表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/44

誘拐

5話目です。

よろしくお願いいたします。

 オワルは自然な仕草で店を覗きながら、リリリアの肩に付けた右目からの映像を頼りにあとを追う。左目と右目で全く違う画像が映るのに混乱しそうになるが、何度もやっているので一応コツは掴んでいた。

 リリリアが向かうのは城であるのは間違い無く、当然正門ではなく職員用の出入り口へ回るだろう。そこからが監査室には近いからだ。

(おそらく、貴族街に入る手前で動くだろうな)

 商店が続くこのエリアは人通りも多い。しかし貴族街の近くは裕福な平民の住宅が多く、日中は人通りが途絶える。備考するのは難しくなるが、無理やり襲って捕まえるのであれば成功率は悪くないだろう。

 城へ向かうルートで大体のあたりをつけたオワルは、路地に入ってからヤモリのようにスルスルと壁を登って、屋根を渡って最短距離で先回りをする。

 右目は相変わらず後ろ向きの映像を送ってくるが、3人の尾行者は商店街の終わりに近づくにつれて距離を縮めてきている。

「それにしても、一度くらい振り向くとかしないかね。このお嬢さんは」

 オワルは笑う。

 右目の視界は肩の揺れに合わせて少し左右に振れているだけで、どこにも寄らず、振り返りも商品を覗き込むような動きも無い。

「話している時もそんな感じだったけど、真面目なお嬢さんなのかね」

 魅狐と昼間の商店街を歩くと、あれが美味しそうだのあの髪飾りが可愛いだのと、ろくに前に進まない事もあるというのに、とオワルは微笑む。

 4階建ての共同住宅の屋上から下を見下ろすと、丁度リリリアが商店エリアを抜けてきたところだった。遅れて、尾行者も出てくる。

 全く警戒をしていないのか、リリリアは視線を正面に向けたままで、当然背後に迫る男たちには気づいていない。

「さて、どうするか」

 折角なので、リリリアがトラブルにどう対応するか見てみる事にしたオワルは、敵が武器を出したらすぐに対応できるように、身構えた。

「お、やるつもりか」

 どうやらリリリアの無防備さに気づいたらしく、男たちは合流して一気に距離を詰めてきた。周囲にも、人はいない。

 右目には迫りくる男たちの姿が移り、一気に袋をかぶせられる瞬間までが見えた。

 その瞬間、リリリアと男の間に何かがボタっと落ちてきた。

「はい、そこまで~」

「う、うわぁっ!」

 右目の無い生首が落ちてきたと思ったら、残った左目を見開いて喋ったものだから、男たちは腰を抜かさんばかりに驚いた。

「えっ? えっ?」

 ようやくリリリアが気づいて振り向くと、その目の前には背中を向けて逃げ出す三人の男と、彼らの前に立ちはだかる、首なしになったオワルの姿が見えた。

 リリリアと男たちの悲鳴が合わさったが、その一瞬あとに男たちはスルスルと伸びてきたオワルの腕に絡め取られ、口を塞がれた。暴れまわってどこからか取り出したナイフを振り回すが、逃れることはできない。

「リリリアくん」

 足元から聞こえたオワルの声に、リリリアが恐る恐る視線を向けると、そこには右目を閉じたオワルの首が転がっていた。

「ひっ……」

「大丈夫、大丈夫」

 オワルはころりと転がってリリリアを正面から見つめる。

「お、オワルさん……?」

「ようやく気づいてくれたね。別に変装しているわけじゃないんだけどね。とりあえず、右目は返してもらうよ」

 ぽとりとリリリアの肩から落ちた目玉は、コロコロと転がって、オワルのポッカリと空いた眼孔に潜り込んだ。

「いや~。やっぱり両目揃ってないと距離感がね」

「あの、これは一体……」

「見ての通りだよ」

 オワルは、少し寂しそうに笑った。

「僕は普通の人間じゃない。監査室は僕と皇帝のつながりを作る事と、僕が誰を処理したかを記録して、城の禁書庫へ保管する仕事だよ。僕がこういう人間だというのは当然秘密だし、これから先、何度も気持ち悪い場面を見る事になると思う。だから、耐えられそうにないなら正直に言って欲しい。皇帝に言って、違う部署に異動できるようにするから」

