第99話 地獄侯爵との交渉!
城の中にある、明るく広い応接室。
ソファーに俺たちが並んで座り、対面には地獄侯爵が座っていた。
壁際には執事の妖魔が立っている。
テーブルにはジュースと果実酒が置かれている。
味は素晴らしかった。
セリカが調度品を見渡しながら褒めた。
「見た事もない素晴らしい一品ばかりですわ」
「ふはは、わかるか!? ここの工房で作らせたものだ。血だけでなく才能まで絞り取られた者たちの無残な輝きが美しいだろう! ふははっ」
本人は搾取できて喜んでるみたいだが、さっき見学した時、職人達は「侯爵さまのお眼鏡にかなうものを作るぜ!」と勢い込んでいた。城に飾られることが職人達の名誉になっているらしい。もう何も言うまい。
俺はジュースを一口飲むと言った。
「ところで侯爵。交渉しないか?」
「何をだ? たまごに釣り合うものなどない。力ずくで奪ってみせよ」
俺は地獄侯爵の赤い瞳をじっと見て言った。
「ある。お前たちの安全と食料提供、そしてより恐ろしい地獄にするための情報だ」
侯爵は右眉だけクイッと上げた。
「ほう……より、恐ろしい、だと?」
――そっちに食いついたのか。
「ああ、お前の地獄を見て回ったときに気付いた。まだまだ手ぬるいと」
「な、なんだと! 我輩以上の地獄を生み出せるとでもいうのか! 言ってみろ!」
「たまごをくれる約束をしてくれるなら――と言いたいが、先に話そう。価値があるかどうかは侯爵が判断してくれ。――お前のプライドに賭けて、な」
「いいだろう……もし我輩を超えたと認めたら、たまごをやろう――そうでなければ命を貰う」
地獄侯爵は睨みながらも口の端を釣り上げてニイッと笑った。鋭い犬歯がギラリと光る。
――勝った!
俺は笑みを堪えつつ言った。
「その条件で構わない。……まずは、そうだな」
「なに! 『まず』だと!? 1つではないのか!」
「いくつかあるな。1つ目は年金制度だな」
「ねんきん? それはなんだ?」
「給料から一定額を差っ引いて積み立てて置いてだな、退職後に給料の半分ぐらいを毎月渡すようにする。種族にもよるだろうが人なら65歳ぐらいか」
「む……それが地獄か? 働くものに老後の安心を与えてしまうだけではないか」
「思慮が浅いぞ、侯爵! 働いているもの全員が何歳まで生きられると思っている!」
「はっ、そうか!! ただでさえ少ない給金から、未来のためだと甘言で誘い、さらに苦しめる! しかも手にすることができるかどうかはわからない!」
「そう、人は歳を取れば弱る! 65歳から支給して、はたして何年受け取れるか」
「希望を与えつつ、絶望へ叩き込む! なんと恐ろしい考えだ!」
俺は前のめりになってにやりと笑った。
「それだけじゃない。老人ホームを作るんだ」
「老人ホーム? 言葉からすると老人達を住まわせるところか? それこそ安住の地を与えてしまうだけでは……」
「ここは地獄だろう? みんな地獄から逃げ出したいと思ってるんじゃないのか?」
「当然だろうな。しかし毒の沼地で囲んであるから誰も逃げ出せない、くくくっ」
「じゃあ、逃げ出せた人にとって、もっとも辛いことはなんだかわかるか?」
「それは当然、追っ手に捕まり、連れ戻されることだろう?」
ちっちっちっ、と俺は立てた指を振った。
「甘いぞ、侯爵。それは2番目だ。1番辛いのは、逃げ出せたのに自分の足で地獄に舞い戻るしかないと理解した時。その絶望は計り知れない! そう、退職して放り出された老人が、行き場をなくして老人ホームに入るしかなくなったとき。自分の人生を搾取されまくった挙句、最後にまた搾取されに戻ってくる!」
地獄侯爵は目を見開いて仰け反った。
「ぬおー! なんと恐ろしいことを考え付くのだ! 確かに自分が同じ目に合ったと考えると、連れ戻されるよりも心が折れる! これ以上の屈辱と無力感はない!」
「老人ホームの入寮費は高額にするといい。それこそ退職金をすべて払うことになるぐらいのな」
「絶望だな……まさにこの世の地獄!」
地獄侯爵は目を輝かせて身を震わせていた。
俺は言う。
「それとあとは長期休暇だな。10日ぐらいの」
「ま、まだあるのか! ……長期休暇? それもまた深いわけがあるんだろうな」
「当然だ。人は長い休みを貰うとどうする?」
「喜ぶのではないか? 遊んだり旅行したりするだろう。……なるほど、その後また地獄での生活に戻り、落差で苦しませる、ということか」
「だいたい合ってるが。――しかし! 人は練習を続けないと忘れる生き物だ。例えば剣士は修練を3日怠ると、取り戻すのに1週間かかるという。職人が10日も休めば、勘を取り戻すのに何ヶ月かかるか! 休み前はできていたことが、休み明けにはまた1から勉強のしなおしになる!」
「おおお! 絶望だな! しかも休暇で楽しんだ後だけに、その落差は計り知れない! まさに、地獄!」
