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不穏・不平等

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願い申し上げます。

 イナリ教はフューミー帝国にいくつか存在する宗教の中でも特に勢力が強く、帝国中枢とも強いつながりがある。

その教義の中身は開祖である魅狐が設定した適当な神道もどきで、なんちゃって神の御使いな妖狐である魅狐の半端な知識で適当な組織を作って放置したら、いつの間にか大組織になってしまったという。表向き開祖は亡くなったことになっているが、当然組織の上層部は魅狐の事を把握している。

 男系女系で別系統になっている組織で、男系トップは宮司長でその下に各神社を守る神主、禰宜、見習い。女系として巫女を頂点として上からハイシスター、シスター、見習いと続く。名称が滅茶苦茶になっていて、巫女装束の女の子達が“シスター”と呼ばれているのを見るたびに、オワルは微妙な気持ちになっていた。魅狐としては稲荷信仰が広まるなら、呼び方は別にいいらしい。 

 現在のイナリ教トップの巫女はルーナマリーという高位貴族出身の女性で、年齢は不詳とされているが、見た目は20代後半といった若々しい姿をしている。180センチを超える長身にスラっとした細身の女性で、黒色に金刺繍を施した袴を含む特殊な巫女服を着た姿で、通常は本部内の質素な居住スペースで生活している。

 そんな有名人が早朝から数名のシスターを引き連れて、いきなり小さな番所へ乗り込んできたものだから、当直していた二人の兵士はルーナマリーの名乗りを聞いて、眠気が吹き飛ぶ程驚いた。

「魅狐様をお迎えに参りました。早くあの御方を釈放なさい」

「い、いやその……」

 当然、国家の警察機関がお偉いさんとはいえ一宗教の命令にはいそうですか従うわけにはいかない。

「私どもの一存では……」

「では、責任者に今すぐ連絡をとりなさい!」

 ルーナマリーは、しめ縄のような飾りをつけた六尺棒をガツンと床に叩きつけた。

「は、はいぃ!」

 すっかり萎縮した兵士は、一人がすぐさま城へ向かって駆け出した。

「失礼しますよ」

 ずかずかと奥の牢へと進むルーナマリー達を、兵士は止めようもなく見送った。

「……やっぱりあの二人は、先輩から申し送りのあった捕縛不可対象だったんだ……」

 彼らを捕らえるように命じた騎士アレッドンがどういう目にあうのか、知りたいような知りたくないような、ポツンと残された兵士は、複雑な気持ちだった。


★☆★


 初日にとんでもない部署に飛ばされた事を知って、二日目のリリリアの足取りは非常に重かった。

 そして、これからの事を考えるとさらに目の前が暗くなる。

 デスクが一つしか無い理由を聞いて、帰ってきた答えが、

「ここは一人が基本だから。明日で私は引退するからね」

 とダーバシュがさらに仰天発言をした。上司だと思ったら前任者だったのだ。

 そして、今日は出勤してすぐにダーバシュは所要があると出ていき、リリリアには午前中のうちに皇帝に会って顔合わせをしてこいというのだ。

 何でも、業務上皇帝に謁見を求める機会は多く、しかも内容によっては一対一で報告をする事も少なくないのだという。

「一介の宿屋の娘が、皇帝陛下に謁見とは……」

 昨日は折角通った文官試験を無駄にしたくなく、同期の貴族のボンボンたちに馬鹿にされたくない一心で契約書にサインをしたが、一晩経ったら早まったかもしれないという気持ちになっていた。

 そんな事を考えているうちに、皇帝の執務室の前にある、秘書室へとたどり着いた。皇帝への謁見は、まず秘書室にお伺いを立て、予定を決めて再訪するのが手順だと聞いている。

