第10話 試験のお祝い
日の暮れた王都クロエが茜色に染まる。
俺は筆記試験に合格すると歩いて宿屋へ戻った。
すると店先に「本日貸し切り」の立て札が出されていた。
不思議に思って入ると、中はパーティー会場のようになっていた。
酒場の中央にテーブルが集められて一つの大きなテーブルを形成していた。
その上には大皿に盛られた料理が幾つも並んでいる。1メートルはある魚をそのまま煮付けにしたもの、貝のバター焼き、鶏肉の唐揚げ、謎肉と野菜を交互に串に刺したもの。
どれもおいしそうな湯気を立てていた。
甘いタレを絡めた肉団子を山盛りにした大皿を運んできた酒場の親父が、俺を見て豪快に笑った。
「おお、帰ったか! みんな、主役のご帰還だぞ!」
セリカが笑顔になった。
「お帰りなさいませ、ケイカさまっ」
「ケイカお兄ちゃん……おかえり」
ミーニャは無表情だったが、心なしか微笑んでいるように思える。
他の宿泊客からも祝福された。冒険者らしき男女が微笑みながら近寄ってくる。
「おめでとうございます」
「3位とはすごいですね」
「どうも、ありがとう」
真実を知らない人たちに褒められると、なぜか照れくさくなった。
セリカが長い金髪を揺らして傍へ来た。赤いスカートに白のブラウス。鎧と上着を着ていないため、歩くだけで胸が揺れていた。
その大きな胸を押さえて、感心した吐息を漏らす。
「筆記試験で3位になるなんて、やっぱりケイカさまはすごいです」
俺へと向けるセリカの笑顔には尊敬の念でいっぱいだった。
3位はできレースなんだけどなと思い、頭を掻いた。
「セリカが支えてくれたおかげだよ」
「そんな、わたくしの力なんてささやかなものです。勉強時間が実質二日しかなかったのですから」
実際、何位なんだろうな。
いつか暇なときにハゲ親父を脅して聞き出してやろう。
セリカは青い瞳を輝かせて俺をまっすぐに見る。
「この調子で、勇者になりましょう。わたくしもできる限りお力になりますから」
「もう充分、力になってくれてるよ。ありがとう」
そう言って頭を撫でた。心地よい金髪の感触。
はぅぅ、と彼女は泣きそうな笑顔をしつつも、嬉しいのか恥ずかしいのか耳まで真っ赤になっていた。
親父が笑顔で声を上げる。
「さあ、どんどん食べてくれ! まだまだ料理はあるからな! 酒も飲み放題だ!」
わぁ~、と酒場に歓声が満ちた。
親父は忙しそうに酒場と厨房を出入りする。話がしたいが暇がなさそうだった。
一度、すれ違ったとき、親父が小声で言った。
「あとで話をさせてくれ」
「わかった」
了承すると、また親父は厨房へ戻っていった。
代わりにミーニャが果物を持って傍へきた。プラムのような赤い果実を持った手をぬぅっと突き出す。
「これ……おいしい。お兄ちゃんの」
「ありがとう。――ん、これは甘いのか?」
こくこくとミーニャは頷いた。耳が様子をうかがうように、ピンッと立っている。
受け取って一口食べた。じゅわっと果汁が溢れる。甘いけれども、柑橘系の爽やかな香りが口内に広がり、喉を潤した。
「おいしいな」
「赤い汁、服に付くと大変……気をつけて」
「わかった。味はうまいが毒々しい色だな」
真理眼で見ると【ルベラの実】だとわかった。特に効果などはなく。産地や値段のほかは、瑞々しくておいしいとだけ書かれていた。
安心してもう一口かぶりつく。したたる赤い果汁に気をつけながら。
「……ケイカお兄ちゃん」
「うん? どうした?」
ミーニャは無言のまま、大きな黒い瞳で俺をじっと見上げた。耳がピコッと動く。黒い尻尾がうねるように大きく揺れていた。
それから、口を開いた。
「勇者さまになって、悪い人たち、やっつけて」
「それがお前の望みか?」
「うん」
尻尾がしなやかにピンッと立った。決意を表すかのように細かく震えていた。
「わかった。汝の願い、我が名において聞き届けた」
「……ありがとう、お兄ちゃん」
心なしか頬を赤らめると、機嫌良さそうに尻尾を立てたまま、また店の厨房の奥へと戻っていった。
そして立食パーティーは続いた。
他の客と歓談しながら飲み食いする。冒険者が多く、魔物や迷宮、または勇者試験の今後についての有益な話が聞けた。
時折飲む甘い果実酒は、心地よい酔いを体に染み渡たらせた。
セリカはずっと傍にいて、かいがいしく酒や料理を取ってきてくれた。
「フィード焼きも作ってもらいましたっ」
「おっ。ありがとう。……はむっ……うん、この懐かしい味がうまい。――ていうかセリカも世話ばかりしてないで食べないと」
「大丈夫です、これだけたくさんありますし、わたくしはあとで……」
「たこ焼きにしろフィード焼きにしろ、こういうのは冷めたら味が落ちるんだ――ほれ」
「へっ!?」
俺は一口食べたフィード焼きをセリカの目の前に突き出した。
彼女は目を大きく開いて白黒させている。
「どうした? 一番美味しい中身のところだぞ?」
「いえ、そんな……その」
彼女は形の良い眉を下げて困ったような顔をした。
さらに可愛い口元へとフィード焼きを近づける。
「ほれ、あーん」
「あぅ…………あ、あーん」
観念したように長い睫毛を伏せて目を閉じた。
赤い唇を上品に開けて、はむっと食べる。
そして小さな口をもぐもぐさせながら、青い瞳を潤ませて俺を見上げてくる。
なだらかな頬が湯上りのように、桜色に染まっていた。
……なぜだろう。
食べさせただけなのに、いじわるをしているような気分になった。
でも冷めないうちに食べてもらいたかったので、俺は一口齧って食べつつ、またセリカの前へ。うーっと彼女は泣きそうな声で唸った。
一本のフィード焼きを交互に食べていく。
けれども最後にはイヤイヤをするように首を振って、その場にうずくまってしまった。金髪が細い背中を覆うように広がる。
「もう、ケイカさまったら、信じられないですっ」
「なにっ」
俺は慌てて《真理眼》を発動させて、自分の手のひらを見た。
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【ステータス】
名 前:蛍河比古命
性 別:男
年 齢:?
