激突
19話目です。
よろしくお願いします。
派手な音を立てて、マデッバンの巨体を受け止めた机は大破した。
「痛たたたた……」
宮司庁が殴り飛ばされたのを、イナリ教本部にいたシスターや宮司たちは、怯えた様子で遠巻きに見ていた。
「少しは反省しましたか、マデッバン!」
イナリ教シスターのまとめ役であるルーナマリーは、振りぬいた拳を振り上げながら叫んだ。
「畏れ多くも魅狐様がお救いなされた少女を、みすみす敵の手に渡してしまうとは……恥を知りなさい!」
怒りにまかせて叫んでいるルーナマリーに、マデッバンは反論しなかった。大蛇騒動で混乱していた状況だったとはいえ、自らが留守を任されていた時の誘拐である。責任を感じないわけにはいかない。
スレンダーな見た目と裏腹に、鍛え上げたルーナマリーの魔力を乗せた拳は、マデッバンの膝を震えさせる程度には強かった。
よろよろと立ちあがったマデッバンは、腫れてきた頬をおさえることもせず、坊主頭をしっかりと下げた。
「申し訳ない。すべてはワシの不行き届きだ」
拳をおろしたルーナマリーは、荒くなっていた息をおさえた。
「……手をあげたことは謝罪いたします。申し訳ありません」
「いや、何も責めを受けないよりは、ずっと良い」
誘拐事件当時は、ほかの宮司やシスターが本部にはいたのだが、彼らに対してはこれといった叱責はされていない。
ルーナマリーの狙いは、責任者であるマデッバンを彼らの目の前で叱責することで治めることであり、マデッバンもそれを理解していた。
怯えながらも、当時の留守役であった宮司たちは、自分の無力さに歯噛みする思いをしていた。彼らの表情にそれを見て取ったマデッバンは、それが嬉しいとさえ思う。
「あの、ルーナマリー様、マデッバン様。皇帝陛下の使いという方が来られているのですが……」
一人のシスターが、おずおずと申告すると、マデッバンとルーナマリーは目を合わせた。
この時点で、彼らは皇帝陛下からの誘拐に関する処罰だと考えていた。
「皇帝陛下から、お礼、ですか……」
「ええ、左様です。今回の大蛇災禍に対する、ルーナマリー様以下イナリ教シスターたちのご活躍を大変喜ばれておりまして、陛下自ら認められた感状をお持ちしました」
使いというのは、パーシーのことだった。
応接へ通されたパーシーは、丁寧な挨拶のあと、懐から袱紗に包まれた書状を取り出すと、封蝋の押されたそれを、ルーナマリーに手渡す。
応接のソファから立ち上がり、膝をついて書状を受け取ったルーナマリーは、パーシーの許可を取り、手早く開封する。
そこに記されていたのは、間違いなく皇帝からの丁寧なお礼であり、イナリ教へは国庫より寄付を行う旨が記されていた。そして、最初から最後まで、皇女誘拐についての記載はない。
「……ありがたく、頂戴いたします」
「パーシー殿、その……皇女殿下の件については、陛下は何か仰られておられなかっただろうか」
ルーナマリーの隣に座っていたマデッバンは、坊主頭に汗をかきながら問うた。
「その件につきましては、皇帝陛下より伝言を承っております」
せき払いをひとつして、パーシーは背筋を伸ばす。
「“此度の皇女誘拐については、城内にて工作が行われたことが判明している。危機に見舞われた帝国皇女リィフリリーおよび帝国騎士アレッドンを保護していただいた点に感謝こそすれ、イナリ教に対し、何らの責任を問うつもりもない。そして、皇女の捜索及び事件捜査は帝国によって行うものとし、皇帝としてこの一件を帝国監察官に一任するものとする。重ねて、協力をお願いする”……以上です」
頭を垂れて、パーシーが語る皇帝の意思を受け、マデッバンとルーナマリーは謝意を告げた。
「一つ、よろしいでしょうか」
「何でしょう」
皇帝の伝言を届けるというのは、誉れも高いが緊張もするのだろう。うっすらと汗をにじませたパーシーに、ルーナマリーが問いかける。
「帝国監察官ということは……オワルさんと、魅狐様が動かれるということでしょうか?」
残念ながら、とパーシーは返答した。
「監察官として、部署に対する指示は行っているでしょう。ですが、私程度ではその実情まで踏み込めるセクションでは無いのです。そのお二人と、シスター・ルーナマリーに親交があり、監察官として勤務しておいでだとご存知だとしても、私にはそのお二人が動いているかどうかすらわからないのです」
実際、パーシーが皇帝からの下知を城の端にある監査室へと届けた際も、そこにいた若い担当者に伝えたのみで、他に監察官と思しき人物を見てすらいないのだ。
パーシーが退室した後、しばらくは室内を沈黙が支配していたが、マデッバンから口を開いた。
