第130話 現状報告と獣人地区
ダンジョンコンクールを終えた俺は、屋敷に戻るとラピシアからハンマーを借りた。
そしてヘムルじいさんのいる鍛冶工房へと向かう。
相変わらず世界樹の枝に取り組んでいた。
「おや、勇者。どうしたかね? 枝はこの通りだ。まだ加工は終わらんよ」
「そのまま続けてくれ。それでだ、一つ聞いておきたい」
「なんじゃ?」
俺は太刀を抜いて、青く光る刀身を見せる。
「この剣に神竜の牙と宝石の粉を注入することはできるか?」
ヘムル爺さんは、しわくちゃの顔を険しさでいっそうしわだらけにして唸った。
「いくらなんでも、完成した剣に混ぜ合わせるなんて、わしでも無理じゃ」
「このクリエイトハンマーがあっても?」
片手に持っていたハンマーを突き出す。
ヘムルじいさんは目を見開くと、ひったくるようにしてハンマーを手に取った。
「おおっ! これはレプリカではなく、本物ではないかっ! な、なんということじゃ! 生きているうちに創世神の使った神器を手にする日がこようとは! ――い、いいのか? わしが使っていいのか!?」
目を血走らせて尋ねてくるので、ドン引きしながら答えるしかなかった。
「あ、ああ。お前が使うのが一番良さそうだからな。それで、混ぜ合わせられそうか?」
「む……練習すればなんとかなるであろう」
「そうか、頼んだ。できるようになったら言ってくれ」
「任せておけ! うひひっ!」
ヘムルじいさんは俺を無視して鍛冶に掛かり始めた。
――大丈夫そうだな。……ん?
「いや、待て! 世界樹の枝の加工を終えてからだ!」
「ちっ、わかっておるわい」
舌打ちしながらジロッと睨んできた。
今、絶対忘れてただろ、こいつ。
少し心配になりながらも工房を離れた。
◇ ◇ ◇
屋敷に戻ると、セリカを連れて自室に入った。
二人並んでベッドに座る。
華奢な腰に手を回しながら話しかける。
「ダンジョンコンクールは終わった。聖剣の目処も付いた。これからのことを考えたい」
「お疲れ様でした、ケイカさま。惜しくも2位でしたが、あれだけしか準備時間がなかったのに2位になられるなんて素晴らしいです」
「まあな。準備期間の差が出た。仕方ない。でも聖剣の目処はついたから良かったよ。で、これからのことだが」
セリカは軽く首を傾げて考える。金髪がさらりの流れた。
「そうですね。今、途中になっているのは、オークション、ケイカハーバー建設、獣人地区解放、魔王軍総攻撃、ゲアドルフですね」
「オークションは参加する。ケイカハーバーは当分リオネルとメルビウスに任せきりでいいだろう。ゲアドルフは隠れてしまってどこにいるやら。魔王軍総攻撃は、アンデッドを殲滅したのにまだやるのか?」
「ティルトさんからの連絡ですと、魔王軍は現存戦力で人間の国に攻め入るようです。食べ物を重点的に奪う命令が出ているから、食糧不足でもたないのではないでしょうか」
俺は顎に手を当ててうつむく。
「なるほど。魂胆が読めたぞ。魔王軍が人間の食料を奪えればそれでいいし、失敗しても口減らしができる。そういう考えだろうな」
「わたくしも同じ考えです。ですので対処の方法を今のうちから考えておいた方がよいかと思います。一斉に攻めてこられたら、どこを守るべきか……」
「うーん。守るより攻めたほうがいいだろうな。防衛するとなると範囲が広すぎる。獣人地区の解放も合わせて攻めよう。ゲアドルフの手がかりを手に入れられるかもしれないしな」
「そうですね。さすがケイカさまですわ」
青い瞳に真摯な光を称えて俺を見てくる。
その様子が気高くも可愛いので、腰をひきつけるようにぎゅっと抱き締めた。
セリカが「あぅ……け、ケイカさま」と頬を染めて喘いだ。
手を離しつつ笑いかける。
「じゃあ、昼飯食べたら4人で向かおうか」
「は、はい! すぐに用意してきますねっ」
セリカは慌てて立ち上がると、赤いスカートを翻して部屋を出て行った。
◇ ◇ ◇
ご飯を食べた昼過ぎから妖精の扉を通って妖精界に来た。
地下回廊へ出て、獣人地区の扉を探す。
白い大理石で作られた回廊は、相変わらず地下だというのにステンドグラスの光が床に落ちて荘厳な雰囲気をかもし出していた。
