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役割

11話目です。

よろしくお願いします。

「私は監査室の人間です」

 リリリアは、オワルの目を真っ直ぐに見つめた。

「お城で監査室への配属が決まった時には、まだ自分がどうしたいのかなんて決まっていませんでした。でも、街で助けてもらった時から、わたしは監査室の人間として、貴方の役に立ちたいと思ったんです」

 結果としては、迷惑ばかりかけていますけど、と少し落ち込んだ様子を見せたが、すぐに顔を上げた。

「わたしなんて、オワルさんや魅狐さんから見たら、戦う術を持たない弱い人間に過ぎません。でも、オワルさんたちのやる事をちゃんと見ておく事が、きっとわたしの仕事なんだと思います」

 一気に言葉を並べたリリリアは、息を切らせて肩を上下させていた。

 それを見たオワルは、しばらく目を見開いて驚いていたが、すっと笑顔になる。

「……わかった。そういうなら、逆に張り切ってやってやろうじゃないか」

「もう、若い女の子の前だからって、すぐ調子にのるんだから。第一、今は拘束術式を解けないから、何もできないわよ」

 うちのシスターたちが来るまで、しばらく待ってなさいと言われ、オワルは仕方ない、と塀の上でゴロリと横になった。

 その様子が見えたのか、動けないディナイラーが雄叫びをあげるが、オワルは聞こえない振りをした。吠えても何もできないし、こちらも何もできないのだから、と。

「私は一生懸命やっているのに、こいつは……」

 オワルののんきな様子に文句を言い、魅狐はリリリアに振り返った。

「リリリアちゃん、ありがとうね」

 と、笑った。

 リリリアが何の事かわからないでいると、魅狐は後で話すから、と話を切った。

「それより、そろそろイナリ教のシスターたちが城に着くと思うから、迎えに行ってもらえる? 兵士たちのところに案内して、一番偉そうにしている背の高い女性だけ、ここに連れてきてね」

「はい!」

 元気に返事をして走っていくリリリアの姿を見送ると、オワルがポツリと呟いた。

「あそこで僕のためにお礼を言うなんて、まるでお母さんみたいだぞ」

「何言ってるの」

 魅狐は笑った。

「女はね、好きな男のためには母になるときもあるのよ」

 まだまだ、女心を知らないわね、と言う魅狐に、オワルは「悪ぅござんしたね」とふて寝を決め込んだ。


★☆★


「リリリア君、だったかね?」

 不意に声をかけられて立ち止まったリリリアの前に居たのは、他の誰でもない皇帝その人だった。

 慌てて床に飛び込むようにして膝をついたリリリアは、「ご、ご機嫌麗しゅう」などと口走り、赤面した。

「非常事態だ。若いうちは難しいだろうが、シャキっとしなさい」

「は、はい!」

 立つように言われて、素早く立ち上がったリリリアは、皇帝へ視線を合わせるのも失礼になるのだろうと、曖昧に視線を下げた。

 その不慣れな様子に、皇帝はふっと笑みをこぼした。

「君は監査室にいたはずだが……オワル様には会えたかね?」

「はい。情けないお話ですが、出会ってすぐに助けていただきまして……」

「そうか。それは運が良かったと行っていいのかわからないが、とにかく無事で良かった」

 優しく声をかけてくれた事で、リリリアは少しだけ落ち着いた。ディナイラーのこともあって、知らず緊張していたのに今更気がつく。

「それで、君は何をしている? 文官は退避しているはずだが」

 護衛として皇帝の後ろにいた二人の騎士のうちの一人が、高圧的に問うのを、皇帝は後輩になるのだから、とたしなめた。

 リリリアは騎士の質問で自分の状況を思い出した。

 暴れているのが、皇帝の弟であるディナイラーだという事も。

「……どうしたね?」

「も、申し訳ありません。……オワルさんは現在、城の屋上にて魅狐さんと共に大蛇の対応にあたっています。魅狐さんの指示により、イナリ教のシスターたちも応援に来る予定となっております」

「なるほど、ありがたい話だな。それで、あの蛇の正体はわかっているのか?」

 やはりその質問が来るか、とリリリアは苦虫を噛み潰したような顔をした。

「何か、言いにくいことでもあるのかね?」

「いえ……」

 リリリアは監査室の職員として、目の前にいる皇帝へ真実を話すのは当然のことだと自分を納得させた。

 そしてできれば、皇帝の弟であるディナイラーと戦うオワルたちを許してもらいたいと思う。

「ご報告いたします。皇帝陛下」

 リリリアは、大蛇の正体がディナイラーであり、正体不明の魔導具によって変質した彼によって誘拐同然に連れ去られ、オワルに助けられた事、その後のディナイラーの暴走によって完全に怪物と化した事を、ゆっくりと噛み砕いて説明した。

