第137話 東の砦攻略!(その1)
大陸の北、獣人地区を支配する東の砦。
俺たちは妖精の扉を使って砦の北側の岩場に出た。
高い外壁を何重にも張り巡らせた大きな砦が遠くに見える。
外壁内にはいくつもの建物があり、小さな街を形成していた。
セリカが整った顔を凛々しく引き締めて言った。
「……あそこに飛竜部隊がいるのですね」
「そうだ。獣人たちが飛竜の世話をしているな」
「このまま正面から攻めますか?」
「獣人たちはできるだけ残すようにしたいが……」
ミーニャの尖った耳がピピッと動く。
「私が名乗りを上げる。獣人は私が倒す」
「わかった。あとは俺たちで倒そう」
「わかりました」「うん!」
俺たちは堂々と正面から砦へ近付いていった。
しだいに気付き始めた魔物たちが騒ぎ始める。
門番をしていた魔狼はガクガクと震えだし、城壁の上を警備していたゴブリンは「ひぎぃ!」と叫び声を上げて砦の中へと逃げ込んだ。
石造りの砦の中が一気に騒がしくなる。《千里眼》で見て、《多聞耳》で聞く。
吹き抜けの広間に入ったゴブリンが叫ぶ。
「大変だ! 勇者だ! 勇者がきた!」
「なんだって!」「逃げろ!」「やられる!」「殺される!」
トカゲ魔人や魚人、背の曲がった黒い悪魔や虎顔の男たちが逃げ惑う。
魔物や獣人など全部合わせて数千人はいるようだった。
砦内は蜂の巣を叩いたような大騒ぎ。ゴブリンや狼が逃げ惑ってはこけている。
その時だった。砦の中に大きな怒鳴り声が響き渡った。
灰色をしたライオンの体にこうもりの翼を持つ魔物が最上階で叫んでいた。
魔法で声だけ届かせているようだ。
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【ステータス】
名 前:グレイバロン
種 族:キマイラ(翼魔獣族)
職 業:魔王軍北方部隊副司令官 魔男爵
クラス:魔獣Lv85 空間魔術師Lv47
属 性:【遠雷】【恐魔】
攻撃力:4200
防御力:1100
生命力:7000
精神力:8400
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キマイラか。良く見れば尻尾が蛇だった。本物らしい。
キマイラは怒鳴り声で喋る。
「何をやっているのだ、愚か者ども! 死霊術師隊、アンデッドを進軍させろ! 獣人たちを前に出して戦わせろ! その間に飛竜部隊の用意を終わらせるのだ! 準備を終えた飛竜が飛び立てば勇者は帰らざるを得ない! あとの者は弓と投石、それに魔法で攻撃で時間を稼げ!」
キマイラの指示によって、慌ただしさの中に方向性が見え始める。
なかなか優秀な指揮官のようだった。現状で取れる最良の作戦に思える。
ただし肝心の作戦が俺に筒抜けではどうしようもない。
俺は砦へと向かいながらミーニャに言った。
「今から獣人たちとアンデッド部隊が出てくる。ミーニャは獣人を、セリカとラピシアはアンデッドを倒してくれ」
「わかりました! ケイカさまはどうされます?」
「俺は砦の南門付近で駐留する飛竜部隊を叩く。――では、気をつけろ!」
「はい!」「わかった」「がんばる!」
三人を残して、俺は空へと飛び上がる。高速飛行の魔法《高速流風》で砦を越えて一気に南へ。和服の裾がはたはたと鳴った。
城内では死霊術師たちがアンデットを大量召喚始めていた。
すでに召喚していたのも合わせて2000匹はくだらない。
城壁の上には魔物や魔導師がずらりとならんで弓や杖を構える。
それらを下に見ながら南へ飛んだ。
砦南門の内側には運動場のような広場があり、そこに飛竜たちがいた。3~4メートルはある大きなドラゴン。
獣人たちが飛竜に群がり、壷や岩を足や尻尾に着けていた。犬や羊、ネズミに狸。雑多な獣人たち。女と子供が多かった。
俺が空から舞い降りると、作業の手が止まった。
広場がしーんと静けさに包まれる。
作業する獣人や警備する魔物だけじゃなく、飛竜まで目を見開いて驚いていた。
手前の飛竜にゆっくりと歩み寄りながら太刀を抜いた。
日差しを浴びて白刃がキラリと反射する。
そのとたん、広場にいた連中が叫んだ。
「「「うわぁぁぁあああ!」」」
「「「で、出たぁぁああああ」」」
「「「キュィィィ!(助けて!)」」」
――俺はおばけか何かかよ。
魔物は逃げ出し、中年女性の馬獣人は腰を抜かして尻餅をついていた。
飛竜は涙目になって震えながらあとづさる。
ちなみに飛竜の鳴き声がキュイッだった。
魔物に怖がられるのはわからなくもないが、獣人にまで怯えられるのは心外だ。
俺は咳払いをすると獣人たちに言った。
「俺は勇者ケイカだ! すでに猫や狐の獣人たちとは手を取り合う関係となっている。お前たち獣人とも仲良くしようじゃないか。悪いの魔王であり、魔王軍だ! 獣人たちは何も悪くない!」
すると、ネズミの少年が言った。
「無理でちゅ。ここで働くものはみんな隷属の紋を入れられて逆らえないでちゅ……きっと無理矢理攻撃させられて、勇者さまに切り殺されるでちゅ」
「なるほど。それで怯えていたのか」
その時、広場に面した砦の二階バルコニーから声がした。
「その通り! お前たち、勇者を倒せ! ――はあ!」
鎧を着た魔族の男が立っていた。額から捻じ曲がった角が生えている。
男が手に持つ杖を振ると獣人と飛竜が震えながら立ち上がった。
みんな泣いている。美しい兎獣人がいやいやと首を振りつつナイフを構える。
高みの見物をする魔族だけが耳障りな声で笑っていた。
俺が無造作に太刀を振った。
「――《烈風斬》」
ザンッ!
