、建築家メルビウスの指示通りに平らな岩を等間隔で隆起させていく。
橋の基礎工事をやっているのだった。
傍にいた村長のリオネルが幼さ残る顔で驚く。
「うわぁ、すごいや」
目を丸くして感嘆の声を漏らしていた。
決められたところへ基礎工事が終わった。
隣に戻ってきたラピシアの頭を撫でた。
「良く頑張ったな。偉いぞ、ラピシア」
「うん! がんばった!」
ツインテールを揺らして喜ぶラピシア。
メルビウスが言った。
「さすがケイカさまとラピシアさまですね……これで住民だけでも工事ができます」
「家の解体や移動は順調なようだな」
「はい。畑も開墾が進んでいます」
「この調子で頼む」
リオネルが金髪を揺らして言う。
「今日はこれからオークションだね。――そうだ。カタログ見たけど、武器や防具は買わなくていいの?」
「何かいいのがあったのか?」
「勇者の盾とか、青竜鱗の鎧とか。伝説級の装備が出るみたいだよ」
「盾か……俺はいらないな」
するとラピシアがぴょんぴょん跳ねて言った。
「青竜鱗のよろい、欲しい!」
「そこに反応するのか――リオネル、子供でも着れるのか?」
「たぶん無理じゃないかな?」
リオネルが首を傾げて答えると、ラピシアは頬を膨らませてぶーっとブーイングした。
「でも、欲しい!」
「ラピシアは今着てる服が一番いい装備だぞ――いや、でも」
ラピシアの着ている【白銀のワンピース】は【防×2倍】【全状態異常無効】【時間比例回復】の鬼性能。当然ラピシア専用装備。
しかも「母の愛が込められた服」なんて情報が出るが、この真っ白な服はソースで汚しても、雨の日に遊んで泥だらけになっても自然と綺麗になる。
たぶん時間比例回復が服自体にも発動してる。
そのため当然ほつれやほころびもない。穴が開いてもすぐ治る。
母の愛というより、子供を持つ母親の願望が込められた服と言えた。
これ以外に必要とは思えない。
――でも、ラピシアが駄々こねるときって何かあるんだよな。
そこで聞いてみた。
「どうして欲しいんだ?」
「う? うーんうーん……なんとなく?」
ラピシアの眉間に可愛いしわが寄っていた。
「そうか。買えたら買おう。でも期待するなよ」
「うん、わかった!」
ラピシアは両手を挙げて喜んでいた。
リオネルが爽やかな声で言った。
「それじゃ、カタログとってくるね」
「ああ、俺もセリカを呼んでくる。親父の店で会おう」
「うん、わかったよ」
◇ ◇ ◇
朝の日差しが降る王都。
肌寒い大気に肌が引き締まる。
俺とセリカは親父の宿屋にいた。
ラピシアは村で留守番してもらう。
ミーニャは獣人たちと今後の作戦を話し合うためついてこれなかった。
宿屋の一室でオークションへ行く前にカタログの最終チェックをおこなった。
資金も潤沢になったから。
目ぼしい奴隷や武具のページに栞を挟んであった。
リオネルの心遣い。
俺とセリカが並んで座り、肩を寄せ合ってカタログを見る。
「ふむ。条件奴隷の家庭教師ばあさんと、薬師のおっさんもいるか――体格がいいな、このおっさん」
「辺境大陸に置かれるので?」
「いやあっちは無条件奴隷だけにする。執事は条件奴隷になってしまうが」
「執事やメイド長は守秘義務や漏洩防止がありますからね」
喋ると隷属紋が発動した上、牢屋行きになることも。
ばあさんと薬師で最低落札価格26枚。倍と見て50枚か。
執事や妖精メイド、リスの大工とあわせると120枚ぐらいいきそうだった。
カタログを見ていく。
サキュバスのページにもしおりがあった。半裸のエロい少女。
「買ったほうがいいのか? メモがあるな……他者に落札されると悪用される危険か。なるほど」
「でも働く場所がありませんわ。少々値が張るかと」
我が家の会計係であるセリカは厳しい口調で言った。
「そうだな。余裕があったらにしよう……後半は武器類か」
永眠の槍や破滅のつるぎなど、強そうな名前の武具が載っていた。《真理眼》で見ても確かに強いが、必要性が感じられない。
