第135話 エトワールがやってくる
昼過ぎのケイカ村。
ガタガタと車輪の音を響かせて、一台の豪華な馬車が南から入ってきた。後ろには馬に乗る騎士が続く。20人ほどか。
村人達が何事かと作業する手を止めて眺める。
馬車は悠々と進み、村の中央にある旧村長宅前で停まった。
馬に乗っていた騎士が素早く降りて、馬車の扉を開けた。
赤い髪を揺らして降り立ったのは、青いドレスを着た美しい王女エトワール。
俺とセリカと村長、それに狐獣人のマハルが出迎えた。
セリカと村長が頭を下げる。
「エトワールさま、遠路はるばるご苦労様です。ようこそおいでくださいました、セリカです」
「こ、これは、王女さま。この村の村長をしておったものです。今は新しくできた学校の校長をさせていただいております」
「初めまして、ダフネス国第二王女、私は獣人たちを統括するマハルと言います。お見知りおきを」
マハルは貴族がするように丁寧なお辞儀をした。
エトワールはくすっと笑うと、少し首を傾げた。
「ごきげんよう、セリカさま、マハル。それに村長さん。とても素敵な村ですわね」
そしてエトワールは俺の前まで進むと、膝を付いて頭を垂れる。主君に従うように。
この挨拶に騎士たちから動揺する声が上がる。
エトワールは言った。
「お久しぶりです、勇者ケイカさま。数々の活躍、まことにありがとうございます。国民を代表してお礼申し上げます」
「まあ、そう硬くなるな」
俺はエトワールの赤い髪をわしゃわしゃと撫でた。
ひゃう、とエトワールが可愛い悲鳴を上げる。
「な、何をなさいますの!? そ、そういうことは人目のないところで……あ」
騎士の一人が駆け寄ってくる。
「貴様、王女に何をする! 無礼極まりない!」
でかい女だった。俺よりでかい。身長180センチメートルはあると思われた。
赤銅色に日焼けした肌。短く刈られた銀髪が日に照らされて輝いている。
俺はエトワールに聞いた。
「こいつは?」
「アタクシの護衛騎士隊長レムリアですわ――レムリア、よいのです。アタクシの命はケイカさまあってこそ。お下がりなさい」
「で、ですが……」
「下がりなさい」
きっとエトワールが睨むと、レムリアは動揺を見せつつ下がった。悔しそうに歯噛みしながら俺を見ている。
セリカが気を利かせて言った。
「エトワールさま、長旅でお疲れになったでしょう。どうぞこの屋敷でお休みください」
「そうですわね。これからの住まいを確認いたしましょうか――みなさん、荷物を運び込んでくださらないかしら」
「「「ははっ!」」」
騎士たちがかしこまると、お付きの者たちと一緒に馬車や馬から荷物を下ろし始めた。
しばらく代官屋敷の案内が続いた。もっぱらセリカが説明している。
エトワールは頷くだけ。
俺も一緒に入っていた。最初に来た頃、ここで追われて逃げたんだったな。その後、勇者の真似事して家をあさって。
いろいろあって感慨深い。
屋敷の説明が終わるとエトワールが言った。
「それで、人魚がいるのですって? ぜひ見ておきたいですわ」
「ん? 休まなくても大丈夫か?」
「ええ、これぐらいの旅、なんてことないですわ。しかもずっと舗装されてましたから、全然疲れておりませんの」
――見たところ、本当に疲れていない様子。
舗装してよかったと思った。
「じゃあ、いろいろ案内しようか。防衛のためには施設を知っておいて貰わないといけないからな。まずは学校、病院、公衆浴場に旅館。それに屋敷だな」
「畑も見ておきたいですが」
「今はいい。それよりも施設だ」
「……? わかりました。確かに大きい建物が多かったですわね。気になりますわ」
エトワールは不思議そうに首を傾げたが、反論はしなかった。
そのまま外へ行こうとすると、騎士隊長のレムリアが眉間に皺寄せて詰め寄った。
「エトワールさま! 危険です!」
「エビルスクイッドが出るとでも言うのですの?」
「ぐっ……」
レムリアは歯噛みした。
まあ、そりゃそうだろう。それを言われたらこの国の人間は何も言い返せない。
