第101話 処女航海
朝の光が降る港。
外輪船が岸壁に横付けされ、物資が運び込まれていた。
潮風がみんなの髪を弄んでいく中、俺はドライドと会っていた。
「商売の方はどうだ? ドライド」
「とても順調です。ナーガさんたちが増えまして、高速船だけじゃなく護衛の仕事もやろうかと考えています――あ、こちらが今月の配当分、大金貨15枚(150万)です」
「ん? 奴隷の費用を建て替えてもらったのに、いいのか?」
「それを引いた金額です。本来の収入は25枚。10ヶ月で払い終えるでしょう」
「そんなに儲かっているのか」
「はい、各駅停車便が好調でして。利用者が増え続けてます」
「勇者ケイカ高速輸送だったな。名前が売れていい感じだ」
それからドライドは隣にいる上半身は少女を紹介した。8歳ぐらいの小さな女の子。
「こちらが今回の航海に同伴する、ナーガ族のナナさんです」
「勇者さま、よろしくおねがいします」
ぺこり、と頭を下げる少女。声は高いが柔らかく響いた。
赤銅色に日焼けしたような上半身に鱗は少なく、下半身は当然、蛇。体長2.5メートルほどでまだまだ幼かった。胸当てとスカートを着ている。
「ああ、見張り頼むぞ……でも、こんな小さい子で大丈夫か?」
「はうあう……み、見張りだけならできますっ。ナーガ族ですから」
「そうなのか?」
「はい! ナーガ族は、子供になるほど寝ないです。大人になるほど睡眠時間が増えていきます」
「ほー。人間とは逆なのか。人間は赤ちゃんの時が一番よく眠って、大人になるほど睡眠時間が減っていくんだが」
「人間さんは非合理的だと思います。いろいろ覚えなきゃいけない子供の時にたくさん寝てしまうなんておかしいです」
「言われてみればそうだな。ちなみにナナはどれぐらい起きていられる?」
「2~3週間は起きてます」
「充分だな。見張り頼むぞ」
「はいっ! お姉さまたちの分まで頑張りますっ!」
ナナは肩にかかるぐらいの茶髪を揺らして勢い込んだ。
「それじゃあ、乗船しようか」
俺はドライドに別れを言って、タラップを上った。するすると蛇体をうねらせてナナが続いた。
船に乗ると、15名ほどの船員達にナナを紹介した。
それから、船首にいるセリカの元へ行く。彼女は風に乱れる金髪を手で押さえつつ、港や海を眺めていた。
「どうした、セリカ?」
「いえ、隣の大陸へ向かうなんて、子供の頃には想像もしませんでした。心がわくわくしています」
――王女として、ほとんど外出できない日々だったのだろう。
「よかったな、セリカ」
「ケイカさまに出会えたおかげです」
「絶対守るから、安心しろ」
「はいっ!」
青い瞳を細めて笑顔になった。素直な美しさ。
船尾の方から船長が叫ぶ。
「よーし、用意はいいな!? 出発だ!」
タラップが引き上げられて、船員達が慌ただしく動く。
ザァザァと音を立てて外輪が回り始める。
セリカが呟く。
「出発ですね……岸が離れていきます」
「うまく機能しているようだな」
船べりから身を乗り出して岸を見ると、白い蛇体を晒すイエトゥリアと、仮面をした3人の男たちが見えた。
レオたちはこれからシュガル諸島へと向かうのだろう。
俺は軽く手を振った。
「またな!」
彼らの声は聞こえなかったが、同じように手を振って応えてきた。
◇ ◇ ◇
出発して数日後。
潮風の吹き抜ける黄昏時。四方はどこまでも青い海。
航海は順調に進んだ。
バシャバシャと外輪の音が鳴り響く。
途中、ヒレが刃になっているトビウオや、槍を持つイルカのような魔族に襲われたが、襲われる前にナーガのナナが接近に気付いたので、簡単に撃退できた。おかげで食事は充実していた。
ちなみに、今は見張りのためにマストの柱を1本立てていた。
マストの一番上に蛇体を複雑に絡みつかせたナナがいた。
昔図鑑で見たことのある、グリーンボアが枝に絡みつく感じに似ていた。
船員達はナーガの姿に慣れているのか、忌避反応はなかった。
食事は船員達が猿のようにマストを登って届けていた。
俺はいつもと変わらない甲板風景に安心すると、自室へと戻った。
セリカとの2人部屋。狭いながらもベッドやテーブルが備えられていた。
セリカはいなかった。食事に行っているらしい。
俺はベッドへ横になる。
船が壊れるほどの大型の魔物には襲われないので、安心していた。
海の支配者を目指して戦い抜くのに必死なのだろう。
――と。
いきなり耳元でチャリーンとお金の音がした。
はっと息を飲む。床を見てもお金は落ちていない。
すぐさまケイカ村がある方を、千里眼で見た。
屋敷の庭の拝殿に手を合わせて拝む親子がいた。農夫らしき父親と幼い少女。
――おお! 初の参拝!