「パーティーに必要そうな武器防具はなさそうですね――あ」
「ん? ――このティアラがどうした?」
開いたページには金と銀で作られた美しいティアラが載っていた。
赤と緑の宝石がはまっている。
【プリンセスティアラ】由緒正しき亡国の品。
と書かれていた。
《真理眼》で見ると【防御+10】【毒無効】【即死無効】(王族使用時【姫騎士スキル上昇:大】【天使の恩寵】【会見記憶保存】【全能力+30%】【防御+20%】)
――なにこのセリカのための防具。
ちらっと美しい横顔を見ながら言った。
「セリカに似合いそうなティアラだな」
「……家宝に似てますわ。エーデルシュタインを建国した伝説の姫騎士のティアラにそっくりです」
「実物を見たことあるのか?」
「いえ、でもお城にあった肖像画で見ました」
「だったら、これは買いだな」
「そんな……最低落札価格ですでに大金貨70枚ですわ。落札価格がいくらになるかわかりません。無理をなさらないでください」
心配そうに形の良い眉をひそめるセリカ。
「いいや、買う。――今560枚ぐらいだったか。貴族たちがどれぐらい積んでくるかが問題だな」
「そうですね……でも、気持ちだけでも大変嬉しいですわ。ありがとうございます」
セリカが深く頭を下げた。素直な金髪が垂れる。
というか、金がないときは最低限でいいと思っていたが、財政が豊かになるともっと欲しくなってしまう。
俺はたぶん貯金できないタイプだ。
これからもセリカに財布の紐を握っていてもらおう。
――と。
部屋にリオネルが入ってきた。半ズボンにジャケット。タキシードっぽい格好をしていた。大人のように首元に蝶ネクタイをしている。
「着替え終わったよ。……いいのあった?」
「そうだな。前に決めていた奴隷のほかに、家庭教師の老婆と薬師の男が欲しいが。……今はこのティアラが全力で欲しい」
「きれいだね。きっとセリカさんにとっても似合うよ」
「ありがとう、リオネルくん」
セリカが優雅に微笑んだ。きっと本心を隠して。
俺は椅子から立ち上がった。
「それじゃ行こうか」
「「はい」」
二人を連れて宿屋を出た。
◇ ◇ ◇
王都の大通りの城近く。
貴族や豪商の大きな屋敷がある場所に商人ギルドの本館があった。
ここでオークション大会は開催される。
商業系ギルドがすべて協力し、貴族や高官なども協賛していた。
石造りの大きな建物。壁や柱には彫刻が彫られている。
金が有り余っているのか、それとも虚勢か。
俺は建物を眺めてから本館に入った。
花が飾られたギルド内。貴族の館のように広い。
入口傍にある受付の女性にカタログを見せて、名前を記帳した。
「それでは会場に入られますか? それとも奴隷と話されますか?」
「事前に話していいのか?」
「はい。武具や美術品は当方で真贋を確かめておりますのでカタログどおりですが、条件奴隷は人ですから、性格的に合う合わないがございます」
「なるほど。能力が高くて気に入ったが、会ってみると生理的に無理って場合があるものな――わかった、確認してみよう」
「では、こちらへどうぞ」
職員に案内されて幅広の豪華な階段を上がって2階へ。
2階は中規模の部屋がいくつかあった。普段は会議室として使われているのだろう。
奴隷たちはそれぞれ区切られたスペースにいて、奴隷商と一緒に客と応対していた。
やはり一番人気は騎士団長か。
鎧を着て背筋を伸ばす偉丈夫。定年した年寄りとは思えない。
巫女の周りにも人がいた。貴族や官僚、商人など。
高い治癒能力を持つ巫女なので、どこでもひっぱりだこだろう。
それらを横目に家庭教師のばあさんのところへ行った。
しなびてはいるが目付きは鋭い。
椅子に座って本を読んでいる。
背丈と同じぐらいの捻じ曲がった杖は傍に立てかけられていた。
周りには人がいない。
落札は貴族以外と条件をつけているためだろう。
俺は近寄って話しかけた。
「なあ、ばあさん。俺は勇者ケイカだ。少し聞いておきたい」
「ん? おお、ファブリカの膿を取り除いた勇者どのか。これは久しぶりであるの」
