第12話 試練の塔の真実!(1層目・後編)
12/10改稿。
俺たちのパーティーは試練の塔の第1階層を進んでいった。
先頭を歩く親父がしゃがみこむ。
「ここに罠があるぜ。……こいつは、天井からの落下系の仕掛けだな」
親父が腰の袋から道具を出す。
その背中に俺は言う。
「その右側と奥の真ん中、あと左壁際の敷石を踏むと、強酸が降ってくるようだ」
「……本職より早く見つけるなよ。自信なくしちまうじゃねーか」
そう言いながらも親父は笑みを浮かべて解除に取り掛かる。
セリカが青い瞳に驚きを満たして言った。
「すごいですわ、ケイカさま。罠までわかってしまうなんて」
親父が敷石を外しつつ言う。
「いい盗賊になれるぜ。修行するかい?」
「やめとくよ」
俺は苦笑して答えた。
その後も進んでいった。着実に罠を解除しながら。
しばらくして通路を曲がると、少し広い部屋に出た。木の箱が一つあるだけであとは何もない。
ただ地面に青色の人骨が転がっている。
俺は目を凝らす。ステータスが浮かび上がった。
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【ステータス】
名 前:リカバリーボーン
属 性:【地】【水】
攻撃力:1200
防御力: 500
生命力: 700
精神力: 0
【スキル】
スラッシュ:横凪の一撃。
ダブルスティング:二段突き攻撃。
レイスティング:防御値無視の突き攻撃。
リカバリー:破壊されても12時間経つと自動再生する。
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「敵だな。リカバリーボーンだ」
「なにっ!? そんな強敵が!?」
驚く親父の前に出る。
ガラガラと音を立てて散らばっていた骨が組みあがっていく。
青色の骸骨剣士が1体、立ち上がる。手には先端の尖った両刃の剣を持っている。
セリカが形の良い眉を下げて心配そうな声を出す。
「け、ケイカさま……」
「大丈夫だ。セリカは見ていてくれていい」
俺は背負っていたリュックを床に下ろすと、右手で太刀を抜いて無造作に構えた。
和服の裾が流れ、カランと下駄が鳴る。
キシキシと骨をきしませて駆け寄ってきた。
剣は横に――凪ぐような動き――。
【スラッシュ】か。
俺は大きく一歩踏み込んで、敵の動きに合わせて太刀を横薙ぎに振る――!
ガンッ!
と岩を殴ったような音をさせて、骸骨の手首を斬り飛ばした。
ガラガラと騒がしい音を立てて、骨と剣が床を転がった。
無防備になった骸骨へ太刀を振り下ろす。
ガァアンッ!
防御値以上に堅い感触が手に伝わる。
骸骨は頭蓋骨から背骨、腰骨までを真っ二つにした。
すると青い砂となって一瞬にして崩れ去った。
太刀を収めて振り返る。
「弱いな。次へ行こう」
セリカと親父は目を丸くしていた。
「ん? どうした?」
「おおお、お前! すごすぎるぞ!」
「そうです、ケイカさま! 青骸骨を一刀の下に切り捨てるなんて!」
「そうか? そんなに強くなかったぞ」
これでも放送中継があるから、わりと人間らしく苦戦しながら戦ったつもりだったんだが。
「すげぇよ。青骸骨を瞬殺する剣士なんて初めてみたぜ」
「わたくしもです。ケイカさまにはいつも驚かされます」
俺は頭をかいた。
「まあ、運が良かったんだよ。それより次だ」
「そ、そうですね。行きましょう」
セリカが手で乱れた金髪をはねると、大男を押して歩き出す。
――と。
親父が木の箱に近寄った。
思わず目を凝らす。
【アイテムボックス】と表示されている。
「それは宝箱みたいなものか」
「そうだ。上階へ行く手がかりが入ってるんだ」
「なるほど」
木箱の中には、記号の書かれた紙と鍵と石が入っていた。
【真実の方程式】解除方法1。
【キーパーツ】三角錐のパーツ。真実へたどり着くために3つ必要。
【ダミーキー】階層扉に使うと扉が爆発する。使用者は死ぬ。
死ぬ、て。
ひょっとして、この3番の迷路自体、もともと即死罠が多いんじゃないか?