種 族:八百万神
職 業:神
クラス:剣豪 神法師
属 性:【浄風】【清流】【微光】
【パラメーター】
筋 力:5万1110(+1110)
敏 捷:7万1810(+1810)
魔 力:9万2010(+2010)
知 識:2万1310(+1310)
信者数:3
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よかった、信者のままでいてくれた……。焦らすなよぉ。
ていうか信者増えてる!?
筋力1110は、光属性の清らかな乙女セリカの筋力が10の百倍で1000、あと二人で110だから、ミーニャが光属性以外の生娘で100、親父が10だな。
うむ、よきにはからえ。もっと俺を敬うがよいぞ。
とりあえず、セリカを困らせてしまったみたいなので謝っておく。
セリカの笑顔は好きだし、守ってやれなくなるのは困る。
俺は座り込んだ彼女の頭を優しく撫でた。
「悪かった、セリカ。もうしないから」
「ひどいですっ……二人だけのときに……もっと――」
彼女は語尾は小さくて聞こえなかった。
そして顔を真っ赤にして俯いてしまった。顔が金髪で隠れてしまう。
なんだかよく分からないけれど機嫌を直してくれたみたいなのでよしとする
それにしてもセリカはよく顔を赤くするけれど赤面症なのだろうか。それとも病気か何かか?
彼女に倒れられたら困る。
あとで《快癒》の魔法でも唱えておこう。
パーティーは深夜まで続き、一人、二人と部屋へ戻っていった。
セリカも眠そうだったので帰らせた。
あとには俺と酒場の親父が残った。
人気のなくなった酒場。宴のあとの室内はどこか物寂しい。
外は人通りがなく、とても静かだった。
たまに吹く風が窓をカタカタと鳴らしていった。
俺と親父はカウンターに並んで座っていた。
冷めたフィード焼きをつまみにして飲む。
俺は疑問に思っていたことを尋ねた。
「それにしても親父。たかだか一つ目の試験を突破しただけで豪華すぎやしないか?」
「上位32名の中に入ったんだ、素晴らしいことだろうがよ……あとは謝罪も含めて、だな」
後半の言葉は声のトーンを落としていった。
謝罪……つまり、パーティーメンバーを集められなかったというわけだ。
「仕方ないさ。例年と違って日程が早まったんだから」
「面目ない。半数は連絡が付かず、残りは大金で雇われてしまった」
「まあ、俺だけでも突破できるとは思うが……」
セリカを守りながら即死トラップを抜けられるだろうか。
それに千里眼は石の棺の中まで見てしまうため使えなかった。迷路の出口まで一直線に目指せないのがつらい。
でも真理眼は使えるから、罠や隠し扉、宝物などはすべて事前に探知できる。
……これだけでも充分チートな気がしてきた。
親父がぐいっと酒をあおるように飲んだ。
「しかし約束は約束だ。約束守れないなんて男の恥だ。それに盗賊スキル持ちがいないと試練の塔は大変だしな」
「あてはあるのか?」
親父は自分自身を指差した。
「おれを連れて行け」
「な! 親父が!?」
「おれはこれでも昔、山賊の頭をやってたんだよ」
「ほう」
「いろいろあって足を洗ってな……十三年前、ここで商売を始めたんだよ」
「ミーニャに関わりがありそうだな」
ミーニャの歳が13歳だった。
親父の目が苦悩で歪む。
「……妻の最期の願いだった……この子をどこかまともな場所で育てて、と」
「そうだったのか――まさか、その山賊って」
つい最近まで入り浸っていたはずの、むさい髭面が思い浮かぶ。
親父は酒を一口飲むと溜息を吐いた。
「だからガフのやつを断れなかった。過去をばらすぞと脅されてな」
「なるほどな。それは仕方なかったな」
俺が慰めると、親父はぶんぶんと頭を振った。短い髪をバサバサと揺らして、酒を一気に飲み干す。コップをカウンターにガンッと叩き付けた。
「それは違うぞケイカ! おれはお前の言葉にハッとしたんだ! 『お前はそれでも父親か?』って言われた時に、自分の間違いに気付いたんだよ! そうだった、おれは酒場の親父である前に、ミーニャの父親だった! と。商売ができなくなることを恐れるんじゃなくて、おれが娘を守るために戦わなくちゃいけなかったんだ。本当に目が覚めたよ。この十年、必死で店を軌道に乗せようとするあまり、一番大切な物を忘れちまってた」
「そうか……そいつはよかった」
俺が同意すると、親父は少し酔った目で、睨むように見つめてきた。
「だから、おれを連れて行け。絶対罠は解除してやる」
「――わかった。頼りにするからな」
「おうよっ」
親父は二人のコップに酒を注いだ。
どちらからともなくコップをぶつけあって乾杯した。