第124話 人魚の試食
夕方のケイカ村の屋敷。
食堂にある10人がけのテーブルに俺たち4人に元宮廷料理長のクラリッサと人魚のクリスティアが座った。
クリスティアは人間用のイスが窮屈そうで、斜め座りになっている。
ミーニャが浅い鍋を俺の前に置いた。
「これが牡蠣スープ粥」
蓋が取られると、白い湯気が立ち上る。それとともに広がる味噌の香り。
「でか!」
中は雑炊だった。味噌煮込み牡蠣雑炊。
でかいのは牡蠣で、手のひらぐらいの大きさがあった。もちろん身だけで。
まずは琥珀色のスープを一口すすった。
「ん! うまい!」
口の中に味噌の香りと海の旨味が広がる。
「これは昆布と魚の出汁か!?」
「干し魚で出汁を取って、あと干した貝柱も入れてみた。こんぶ? は知らない。卵海草を入れた」
そのせいか味が濃い。白いご飯粒にだし汁がよく絡む。
「卵海草ってこれか……子持ち昆布みたいだな。でも粒がでかい」
スプーンですくうと親指の爪ぐらいの細切れになった海草があり、イクラぐらいの卵が付いていた。
食べてみると卵の粒が舌の上でぷちぷちと弾けた。海水のようなしょっぱいとろみがあふれる。この塩辛さがご飯にあう!
そして牡蠣も掬い上げた。一口では食べられない大きさ。
地球にはこんな大きな牡蠣はいないんじゃないか?
乳白色の本体がぷるぷると震える。
「んう! くぉぉ!」
ぷつんっと一口食い千切ると、じゅわっと汁があふれてきた。濃厚なクリームのような舌触り。煮ることで凝縮された汁の旨味と、海草の豊かな香り。
柔らかく煮られた味噌雑炊のご飯と一緒になって、舌の上でとろける。
「うーまー!」
かむたびに牡蠣の身が震え、濃厚な味が広がる。あっさりしたご飯が土台となって引き立てる。
そこへ貝柱や昆布の出汁が加わる。
うまいとしかいいようがない。
――が。
俺はふと思った。
これは俺が日本生まれだからおいしく感じるんじゃないか?
鍋をセリカの前に押す。
「食べてみろ。俺には最高においしかったが、セリカたちの口には合わないかもしれん」
「わかりました。ではいただきますね」
細い指先で金髪を耳に掛けるようにして、スプーンですくってまずは雑炊を口に運ぶ。
「――はむっ……んんっ!?」
青い瞳がクワッと見開かれる。もぐもぐ食べては、細いのどが上下する。
すぐにイクラ昆布も食べた。ふんぅぅ! と喉を鳴らす。
飲み込むと美しい顔を幸せそうに緩めた。
「すごいですわ! 黄金色のスープに白銀色の米粒! 初めて食べる豊かな味に――このぷちぷちした食感ととろみが舌を包んできます!」
「牡蠣もすごいぞ」
ぷるんっと震える牡蠣の身をすくって口に運ぶ。赤い唇がくわえ込む。
はむっと食べると、ん~と唸って目を細める。
「貝のはずなのに! 舌の上でなめらかに溶けます! しかも牡蠣の旨味と海草の旨味をぎゅっと凝縮したような!? あぁ……海の宝石箱を食べてしまいましたわ」
甘い告白を耳元で囁かれた乙女のように、頬が赤く火照り、目がとろーんとなっている。
「セリカにもおいしいようだな。みんなも食べてみるんだ」
クラリッサが食べて目を見開く。材料と煮炊きの時間を呟きながらも、微かに震える。
「ここまで味に深みが出るなんて……! 味噌の風味を飛ばさないよう弱火なんだわ!」
クリスティアは驚きながら、目を見開く。魚の下半身がびちびちと揺れる。
「素晴らしいですわ! 長生きどころか、この場で昇天してしまいそう!」
最後は半分ぐらい残っていたが、ラピシアが全部食べた。
「うーまー!」
口の周りにご飯粒をつけて叫ぶ。金色の目がキラキラ輝いていた。
俺はみんなの表情に満足した。
「みんなの口にも合うか。よかった。栄養価も高いし、素晴らしいな」
お茶を飲んで一息ついたセリカが言う。
「この卵海草、初めて見ました。こんなに大きい牡蠣もですが」