 皇帝はもちろん、秘書たちもエリート中のエリート。大先輩にあたる。顔を合わせた途端に何を言われるかわからない、とリリリアはドアの前で深呼吸をした。

「おや、君は昨日の」

 廊下を歩いてきたのは、昨日監査室への道を教えてくれた紳士だった。後ろに文官らしい人物と鎧を着た騎士を二名ずつ従えている。

「あ、昨日のダンディなおじ様……」

 言ってしまってから慌てて謝るリリリアに、紳士は笑い声を上げた。

「ははっ。いやいや、君のように若い子にそう言ってもらえると嬉しいね。妻に自慢できるよ。ところで、秘書室に何か用かね?」

「実は、監査室の仕事として皇帝陛下への謁見を申請するように言われまして」

「ふむ……」

 何かを考えるような仕草をしてから、ニッコリと人好きのする微笑みを浮かべる。

「ちょっと待っていてもらえるかな?」

 はぁ、とリリリアが返事をするのに、悪いようにはしない、と秘書室に一人で入っていった。

 どうしていいかわからずに言われた通りに廊下で待っていると、間も無く紳士は戻ってきた。

「準備できたよ。行こうか」

「えっ?」

「今すぐ、皇帝陛下に会えるから」

 リリリアは、一瞬自分の耳を疑った。

「えええっ!?」


★☆★


「ああ、魅狐様! このような所でなんとおいたわしい……」

 簡易牢でオワルを敷布団にしてクゥクゥ寝息を立てていた魅狐を見て、ルーナマリーはよよよ、と古臭い芝居がかった仕草で崩折れた。引き連れていたシスターたちには、通路で待つように言ってある。

「……布団にされてる僕については何かないの?」

 起きていた、というより眠らないオワルは、そんなルーナマリーをジト目で見ていた。

「ぺっ」

 本当に唾を吐いたルーナマリーに、オワルは本心から顔をしかめた。美人がやることじゃない。

「気安くわたくしに話しかけないでくださいまし。それよりも、魅狐様をこんな所に閉じ込めるとは、貴方がついていながら何をやっていたのです」

 格子の隙間から六尺棒を突っ込み、オワルの頬をグリグリと押さえながら話すルーナマリー。

「やめろっ。まったく、どう魔改造したら大幣おおぬさが六尺棒の武器になるんだよ……」

「これは、魅狐様が“こうしたら面白い”とおっしゃってくださった大切な物なのです。ケチを付ける事は許しません」

 見た目と裏腹に結構な力で棒をグリグリするルーナマリーに、それは遊ばれただけでは、とオワルは思ったが、口には出さない事にした。更に怒らせても面倒なだけだからだ。

「むぅ……ああ、何か聞いた声だと思ったらマリーじゃない」

 ようやく目を覚ました魅狐に、ルーナマリーは格子にしがみついた。鼻息が荒い。

「魅狐様!」

「どうしたの、マリー」

 魅狐はオワルの膝の上に座り、髪を梳かしながら、機嫌よく尋ねる。

「魅狐様が拘束されたと聞きまして、お迎えに伺いました。遅くなりまして大変申し訳ございません。このような所で開祖たる魅狐様を一晩過ごさせるとは、わたくしは、わたくしは……!」

 ガツン、と六尺棒を床に叩きつけた。

「すぐにこのような仕打ちをした騎士を叩き殺して参ります!」

「待って待って! 私は大丈夫だから、騒ぎになると困るから!」

 慌てて魅狐が止めると、ルーナマリーは六尺棒を落としてメソメソと泣き始めた。

「ああ、魅狐様。神の御使いであらせられながら、下賎な人の子に対してなんと慈悲深い……」

「めんどくさい巫女さんだなぁ」

「あ?」

 オワルがポロッとつぶやくと、一瞬で涙が消え、ルーナマリーの視線が刺さる。

「ルーナマリー!」

「も、申し訳ございません」

 ルーナマリーは、幼い頃から魅狐と交流があり、ある出来事から魅狐の存在に強く傾倒するようになった経緯があり、魅狐がオワルと共に大陸をあちこち移動する事に最も強く、現在進行形でも反対している。