片側にずらっと並ぶ扉(石板)を見ていたら、羽の生えた体長30センチメートルほどの妖精が話しかけて来た。小さいながらもスタイル抜群だった。
「おはようございます~。勇者さま、何かお探しですか?」
「ああ、確かニルヴィだったか。大陸の北側にある獣人たちが住むところに行きたいんだが」
「わあ、お名前覚えてくれてありがとうございます。それで、大陸北側、獣人地区ですね。かしこまり!」
ぱたぱたと羽を羽ばたかせて飛んでいくニルヴィ。
俺たちはそのあとに続いて厳かな回廊を歩いていった。
「それにしても『かしこまり』って声、どこかで聞いたことあるな。扉を使用したときの声か?」
「はい、そうです~。同じ声を出せる人が妖精の扉の音声を担当してます。とても名誉な仕事です」
「一族でやってるってわけか」
「いえ、練習して同じ声を出すようにしています。正確には声妖精専門学校や養成所に通って、アクセントやイントネーション、はたまた演技力を身に付けます。最後に声妖精プロダクションに所属できたらお仕事できます」
「どこの世界も世知辛いんだな……」
「確かに倍率は凄いですが、喋る武器や魔道具の吹き替えなんかもありますから。オーディションになります。けっこう声妖精の需要は多いんです」
ぱたぱたと機嫌良さそうに羽ばたくニルヴィ。顔より高く飛んだため白いパンツが見えた。
「はいてるのか――じゃなくて、道具の声は妖精が当ててたんだな。意識を持ったら勝手に喋るのかと思ってた」
「だって道具に声帯ないじゃないですか」
「確かにそうだな。しかし結構微妙な仕事――」
俺の言葉を遮って、ニルヴィは勢い込んで言った。
「ニッチな仕事こそが雰囲気作りには大切です! 神は細部に宿るといいますから!」
「うん、頑張ってくれ」
「はい――あ、着きました! この扉です」
一枚の石板を指差した。
「案内ありがとうな。助かった」
「いえいえ~。またのご利用お待ちしています~」
しゅっと空を横切って飛び去った。なかなか早い。
俺たちは指示された扉をくぐった。
◇ ◇ ◇
薄暗い空。荒涼とした痩せた大地。
ケイカ村の北に広がる大森林を抜けたところに出た。背後には扉代わりの大きな岩。
村から歩いたなら1週間はかかる場所だった。
「さて。どこへ行くかな」
俺が空を見上げながら呟くと、大きな荷物を背負ったミーニャが巫女服の懐から地図を取り出した。ハーヤ製の詳細な地図。取り出すとき、黒いビキニがちらりと見えた。
地図にはだいぶ前に聞いた、獣人地区の村々が書き込まれている。
「東に行けばトカゲ……西は猫」
「トカゲは魔王よりだったか。今日は下見だから猫の村でいいか?」
「ん……問題ない」
ミーニャは素っ気無く答えた。しかし耳がへにゃっと伏せられていた。
――やはり自分の故郷に帰るということが、気になっているらしい。
俺は何気なく言った。
「それじゃ、行こうか」
「はい」「わかった」
セリカとラピシアが元気に答える。
俺たちは西へと歩いていった。
日が傾き書ける頃、小さな村に着いた。
粗末な小屋が40軒ほど立ち並んでいる。
活気がなく、どこか物寂しい。まだ数人住んでるはずなのに、廃墟の雰囲気を漂わせていた。
村に入る。
土の道を歩いていく。
道の両側にぽつぽつと立つ木造の平屋は、どれも風雨に晒されたためか、薄暗い天気の下に滲んでいた。
するとミーニャがふいに立ち止まり、爪先立ちをするようにして、すんすんと空気を嗅いだ。
「どうした、ミーニャ?」
「……なんだか……懐かしい匂いがする」
「ん? 来たことあるのか?」
てっきり山賊のアジトで生まれたと思っていたので、少しだけ驚いた。
しかしミーニャは細い首を静かに振った。つややかな黒髪がさらさらと儚く流れる。
「初めてきた。でも、知ってる。たぶん、生まれたときに嗅いだ――とても優しい匂い……」
「生まれたときの記憶があるのか!?」
「一つだけ。一番古い記憶。知らない女性が私を抱こうとした――」
「どんな?」
「とても綺麗な女性が私に――あ」
――ドスッ!