「間違いなく、魅狐様とオワル殿が動かれているだろうな。ミヅディル辺境伯領へと行く予定があられるというお話だった。おそらくは、もともとミヅディルで不穏な動きがあり、調査が入る前に例の事件が起きたのではないか?」
「とすると、例の大蛇もミヅディル絡みということかしら?」
揃って考え込んでいたが、不意にルーナマリーがヒールを床に打ち付けるようにして立ち上がった。
「わたくしもミヅディル辺境伯領へ向かいますわ。このまま何もかも魅狐様にお任せするのは、わたくしには甘えとしか思えませんわ」
「どうするつもりだ?」
わかっていても、聞かざるを得ない。
「決まっています。魅狐様のお手伝いに行きます。これはイナリ教の沽券に関わる事態ですわ。黙って結果を待つなど、許されません!」
「責任者が早々皇都を離れるわけにもいくまい。ここは現地の教会の者に任せるべきではないか? 応援を送るのは良いかと思うが……」
「わたくしが行きます。すべては魅狐様のため。そしてイナリ教が人々を守ることを示すためですわ」
失敗した立場であるマデッバンには、それ以上の反論はできなかった。
ルーナマリーに多分の私情が含まれているのは重々承知の上ではあったが、イナリ教の重大事であることには変わりない。
「わかった。だが単独では危険だ。ミヅディル辺境伯領にある教会への応援も兼ねて、何人か連れていってくれないか」
「わかりました。では、留守をお願いいたしますわ」
「こういう言葉を言えた立場ではないのは承知の上だが、任せてくれ」
苦笑いを浮かべるマデッバンに、ルーナマリーは微笑みで答えた。
「あら。魅狐様以外では、貴方を一番信頼しているのですよ。もっとシャキッとしてくださいな」
言い捨てるようにして出ていくルーナマリーを、マデッバンは頭を下げて見送った。
★☆★
ドーナの鑑定能力によれば、針の魔導具はこの世界の技術ではありえない内容が施されているらしい。
「どう考えてもこの世界のモンスターの情報ではない、ヨーロッパ圏に存在する神や悪魔の波動をごちゃまぜにしたような、むちゃくちゃな情報を焼き入れた痕跡がある。少なくとも、あたしが知っている悪魔の情報なんかも含まれているようだし……これ、なんなの?」
「僕も、それが知りたくて調査してるんだけどね」
煙管をくるりと返し、手のひらに灰を落とすと、そのまま吸収する。
「うぇ……それ、身体に悪くないの?」
「今更、混ざりものに気を遣ったりはしないよ。洋の東西を問わず、色々な妖怪や悪魔、神聖を取り込んできたし、殺してきた」
煙管へと新たな煙草を詰める。
「……あたしも、取り込む気?」
「どうして、そう思う?」
「あたしの能力はわかったでしょう? 吸収した者の能力が使えるなら……」
怯えた様子を見せるドーナに、オワルはへの字口をさらにゆがめて、不愉快だ、とつぶやいた。
「僕がまるで見境無く食って回ってるトロールみたいな言い方はやめてくれないか。これでも、人に迷惑をかけたり、僕を襲ってきた奴以外は、希望でもされない限りは喰わないよ」
吐いた煙がゆらゆらと動き、“遺憾”という複雑な形に変わる。
「それ漢字? 読めないんだから、馬鹿にするのはやめてよね」
「これは不満を表す字だよ」
「まったく……ん? 希望して食べられる人なんているの?」
「いたよ。一体……いや、一柱だけ」
その言葉に、ドーナは絶句した。
ギリシア神話など、彼女がテリトリーにしていたヨーロッパでも多神教は珍しくは無い。だが、半妖怪が神を吸収するというのは、いくらなんでも納得しがたかった。
「ま、まあ、日本はヤオヨロズだっけ? 何にでも神様がいるからね?」
動転して、聞きかじりの知識で自分を納得させようとするドーナだが、オワルの次の発言に黙るしかなかった。
「日本の形を作った神様だったよ」
★☆★
「それで、若い子と一晩語り合った気分はどう?」
早暁、町を出てゆっくりと進む馬車の中、座っているオワルの背中にしがみついた魅狐が、からかうように話しかけるが、オワルはぼんやりと前を見ていた。
「ん~……久しぶりに、昔話をしていたよ。なんだか落ち着いた気分だ」
「昔話?」
「魅狐と一緒に、一週間泣き続けたときの話だよ」
「それって……」
魅狐は言葉を飲み込み、オワルの頭を包み込むように抱きしめた。
「……彼は貴方の中で生きてるんだから。私は、彼にとってはそれで幸せなんだと思うわ」
「そうか……そうだといいな」
「それで、ドーナはどうしたの?」
急で、やや不自然な話題転換も魅狐の気遣いか、とオワルはありがたく感じる。
