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不老不死

かなり日数空いてしまいました。

申し訳ありません。

「やあ、ダーバシュ。久しぶり」

 影の中を抜けて、リリリアを抱えたオワルが顔を出したのは、監査室の棚の影だった。

 書類を片付けていたダーバシュは、驚く事もなく、苦笑いで首を振った。

「相変わらず神出鬼没ですな、監察官殿。それに、ウチの新人とも仲良くしていただいているようで」

 オワルの腕の中で、状況が掴めずにキョロキョロとしているリリリアを見て、ダーバシュは自分も昔はこんなふうに驚いたものだ、と懐かしく思った。

 そっと下ろされた時点で、リリリアはようやく自分の居場所が監査室だと納得したようで、改めてオワルの能力が尋常ではないと混乱していた。

「それで、影を使うほどお急ぎの御用ですか?」

 熱いお茶を淹れながら問うたダーバシュに、オワルは頬をかきながら言う。

「リリィが誘拐されるかもしれない。実行犯が誰かはわからないけど、城から誰かが連れ出して、外にいる人物に引き渡す話になっているらしいけど……受け取り役の連中は“処分”したよ」

「では、一安心ですな」

 落ち着いた雰囲気で話すオワルとダーバシュの様子を見て、リリリアはハラハラと落ち着かなかった。

「そんなにゆっくりしてて大丈夫なんですか? リィフリリー様の身に危険が……そうだ! 皇帝陛下にお伝えしてきます!」

 許可も取らずに駆け出したリリリアを見送り、オワルは見た目にそぐわない、父親のような優しい目をしていた。

「元気だね。若いと、思う」

「私もそう思います。ですが、あれくらい元気でなければ監査室ではやっていけませんよ」

「……長いこと、苦労をかけたね」

 オワルからの労いの言葉に、ダーバシュは目を丸くして驚いた。

「何を言われるのです。歳を食って体力が落なければ、引退なぞしたくはありませんでしたよ。歳はとりたくないものです」

「歳をとらないっていうのも、それはそれで大変なんだぞ?」

「おっと、失言でした」

 狭い部屋に、二人の笑い声が響いた。

「私は、この仕事で誰にも経験できない貴重な日々を過ごすことができました。全ては監察官殿とお会いできたおかげです」

 外の人間に真実は漏らせませんが、孫に語るおとぎ話のタネはできました、とダーバシュは微笑んだ。

 彼が最初にオワルと出会ったのは、ダーバシュがまだ20代の頃だった。血気盛んで直情的だった若い青年の面影は、今も目元や笑い方にはっきり残っていて、オワルはこの数十年を思い出していた。