すぐに彼らの願いが聞こえてきた。
『また来年も豊作になりますように。家族が健やかに育ちますように』
うむ。その願い、聞き届けた。
女の子も必死で願う。
『もっと頭が良くなりますように』
引き受けようとしたが、念のために真理眼を発動させた。素の頭が馬鹿なのに引き受けたら神としての資格を失う。
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【ステータス】
名 前:ララ
性 別:女
年 齢:9
種 族:人間
職 業:村人
クラス:治癒師Lv1 農夫Lv5 放牧Lv3
属 性:【風雅】
筋 力: 4(+1) 最大成長値30
敏 捷: 5(+1) 最大成長値40
魔 力: 7(+2) 最大成長値65
知 識:15(+6) 最大成長値91
幸 運: 6(+1) 最大成長値30
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知識成長+6!?
俺が何もしなくても、勝手に賢くなること請け合い。ただメインクラスが治癒師なので、その方向を延ばさないとレベルが上がらなさそうだった。
ただ農村でどこまで育つか。勉強できる環境がないと……学校を早く作らないといけないな。
――おっと、我が蛍河比古命の名において、汝の願い、しかと聞き届けた。
いちおう唾をつけておく。
その後、親子はファルのいる販売小屋に近付いて、お守りを買っていった。
しかも大量に。30個ぐらい買っていたのではないだろうか。
多聞耳で聞くと、どうやら王国西の村から来たらしく、村人全員の分を買っていったらしい。収穫が終わって暇になったためだろう。
信者がさらに増えそうなのでよかったよかった。
そしてセリカが帰ってきたので、抱き寄せた。
嬉しくて一人で寝る気分じゃなかったから。
ただ腕の中で「ひゃあ、ケイカさまぁ」などとセリカは恥らっていたが、気にせず寝た。
華奢な肢体の柔らかさと、ふくよかな胸が気持ちよかった。
◇ ◇ ◇
朝。
ガラスを引っ掻くような音が響いて目が覚めた。
ナーガ族の放つ警戒音。
見張りのナナが何かを見つけたのだろう。
俺は飛び起きて甲板へ向かった。
セリカ、ミーニャ、ラピシアが後に続いた。
東の空に朝日が上っている。
甲板にすがすがしい風が吹き抜けていく。
俺はマストを見上げて叫ぶ。
「どうした、ナナ!」
「モンスターです! 数は3つ! 囲むように向かってきます!」
――ちっ、と舌打ちした。
船より大きな魔物が集団で襲ってきたら厄介だった。
「大きさは!?」
「えっと、人型で、わたしより小さいです」
「ん? 人ぐらいか?」
「もう少し小さいです」
巨大な敵じゃなかったことに胸を撫で下ろしつつ、太刀を抜き放った。
船員たちに向かって叫ぶ。
「いつもどおり、お前たちは防御に徹しろ! 魔物は俺たちが倒す」
「はい!」「頼んます!」「気をつけて!」
俺は船べりに近寄って海面を見下ろす。
海面に白い爬行線がついている。凄いスピードで子供ぐらいの影が迫ってくる。
――あ、外輪を攻撃されたら厄介だな。
魔法を撃つか悩んでいると、小さな影は外輪に足をかけて上ってきた。
そのままジャンプして俺へと向かってくる。赤い髪が後方へなびく。
見た目は少女。胸と腰に海草を巻きつけただけのほぼ全裸。頭に赤く透明なクラゲをヘルメットのように被っていた。
手には鈍い虹色を放つ、貝から削り出したと思われるナイフを持っていた。
ステータスを見なくても雑魚の魔物だと分かった。
俺は太刀を上段に構えて、迎え撃つ。
一撃で倒せる。
呪文を唱えて、風刃付与を太刀に与えた。
俺は待ち構えていた。余裕で返り討ちにできると思っていた。
しかし少女が太刀の間合いに入る直前、顔を怒りで歪めて叫んだ。
「くらえ、ゆーしゃ! おとーさんのかたきー!!」
「えっ!?」
俺は嫌な予感がして行動取れず。
彼女のナイフが俺の首筋に当たった。
「いやぁっ! け、ケイカさまぁぁぁ~!」
抜けるような青空の下、セリカの悲鳴が甲板に響いた。
中途半端ですみませんが、更新は明日になります。




