第119話 交渉決裂!
午前中の爽やかな日差しに照らされるケイカ村。
俺は屋敷を出て北へと向かった。
北にセリカがいたから。
北へと続く道のはずれ。
村の結界のすぐ外に、白い三つボタンのスーツを着た、金髪のイケメンが立っていた。胸ポケットには赤い薔薇を刺し、手には金色のステッキを突いている。
甘い微笑みを絶やさない美形。
結界の内側ではセリカがレイピアを抜き放ち、凛と背筋を伸ばして対峙していた。
端整な顔が緊張で引き締まっている。形の良い眉が寄っていた。
俺は駆けつけると吐き捨てるようにその名を叫ぶ。
「ゲアドルフ! 何しに来た!」
「ごきげんよう、ケイカさん。今日は取引に来ただけですよ。だから配下も連れていません。わたくし一人だけです」
セリカが、警戒を解かずに言う。
「ケイカさま。気をつけてください。何を企んでいるかわかりません」
「ああ、わかっている」
とは言え、俺は内心で舌打ちした。
世界樹から貰った枝をまだ武器にしていない!
どうする? 何ができる?
――あ! ビホルダーゲルの熱光線なら効くかも!?
でも今は火が弱点なのだろうか?
俺は真理眼でゲアドルフを見た。
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【ステータス】
名 前:ゲアドルフ
種 族:死生超越者(前種族:ハーフエルフ【始祖直系】)
職 業:魔王軍西方部隊及北方部隊総司令官 兼 真理探求者
クラス:死霊術師Lv99 精霊術師Lv99 錬金術師Lv99 司令官Lv90 楽士Lv76
属 性:【炎】【鳴闇】【死魔】
状 態:分体
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ん?
分体? 質量のある分身みたいなものか。
ということは偽者なんだな。
まあ、敵地に単身で乗り込んでくるような馬鹿はしないか。
能力的には、ほぼ同じ。
しかし【不滅蘇生】【死の這音】【死の王】のパッシブスキルを持っていなかった。
だったら何かしてきたら倒せるな。
考えていると、ゲアドルフが話し掛けて来た。
「随分と警戒されているようですね。あなたがたにとって悪い話ではありませんよ」
「信用ならないな……だが、聞こう」
「さすがケイカさん、そちらのお嬢さんと違って話が分かる」
口に手を当てて、くつくつと笑う。
「前置きはいいからさっさと話せ」
「その白い服を着た少女の血を分けていただきたいのですよ」
「なるほど。狙いはラピシアか」
ゲアドルフは余裕の笑みで頷く。
「まあ、今すぐに、とは言いませんから。わたしはいつでも交渉する気があると知っていただきたかっただけです」
「……その様子だとラピシアが何者か気付いたってわけか」
「ええ、神話の技を見せられてはね。ですが命が欲しいわけではありません、血を1滴でいいのです」
「なぜ?」
「目的のためです。ただ、とても個人的な目的であり、世界が滅びるとかそういったわけではありません。取引に応じてくれるなら教えますが」
まあ、そうだろうな。コイツの目的は恋人の復活。
「で、ラピシアの血の代わりに何を出すつもりだ?」
「世界平和。魔王四天王の地位の放棄。魔王軍の壊滅。魔王の居場所。あとは金銀財宝、わたしの持ちうるものすべてではどうですか?」
「大盤振る舞いだな。たまごは?」
「ええ、たまごも差し上げましょう」
「魔王軍を裏切るというのか」
「前にも言いましたが、研究のために魔王に仕えただけです。その研究の目的が成就されるならば、もうわたしにとって必要ありませんから」
客観的に見て、とてもよい条件に思われた。
ゲアドルフは、俺が正体と目的を知っていることには気付いていない。
だから本心なのだろう。
恋人を生き返らせることができればそれでいいと。
――しかし。とても引っかかる。
神の血を使った死者蘇生?
そんなことが可能なのか?
俺は睨みながら言う。
「ただ、無理な話だな」
「そうですか。とてもよい条件だと思うのですが」
「血を流しようがないからな――ラピシア、手を出せ。ミーニャ、包丁で刺してみろ」
「うん!」「わかった」
ラピシアが両手を広げると、ミーニャが颯爽と歩いてただの包丁を抜き放ち、フルパワーで刺した。
包丁がグニャッと曲がった。
神の肌に攻撃は通らない。
俺は肩をすくめて両手を挙げる。
「ごらんの通り。血の出しようがない」
「おお……素晴らしい。やはりそうでしたか……大丈夫です。道具はこちらでそろえます」
「ほう? 道具を? ――まさかっ! 天臨の聖剣を作るつもりか!?」
ゲアドルフが目を見開く。
「知っているのですか、これは驚いた。さすがですね」
ヴァーヌス教のダンジョンコンクール参加、エーデルシュタインの宝石を全部掘り出したこと。
天臨の聖剣を作るつもりだったのか! この剣なら神は傷つく。
「最初は別の神から血を取ったのですが失敗しましてね。聖剣もその時なくなったのですよ」
――別の神? それがリリールじゃないのか!? だから目を覚ました。聖剣も持ってた。
そしてスキルを使わず魔王に刺してしまって失われた。
なぜリリールを選んだのか?