 それでも自分離れをして欲しいことと、やはりオワルの事を中心に考える魅狐としては、成長して欲しいという意味も込めてなるべく本部に顔を出さないようにしていたのだが。

「どうも逆効果だったみたいね」

「たまには顔を出してきたら?」

「……そうするわ」

 オワルと魅狐が、まるで夫婦のように会話をすることも気に入らないらしく、ルーナマリーは相変わらずオワルを睨んでいる。

「どうしろと……」

 ぼやくオワルをなだめ、魅狐が状況を確認すると、誰か騎士以上の者の許可が無いと開放してもらえないらしく、すぐに開けさせるようにルーナマリーが圧力をかけているらしい。

「ここを出たら、城に行くついでに皇帝にお礼をしないとなぁ」

 城へは走っても15分はかかる距離なので、まだしばらく待たされるだろうと思ったオワルは再び横になった。

 見ると、魅狐とルーナマリーは久しぶりの再会で会話が弾んでいるようだ。

 さっき怒られたばかりなのが嘘のように楽しそうで、その切り替えの早さにオワルは何百年生きても、女の気持ちはわからない、と思った。


★☆★


 促されるままにリリリアが入ったのは、謁見の間ではなく皇帝の執務室だった。

 重厚な机や椅子はもちろん、調度品も国内最高クラスの物を設え、息抜きの為のバーカウンターやマッサージルーム、隣接のバスルームなど、全て専門の人員が24時間体制で皇帝の要望を叶えるためだけに待機している。

 予算削減のために縮小する案もあるにはあったが、貴族や裕福な平民たちの就職先としても一定の人数を必要とする上に箔がつくポストはそうそう削れるものでもなかった。

 皇帝としても、どちらかというと気を使って利用するので、本末転倒でもあったが。

「こ、こここ、ここは……」

 案内された先が皇帝執務室だと聞かされ、しかも室内に入ると目の前では皇帝が何かの書類に目を通している。

 本物の皇帝を初めてみたリリリアは、口がうまく回らない。

「ああ、ディーンか。悪いがちょっと手が離せん」

「気にしなくていいですよ、兄さん。待たせてもらいますから」

「に、兄さんって……」

 リリリアは、先ほどの気安すぎる会話を聞いて、まさか、と隣の男性を見上げた。

「ああ、言ってなかったね。私はディナイラー・フューミー・マナランテ。マナランテ公爵家の当主で、あそこで一生懸命書類に向かっているオジサンの弟だよ」

「聞こえておるぞ」

 お前もいい年だろうが、と皇帝は書類から目もはなさない。

「こ、公爵様……」

「公的な場でなければ、ディーンと呼んでもらったほうが嬉しいね。さあ、折角だから良い酒でももらおうか。たまには利用しないともったいない」

 あれよあれよとバーカウンターに案内され、流石に勤務中なので酒は遠慮してミルクをチビチビ飲んでいると、仕事が一段落した皇帝がやってきて、ディナイラーの隣に座って薄い水割りを作らせた。

「で、午前中から若い女を連れてどうした。嫁に殺されるぞ」

「やだなぁ。彼女は皇帝陛下に用があって来たというから、連れてきたんですよ。私にも一応関係あるお話でしたからね」

「ほう?」

「彼女が新しく監査室担当になるそうです。聞いているでしょう?」

 水割りを置いて、皇帝はそういえば、と頷いた。

「そういえばダーバシュが昨日、退任の挨拶に来ておったな。そうか、お主がスバンシーか。ずいぶん優秀な成績で試験を通過したようじゃな」

「……」

 同じ席に座っているのにそのままでいいのか、すぐに床に平伏しないといけないのではないのか、話しかけられても直言はまずいのではないのか、そういえば皇帝の為の飲み物を飲んでしまった、とリリリアは硬直してしまった。