「私は今日でこの部屋を去ります……が、最後に大仕事をさせていただきましたよ」

「調べがついたようだね。流石は歴代最高の監査室長だね」

 照れるからやめてください、とダーバシュは言って、すっと真面目な顔になり、デスクにまとめて置いていた書類をオワルに手渡した。

 その書類に目を通したオワルは、懐から煙管きせるを取り出した。

 微細な銀細工で装飾を施した吸い口に、飴色に時代がついた羅宇らう(管の部分)は傷一つなくつるりと光っている。

 古臭いマッチで火皿に詰めたタバコに火をつけると、口の端から細い糸を吐き出した。

「彼が黒幕か……。人は見た目によらないというか、こういう人間の裏表は、何百年経ってもわからないね」

「その人間の端くれとしましても、同族は怖いものですよ。それで、監察官殿に動いていただきたいのですが……」

「もちろん。そういう時のために、僕はこの世界にいる」

 オワルは火のついたままの煙管をまるごと飲み込むと、代わりに3センチ程の長さがある、針金状の金属片を二つ吐き出し、テーブルに置いた。

「引退間際に仕事をお願いして悪いけど、これの正体を調べてもらえる?」

「これは……何かの魔導具ですかな?」

「おそらくね。さっき処理した連中の身体の中に埋め込まれてた。彼ら自身は、それの存在を知らなかったけど。ひとつは僕が持っておくから、残り二つで調査をお願いしたい」

 興味深げに魔導具を見ていたダーバシュは、取り出したハンカチに手際よく包み、懐に入れた。

「お任せください」

「ああ、頼んだよ」

 オワルはお茶を飲み干して立ち上がると、そのまま足元にあるテーブルの影に沈んでいった。


★☆★


「なんだか、妙な匂いがするわね」

 イナリ教本部を辞して、城の近くへと戻ってきた魅狐は、皇都では嗅いだことがない匂いに気づいた。

 そっと建物影に隠れると、小さな管狐の姿になり、小さな鼻をヒクヒクと動かす。

「この匂いは……」

 小さな体で人の目に触れないように物陰を選びながら進むと、そこには空き地に放置された馬車が一台。馬は外されてはいるが近くに二頭つながれている。

 街中でよく見る幌付きの小さな馬車で、4人も入ればいっぱいだろう。その馬車本体からの匂いが、魅狐の興味を引いた。

「確か、帝国の北国で咲く花の蜜だったかな? あの蜜がたっぷりかかったパンケーキは最高だったわね。高価なうえに日持ちしないから、皇都まで持って帰れなかったのが残念だったのよね」

 鮮明に思い出したスイーツの味に、口の端から糸を引いた雫が落ちて、魅狐は慌てて前足で擦った。

 人の気配がないのを確認して馬車に近づくと、蜜が取れる花の花弁が車輪に張り付いていた。ほとんど枯れかかってはいたが、独特の匂いは狐の嗅覚にしっかり感じ取れる。

「……こんなところまで、北から来たの?」

 自分がつまらないダジャレを言ったのに一人で赤面しながら馬車の荷台を覗き込むと、そこには人一人がやっとという檻が乗せられていた。

 檻は空ではあるものの、そうそう街中で見かけるものでもない。

 城の近くで檻を積んだ幌馬車。

 胡散臭いものを感じた魅狐は、馬車にちょっとしたイタズラをしてから、急いでオワルと合流するため、管狐の姿のまま城へと走った。


★☆★


 リィフリリーはお気に入りのドレスを着て行きたいと言ったが、オワルと会えるのが城の外で、こっそり会わなくてはならないからなるべく目立たないようにしなければなりません、と城のメイドは説明していた。

「オワル様のお仕事場に行くのではないのですか?」

「マナランテ公爵の使いの方から、城内では何かと気を使うだろうと、城の近くでゆっくりお話できる場を設けたと伺っております。公爵閣下のお気遣いに応えるためにも、ここはお譲りくださいませ」

 そう言われてしまうと、リィフリリーも嫌とは言えない。

 せっかくの機会を、自分の我が儘で無駄にしたくはないので、渋々大人しいデザインの、ちょっと見た目には豪商か中級貴族の令嬢が着るような、シンプルなドレスを着せられた。

 オワルに渡すために書いていた手紙を丁寧に封筒に入れて、ふと見るといつの間にかメイドも城内勤務の装飾が施された制服から、ありふれた地味なメイド服へと着替えていた。

「……もしかして、一緒に来るの?」

「当然です」

 メイドは即答した。

「いくら皇帝のお気に入りの方とはいえ、殿方にお会いになるのにお一人でなどありえません!」

「でも、お迎えの方が来られるということでしたけれど……」

「その方も男性かもしれません。とにかく、リィフリリー様に単独で行動いただくわけには参りません」

 物心ついたころから面倒を見てくれていたメイドだけに、こうなってはどうしようも無い事を知っていたリィフリリーは、まあ仕方がないと諦めた。付いて来ても、本当にいけないこと以外ではじっと見守ってくれるとわかっていたからだ。