ゲアドルフにとってリリールは叔母だから?
でもリリールの血は使えなかった。
なぜなのか。他の神では無理?
俺が黙り込んでいると、ゲアドルフが言う。
「使い終わった聖剣はもちろん、あなたにあげます。魔王を倒すには必須ですよ。ただ、もう一つの必須スキル魔王撃滅閃は覚えられますかねぇ」
やれやれといった感じで首を振って苦笑した。
――そうか。エビルスクイッド戦で勇者ではなく聖騎士スキルの烈風突き《ゲールスティング》を使ってみせたから、ゲアドルフは勘違いしたままなのか。
ここでリザレクションがあるとカードを切るか? しかし俺が勇者として正しく育っているのがばれる。
まだ奴は目的を話してないな。
そもそも奴は始祖エルフだとも明かしていない。
知っていることを知られるのはよくないか。こいつはただの分体だし。今話しても考える時間を与えてしまう。
騙すのは本体を直接相手にしたときだ。
違うことを尋ねて反応を見る。
「魔王に仕えてたのはなぜだ? 力に服従したのじゃないのか?」
「わたしは元々、魔王様の叡智に従っただけです。おかげでいくつもの研究成果を上げました。その代わり魔王軍の面倒をみましたがね」
「魔王の目的はなんだ? 世界征服ではない気がするが」
「復讐だと言っていましたね」
「ほう。何に対して? 人? 魔物? 神? 創世神?」
「自分を追放した異界の者たちへ復讐すると言っていました」
「異界の存在なのか」
――まあ、俺もだが。
「ええ、だからこそこの世界にはない知識や、不可能な魔術を知っておられたのです。ですが、もう終わりです。最終目標さえかなえば、他のことはどうでもいいのです。なんでしたらあなたの魔王退治を全力でバックアップしても構いませんよ?」
「つまりある目的があって研究していた。魔王がその知識を授けてくれた。あとはラピシアの血があれば目的は達成されると」
「そうなりますね。まだ目的はいえません。邪法だと反対されるかもしれませんからね。ただ誰かに迷惑をかけるものではないとだけは言っておきます」
確かにそうだろう。恋人を生き返らせるだけなのだから。
乗るか?
しかし、俺は嫌な予感に襲われていた。
魔王が教えた、という部分に引っかかりを覚えていた。
なぜこんなにも胸騒ぎがするのだろう。
判断するための情報がもう少し欲しい。
「……納得がいかない。ラピシアの血が欲しいと言うが、別に世界樹の葉や蜜でもよかったはずだ」
同じ神なのだから。いやリリールもダメだったのか。
「いろいろ試したがダメだったのです。ですがラピシア君なら確実です」
「血が欲しいということは研究か儀式に使うのだろうが、その方法が正しいという保証は?」
「もう人知を超えた儀式なのでわかりませんが、これは正しいだろうと私の直感しています」
俺はようやくおかしさに気付いた。
「話を総合すると、とてもいい話だが……残念だな。お前が魔王に騙されていない、という保証がない」
「え?」
初めてゲアドルフの顔から笑みが消えた。
そう。神の血を使う死者蘇生なんて俺は知らない。不死ならあるが。
けれどなぜ魔王が知っているのか。
知らないで適当な嘘を言ったか、もしくは死者蘇生ではない魔術!
むしろ大規模な呪いに近い禁呪ではないか?
「魔王の授けた知識が、嘘であり何も起きなかったときはどうする気だ? それならまだいいが、お前の目的とは違って、本当は大災害をもたらすものだとしたら?」
「そ、そんな、魔王様がわたしに嘘を教えることは……!」
「あの狡猾な魔王が、お前だけ特別扱い? そっちのほうこそ信じられないな。お前も騙されてると考えて不思議はない」
ゲアドルフは戸惑いながら怒鳴った。
「な、何を言うんだ! この知識は間違っていない!」
「人知を超えてるんだろ。前例もないんだろ。どんな結果が起きるか、確かめようがないじゃないか」
「う……うわぁぁあ! 正しいんだ! わたしは間違っていないんだ!」
地団駄を踏み、髪を振り乱して発狂した。
恋人を生き返らせることのみを追求してきたゲアドルフ。
もうすぐ夢が叶うと思っていたら、全部白紙になるかもしれないなんて。
心を保っていられないのだろう。
だから俺の言うことなんて信じないだろうな。
ゲアドルフは血走った目で俺を見る。
「間違ってない……っ! 絶対成功する! そのために生きてきたんだぁ!」
杖を振り上げ魔力を込めた。辺りを覆いつくすような死の気配を強く感じる。
――まさか、冥府降臨か?