 オワルの話を聞いて、リリリアは何も言えずにいた。

 目の前で起きている事態がうまく飲み込めていないのかもしれない。喋る生首に蛇のように腕が伸びて大の男三人を一度に締め上げている。

「処理って、殺すって事なんですね……」

「うーん……半分正解かな。ただ殺すのとは、ちょっと違うんだ」

 青ざめた顔をしているリリリアに、途中で目をそらしてもいいからと言って、オワルは器用に振り向いた。

 三人まとめてオワルの両腕に絡み取られていたのを、そのまま持ち上げる。

 足をジタバタさせて、仲間の足を蹴っているのにも気づかないのかお構いなしか、必死で抵抗しているのが見える。

 視界は塞いでいないので、三人とも自分たちが2m程の高さまで持ち上げられていることには気づいているだろう。だからこそ、懸命に逃れようとしているのだろうが。

「この世界にはいないけれど、僕がいたところには“妖怪”という存在がいたんだ。首が伸びたり浮いたり、手のひらに目があったり、空から急に落ちてきたりとかね。いろんな奴がいた」

 持ち上げた男たちを見上げながら、オワルが呟く。

「僕も半分はその妖怪なんだ。元々は人間だけど、小さい時に狐の妖怪に取り憑かれてからずっと、ずっと妖怪と人間の中間として生きてきた。最初は人間を食べたくなくて他の妖怪を食べていたら、すっかり妖怪の部分が増えてしまったけれど」

 オワルの身体の真上まで男たちが運ばれてきた。腕が止まると、花が開くように首の所から上半身がわかれていく。

 肉の色が見えて、ズラリと並んだ不揃いな大きさの牙がむき出しになる。

 男たちは完全にパニックになって、首を振ってお互いに打ち付け合っている。

「妖怪はね、人が驚いたり怖がったりする感情を食べる奴もいるし、人と同じように動植物を食べる奴もいるけれど……」

 男たちがゆっくり下ろされて行く。

「僕はね、普通の食事をする人間であると同時に、人を喰う妖怪なんだ。人を食って、その血肉によって生きながらえる化物なんだよ」

 今度は逆再生のように上半身が閉じていく。開いた時と違うのは、そこに三人の人間が包まれていくところだ。

迫りくる肉をガシガシと蹴り飛ばすが、無慈悲な口は動きを止めず、間も無くぴったりと閉じた。

「僕ともう一人の妖怪は、200年前にこの国の皇帝と契約を結んだ。僕たちが監察官としてこの国の平和と安定に貢献する事を条件に、僕は僕の判断で犯罪者を食べても良いという契約をね。その時に、自分の子孫や貴族たちも、問題があれば処理して良いと言われたんだ」

 そしてもう一人は、半分妖怪で半分神様だから、彼女の生きる糧となる“信仰”を集める宗教を広める事の許可を得た、とオワルは語った。

 話す間にも、大の大人三人分の体積を包んでいたオワルの身体は、異音を発しながらゆっくりと元の大きさへ戻っていく。

 話を聞きながら呆然と目の前の光景を見ていたリリリアに、オワルは再び向き直った。

「見ていたんだね。……僕たちは年を取らないし寿命も無い。人の社会に溶け込んだようにみせる事はできても、長くは無理だからね。こんな感じで生きているんだよ」

「……ひとつだけ、質問をいいですか?」

「どうぞ」

 リリリアの目が、しっかりとオワルの首を見つめた。

「今まで、罪を犯した人以外を食べたことはありますか?」

「無いよ。……と言いたいけれど、僕も万能じゃない。食べれば一応記憶は読めるし、犯した罪に程度の差はあれ、無実の人間を食べたつもりはない」

 しばらく視線を合わせていると、リリリアが突然吹き出した。

「ぷっ……あはははっ!」

「だ、大丈夫?」

「ごめんなさい、大丈夫です」

 目尻の涙を指先で拭いながら、リリリアは居住まいをただした。

「色々考えているうちに、自分が生首と話している状況が、なんだか可笑しくなってきちゃって」

「なんだ、ショックを受けすぎて変になっちゃったかと思って焦ったよ」

「ひどい言われようですね」

 オロオロした表情からホッとした顔にとコロコロ変わるオワルを見て、リリリアはすっかり落ち着きを取り戻していた。

「オワルさん」

「うん」

「私には、小さい時に仲良くしてくれてた近所のお兄ちゃんが、冤罪で連れて行かれて、結局帰ってこなかった経験があります」

 運動には自身がなかったので兵士にはなれないと思ったリリリアは、一生懸命勉強して、ようやく試験に合格して文官になれたという。

「今思えば、小さい時の記憶だからお兄ちゃんが冤罪だったかもハッキリはわかりません。周りの大人がそう言っていたというだけですから……でも、私は信じていました。大人になるにつれて、理由がはっきりわからないまま犯罪者にされる事が多いと知ったから、文官になって法を守る立場になったら、そういう人たちを救いたいと思ったんです」