「両方とも、人魚の島で取れるものです。牡蠣は島の回りの岩礁に山ほど。卵海草は島の周りでだけ産卵します」
鍋の底に残ったイクラの粒を見ながらクラリッサが言う。
「これ、パールフィッシュの卵ではないでしょうかね。アクアパールと呼ばれ一粒で小金貨1枚だったはず」
「そんなに!?」
「再生の効果があるはずですわ」
俺は真理眼で粒を見た。たしかに【再生】の魔法効果が付与されていた。
「本当に老化を防ぐ効果があるな……この大陸では食べれない一品。これは決定だ」
「ありがとうございます、ケイカさま。こんなに素晴らしいものを人魚のために」
クリスティアは頭を下げた。
俺はセリカを見ながら意地悪く笑った。
「じゃあ、料理名は海の宝石箱か?」
「もうっ! いやですわ、ケイカさまったらっ!」
思わず口走った名称を言われて、恥ずかしそうに頬を染める。
そしてこの牡蠣雑炊は『海の宝石箱』に決定した。
和風の次は洋風。
「クリームスープ、作った」
ミーニャが各人に配ったのは、巨大な牡蠣を使ったクラムチャウダーだった。
これも味が濃厚。クリーミーな牡蠣の身に牛乳クリームの滑らかさが加わり、牡蠣の独特の香りが減って旨味が引き立っていた。野菜の甘みがまた牡蠣の味を柔らかくする。
「これはパンが欲しくなる味だな」
「口の中で牡蠣とクリームが溶け合って、体に染み込んできますわ! 身も心も丸くなりそう!」
これもみんな大絶賛。
そもそも人魚島の牡蠣がおかしい。普通は親指ぐらいなのに、手のひらぐらいとは。
「この牡蠣でカキフライ作ったらすごそうだな」
ミーニャが、ピコッとネコ耳を立てる。
「もう、作ってみた」
「なん……だとっ!」
テーブルの上に出てきたのは、コロッケかミンチカツと見間違うぐらい巨大なカキフライ。茶色にからりと揚がっている。
「で、でかい……」
ちゃんとパン粉ととき卵をつけて、油で揚げられていた。
ほのかに青白く光っていた。
「光ってるが……」
「油は聖油を使ってみた」
「ほほう」
聖油は燃やすと魔除けになる油。青く光る草の種が原料だったはず。
パン粉が硬く、ザクザクしていた。
中は熱く柔らかい。身と海草のとろけるような舌触り。丁寧に食べないと閉じ込められた牡蠣の汁があふれてくる。
「うまい! ご飯にもパンにもあいそうだ」
素材の味が生きている。
これも見た目のインパクトと、おいしさで高評価。
「ていうか、この牡蠣使ったらなんでもうまい。こんなに大きいのは他ではないんじゃ?」
「そもそも貝を食べる風習がないのです。同じ貝でも毒持ちと毒なしがあってわからないので」
セリカが答えると、クラリッサが言う。
「毒消し草と一緒に煮込んで食べる料理はありますね。漁師の家庭料理です」
「なるほど。貝があまり食べられていないのなら、なおさら牡蠣でいいか」
クリスティアが言った。
「ちなみに人魚はこの牡蠣を年に一度は食べないと、体調を崩します」
「ほう。どうなるんだ?」
「頭が痛くなって、肌と鱗がくすんできます」
「……美肌と血流改善、それに新陳代謝の効果があるのかもしれないな。本当に老化防止の効き目がありそうだ。ま、たぶん食べ過ぎても害がありそうだが」
「さすがケイカさま、よくご存知で。毎日食べるとお腹に激痛が走って一ヶ月ぐらい動けなくなります」
セリカが目を丸くする。
「えっ? 治癒魔法も効かないのですか?」
「はい、効きません。牡蠣の石が体にできる呪いなのです。牡蠣は真水に弱いので、真水をたくさん飲んで押し流すしかないです。恐ろしいです」
――たぶん尿管結石だろうな。
原因は理解したけど、不摂生の戒めとして機能してるから、別にいいか。治療法も合ってるし。
恩を売れそうなときになったら教えることにしよう。
「まあ、この料理法を人魚達に教えればいいだろう。きっと人魚たちが襲われる可能性は減らせる」
そして人魚達を全員信者にできる!