敵味方区別なくすべての生物を死霊にし使役する。大範囲魔法。
俺は太刀を抜き、ひょうたんの水をかけた。
「交渉決裂だな――蛍河比古命の名に従う、神代の時より流れしせせらぎよ、一束に集まり激流と成せ――《魔鬼水斬滅》!」
一気に走り寄り、太刀を振り下ろした。
ズァンッ!
ゲアドルフは避ける間もなく真っ二つ。
地面に一本の傷が深く刻まれた。
「ぐぁぁぁ……」
ゲアドルフは倒れることなく、切られた端から粉になって霧消した。
村の北に広がる草原を一陣の風が吹きぬけていく。
俺は溜息を吐きつつ太刀を鞘に収めた。
「これからどう出てくるか見ものだな」
セリカが大きな胸に手を当てて言う。
「きっと信じる道を突き進むのではないでしょうか……」
「聖剣を作り、ラピシアの血を手に入れ、禁呪を行う、か。魔王の教えが正しいとは思えない。そもそも死者蘇生なんて不可能だ」
――神が自らの手でおこなわない限り。
セリカが首を傾げた。
「死者蘇生? ゲアドルフは誰かを生き返らせたいのですか?」
「ああ、まだ言ってなかったな。実はゲアドルフは始祖エルフの子供で……」
ルペルシアのことは伏せて説明した。恋人を生き返らせるのが望みだと。
セリカはやはり悲しげな顔をして頬に手を当てた。
「そんなことがあったのですね……道を踏み外すほど、恋人さんを愛してらっしゃったのでしょう」
「ゲアドルフにとっては恋人の存在が、生きる理由だったのかもしれないな」
「悲しいことですわ……」
セリカは溜息を吐くが、ミーニャは素っ気無く言った。
「だったら一緒に死んで天国で交尾すればいい」
「ミーニャは潔いな。ていうか交尾って言うな」
黒い瞳が俺をまっすぐに見る。
「私なら、ケイカお兄ちゃんのためなら死ねる。ケイカお兄ちゃんとともに死ぬ」
「嬉しいが、ちょっと怖いぞ。やっぱり俺が死んだとしても、ミーニャには生きてて欲しい」
黒い尻尾が戸惑うように揺れると、少しの間だけ目を閉じた。
しかし、何かを理解したようで、こくっと頷く。
「わかった。生きてケイカお兄ちゃんの偉大さを広める。命ある限り」
「ああ、そうしてもらった方が俺は嬉しいな」
さすが俺の巫女。俺が神として望むことをよくわかってくれてる。
セリカが、頭に手を当てて考え込む。
「わたくしはどうしましょう……考えられません。ただケイカさまとずっといたいですわ」
「それは俺もだ」
先のことを考えるといろいろ不安になる。
俺はきっと生き続ける。セリカはきっと……。
ふと、目の端がチカチカ明滅している気がして振り返った。
光るラピシアが腕を組み、眉間に可愛いしわを寄せて唸っていた。
――そう言えば、次のレベルアップ条件が「生を知る」だったな。
「何を考えてる? ラピシア」
「うーうー……ねえ、ケイカ」
「なんだ?」
俺の問いかけに、頭を左右に振りつつ答える。青いツインテールがよく揺れた。
「人が生きるって、どういうこと? 今の人、死んでも動いてるから生きてる? 生き返るってなに? 死んでも地獄や天国に行ったら、そこでは生きてる? じゃあ、今生きてる人たち、どこからきたの? どこへ行くの? 生きるってなに?」
――ぐぬぬっ! めっちゃ難しいこと言い始めた。
「それを探すのが生きるってことかもしれないな」
「むー」
ラピシアは体を捻ってますます考えた。明滅する輝き具合に変化はない。
どうやら俺の当たり障りのない答えはお気に召さなかったらしい。
「生きるってなに、か。こればっかりは教えてやれないな。きっと、答えは一人一人違うはずだから」
セリカは青い瞳で俺をじっと見ながら言う。
「わたくしは、人は誰かと出会うために生きるのだと思います」
ミーニャの尖ったネコ耳がピピッと動く。
「人は何かを信じるために生きる。信じられなくなったら終わり」
「……わからないけど、わかるかも」
ラピシアの眉間のしわが深くなった。また、うーうー唸り出す。
生きることについて、ラピシアがどういう答えを出すか楽しみになってきた。
俺は手を叩いて気持ちを切り替えた。
「まだやることはたくさんある。とりあえず帰ろう。外輪船で部族を迎えに行かないといけないしな。セリカは引き続きエトワールを迎える準備、ラピシアとミーニャは船へ行こう」
「お任せください、しっかり準備しますわ」「わかった」「う~っ」
朝日の照らす村の道を、先頭に立って歩き出す。
3人がそれぞれのペースでついてくる。セリカは隣で微笑み、ミーニャはしなやかに付き従い、ラピシアは一心不乱に唸り続けていた。