「ばあさんは家庭教師ということだが、大勢の子どもたちに教えることはできないか?」
「なぜじゃ?」
「才能ある子を無料で育てる学校を作ろうと思っている。というかできた。まだ高等な学問や魔法を教えられる教師がいなくて探していた」
「ほむ。それをわしにしろと言うのか……わしの条件は知っておろう? それでも良いのか?」
「それで構わない。魔法は妖精やエルフが手伝ってくれる」
俺が言うとばあさんの目が光った。
「妖精とエルフがおるのか……面白い……くくくっ」
「なんか目付き怖いぞ、ばあさん」
「うるさい、わしのことはコーデリアとよべ。それより、ちゃんと落札するのじゃぞ。わしはどこの家で働いても構わんのだからの」
「ああ、わかってるよ。じゃあ、またあとで」
それから薬師の男と話した。
実直な性格で信頼できた。体格が良かったのは、稀少な薬草を採るために山奥へ分け入る必要があったから結果的に鍛えられたとのこと。
灰色熊を素手で倒したこともあるらしい。
あとは年配の執事。礼儀正しくて好印象。経理も得意とのこと。
気になっていたので尋ねる。
「執事は、やっぱり強いのか?」
「さあ、どうでしょう? お嬢さまやご子息をお守りするぐらいなら、やっておりましたが」
すうっと目を細めて微笑みを浮かべると、いつの間にか短剣を握っていた。
――この執事、できる……っ!
リオネルが気に入っていたので落札したい。
無条件奴隷も見たかったが、いなかった。
無条件だけあって性格がどうあろうと隷属紋でどうにでもできるので面談の必要がないのだろう。性奴隷にだってできるのだから。
少し気になっていた奴隷たちと話してみて面談を終えた。
そろそろオークションの始まる時間。
会場へ戻ろうと思い、部屋の入口へ向かった。
――と。
いきなり、横から呼び止められた。
「勇者じゃ~ん。どうどう? アタシを落札しなぁ~い?」
見ると、サキュバスの少女がいた。名前はステラ。
相変わらず、色気のある肢体が透けて見える服を着ている。
紐のような下着が丸見えで、扇情的だった。
背中の小さな羽をパタパタと鳴らし、先がハート型になった尻尾をくねらせている。
部屋を行き交う男たちは、チラチラと視線を走らせていた。
魅了でも使っているのかもしれない。
「すまんな。痴女を買う余裕はない」
「痴女ってひど~い! アタシは見られてもいい服着てるだけ。見せたがってるわけじゃないもん」
「働かせる場所がないからな。小物作りでもするか?」
「え~。なんでそんな根暗なことしなくちゃいけないのぉ~? アタシの仕事は小物作りじゃなくて子作りだし? ベッドの上ならどこでも仕事場だけど?」
セリカがずいっと前に出る。
「なんてこと言うのですか! ケイカさまは勇者なのですよ!」
「何この人? ……偉そうに言う割には、まだ勇者に抱かれてないじゃん~。落札してくれたら、最高の初夜にしてあげちゃうよん?」
「なっ! なんて、はしたないことを……っ!」
ステラの挑発に、セリカが頬を染めて睨み返した。
つかみ掛かりそうな勢い。
キャットファイトは見てみたくもあるが騒ぎは困るので間に入った。
「まあまあ、二人ともそんなに騒ぐな。そういうステラだって未経験じゃないか」
ええええ! と周りにいた人々がどよめいた。
「未経験?」「だから失敗……」「詐欺じゃない?」
ステラの横に立つ奴隷商の顔は一瞬にして真っ青になっていた。
逆にステラの顔が耳まで真っ赤になる。尻尾が激しく揺れていた。
「そ、そんなこと関係ないもん! アタシは立派なサキュバスだもん! えいぎょー妨害よっ!」
恥ずかしさが募ったためか、ステラは泣きそうになっていた。
「それは悪かったな。じゃあな」
俺は逃げるようにその場を去った。部屋を出て階段へ向かう。
ふぇぇぇん、とステラの泣き声が後ろから響いてきた。
――ちょっと心が痛む。
まあ、余裕があったら考えよう。
俺はセリカとリオネルを連れてオークション会場へ向かった。