セリカは感心して言う。
「さすがですわ、ケイカさま。人魚さんたちまで助けてしまわれるなんて」
「私たちのために本当にありがとうございます」
クリスティアは感激したのか、潤んだ目で俺を見ていた。
「油を使うのは危ないから水が傍にあるダンジョン用だな。牡蠣雑炊は手間がかかるのでケイカ村用にして、ドルアースの2人にはクリームスープを教えておいてくれ」
「わかりました。ケイカさまのために私も作れるよう、勉強しますね」
クリスティアが紫の髪を揺らして頷いた。
――時々俺が食いたいから、というのはバレてそうだった。
味噌煮込み牡蠣雑炊がおいしいんだからしょうがない。
「ミーニャやクラリッサも暇があったら新メニュー考えておいてくれ。品数は多いほどいい。――あと微妙に食い足りないから、軽く追加で食べて今日は寝るか……何か忘れてる気がするが」
「……わたくしもそんな気が」
ミーニャの黒い尻尾がピクッと揺れる。
「ほうちょう」
「ああ、そうだったな。ちょっと行ってくる。ご飯作っておいてくれ」
「わかった」
屋敷を出ると赤い夕暮れ。
裏庭へ回った。
ヘムルじいさんが鍛冶工房にいた。
世界樹の枝を固定し、のみとハンマーを振るっている。
「じいさん、包丁作ってくれ。強いやつ」
「あのネコの子用かね?」
「そうだ。1本ダメになったからな。たしか解体包丁がダメになった」
「材料は?」
「物置にあるやつで使えるのあるか? 天臨の聖剣に使う分は残しておいて欲しいが」
「神竜の牙に魔法銀、少しの聖金で作ろうかの。持っていって構わんか?」
「ああ、好きにしてくれ。仕上がり時間は8時間後な」
「なんじゃと! 急ぎの用事か……しかたないのう」
ヘムルじいさんは肩をとんとんと叩きながら溜息を吐いた。
「疲れたのか?」
「いやもう、世界樹の枝が固くての。疲れてしまう」
「上手く武器になりそうか?」
俺が尋ねると、ヘムル爺さんは眉をよせながら世界樹の枝を睨んだ。
「うーん、もう1週間ぐらいかかりそうじゃな。雷の属性を与えながら表面に細かい波の紋様を彫っておる。あとは焼いて叩いて模様を固着、さらに波模様に聖油を染み込ませれば、雷炎の木刀の完成じゃ」
それまではゲアドルフを相手にできないな。
どこかに引きこもってくれて逆に助かる。
「柄には洞爺湖って彫るか」
「なんじゃ、それは?」
「いや、なんでもない。ただの冗談だ。まあ、よろしく頼む」
「うむ。任せておけ」
俺は鍛冶工房を立ち去った。
食堂へ戻るとハムエッグみたいな簡単な食事ができていた。
さっさと食べて寝る。
明日は魔物狩ってオークションのお金を稼ぐ。大金貨100枚ぐらい1日でいけるんじゃないかと考えていた。




