第100話 船と護衛
港町ドルアース。
朝日の中、海鳥達が鳴きながら飛んでいる。
港から少し離れた岸壁に乾ドックがあった。船を建造したり修理する場所で、船が入る巨大なプールだった。ここは屋根がある。大きな倉庫のようにも見えた。
今は水は抜かれており、作業が進められている。
船底にこびり付いた貝などをこそぎ落とす人や、塗料を塗る作業員がいた。
クレーンから吊り下げられているのは大きな外輪。
背の高い黒髪の男が図面を見ながら指示していた。
「船体中央に外輪が来るようにしてください。でないと80%の確率で旋回に影響が出ます。あと喫水線で輪がちょうど半分になるように」
長い黒髪を掻き上げて、ふうっと息を吐く。
指示をしているのはダークだった。
ティルトは改装工事を手伝っている。小さな体ながら柱のような木材を軽々と肩に乗せて運んでいた。
俺はその様子をドックの端で眺めていた。セリカたちはいない。マダムの店まで用事をこなしに行ってもらった。
それにしても、やはりスクリューにしなくて正解だったと思う。現場の技術が水準に達していないし、一から作る必要があるから造船に時間がかかっただろう。
今は王様から貰った中古の帆船を改造していた。
船の全長は30メートルほど。2本マストの少ない船員で動かせるタイプ。
マストは普段立てない。外輪が壊れた時のため非常用動力として、ばらして載せておく。
後の作業は外輪の回転軸を船舵と組み合わせれば終わり。
今日か明日には進水できそうだった。
眺めていたら鎧を着た青髪の青年が傍へ来た。ローブをすっぽりと被り、目を隠す仮面をつけている。
「ケイカさん、もうすぐ完成ですね」
「レオか。姿を見なかったが、どうした?」
「少し離れた漁村が魔物に困ってると酒場で聞きましてね。退治してきました。ちゃんとケイカさんの名前でね」
「……ありがとう、と言いたいが。やりすぎてないか?」
「どういうことでしょう?」
「行く先々の村で大歓迎されたよ。あなたが仮面の勇者さまでしたか、と」
「ふふ。ダークの発案だったのですが。気に入っていただけたようでなによりです」
レオは白い歯を光らせて爽やかに笑った。
「まあ、いいか。――その漁村でも大げさなことしてないだろうな」
「半魚人が村娘をさらって繁殖しようとしたので退治しただけです。全員助けて名前を告げて帰ってきました」
「ほう……それだけか? それだけであんなに歓迎されるものかな……」
俺は村々を思い出す。熱狂的な歓迎。特に女性からの熱い視線。
レオが仮面の下の聡明な瞳を地面に向けながら考え込む。
「そうですね……私が良くやる方法は。助けた女性からよく素顔が見たいと言われますので『事情があって今は明かせない。教えられるのは名前だけだ』と言って、立ち去りながら一度だけ振り返り『勇者ケイカ。明日には忘れてくれて構わないさ』そう言ってから闇に紛れて姿を隠す感じです」
「か、かっこつけすぎだろおおお! 惚れてしまうだろ、そんなもん!」
「そうですか? これぐらいしておかないと形に残らない名前なんてすぐ忘れ去られてしまいますよ99%の確率で、とダークが言うので」
「う~む。レオ自身は悪意なく役をこなしてるだけだもんな……」
――しかも仮面をつけても爽やかさが失われないレオがやるんだから、効果は抜群だろう。
思わず船の上で指揮を取るダークを見た。
俺の視線に気付くと、眼鏡をくいと押し上げつつニヤッと笑いやがった。
レオが心配そうに言う。
「ダメでしたか? もっと普通にしましょうか」
「……いや、いい。そのままでやってくれ。しかし聞けてよかったな。そこまでやってるとは思わなかった」
「わかりました。これからも続けます。じゃあ、あとのパターンも教えておきますね」
「ほかにもあるのかっ」
レオの説明によると、結婚を迫られるパターンや、家や土地を贈られそうになるパターン、あなたと一緒にどこへでも行くと駆け落ちを迫られるパターンなど。
それらの断り方はいちいちキザだった。でもレオがやったらきっと嫌味にはならなかっただろう。
俺は額を押さえつつ言った。
「わかった。これからはそのつもりで対処していくよ」
「はい、よろしくお願いします」
仮面の下の青い瞳は微笑んでいた。
なんだかやりきれない気持ちになったので、強引に話を変えた。
「それにしても半魚人か。海の魔物は大変みたいだな」
「ええ、エビルスクイッドが亡くなってから、部族ごと種族ごとの群雄割拠状態になっているそうです。次の海の支配者が生まれるまではモンスター同士の殺し合いが続きます」