 そんな会話をしていると、ドアをノックする音が聞こえた。

 メイドがドアを開けると、騎士であるアレッドンが、スラックスに刺繍の入ったベストという出で立ちで、レイピアだけを腰に提げて立っていた。

「失礼します。マナランテ公爵閣下の命により、殿下をお迎えにあがりました」

 騎士らしい背筋の伸びた凛々しい姿に、メイドは満足して頷いた。

「お待ちしておりました。リィフリリー様のご準備はできております。わたくしも同行いたしますので、よろしくお願いいたします」

「貴女も、ですか? わかりました。彼が先導いたしますので、私は後ろから護衛を務めさせていただきます」

 アレッドンが横にずれると、背後にいた下男が頭を下げた。

「よろしくおねがいいたしますね。オワル様は、もうお待ちなのかしら?」

「は? 私は何も聞いておりませんが……」

 アレッドンはオワルに会いはしたものの、名前は知らなかった。誰かに会わせるという話も聞いていなかったので、後ろにいた下男を見ると、彼は頷いて答えた。

「お待ち合わせの場所に向かわれている事でしょう。どうぞご安心ください」

「まあ、楽しみですわ」

 ニコニコと軽い足取りで部屋を出て行くリィフリリーを追いかけながら、アレッドンは下男にそっと耳打ちした。

「どういう事だ? 誰かとの密会など問題ではないか?」

「大丈夫です。これは皇帝陛下も公爵閣下もご存知の事で、お相手も旧知の間柄の方ですから」

「そう……なのか?」

「些細な事です。それよりも、護衛をしっかりとお願いいたします」

 言い捨てて、先頭に立つために足早に歩き始めた下男を、アレッドンは訝しみながらも追いかけた。


★☆★


「さて、僕はそんな招待は受けていないけどね」

 リィフリリーの部屋を覗き込んでいた“手の目”を引っ込めたオワルは、そのまま城の外壁に貼り付いたまま、これからの動きを考えた。

 ダーバシュの報告書では、公爵が何かを狙って動いており、水面下で皇帝との対立を目指した基盤づくりに動いているのではないか、とされていた。

 それが本当であれば、皇帝の周囲にも気を配らねばならないし、皇帝に会いに行ったリリリアも危険かもしれない。

 だが、このままリィフリリーを見送れば、誘拐されてしまうかもしれない。如何なオワルと言えど、遠く離れた人物を見つけることは難しい。

「残念ながら、分身とかは作れないんだよなぁ」

 また目玉をくっつけておくか、と手のひらに移動した右目を引き抜いたところで、オワルの肩に小さな狐が飛び降りてきた。

「分身はできなくても、私がいるじゃない。オワルの魂の半分は私のモノなのだから、私もオワルの分身……というより、半身ね」

「魅狐か。よくここがわかったな」

「オワルの匂いならどんなに離れてもわかるわ。……ヤモリみたいに壁に張り付いてるとは思わなかったけれど」

 管狐のまま、目を細めてコロコロと笑う。

「それなら、遠慮なくお願いさせてもらおうかな?」

 目玉を右の眼窩に押し込み、オワルは皇帝の方へ行くと言った。

「……いいの?」

「なにが?」

「リリィは、貴方に助けてもらいたいと思うのだけれど」

 心配半分、嫉妬半分の微妙な感情に任せて、戸惑いながらそれを口にした魅狐に、オワルは苦笑いした。

「言いたくないくせに、無理するなよ。あの子は、皇帝の娘としての仕事があるんだ。僕のような妖怪と深く関わるのは、良くない」

「でも……」

「皇帝を助けるのもお仕事だよ。人として義務を果たしてくるから……彼女を頼むよ」

 ずるい、と魅狐はオワルの頬に頭を擦り付けた。

「都合のいい時に人と妖怪の立場を使い分けるのは卑怯よ。女の子と気持ちと向き合うのは、男の子の義務なのよ?」

「男の子って歳じゃないだろう? それに、向き合うのは一人で精一杯だよ」

「……本当に、ずるい言い方をするんだから!」

 魅狐はオワルの耳たぶを軽く噛むと、肩から飛び降りてリィフリリーたちを追いかけて行った。

「しょうがないだろう。人間はすぐに年老いて、僕たちを残して逝ってしまうんだ」

 お前だってわかるだろう。だからお前と一緒にいるんだから、と一人つぶやくと、オワルは近くの窓から城内へと飛び込んだ。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いいたします。

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[一言] “恋愛”と“寿命”が絡む時、締め付けるような、それでいてより輝く、冬の朝みたいな恋模様が素敵っすねぇ
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