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別行動

よろしくお願いします。

「巫女様、番所の兵が戻ってまいりました」

 シスターに廊下から声をかけられたルーナマリーがそのまま通すように命じると、兵士は恐る恐ると簡易牢の前まで進み出てきた。

「お、お待たせいたしました」

「許可は得られましたね?」

「も、もちろんです! すぐに釈放させていただきます!」

 牢に駆け寄った兵は、焦ってしまってもどかしい手つきで何度も鍵穴に差し損ね、ようやく扉が開かれた。

 扉から魅狐が先に出て、オワルが後に続こうとすると、あっさりと扉が閉じられ、再び施錠されてしまった。

「あれ?」

 コテンと首をかしげるオワルにルーナマリーが右手を口に添えてせせら笑う。

「わたくしが釈放を申請したのは魅狐様だけですわ。貴方はもう少しここで反省なさいな」

 オワルが兵を見ると、申し訳なさそうな顔をして目線をそらした。どうやら本当らしい。

「仕方ないわねぇ。オワル、教本部に行ってマリーと話してくるから、後でお城で会いましょう」

「はぁ……わかったよ」

 魅狐とルーナマリーが出て行くと、兵士も簡易牢の部屋を出ていった。

「やれやれ」

 完全に一人ぼっちになったオワルは、何だか馬鹿馬鹿しくなってきた。

 チラリと目をやった格子の隙間は約10センチ。オワルなら楽に通れる。

 壁の上部にある小窓を使えば、楽に出られるだろう。

「どうせ誤認逮捕だし……」

 悪い方向に考えが向かったあたりで、ヒールを履いた誰かが歩いてくる足音が聞こえてきた。

「失礼します」

 新たな来客はまだ若い女性だった。栗色の髪に気の強そうな赤い瞳をして、何やら焦っている様子。

 さっと部屋を見回してオワルと目が合うと、つかつかと牢の扉の前に立った。

「皇帝陛下の命により、お迎えにあがりました」

「君は?」

「本日より監査室に配属となりました、リリリア・スバンシーと申します」

 綺麗なお辞儀をされて、オワルも思わず頭を下げた。

「あ、どうも」

「その、それでですね……」

 リリリアと名乗った女性は、もじもじと何か言いたげにオワルを見ていた。

「えっと、どうしたの?」

「あの……貴方は何者なのでしょうか?」


★☆★


 イナリ教本部は皇都内でも王城に近い場所にあり、かなり遠くからでもわかる程大きな建物だ。

 建物そのものは窓がズラリと並んだ荘厳な庁舎のような建物だが、敷地入口から建物の大扉まで並ぶ鳥居が、独特の雰囲気を醸し出していた。

 毎日多くのシスターや信者が出入りしており、鳥居の周辺は一般開放された公園として信者以外でも自由に利用できる憩いの場となっている。

 その建物の中、最上階は教会組織のトップである巫女と宮司長が共用している執務室がある。

「これは魅狐様。お久しゅうございます」

 巫女であるルーナマリーに連れられて訪れた魅狐を、スキンヘッドの宮司長はにこやかに出迎えた。

 すぐにお茶とお菓子を用意させる手際の良さから、予め連絡が行っていたのだろうと思われる。

「マデッバン、久しぶりね」

 魅狐に挨拶されて、マデッバン宮司長も嬉しそうに微笑む。彼は筋肉質で厳つい顔つきではあるものの、人懐こい笑顔を見せる。

「それで、ここまで連れてきたということは、何か話があるんでしょう?」

 ほうじ茶に近い味がするお茶をすすりながら、魅狐は目の前に並んだルーナマリーとマデッバンに目を向けた。

「流石に、魅狐様の目が誤魔化せませんわね」

「実は、北西部のある貴族領から、イナリ教徒が締め出されつつありまして……」

 ハゲ頭にハンカチを当てて汗を拭き取りながら、マデッバンは申し訳なさそうに報告する。

「北西部……ひょっとしてミヅディル辺境伯領かしら?」

 魅狐の言葉に、二人は揃って驚きの顔を見せた。

「そんな顔しなくてもいいわよ。皇帝の所でその領地の話が出たから、もしかしたらと思っただけ」

「左様でございましたか……」

「それで、具体的にどういう状況なの?」

 ルーナマリーとマデッバンの説明によると、国内どこの街にも複数はある神社だが、ミヅディル辺境伯領にある神社だけが、突然辺境伯から莫大な営業権料を請求されているそうだ。