「あげぇぇぇ!!」
魔族を肩から斜めに切り裂いた。
左半分が地面に落ちると黒い粉になって消えた。死んだらしい。
ネズミの少年が叫ぶ。
「ゆ、勇者さま! あいつの持ってた杖を! そうすれば命令が消えます!」
俺は額に手を当てて考えた。
それはあまり得策ではない気がした。
また別の奴が杖を持ってきたら同じことの繰り返しだ。
「いや、別に必要ない……たしか奴隷紋の消し方は……あれ教わってなかったか。まあ解除だけならできるからいいか」
俺は太刀を仕舞うと襲い来る獣人と飛竜を避けながら奴隷紋を指先でつついて無効化していった。
突かれた獣人は動きを止めて、驚きで目を見張る。耳や尻尾が激しく揺れた。
「う、動けるわ!」「すごい奴隷紋の効果が消えたよ!」「こ、これで自由なのね!」
「「「わぁぁぁあああ!」」」と解除された女性と子供の獣人たちが抱き合って喜ぶ。
俺が奴隷紋を触って解除してると気付いた獣人たちは、華奢な背中を向けたり、服を下げて大きな胸の谷間を見せたり、時にはスカートをめくり上げてすらりとした美脚を見せながら襲ってくる。
兎、山羊、狸、犬、猿、馬、牛に猫に蛙にネズミ。雑多な種類の獣人たち。
美しかったり可愛かったりする獣人が多いだけに、異様な光景だった。
しかし獣人たちが解除されていく一方で、飛竜はばさばさと羽根を飛ばしながら襲い掛かってくる。
どこに紋があるかわからない。
「おい、誰か! 飛竜の奴隷紋はどこにあるか教えてくれ!」
「あ、勇者さま! 飛竜はみんな隷属の首輪でしています! 羽毛が紋を弾いてしまうのです――でも強化聖金が使われてて外せない――」
黒豹と思われる美しい女性が叫んだ。胸と腰だけの踊り子のような艶かしい服を着ている。
「なるほど――これか」
噛み付き攻撃を避けつつ、長い首の下にもぐりこむ。
首にはまった丸い輪っかを両手で掴んで思いっきり引っ張る!
バチィッ!
放電するような雷光を発して首輪が千切れた。
手に衝撃が走ったが痛みはなかった。当然ダメージもない。
抱き合ってて喜んでいた獣人たちが息を飲む。
「す、すごいや……手で引き千切っちゃったよ……」「有り得ないわ。専用の道具じゃないと外せないのに……」「勇者さまって、これほどの力を持っていたのね……」
俺は飛竜の攻撃をかわしながら、さらに解除していく。
バチィッ、バチィッ! と音をさせて飛竜の首輪を外していった。
しばらくして広場にいた200匹の飛竜と100人の獣人の解除を終えた。
飛竜たちは俺の周りに集まって、首や顔をこすり付けるように懐いてくる。見た目はドラゴンだが白い羽毛に覆われているので、もふもふして心地よい。
獣人たちは乱れた服もそのままに、膝を付いて感激している。
「ありがとうございます! 勇者さま!」「先ほどはすみませんでした!」「これほどのお力の持ち主とは! 助かりました!」
「さて、どうするか……奴隷紋があるとなるとミーニャが苦戦してるかもな――飛竜、獣人たちを乗せて北側に飛んでくれ」
飛竜たちはいっせいに頷く。
「「「きゅいっ!」」」
俺は一番手前にいた大きい飛竜に跨った。獣人たちも空いている飛竜に乗っていった。
すぐに飛竜は飛び立った。