「半年に一度、夏と冬ぐらいにしたらいいだろう。まあ、工芸品の質が落ちるというならやらないほうがいいが」
「いや、我輩は儲けるためにやっているのではない、末長く地獄の苦しみを与えるためにやっておるのだ。――くくくっ、今から楽しみだ」
悪そうにほくそえむ地獄侯爵。
隣に座るセリカが呆れながら微笑んだ。
「さすがケイカさまですわ。そこまで考え付いてしまうなんて」
「まあ、勇者だからな」
「エーデルシュタインよりよくなりそうで羨ましいです」
そう言って少し悲しげに微笑んだ。
俺は無言で彼女の手を取って撫でた。ぎゅっと指を掴んでくる。
地獄侯爵が残忍な笑みを浮かべて顔を上げた。
「来年から実行しようではないか」
俺はまた笑みを浮かべる。
「お。ということは、俺のアイデアは採用だな。たまごを貰おうか」
俺のアイデアと言うより、日本の知識なんだが。そこは伏せておく。
地獄侯爵は急に顔をしかめた。
「確かに、やらない訳にはいかぬな……だが、魔王軍と敵対するのは乗り気がしないな」
「お前ほど強くてもか。魔王は今、動けない状態だから、勝てるかもしれないぞ」
「う~む。それは知っている。しかし、総指揮を取っているのはゲアドルフだろう? 相性が悪いのだ」
「相性?」
「あ奴は死霊術師だからな。我輩の吸血や即死が一切効かん。その上亡霊の手下を無限に生み出す能力を持つ。非常に戦いにくいのだ」
「なるほど。そんな能力を持っていたのか――だったら、安全な場所を紹介する」
「ほう、どこだ?」
「西の山にあるドラゴンダンジョンだ。ダンジョンマスターのドラゴンとは知り合いだ。確か10キロ四方の巨大な階層を持っていたから、環境さえ整えば全員で移り住める」
――しかも、移り住んでもらえれば、階層ボスをゲットしたことになる!
コンクールでさらに上を狙えるだろう。俺にとっては一石二鳥。
ドラゴンだってたまごのためなら協力せざるを得ないはずだ。
地獄侯爵は顎に手を当てて渋い顔をした。
「しかし手下は4000人いるのだぞ? 引っ越すだけでも途方もない手間がかかる」
「城や住居、畑、家畜などはダンジョンの力で用意できるはずだ。ここを放棄するわけではないしな。俺が魔王を倒せば、帰ってこれる」
「なるほど。それがさっき言った安全な場所と食料提供か」
俺は首を振った。黒髪が揺れる。
「いや、食料は違う」
「む? どういうことだ?」
「お前、痩せすぎだが、血が足りてないんじゃないのか? その血を俺が提供する。血を抜いて保存すればいいんだろ?」
「足りていないことはないが……も、もらえるなら少し貰っても良いぞ……だが、勇者がそんなことをしていいのか?」
「勇者だからできるんだ。健康を調べるためと言えば文句は出ない。手始めに俺のケイカ村からだな。その後、問題がなければ王国中の村々でする。技術は教えてくれ」
地獄侯爵は腕を組んで深く考え込んだ。リスクとリターンを考えるのか、赤い瞳に知的な光が灯る。
「…………創世神の作ったダンジョンなら可能か……魔王を倒せる可能性は低いが……あのダンジョンなら復活した魔王でも手が出せない。ここより安全……ならば今のうちからドラゴンと関係を築けば…………うむ、悪くないな」
「交渉成立とみていいか?」
「ああ、少し待っていろ――おい、ムラート。我輩の寝室からたまごをもってこい」
「はい、侯爵さま」
ムラートと呼ばれた執事の妖魔は、丁寧にお辞儀してから、応接室を出て行った。
地獄侯爵は俺を見て言う。
「勇者よ、まだ名前を聞いていなかったな」
「俺はケイカだ」
「ケイカか。より凄まじい地獄を作れそうなアイデア、感謝する。我輩は考え付くのに数十年は掛かっただろう」
「別にかまわないさ」
侯爵がテーブルの上へ手袋をはめた手を伸ばした。
俺はその手を掴んで握手した。
横でセリカが、大きな胸を撫で下ろしていた。
執事がたまごを抱えて帰ってきた。白と黒だけではなく、緑や金色に色付いている。
「侯爵さま、こちらです」
「ご苦労。ケイカに渡してやれ」
「ははっ」
執事が捧げるように俺へ差し出す。
卵を受け取って調べた。ボーリングの玉のように丸い。
「……いろいろ色がついてるな」
「我輩だけが温めろと言われたからな。普通は何かあると思うだろう? 部下達に温めさせて爆発でもしないか調べておったのだ。大変だったがな」
「大変? なにかあったのか?」
「いや、部下や住民がみんなたまごを温めたいと押しかけて大変だったのだ。地獄から抜け出したくて死にたかったようだ。だが、無意味! 無害とわかったときの奴らときたら見ものだったぞ! 打ちひしがれて膝を付き、涙を流しておったわ! ふははっ」
どう考えても爆弾だった時のために侯爵の身代わりになろうと志願したとしか思えないんですけどー。きっと流した涙も、侯爵が無事だという安堵と喜びの涙。
――どんだけ慕われてるんだ、こいつ。
って、そうか! これだけ慕われてるから、魔神格を得たのか!