「そうか。あいつが……」

「陛下、この者の言う事をお信じになられるのですか?」

 リリリアの報告を胡散臭げに見ていた騎士が、あれが公爵だとは信じられない、と言う。

 もう一人の護衛騎士は、無表情のまま何も言わない。本来であれば、彼のように皇帝陛下に口出ししないのが当然なのだが。

「聞けば、この者は平民の出であり、登城して働き始めたばかりというではありませんか。それが……」

「ラーダハイテ。お前は優秀な剣士ではあるが、優秀な騎士ではないな」

「へ、陛下。今、何と……」

「民を守る騎士としては未熟である、と言ったのだ。ここは良いから、文官たちの避難を手伝いに行きたまえ」

 平坦な声音で言い放つ皇帝に対し、騎士ラーダハイテは膝の力が抜けたように後ずさった。

「……つまり、陛下の護衛の任を解くということでしょうか……」

「それ以外の意味に聞こえたかね? 聞き返す暇はないだろう。急いで向かいたまえ」

 皇帝にきっぱりと言われてはラーダハイテも返す言葉は無く、一礼して走って行く。リリリアの脇を通りすぎる際に、ひと睨みの威嚇をして。

「あいつは……」

 その行為を、皇帝も見逃していない。

 苦い顔をした皇帝は、リリリアの顔を見た。

「ラーダハイテの事、そしてディナイラーの事、本当に申し訳ない」

 立場上、頭を下げることができないが、せめて言葉だけでも、と皇帝は再び謝罪を口にした。

 これにはリリリアの方が慌てた。

「こ、皇帝陛下! どうかわたしのことはお気になさらずに……今も屋上ではオワルさんがたたか……う準備をしています。どうか、公爵閣下を相手に、その……」

 言いよどむリリリアの肩に手を置いた皇帝は、優しく微笑む。

「わかった。言いにくいことなのはわかるから、そこまで良い。……わしは屋上へ向かい、弟の最期を看取る役目を果たさなくてはならん。君は君の役割があるのだろう。行きたまえ。皇帝の前だからと言って、いや、だからこそ、国の大事には若い力が必要なのだ」

 皇帝は残った護衛の騎士に声をかけ、リリリアが来た方向へと向かった。

 数瞬の間、その姿を見送っていたリリリアだが、皇帝がいう役割を思い出し、城門へと走り出した。


★☆★


 身長180cm以上ある長身ながら、バランスのとれたプロポーションを巫女服の下から惜しげもなく主張するルーナマリーの姿は、離れていてもすぐに見つけることができた。

「は、話しかけづらい……」

 整った顔を紅潮させて興奮気味に長い棒を振り回しながら、ルーナマリーは城門を守る兵士に怒鳴り散らしている。

「わたくしたちは魅狐様の求めに応じて馳せ参じたのです! わたくしにとってこれは何よりも優先されるべきこと! これ以上邪魔をするのであれば、この六尺大幣で……」

 ヒートアップし始めたルーナマリーに釣られたのか、彼女の後ろに並ぶシスターたちもそれぞれに特色ある武器を構えて臨戦態勢を取っている。

「だ、だが今は城内への立ち入りは禁止されていて……」

 完全に気圧されている兵士だが、何とか理由を並べている。

 だが、ルーナマリーは通さぬならば押し通ると怒声をあげて聞く耳を持たない。

「すみません! その方たちをお通ししてください!」

 一触即発の雰囲気に、意を決してリリリアが声をかけながら走り寄った。

「君は?」

「私は監査室の者です。シスターたちは大蛇への対応のために呼ばれているのです」

 監査室、という言葉を聞いて、兵士はうわっという顔をした。リリリアがその反応に眉をひそめると、兵士は慌てて頭を下げた。

「わ、悪かった。監査室というとダーバシュさんの所だろう? 俺、あの人に何度か注意されたことがあって、頭が上がらないんだ」

 苦笑いを浮かべた兵士はルーナマリーにも頭を下げ、彼女に付いて行くようにとリリリアを差した。

「監査室? 貴方がダーバシュの後継なのですね」

 先ほどとは打って変わって美しい顔に微笑みを浮かべたルーナマリーは、リリリアを見てオワルには会いましたか、と聞いた。

 ルーナマリーとシスターたちを先導し、リリリアは城内へと進む。

「え? ええ、オワルさんをご存知なのですね」

「まあ、そうですわね。知っていると言えば知っていますわ。わたくしがまだ幼少の頃からですもの」

 自分はだんだん歳をとっているというのに、全然変わらないから腹が立ちますわ、とルーナマリーがこぼすのを、リリリアは微笑ましく思った。威圧感のある女性だけれど、どこか可愛らしい人なんだと思う。

「それに、わたくしの大好きな魅狐様と何百年も良い仲だなんて。嫉妬で気が狂いそうですわ」

 握り締めた六尺棒から軋むような音が聞こえたのを、リリリアは幻聴だと思いたかった。可愛らしいと思った直後だが、だんだん怖くなってきた。

 それに、はっきりと言葉に出されると、胸をチクリと刺すものがある。

「良い仲……やっぱり、そうなんですね……」

「あら。オワルのことが気になるのかしら?」

「えっ? ……やっ、いや、そんなんじゃ……」

 言葉は否定しているが、リリリアは耳まで真っ赤になっている。

 それを見て、シスターたちはリリリアを囲んで告白すればいいのに、でも職場で恋愛って大変じゃないかしら、問題は恋敵がいることじゃないのかな、などなど一気にに姦しくなる。

 ルーナマリーに助けを求めるように視線を送るが、一番興奮していたのが他の誰でもないルーナマリーだった。

「素晴らしいわ! 貴女が頑張ってオワルと仲良くなってくだされば、わたくしと魅狐様の邪魔になる者はいなくなりますわね」

 こうなったら、作戦を立てる必要がありますわ、とシスターに混じって移動しながらの本人を蚊帳の外にした恋愛話が始まった。

 避難誘導や要人護衛をしている騎士たちの視線が痛い。

 やいのやいのと騒がしい集団は、兵士たちがいる裏庭へと向かっていった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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