あの時は、誰一人エトワールを助けようとしなかったのだから。
俺が仕組んだことだけど。
「それじゃ、行くぞエトワール」
「はい、ケイカさま!」
ドレスをふわりとなびかせてエトワールは俺の横に並んで歩き出した。
レムリアを置いてけぼりにして。
まずは村の最北端にある学校へ連れて行った。二階建てのL字の建物。
「ここが学校だ」
「どんな仕事を教えるのでしょう?」
「いや、子どもたちに読み書きを教える。才能のある子にはより高等な勉強をさせる」
「なるほど……費用は?」
「村の人は当分は無料だな。他の村の人はスカウトした優秀な子は無料。ただこの学校を卒業したものは寄付してもらうことになる」
ある意味、奨学金制度と同じである。
「なるほど……人々に知識を教えると。よいお考えだと思いますわ」
「ん、人間だけじゃないぞ。エルフや魔物の子供にも一緒に学んでもらう」
「ええっ!? エルフはわかりますが、魔物と!?」
「いずれはな。まずは神獣だ」
「し、神獣……」
エトワールのすみれ色の瞳が信じられないほど大きく見開かれていた。
「まあ、あとで会わせる。じゃあ、次行くぞ」
「は、はいっ」
エトワールを連れて、道の反対側へ。
北門に近い場所に学校と、道を挟んでその施設がある。
「ここは?」
「騎士団の詰め所にしてもらいたい。裏庭には練習場もある」
エトワールが首を傾げる。
「人の出入りの多い南門の方がよろしくありませんこと?」
「いい質問だ。だが、この村は王国の最北端。戦う敵は北側の魔王軍占領地。だから騎士団詰め所も北側にした」
「なるほど……さすがケイカさまです。深い考え理解いたしましたわ」
「あと騎士団で門の警備以外に、村の見回りを村人と共同でやってもらいたい。人員はすでに決めてある」
「わかりました。そのように手配しますわ」
次に村の南にある旅館へ行った。通りに面した3階建ての大きな建物。
「ここが旅館だ。温泉もある」
「まあ! この辺りは温泉は出ないはずですのに! すばらしいですわ。まだ営業はしていないのかしら」
「経営者が決まってなくてな。利用は開始しているがまだ素泊まり段階だ。ただ、温泉は名物になるからかなり集客が見込めるぞ」
「収入が多いのは良いことですわ」
「じゃあ、次」
旅館の傍の小道を東へ進む。
二階建ての大きな建物が見えてくる。
近くへ行くと、修道服を着たファルが出迎えた。
「こんにちは、王女さま。ここが病院です」
「すごく大きな建物ですわね。病院ということは、怪我や病人を収容するのでしょうか?
もっと村の外れにあってもよいのでは」
「確かに伝染病とかは怖いがな。必ず治すから大丈夫だ。そうだな? ファル」
「そ、そんな……寿命は無理ですが……ですが温泉の薬効もあわせれば、かなりの治療が見込めます! ――健康診断もしていますし」
エトワールが首を傾げる。赤い髪が揺れた。
「けんこうしんだん?」
「はい、そういう技術を持った人を雇って、血を見ることで病気の有無を判断できるのです」
「まずはこの村で試して、効果があるなら、周りの村へも移動式で広めていきたい」
「まあ! そのような方法を! 素晴らしいですわ!」
エトワールは素直に目を輝かせていた。
出会った頃とは大違いの可愛らしさだった。
そして、病院の裏手に連れて行く。
村の最南東。
柵に囲われた5メートル四方の深い穴がある。
エトワールがおそるおそる覗き込みながら言った。
「こ、これは……?」
「村の住人が働いてもらってる。神獣さまだぞ、気をつけろ」
「し、神獣さま!?」
「おーい、アイ。上がって来い」
底の方で水に沈んでいたアメーバ状のアイが核の目玉をぎょろりと上に向けて、ずるずると壁を這って上がってきた。
地上に出てきたところで紹介する。
「こいつがアイ。温泉の廃水処理を担当してもらってる。――こっちがエトワール。この国の王女さまだ」
「あ、はい。あの……エトワール、ですわ……」
顔面を蒼白にしながらも、気丈にエトワールは言った。