 だから、とリリリアは頭を下げた。

「オワルさんのお仕事を手伝わせてください!」

 オワルの体が歩いて来ると、頭を拾ってからしっかりと首に据え付けた。

「リリリアくん。顔をあげて」

 右手を差し出して、リリリアを立たせたオワルは、への字口をモニョモニョと恥ずかしそうに歪めた。

「その……ありがとう。これからよろしく」

「はい! よろしくおねがいします!」

「それでね、これからの仕事なんだけど……」

 オワルは、今喰らった三人の記憶の中に、不穏な情報がある事に気づいていた。

「さっきの連中、君を攫って始末してから、リィフリリー皇女を誘拐するつもりだったみたい」

「始末って……」

 自分が如何に危ない状況だったかに改めて意識が向いて、リリリアは青ざめた。

「でも、悪い人たちはいなくなりましたから、もう大丈夫ですね!」

 空元気を出して声を張るリリリアに、オワルは首を振った。

「いや、城から連れ出す実行犯は、別にいるらしい」

 そして、男たちは実行犯の内容を知らされていなかった。

「城へ急ごう。ちょっと失礼」

 一言断りを入れてから、オワルはリリリアをヒョイと抱え上げた。

「舌を噛まないように気をつけて、目をつぶっていてね」

「えっ?」

 返事を待たず、オワルは地面に広がる建物の影に飛び込んだ。


★☆★


 アレッドンはまだ17歳だが、剣の技量と貴族なりの正義感から将来を有望視された若手騎士だった。

 騎士学校を上位の成績で卒業し、部隊に配属される前の研修として、兵士たちと共に治安維持の為の巡回を行っていた。その際にオワルを発見。捕縛したのである。

 少女を連れた明らかに怪しい男だと思ったアレッドンは、翌日には尋問できっちり罪を吐かせるつもりでいたのだが、意気揚々と出仕したところで、上役から注意を受ける羽目になった。

 何故か詳しい説明はされなかったが、どうも捕まえた男は触れてはいけない相手だったらしい。

「兵士どもも俺に従ったではないか! 俺が何か悪いことをしたというのか!」

 兵たちが制止した事も忘れ、城内の騎士団詰所にある訓練所で、アレッドンは怒りに任せて剣を振り回していた。

 剣の技量と伯爵家次男という身分から、兵士たちを見下したところがあり、他の騎士とも折り合いが悪かった事から、アレッドンを慰めようとする者はいない。

「騎士アレッドン様」

 いつの間にか訓練所に入って来ていたらしい城の下男が、アレッドンの背後から声をかけた。

「なんだ!」

 怒鳴りつけるような返事に、下男は頭を下げ、自分はあるお方の命に従ってアレッドンを呼びに来たのだと言った。

「俺を? 一体誰が?」

「私はそこまで言える権限を持っておりません。ただ、やんごとなき御方であるとだけお伝えできます」

 城内でそのような言われ方をするのは、皇帝かそれに連なる何者かしかいない。

 だが、そういう身分の人物から呼び出される理由が思い当たらない。何しろ、先ほど叱責に近い注意を受けたばかりの身なのだ。

「……城内で、嘘を言うまいな」

 下男は答えない。

 このまま無視して、本当に皇帝やその親類からの呼び出しであったなら取り返しのつかない失態。下手をすれば罪に問われかねない。

「……案内しろ」

「こちらへ」

 そうして案内された部屋にいた人物を見て、アレッドンは平伏せんばかりの勢いで跪いた。

「そんなにかしこまらくても大丈夫だよ、アレッドン君」

「と、とんでもございません」

 入ってきたときまでは胸を張っていたくせに、自分の顔をみた途端に震えてすら見えるアレッドンに、思わず笑いが漏れる。

「いいから、楽にしてくれたまえ。私が君にお願いする立場なのだから」

「お願いなど……何でもお申し付けください!」

「良い返事だね」

 フフッと不敵に笑い、アレッドンへ向けて命令が下る。

「なに、簡単なことだよ。急な話だが、今日の午後にリィフリリー皇女がお忍びで外出されるからね。君をここへ連れてきた下男と共に、彼女の護衛を頼みたい。これは君の名誉挽回の機会にするといい」

「はっ! 誠心誠意、努めさせていただきます!」

「頼むよ。ああ、お忍びだから鎧は脱いで、目立たない服に着替えてくるといい。準備が出来たら、お姫様を迎えに行ってほしい。もちろん、これは極秘任務だから誰にも話さないように」

「了解いたしました!」

 失礼します、と急いで準備に向かったアレッドンを見送り、室内に残った下男に目配せをする。

「わかっているな。彼の顔を使って城から出たら、彼は殺していい。リリィの身柄は私の屋敷で例の奴らに引き渡せ」

 命令を受けた下男は、流麗な動作で頭を下げた。

「かしこまりました、公爵様」

 よろしい、とディナイラーは満足げに頷いた。

お読みいただきましてありがとうございます。

連載中作品の同時更新2日連続できました。

明日からは仕事が始まりますので、マイペース更新になります。

次回もよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