金を貰って合法的に殺すために。
なんだかそんな気がした。
俺は言った。
「どうやら鍵は偽物だな。その紙と石が必要らしい」
「見ただけで分かるのですか、ケイカさま!?」
「本当かよ!?」
セリカと親父が驚いていた。
「まあ、なんとなくね」
「すごいですわ……さすが勇者になられるお方です」
セリカの声にはしみじみとした感動が滲んでいた。
俺は袋を背負いなおすと言った。
「それじゃ、先へ進もう」
「おう」
「はいっ、ケイカさま」
幾つもの罠を越え、敵を倒して迷宮のような通路を進んだ。
時々、部屋でアイテムを回収した。
集めたのはこれだけ。
【真実の方程式】1.2.4
【キーパーツ】三角錐、円柱、円錐
【ダミーキー】爆発、氷漬け、熱油
やはり、挑戦者を確実に殺すための迷宮らしい。ダミーキーの効果はすべて使用者即死だった。
モンスターとは何度か戦闘したが、あっさり倒した。
二人に言わせると、試練の塔にしては敵がとても強いらしい。
通路を歩いていると、親父がボソッと言う。
「罠の数が倍はあるし、敵は強いし、これはひょっとしたら……あれか」
「何か知っているのか?」
「ケイカも運が悪いな。ここは、死人を出して楽しませる用のダンジョンかも知れねぇな」
「ああ、なるほど。そういう理由か」
俺は頷いた。
セリカが細い眉をひそめて、いぶかしげな声で尋ねる。
「そんな通路を作って何になるのですか……?」
「そりゃあよ。観客のためのサービスや演出ってやつよ」
「どういうことです?」
セリカは金髪を揺らして小首を傾げた。ほの明るい迷宮には場違いな、妙に可愛い仕草に思えた。
俺が言葉を引き継ぐ。
「見てるお客さんたちは、どこか一つのパーティーぐらいは無残に失敗して欲しいわけだ。挑戦者たちが血祭りになるのも一つの娯楽だからな」
「ひ、ひどいですわっ! 挑戦者のみなさんは魔王を倒すために必死で――っ」
「セリカの気持ちもわかるけど、そういうものさ」
憤る彼女の頭を撫でて慰めた。彼女は悔しそうに赤い唇を噛んで震えた。
そして、二股の道を左へ進むと天井の高い広間に出た。
丸い石柱が何本も並んでいる。
部屋の奥には祭壇がある。
祭壇の向こうには、大きな両開きの扉があった。
「敵はいなさそうだな」
「調べてくるかい?」
「いや、入るのは危険だ。この入口のところで少し休憩しよう」
ぱっと見ただけではわからないが、神の目はごまかせない。
壁や床、石柱に無数の小さな穴が空いていた。
「それでは軽く休みましょう」
セリカが腰を下ろし、腰に下げた水筒を取り出して口をつけた。細いのどがこくんと上下する。
「今、入って何時間ぐらいだ?」
俺が尋ねると、親父がコンパスのようなものを眺めながら言う。
「2時間だな」
「結構かかったな。あと8時間か……」
俺は《真理眼》で祭壇と扉をじいっと眺めた。
祭壇は白い大理石でできていて、上には三角、丸、四角の穴が空いていた。
ロウソクを灯すための蜀台もあった。
【祭壇】次の階層へ行くためのキーパーツを置く場所。
違うキーパーツを置くと針地獄に陥る。
これまた即死系だな。
奥にある両開きの扉を見る。一部が格子状になっていて、扉の後ろに上へと続く階段が見えた。
【偽階層扉】上の階へ進もうと考える挑戦者を確実に殺すための扉。
俺は思わず鼻で笑った。
「どんだけクソゲーだよ」
「え? なにか言われましたか、ケイカさま? ……それよりお水をどうぞ」
セリカが水筒を差し出しつつ言った。
俺は溜息を吐く。
「上へ向かおうとすると死亡、鍵を差し込むと死亡。次の階層へ行こうとすると――ん?」
「ケイカさま?」
水筒を差し出したセリカをそのままにして、俺は口を押さえて考え込んだ。
――なんで、偽階層扉と祭壇の説明が違う?