さすが王女といったところか。
すると、アイはひゅるひゅると触手をエトワールへ伸ばした。
「え、え?」
「握手じゃないか?」
「――わ、わかりました……」
エトワールが華奢な手を伸ばして触手を掴んだ。軽く上下に揺すって握手する王女とアメーバ。
なんだこの絵面。
エトワールは疲れたみたいだったが、さらに案内した。
向かうは俺の屋敷。
まだ建設前の荒地を歩いて北上する。
庭木に水をやっていたフィオリアとリィのエルフ親子を紹介する。
「この二人は庭の手入れをしてもらってる。見てのとおりエルフだ。エトワールも木や草の相談があったら乗ってもらうといい」
「初めまして王女さま。フィオリアです」
「あたしはリィですっ。すごいね、セリカさんと同じぐらいきれい!」
「これ、リィ!」
フィオリアがリィを叱ると、リィはちろっと舌を出した。
エトワールは信じられないものを見る目付きでエルフ親子を見ている。
「ほ、本当にエルフさんなのですね……めったに会えない稀少な存在が、ただの庭仕事を……いえ、なんでもありません。よろしくお願いしますわ」
俺たちの後に従うセリカが、苦笑しながら言う。
「エトワールさま、お気を確かに。まだありますから」
「まだ!?」
一瞬、エトワールの体がふらっと横に揺れた。ショックだったらしい。
俺は巨乳エルフに尋ねた。
「クリスティアはどこだ?」
「ため池で魚の餌やりに行かれましたわ」
「子供たちもか?」
「ええ、そうです」
「わかった。――じゃあ、逆方向だが、行くかエトワール」
「は、はい……もう好きにしてくださいませ……」
「すねるな。行くぞ」
「ひゃうっ」
俺はエトワールの手を取って、引っ張るように歩き出した。
村を出て西側。
畑のある場所にため池はあった。
池を覗き込んだエトワールが、ふぁぁっと変な溜息を吐いた。
水中を人魚のクリスティアが自在に泳ぎまわっていた。水中に差し込む日差しを浴びて、白い肌と魚の鱗がキラキラと光る。
俺が太刀の鞘で水面を叩くと、すぐに気付いたクリスティアが上がってきた。紫の髪から水が滴る。
「どうされました、ケイカさま?」
「新しくこの村に赴任してきた代官で王女のエトワールだ。こっちは人魚のクリスティア。魚の養殖をやってもらってる」
「初めましてエトワールさま。クリスティアです」
「人魚ですわ! 本物ですの?! ――あ、この国の王女エトワールでしてよ。よろしくお願いしますわ」
俺は言う。
「偽者出してどうする。――お、あれがクリスティアの子供のマーリンとプルラだ」
ざばっと水しぶきを上げてクラゲ頭の子供たちが出てくる。
「こんにちは」「ちゃー」
「あら、可愛らしい。こんにちは、エトワールよ、よろしくね」
エトワールはしゃがんで目線を合わせて話した。
俺がぼそっと呟く。
「その子たちは、こう見えて神獣だからな」
「なっ!? ありえませんわ! ――いったいどうなっておりますの、この村は!?」
ついにエトワールは頭を押さえて叫んだ。
正論過ぎてぐうの音も出ない。
どうしてこんな村になったんだろうな。
「まあ、代官頑張ってくれ」
「……ケイカさまの近くにいられるならと思いましたが……ええ、頑張らせていただきますわ」
エトワールの声にはもう力が残っていなかった。
そこへ最後の爆弾を投下する。
「で、今日か明日の夜に魔王軍がこの村に攻めて来るから、今から作戦会議するぞ」
「ふぇええ~!!」
エトワールは力尽きたのか、ぺたんとその場に座り込んでしまった。
ぐすっと泣きべそをかいている。
しかし時間がもったいないので、お姫様抱っこして抱え上げた。華奢な体は軽かった。
「ひゃあ! ――な、なな! どうされたのです!?」
「作戦会議だって言ったろ」
「ケイカさま、歩けますわ! 大丈夫でしてよっ」
頬を真っ赤に染めて腕の中でじたばたと暴れるが、俺は離さなかった。赤髪が乱れ、スカートがめくれただけに終わる。すらりとした白い素足が日に照らされていた。