突然、鈍い音が村のどこかから響いてきた。
「何の音だ?」
「あっちの方からです」
セリカがほっそりした指で村の中央を指差す。
俺は《千里眼》で小屋を見ていった。
すると一番大きな小屋の中で、毛皮を敷いて寝ている猫獣人たちと、それに向かって鞭を振るう一つ目の魔物を見つけた。老人3人に怪我人2人。
《真理眼》で見た。
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【ステータス】
名 前:モングロス
種 族:単眼巨人族
職 業:魔王軍西方部隊連隊長 獣人地区監査官
スキル:魔物使いLv41 精霊使いLv19
属 性:【虐風】【魔凍】
攻撃力:2500
防御力:1800
生命力:3000
精神力:1300
【スキル】
叩く
締め付ける
真空鞭撃:鋭い斬撃を鞭から放つ。
旋風蛇鞭:相手を切り裂きながら巻きつく。
百連鞭撃:無数の鞭となって相手を切り刻む。
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巨人にしては背が低いな。2メートルぐらいしかない。
というか魔王軍が何してる!?
俺は《多聞耳》で会話を聞きながら走った。
サイクロプスは老婆の横に立ち、鞭を振り上げながら言った。
「なあ、ばあさん。いいだろう? ちょいっと南の勇者の村まで行って、薬を井戸に放り込んでくりゃいいんだ。簡単だろうがよ? 猫と狐しか今のところは入れねぇみたいだからよ、早くしてくんねぇかなぁ? やってくれないと俺、帰れねぇんだわ」
――ケイカ村の井戸に毒薬を入れる気か!
どうやら魔王軍は正面切って戦うのを止めて、作戦に出るつもりらしい。
よぼよぼの老婆は横になったまま、弱々しく首を振る。
「い、いやじゃ……ころせ……」
「なんでわかってくんねぇかなぁ? てめーだって久しぶりに仲間に会えるんじゃねぇか。悪かねぇだろ? ああん?」
「何を言われてもやらん……ころせ」
猫の老婆はサイクロプスを睨んだ。すでに何度も殴られたのか、片目が腫れ上がっていた。
サイクロプスはぼりぼりと汚れた頭を掻く。
「ったく、うぜぇったらありゃしねぇ……もう、このばばあはいいか。――じゃあ、死ね」
鞭を持った手を振り上げると、凄い速さで振り下ろした。
ヒュゥッ――パシィンッ!
老婆は最後の瞬間を思ってか、きつく目を閉じていた。
しかし、何も起きないことに疑問に思ったのかおそるおそる目を開け――そして見開いた。
「な、なんとっ!!」
俺はすんでのところで小屋に飛び込んで、鞭の先を握っていた。
サイクロプスが叫ぶ。
「て、てめぇ! 誰だこのぉ! 俺様を誰だと思ってやがる! 次期四天王候補だぞ! ――って、動かねぇ! 離せ、離しやがれ!」
俺は掴んだ鞭を奴の顔目掛けて投げた。
バシッと強く当たって、奴は転んだ。
「ほら、離してやったぞ」
「ってぇ! なめやがってぇ!」
一つ目をさすりながら、顔を真っ赤にして立ち上がるサイクロプス。
俺は太刀を抜いて構え、そしてふと動きを止めた。
床で寝ている猫獣人たちが目に止まったからだった。
ここで殺したら血しぶきで盛大に汚れてしまう。
すると何を勘違いしたのか、サイクロプスがあざけるように笑い出した。
「ひゃははっ! 今更気付いてもおせぇんだよ! 目の前の相手がどれだけすげぇ奴か、瞬時に判断できねぇと生きてけねぇんだぜ!」
「お前、なかなか笑いの才能のある奴だな」
「はぁ? ――うぼぁっ!」
俺は一瞬でサイクロプスに近寄ると、胸倉を掴んで投げ飛ばした。
入口横の壁を破壊しつつ、外へと転がり出て行った。
俺も続いて外へ出る。
村の道に横たわるサイクロプスへ向かいつつ、小屋のすぐ傍へ来ていたセリカたちへ命令する。
「セリカとミーニャは周囲の敵を狩れ! ラピシアは小屋の中の人を回復するんだ!」
「はい!」「わかった」「うん!」
それぞれが指示に従って動き出す。