上へ向かおうとすると確実に死亡?
次の階層には行ける?
俺は、はっと息を飲んで顔を上げた。
「ということは、次の階層は上じゃないのかっ!」
キッと鋭い目で部屋の奥を睨んだ。
――扉の向こうに見える昇り階段そのものが罠なんだ!
屋上がゴールなんだから塔を上ろうと考えるのが普通だ。
特に重厚な扉の奥にある昇り階段なんて見てしまったら、どうにか扉を開けようとしてしまうに違いない。
俺は思わず笑い出してしまう。
「あははっ。この迷路の設計者、死ぬほど性格が悪いっ。まるで、ま――」
ふっと、真顔に戻る。
確実に挑戦者を殺す本当の理由に気付いた。
観客のためのサービスなんかじゃない。
金を貰って暗殺するためでもない。
魔王を倒す可能性のある優秀な勇者候補を、弱いうちに絶対殺すため――。
――設計者は魔王か――ッ!
俺は口の端を歪めて、凄惨な笑みを浮かべた。
「もういい。まともに解き進んだらバカを見るだけだ――貸せ!」
たおやかな手で持つセリカの水筒を奪い取る。
「ええ? ケイカさま……?」
俺の急変に、彼女は怯えるように震えた。
――悪いな、セリカ。この苛立ちはしばらく収まりそうにない。
相手が魔王なら遠慮はしない。
「荷物をまとめろ! 行くぞ!」
「お、おう!」
「は、はい、ケイカさまっ」
セリカと親父が慌てて荷物をまとめる。
それを目の端で見届けて、俺は太刀を引き抜いた。
刀身に水筒の水をぶっかける!
波打つ刃紋が青く輝く!
「蛍河比古命の名に従う、神代の時より谷間を渡りしそよ風よ、一束に集まり烈風と成せ――《轟破嵐刃斬》!」
ブゥン――ッ!!
振り下ろした太刀から巨大な風の刃が放たれる!
敷石を削りつつ、一直線に祭壇へ。
ズガァンと白い大理石の祭壇を真っ二つ!
さらに無数の風の刃が嵐となって、祭壇を中心に吹き荒れる!
シュシュシュッ!
と壁や床から無数の針が放たれる。銀糸のような細い光が部屋に満ちる。
しかし嵐がゴォォ……と唸りを上げて、すべての針を地面に叩き落す。
――そして。
嵐が収まる。
床はキラキラした銀の針で埋まっていた。
祭壇は粉々に砕けて、その下に降りる階段が口を開いていた。
真理眼で目を凝らす。
【真実の階段】次の階層へと続く階段。
「やはり下か――」
俺は呟きながら太刀を納めた。
セリカが青い瞳を見開いていた。
「す、すごいです、ケイカさま……まさかそこに階段があるなんて……」
「ケイカってなんでもできるんだな……」
そりゃまあ、神だからな。
俺は自分の荷物を背負うと祭壇の間へ一歩踏み出す。
「行くぞ」
セリカと親父、そして大男が慌てて後ろに続く。
パックリと口を開けた大きな階段まで来ると覗き込んだ。
薄暗い地下。ざわざわと何かがうごめく気配を感じる。
乾いた風が吹き上げて髪を揺らした。
「気をつけろよ」
「はいっ」
セリカは大きな胸に手を当てて真剣な目で頷いた。金髪が力強く揺れる。
「おうよ、任せときな」
親父は四角い顔を不敵な笑みで満たして答えた。
二人の信頼と敬意の混じった声に心を癒されつつ、俺は先頭に立って階段を下りていった。