「付いて来ないかと誘ったけれど、断られたよ。元々一人で生きていたし、しばらくは自由にぶらぶらと異世界を見て回るんだってさ」
ドーナを襲った二人組がアライスト商会の関係者だったことを、二人を喰ったオワルは知っていたので、注意するようにとだけ伝えた。
「結局、彼女を襲った理由はわからなかった。実行犯も上から指示されただけだったし。ドーナは日が昇る前に宿を引き払っていったよ」
「彼女も私たちと同じ、飛ばされてここへ来た子だったんでしょう?」
「時期はかなりずれていたし、場所も全然違うみたいだ。……僕たちと同じ原因なのかどうかもわからない」
お手上げだよ、とオワルはごろりと横になった。
皇都から離れたこのあたりでは、街道も整備状態が良くない。ガタガタと不快な振動が背中に響く。
「またどこかで会えるさ。それに、他にも飛ばされてきた奴がいるかもしれない。……どうやら、針を作ったのも飛ばされてきた奴の可能性が高いようだし」
「針の魔導具だけ飛んできた、ってことはないの?」
「僕の推測になるけど、飛んできたにしては数が多すぎると思わないか? 女一人襲うための下っ端に、一本ずつ持たせられるくらいに数はあるんだ」
それなりに多く生産可能な物だと考えるオワルの意見に、なるほどね、と魅狐は納得する。
ふと、魅狐の金髪から狐耳がぴょこん、と二つ飛び出した。
「ということは、やっぱりアライスト教会とミヅディル辺境伯領は繋がりが強いのね」
教会から仕入れた情報を語った魅狐に、オワルも同意した。
「つまり、アライスト教会は単なる出入り業者ではなくて、ミヅディル辺境伯の指示を受けて動く下部組織ってところか」
優先順位としてはリィフリリー救出というものがある以上、後回しになってしまうが、ミヅディル辺境伯領の調査結果次第では、再びこの町でも調査する必要があるかもしれない。
そんなことを考えているオワルに、外から声が聞こえた。
「お、オワル兄さん! 何かすげぇはえぇのが来る!」
片車輪の叫び声。
直後、馬車は横転。
オワルは素早く飛び出し、馭者台から放り出されたリリリアを抱きかかえて転がった。
同様に馬車を飛び出していた魅狐が見たのは、車輪の半分が粉々になって呻いている片車輪と、その向こうで土煙を上げながらブレーキをかける人影。
「痛いなぁ。もう。リリリア、大丈夫?」
「は、はい……ありがとうございます」
状況についていけないリリリアをそっとおろしたオワルも、魅狐と同じく原因と思しき人物へと視線を向けた。
その男は、自分の足で地面に刻み付けた溝の上をゆっくりと歩いてくる。
「ブフーッ!」
鼻から湯気を上げる馬の顔。煌びやかな貴族風のジャケット。
それはラッパの音を響かせながら、オワルたちの前へと近づいてきた。
「私の名前はアムドゥスキアス。この世界で最も足が速く。そして紳士としての心を持つ者」
「……ミヅディル辺境伯の手の者か」
オワルの問いに、アムドゥスキアスは再び鼻から湯気を吹く。
「ミヅディル……そうですね。そのような者です。君がオワルさんですね。個人的に恨みなどはありませんが……邪魔になりそうですので、貴方方を始末しにきたのです」
「オワル! もう一人来る!」
馬に乗ってやってきたのは、アライスト商会の支店長ゲーデだった。
「アムドゥスキアス様。遅くなりまして……」
「良い良い。私に追いつける者などいないのだからね」
礼をするゲーデに、鷹揚に答えるアムドゥスキアス。
「やっぱり、アライスト商会は……」
「知ったところでどうしようもないでしょう」
魅狐の前に立ったゲーデは、針の魔導具を取り出し、迷いなく自らの首筋に打ち込んだ。
「……今から死ぬ者たちに、情報など何の価値もない」
さわやかな笑みをたたえていた顔は耳のあたりまで裂け、穏やかな光を発していた目は、吊り上り荒んだ濁りを帯びる。
ぼさぼさになった髪の上には、擦り切れて穴が開いた山高帽を乗せ、整った身なりはいつの間にか使い古された燕尾服へと変わっていた。
「教えてやるよォ! お前が今からむちゃくちゃに汚されて死ぬって現実をよォ!」
裂けた口から涎をこぼし、下品な笑いをあげるゲーデは、先ほどまでと百八十度印象を変えた。
「……最低だな。こんなのが部下とは思いたくないが……仕方がない。無理な抵抗をしようと思わないように。苦しみが長くなるだけだからな」
アムドゥスキアスは、腰に提げたレイピアを抜いてオワルに突きつけた。
「何。おとなしくしていればひと突きで終わる」
ゆらりと脱力して立つオワルは、目の前の馬面をじっと見つめていた。
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