粗末な小屋の中から、ラピシアの唱える「きゅぁあぁぁああ!」と奇声が聞こえた。
もうあれは呪文なのか。
ただ、魔力3倍の指輪と熟練度MAXのおかげで1度に216万も即時回復するようになっていた。
トラックにはねられても瞬時に回復できるレベル。
まあさすが神といったところか。
舗装されていない土の道、転がっていたサイクロプスがガタガタと震えながら立ち上がる。
「ひ、ひぃっ! 金髪あばずれに猫女、鶏がらの白いガキに――曲刀持った黒髪野郎って、まさか――勇者、ケイカ!! うわぁぁああ!」
叫び声を上げながら背を向けて逃げ出した。
俺は軽く走って追いつくと、奴の後ろから足首を狙って斬り飛ばした。
体勢を崩して巨体が転がる。
「ぎゃああああ! 痛てぇ! 痛ぇよぉ!」
転がる巨体の傍に立ち、太刀を突きつける。
「ケイカ村の井戸に毒薬を投げ込もうとしたらしいな?」
「そ、そんなこと考えてもねぇよ!」
「嘘はよくないな」
ザンッと右ひざを斬り飛ばす。
「うぎゃあああ!」
足を押さえてのた打ち回るサイクロプス。
「わかったか? わかったなら、素直に言え」
「言う、言うよ! ゲアドルフに命令されて勇者とまともに戦うな、からめ手を使えって言われたんだよ!」
「俺たちの容姿を伝えたのもゲアドルフか?」
「そ、そうだ! あの方が言ったんだ!」
「ふぅん。他にはどんなことをするつもりだったんだ?」
「えっと――わ、やめろ! 剣を振り上げるな、言うから! 用水路に毒薬を投げ込んだ!」
「なんだとっ! 過去形ってことは、もう実行したのかっ!」
「俺じゃねぇ! 他の奴らだよ!」
サイクロプスは必死に手を合わせて懇願した。
慌てて俺は《千里眼》で村を見た。
用水路に異変はなかった。ため池も大丈夫。
《真理眼》も併用して詳しく見たが、苔や水草に異変はない。毒による異常は見当たらなかった。
――まだ投下されてないらしいな。
もし魔王軍の息の掛かったものが向かうとしても、だいたい大森林を抜けるのに1週間以上掛かる。
これからすぐに帰って対処すれば防げるだろう。
「他には?」
「ほ、ほかには。村から出る人を襲うとか、村の建物に火を放つ作戦を立ててたよ。嘘じゃねぇよ!」
「そうか……」
俺は落ちている鞭を拾い上げた。
サイクロプスの目の色が変わる。
「な、なにすんだよ……」
「お前、婆さんを何回殴った?」
「へっ……? い、1回だ! 1回しか殴っちゃいねぇ」
絶対嘘だと分かったが、その言葉に乗った。
「そうか、1回か。だったら、1回だけ鞭で殴る。それで終わりにしてやる」
「本当だな!? 嘘じゃねぇよな!?」
「ああ、本当だとも。神に誓って1回で終わりにしてやる」
「へへっ、そいつぁいいぜ。耐えてやらぁ」
サイクロプスがニヤニヤと笑い出した。
俺は鞭を振り上げた。
そして思いっきり振り下ろす。
ビュォッ――シパァンッ!
鞭の先が音速を超え、村の道が衝撃で丸く凹む。
「ふがぁ! ――ほげぇぇええ!」
サイクロプスはズバッと真っ二つに切れたあと、衝撃波で巨体が粉々に砕け散った。
俺は鞭を放り捨てながら言った。
「な? 1回で終わりにしてやっただろ?」
辺りに飛び散った肉片は、風に揺られてぶるぶると震えていた。
俺は辺りを眺めた。
セリカは闇をまとう小鬼を倒すと、こちらに向かってきた。
ミーニャはまだ戦っていた。トカゲを切り捨て、木の化け物をじわじわと粉砕していた。
金髪をなびかせて傍まで来る。
「終わりました、ケイカさま――これからどうしましょう? ミーニャちゃんを助けに行きますか?」
「いや、いい。それよりもセリカはケイカ村へ戻ってくれ。村の用水路に毒を投げ込む作戦がおこなわれようとしている。ハーヤやクリスティア、それに村長に言って対策してくれ」
「わ、わかりました! すぐに行って来ます!」
セリカは赤いスカートをひるがえすと、素晴らしい速さで駆けて行った。
その後ろ姿を見送ってから、小屋へと向かった。
すると中から見た事もない美しい猫獣人が現れた。