「ああ、ほら兄さんは顔が厳ついから、そんなに睨むと若い女の子は怖がるんですよ。ここは私が連れてきたのだから、君は気にせず直接話して大丈夫だから」

「は、はい。申し訳ありません!」

 リリリアは慌ててスツールから降りると、文官の挨拶として研修で教わったお辞儀をする。

「お初にお目にかかります、陛下。リリリア・スバンシーと申します。本日付で監査室勤務となりましたので、ご挨拶に参上いたしました」

「よろしい。監査室は非常に特殊な部署じゃ。大変だとは思うが、よろしく頼む。なに、ちょっと面倒な国の機密を扱うだけだからな」

「あの御方の事は、ちょっと面倒どころじゃないと思いますけどね」

「あの御方……? 監査室は、私一人の部署と伺っておりますが……」

「ああ、部署としては一人じゃな。詳しくはあの御方ご本人から聞くといい。丁度、お会いする機会ができたからのう」

 そう言うと、皇帝は一枚の紙をリリリアに手渡した。

「釈放命令書……?」

 皇帝の署名が入った書類だが、そこには昨夜留置した男女二人を釈放する命令が書かれているが、肝心の対象者の氏名が入っていない。

「気になるだろうが、それで充分じゃ」

 何かの間違いで、“あの御方”と呼ばれる人物が城下町の番所に捕まっているらしい。まずは身元引受をして、直接話を聞くようにとの事だった。

 よくわからないリリリアだったが、皇帝の命令に対してできないとは言えない。

「畏まりました。すぐに向かいます」

 ごちそうさまでした、とバーテンダーにお礼を言い、ディナイラーにも丁寧にお辞儀をして、リリリアは緊張の面持ちで退室していった。

「初々しいですねぇ。それにしても、どうして新任の彼女が監査室に?」

「……城の中に、監査室とオワル様の存在を良く思っていない連中がいるということじゃな。あえて平民を充てる事で、オワル様の存在を下げたつもりになっているのじゃろう」

「何を馬鹿なことを……今この国があるのが誰のお陰だと思っているのでしょうね」

 やれやれ、と首をふるディナイラーは、新しいカクテルを頼んだ。

「少なくとも、過去の英雄は不要だと思っている貴族が一定量居るのは確かじゃな。それで、ディーンは何の用で来たんじゃ? まさか若い女にフラフラ着いてきたわけでもあるまい」

「私は妻一筋ですよ。愛人すらいないのは、兄さんも知っているでしょうに」

 爽やかな笑みを浮かべたものの、すぐに真顔になったディナイラーは、バーテンダーに少し離れるように言うと、声をひそめて言った。

「フロンドーン伯爵領の動きが妙です。正確には、備蓄可能な食料と武器が細かく分散して方々から少しずつ領地に集められています。非正規に兵を増やしているらしい情報もあります」

「ふむ……フロンドーンといえば、ミヅディル辺境伯の血縁だったな。領地も隣だ」

「そのミヅディルは、可愛い姪の嫁ぎ先候補でもありますからね。今のうちにお伝えしておこうと思いまして」

「そうか……」

 皇帝はオワルに依頼する事が増えたか、と思う。さらに、先ほど出会った元気なお嬢さんに負担がかかるな、と申し訳ない気持ちになった。

 しかし皇帝という自分の立場として、それは表に出すわけにはいかない。

「オワル様に調査をお願いしよう。その間に、万が一の事を考えて準備をする必要がある。ディーン、この件については全権司令官として動いてもらいたい」

 皇帝の依頼に、ディナイラーはスツールを降り、若い頃に入隊した軍で覚えたように踵を合わせて直立した。

「拝命いたしました、閣下。安んじてお任せあれ」

 あとは、オワルの調査次第だが、それについて二人は何も心配していなかった。皇帝にとってもディナイラーにとっても、オワル以上に信頼できる者はいないと確信しているのだから。

お読みいただきましてありがとうございます。

またよろしくお願い申し上げます。

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