 他の貴族領地でそういった税金を請求された試しがなく、また、辺境伯領内にある他の宗教施設にはそういった請求はされていないらしく、完全にイナリ教を狙い撃ちした言いがかりらしい。

「なるほどねぇ……」

「営業権等に関する税金は各領地にて判断することになっておりますので、皇帝に申し立てをするのも難しく……」

「これといって手立てがございませんので、伯爵領の信者の方々には申し訳ないのですが、一時的にシスターたちを本部へ戻そうかと考えておりました……」

 二人の口から語られる状況に、魅狐は腕を組んで考える。

「……状況はわかった。どうせミヅディル辺境伯領へは行く予定だったから、調査ついでにシスターたちの保護もしてあげる。状況もその子達から確認するわ」

「おお……」

「感謝致します、魅狐様」

「いいからいいから。これも信仰を集めてくれているあなた達へのお礼だから」

 深々と頭を下げるルーナマリーたちを宥めつつ、魅狐は嫌な予感を覚えていた。日本で何度か感じた事がある、災厄の臭いとでも言うべき予感を。


★☆★


 リリリアと連れ立って、オワルはのんびりと城まで歩いていた。馬にも乗れるし馬車を使うくらい何の問題も無いほどお金はあるが、町の様子を見ながら歩くのが好きだから、とリリリアに説明して付き合ってもらった。

 城下町には食料品や日用品を扱う店が並び、若い男女が荷物を抱えて忙しそうに駆け回っている。中には天秤棒を担いだ行商などもおり、良く通る声で魚やキノコなどを売り歩いていた。

 そんな街の光景を、上機嫌で眺めているオワルに、リリリアが恐る恐る声をかけた。

「あの、オワルさんは監察官ということでしたけれど、一体どういうお仕事なんでしょうか?」

「そうだねぇ……掻い摘んでいうと、皇帝の一族や貴族を含めて、この国の法を破ったと思われる相手を調査して、クロだと判断したら独断で処罰する仕事……乱暴だけど、こんな感じかな?」