でも魔神でヴァンパイア。この先どう転ぶかわからないのが怖いところだな。
俺は苦笑しながら、褒めるしかなかった。
「さすが侯爵、慎重だな。何かわかったか?」
「種族や属性で色が付くようだ。魔族が持つと黒くなり、風属性なら緑、火なら赤。土は黄色。光属性が温めると金色になるようだ」
「ほう……ん? ここに光属性がいるのか!?」
「ヴァーヌス教の咎人システムに組み込まれてないからな。むしろ子供を守るために逃げ込んだ家族などもいるぞ――そして地獄から抜け出せなくなるのだ、ふははっ」
「――ッ! 取引成立を祝して、俺の銅像をこの地獄に送りたい」
「それはダメだ。希望を与えるではないか」
「勇者の像があれば、日々希望と絶望を感じられると思わないか?」
「なるほど! 勇者を信じても結局は地獄の暮らしは変わりない! ……ケイカは本当に人々の心を弄ぶアイデアを思いつくな。勇者とは思えぬ悪辣さだ!」
「ふふん、褒められたと思っておく」
俺は不敵に笑った。そして光属性の信者を得られる可能性に内心小躍りした。
ただ、まだ種まき段階。
この地獄の住人の心を掴むには、侯爵と仲良くなることが大切そうだ。
しかし、どうやって仲良くなるか。真祖ヴァンパイアと勇者。水と油だ。
その後、ラピシアにたまごを渡した。
「落とさないようにな」
「うん、しっかり温める!」
ラピシアは細い腕でたまごを抱え込んでニコニコした。
「じゃあ、世話になった。俺はこれから辺境大陸に行くから、移動などの手配は帰ってきてからだな」
「こちらも準備がかかる。また知らせよう。どこに連絡すれば良いのだ?」
「王都のキンメリクの宿か、王都の北に俺が運営に関わっているケイカ村がある」
「ほう。村を?」
「正直、今の段階では侯爵に負けている。……半年後にはここを超えているから見ておけ」
「くくくっ、楽しみだな。ちなみに何年運営したのだ?」
「まだ数ヶ月ってところだ」
「ふんっ! 我輩は90年かけて地獄を作り上げたのだぞ? たった半年で並べるとは思えないがな」
「90年――ッ! いいや、いけるさ。俺なら勝てる」
「言ってくれるな? いいだろう、いつか見せてもらおう。では――」
地獄侯爵はマントを揺らして颯爽と立ち上がった。
セリカが恭しく頭を下げる。
「それでは侯爵さま、失礼いたします。突然の訪問を快く受けていただいてありがとうございました。初めて見た地獄も衝撃的なほどに恐ろしかったですわ」
「うん? ――ふはは、当然だ! 我輩は心が広いからな! また来るが良いぞ、貴様に地獄を見せてやる!」
「はい、侯爵さま」
俺たちも立ち上がる。
ミーニャが黒髪を揺らしてぺこっとおじぎした。
「ごちそうさま」
「たまご、ありがと!」
ラピシアも別れを言って、俺たちは城を出た。
毒の沼地を歩きながらセリカが呟く。
「魔族なのに、とても変わった方でしたわ」
「本人は本気で悪いことしてると思ってるのが、なんともな」
「ふふっ、ケイカさまもがんばってくださいね」
「そうだな。ケイカ村、負けられないな」
地獄を越える環境を作り上げれば、きっと侯爵と関係が深くなり、ここの住人にも勇者として受け入れられるはずだ。
ただ国の制度がいろいろと邪魔だった。
後ろを歩くミーニャが言う。
「あのジュース、柑橘系を3種類混ぜてた。それぞれの味が引き立てあっておいしかった」
「ほう。甘みと酸味が複雑だったのはそういうわけか」
「頑張ってあれ以上のを作ってみせる」
「食文化が発展してるのは、豊かな暮らしの証拠だな。さすが侯爵だ」
「それに、数の減ったはずの獣人がいた。ここに逃げてた」
「そうだな。人や魔族の避難所としても機能していたのかもしれないな」
「いつか、わたくしのく……」
セリカが続きを飲み込んだ。『国も』といおうとしたに違いない。
「任せとけ」
俺はセリカの頭を撫でた。
そうして西にある大河を目指して歩いていく間、なぜだか遊園地帰りのように会話が弾んで止まらなかった。
次話も明日の夜更新予定です。