まるで進化のるつぼだった。
ドラゴンダンジョンでラットが共食いをしてキングラットが生まれたようなもの。それが海全体で行われている。
ちなみに勇者ラザンがメテオホエールを倒した後、大混乱の後に出てきたのがエビルスクイッドらしい。
戦い抜くには力と知恵が必要なはず。他の魔王四天王に比べて格が違ったのも頷ける。
「おかげで、船の襲われる率が激減してるから、人間にとってはありがたい話だ」
「ですね。支配者が現れるのは早くても数年後でしょうから、しばらくは安泰です」
「おっとそうだ。レオたちも一緒に来るか? 辺境大陸に」
「うーん、どうでしょう。辺境大陸は魔物しかいないと聞きますし。そちらはケイカさんが行かれますから、私たちは引き続き村々を助けて回ったほうがいいかと」
「それがいいか。ちなみに活動資金は大丈夫か?」
「はい、仕事の依頼を受けることもありますし、倒した魔物の素材で充分足りています」
「そうか。足りなくなったら言ってくれ。……俺もそんなにないけどな」
金の管理はセリカに任せっぱなしなので、詳しい金額は把握してない。
レオは青い髪を揺らして頭を下げた。
「わかりました、ケイカさん。お気遣いありがとうございます」
――と。
ドックの海側、海に面した水門の上に、ひょいっと顔を覗かせる者がいた。
美しい銀髪に赤い瞳。透き通るような白い肌をしたイエトゥリアだった。水門の上に手を乗せているので蛇体の下半身は見えない。
作業員たちは、急に現れたイエトゥリアを見て一瞬驚いた。しかしすぐに自分の作業へと戻っていく。
ナーガたちの存在に慣れたらしい。
中にはイエトゥリアに手を振ったり、「イーちゃん、今夜飲みに行かない?」などと誘っている若者もいる。速攻で断られていたが。
ここまで見た目が魔物のナーガと人の仲が良くなるとは。
いい傾向だった。
俺とレオは水門のところまで歩いた。
イエトゥリアは興味津々と言った様子で改装される船を見ている。
「どうした、イエトゥリア。なにかあったか?」
「いやのう、ケイカさまよ。これで隣の大陸まで行くのであろう?」
「そうだ」
「ナーガたちを護衛に連れて行ったほうがよいのではないか?」
「なるほど。しかし高速船を増やしたから大変なんじゃないか?」
「いやいや。15人ぐらい余っておる状態だ」
俺は腕組みして考える。
「うーん。一見良さそうな案だが……今回は休みなく進む予定だからな。しかも遠すぎる。止めておこう」
「そうかの。1週間ぐらいなら寝なくとも平気だが。ケイカさまがそう言うなら従おう」
「でも外洋船の護衛という仕事もありだな。ナーガがもっと増えたら立ち上げてもいいだろう」
するとイエトゥリアが言った。
「実は護衛の依頼を受けたからこうして話を持ってきたのだ。他人よりもまずは世話になったケイカさまを護衛する方が先ではないか、と皆で話し合っての」
「おー、いいじゃないか。新しい仕事。ちなみにどんな内容だ?」
「シュガル諸島までの護衛だな」
レオが横から補足する。
「ドルアースから南西に5日ほどいったところですね。白砂糖が取れます」
「うむ。こちらからは穀物を持っていくらしいぞ。今まで魔物が多くてなかなか食料が届かなかったらしい」
「ふむ。だったらそっちを優先して、確実に食料を届けてやってくれ。勇者ケイカの名を忘れずに……そうだ! レオたちも一緒に行ってもらおう」
「そうですね。シュガル諸島も困っているはずですから」
「しかしナーガは1週間寝なくていいのか。イエトゥリア、1人だけ見張りに使いたい」
「わかった。ドライドに伝えてこよう。――ケイカさまも気をつけてな」
イエトゥリアは白い肢体を翻して海へと飛び込む。陽光を受けて銀髪が流れるように光った。
その時、船の方からガコンッ! と大きな音が鳴った。
見れば外輪が船の中央から出る軸にはめ込まれたところだった。
レオが呟く。
「見た事もない、かっこいい船ですね」
「ああ、技術的にすぐ消えてしまう運命なのが、儚くてかっこいい」
「そうなのですか……動くところをこの目で見れそうでよかったです」
「そうだな」
俺はしばらく船を眺めた後、現場をレオたちに任せて宿屋へと戻った。
ついに100話到達です。応援してくれたみなさんのおかげです。
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