「処罰? 治安維持の兵でもないのに、逮捕できるんですか?」

「逮捕はできないよ」

 目の前に、見知った茶店が開いているのを見つけて、オワルはリリリアの手をとった。

「ここは美味い団子が食べられるんだ。話が長くなりそうだから、寄り道していこう」

 男性と手をつなぐのは初めてだったが、不思議と目の前の青年を男だと意識することなく、引かれるままについていったリリリア。

促されてテーブルに着くと、オワルはさっさと団子と番茶を頼んでいた。リリリアも同じものを注文する。

「逮捕ができないと、処罰はできないんじゃないですか? 兵士を動かして捕まえるとかですか?」

「ん~。僕には軍に対する指揮権は無いよ。貴族でも無いし、あくまで帝国の一機関の役人だからね」

「それじゃ、一体どうやって……」

 言いかけたところで、団子とお茶のセットが置かれた。

「まあ、それはそのうちね」

 たまにこれが無性に食べたくなるんだよね、と言いながら、ニコニコと団子にかじりつくオワルに、リリリアは先行きが不安だと思いながらお茶を飲んだ。

「ありゃっ?!」

「どうしました?」

 急に右目を押さえて声を上げたオワルは、苦笑いを浮かべた。

「いや~。どうもさっきの番所で落し物をしたみたいだ。悪いけど、先に監査室へ戻っていてくれるかな。後で行くから」

 お金は払っておくから、とオワルは恥ずかしそうに目を細めて笑いながら、急かすようにリリリアの肩を押して店から押し出す。

「じゃあ、お待ちしていますから」

 と、首をかしげながらも城へと戻っていく彼女の肩の後ろには、いつの間にか眼球が一つくっついていた。先ほど目を押さえた時に取り出したのだ。

「ふむ……ちゃんと見えるな。お姉さん、お代ここに置いていくね。お釣りはいらないよ」

 多めのお金を置き、オワルはそそくさと店をあとにすると、素早く路地へと入り込み壁に寄りかかると腕を組んでまぶたを閉じた。

 リリリアに取り付けた目からの情報がクッキリと見える。

 注意深く周囲を確認すると、さりげなくリリリアの方を確認しながら彼女の後ろをついてくる男の姿が複数確認できた。

「3人か。一人は大きな袋のような物を担いでいるあたり、誘拐でも狙っているのかな? 理由は……直接・・確認するとしよう」

 牢を出たあたりから、尾行されているような気がしていたので、団子を食べたいと行って動きを確認しようとしたが、見つけきれなかった。

「しかし、どうしようかなあ……」

 いずれ話さなければならないとは思いつつも、茶屋ではごまかした“オワルの正体”について、目の前で見せられたらリリリアもオワルを化物だと思うだろう。

 折角監査室へと配属された彼女に怯えられてしまうのも、仕方がないとは思いつつも、やはり寂しいとも感じる。

(うまく乗り越えてほしい、というのは、僕のワガママなのかなぁ)

 眼球が無くなってポッカリと穴が空いた右目を隠すように前髪を下ろして、オワルは路地を出てリリリアとその尾行者を追った。


★☆★


 城内、最上階から数フロアは皇帝一家の居室となっていて、使用人の中でも特に限られた者しか踏み入ることができない、プライベートエリアとなっている。

 その一室、第三皇女リィフリリーの部屋は、扉の外側から室内まで白を基調とした明るく清潔な色合いで統一されている。

 この部屋の主、リィフリリーは今、机に向かって教育係から渡されていた教材を読んでいた。行儀作法がびっちりと書かれた書類を、真面目に読みつつも表情はつまらなそうだ。

 部屋の隅に控えている侍女が、それとなくリィフリリーを見ている。

 不意に、ノックの音がする。

「リリィ、ちょっといいかな?」

「ディナイラー叔父様?」

 リィフリリーが目配せすると、侍女は優雅な動きでドアを開き、ディナイラーを招き入れた。

「どうかなさいましたか?」

「ちょっと情報が入ったから、耳に入れておこうと思ってね。勉強の邪魔だったかな?」

 目ざとく机の上の書類を見つけたディナイラーに、首を振ったリィフリリー。

「構いませんわ」

 ともすれば冷たく見える青い瞳ながら、愛らしい笑顔を見せるリィフリリーは母親譲りの銀の髪を揺らして立ち上がり、叔父と共にソファへと移動する。

「情報というと、オワル様のことですか?」

 期待を込めた目を向けられ、ディナイラーは肩をすくめた。

「その通りだけど、そんなに大ニュースじゃないよ」

「どんな小さな事でも構いませんわ。もう何ヶ月もオワル様とお会いしておりませんもの!」

 正体を知らないとはいえ、どうしてこんなに彼を気に入ったのやら、と女性人気に関しては自信があったディナイラーは乾いた笑いを漏らした。

 15歳になる彼女は、オワルとは小さい頃に何度か遊んでもらったことがあり、それから年に二度程だが、会うたびに色々と遠方の話を聞かせてもらうのを楽しみにしていた。父である皇帝が気になる男性はいるかとそれとなく尋ねた時も、迷わずオワルの名前を口にして、皇帝を困らせている。

 オワルの方からすれば、これまで多くであってきた皇帝の血縁の一人に過ぎないようだが。

「実は、彼が所属する監査室の担当が今日で交代になるそうなんだ。おそらく、彼も今日は城へ出てくるんじゃないかと思ってね」

「本当ですか!? あ、でもリリィは監査室へ入ってはいけないと言われていますわ……」

 ションボリと視線を落としたリィフリリーに、ディナイラーは優しく微笑みかけた。

「今日は大丈夫だよ。兄さんからも許可を取れたからね。大人しくここで勉強しているなら、彼が来た時に、迎えの者がここへ呼びに来るようにするからね」

「よろしいのですか? ありがとうございます、叔父様! お父様にもお礼を言わないと……」

「それなら、私が代わりに伝えておくよ。また今から打ち合わせがあるからね。それよりも今はちゃんと予習するように」

 そろそろ行かなくては、と立ち上がったディナイラー。リィフリリーはドアの外まで澪送ると、気兼ねなくオワルと話す時間が取れるようにと再び勉強へと向かう。

「楽しみですわね」

 だらしない格好に眠たげな目をした青年の姿を思い出して、心を弾ませて微笑んだ。

お読みいただきましてありがとうございます。

もう一つの連載と同時更新しました。

良かったらそちらもお願いいたします。

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