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復活、迷い

10話目です。

よろしくお願いいたします。

作中に出てくる悪魔は劣化版ですので、一般に知られている容姿や能力とは異なりますのでご注意ください。

 最初に異常に気づいたのは、前線後方から弓兵を指揮していたゲラーテルだった。

「虫が減った……か?」

 正面の地面が一面真っ黒になるほどの毒虫の群れが、いつの間にか半分ほどの面積にまで減っていた。

「あれは……」

 ぐるりと見回していると、虫の群れの一部で、妙に盛り上がった部分が見えた。すわ新手の虫かと思ったが、そこから飛び出したのは糸のような黒い何かの束だった。

 黒い糸は周囲の虫を次々と絡め取り、盛り上がりの中心に放り込んでいく。地面に本体がいるのか、放り込まれた虫が出てくることは無いようだ。

「スヴァン! あれを見ろ!」

 魔導兵に混ざって指揮をしていた騎士に声をかける。

「見えているとも! あれが何かわかるかい?」

「わからんが、少なくとも今は虫を駆除してくれているようだ。魔導攻撃はあの周辺を避けるべきだな!」

「了解した!」

 兵たちの魔導による攻撃と謎の触手による駆除により、虫は加速度的に数を減らす。

 始めは虫が片付いていく事に対して安心感を感じ始めていた兵士たちだが、次第に黒い触手の数が増え、長さも伸びているのに気づいてからは、動揺が広がっていく。

「隊長、あの黒い糸も攻撃するべきでは?」

 一人の兵士の進言を受けて、スヴァンは考え込んだ。

「いや、こちらに敵対行動派していない。まだ虫はいるから、まずはそちらを……ん?」

 ふとスヴァンが見ると、一部の長い触手が虫の群れの中から何かを引き上げた。

 首の部分を掴まれて持ち上げられたそれは、目に見える顔や手足全てを虫の毒で紫色に腫らし、力なく手足を投げ出した兵士の死体だった。

 魔導兵たちが驚いて呆然と見ていると、触手は兵たちの目の前に死体を寝かせる。さらに二人、三人と次々に死体が彼らの前に並べられていく。

 異様な光景に、後方にいたゲラーテルも駆けつけた。

「どういうつもりだ……?」

「彼らは君たちの仲間で、命懸けで戦った勇気ある者たちだからね」

「なにっ?」

 声は、触手の根元から響いてくる。

 その、どこか気の抜けた雰囲気の男の声に、ゲラーテルやスヴァンは顔を見合わせた。

「この声は?」

「人語を解す魔物など、聞いたことがないぞ」

「ひどいなぁ、僕は魔物じゃなくて……」

 触手の根元が盛り上がり、虫を巻き込んでゆっくりと人型へと変わっていく。触手が運んでくる虫たちを、パキパキと軽い音を立てて咀嚼しているのは、人型の頭の部分にある、直径50センチはあろうかという大きな口だった。

 さらに、大人の身長程にまで大きくなった人型は、その全身に無数の口を開き、さらに虫を捕食していく。

「君たちに協力する、妖怪だよ?」

 虫を食べていないいくつかの口が、ニヤリと笑った。

「う……」

 あまりな光景に、ゲラーテルは言葉が出ない。

 どうやら触手だと思っていた物は髪の毛らしい。黒い艶のある髪が束になって虫をつまみあげ、次々に口へと運んでいる。

「あ~、つまり、君は私たちの敵ではない、と」

 スヴァンの問いに、“口”はゲラゲラと笑った。

「物分りが良くて助かるよ。あとは僕に任せて、少し離れていてくれると助かる。少し派手に暴れるからね」

「わかった」

「スヴァン!」

 あっさりと了承したスヴァンに、ゲラーテルは避難の視線を向けたが、スヴァンは首を横に振った。

「彼に従おう。あの大蛇とやりあおうというんだ。兵たちが巻き込まれてしまうよりはいいだろう?」

 仕方ない、と了承したゲラーテルは、スヴァンと共に兵たちをゆっくりと交代させる。

 まだまだ虫は這い回っているが、兵たちの方へ向かうものから優先して髪の毛が拾い上げていく。

「さて……」

 充分に虫を食べ、本来の体積を取り戻したオワルは、舌を伸ばして残りの虫をペロリと平らげた。

「久しぶりに、大物退治だね」

 見上げると、見覚えのあるオワルの顔を見て大蛇となったディナイラーが動揺している。

「残念だけど」

 頭部を元の形に戻し、オワルは苦笑いを浮かべた。

「潰れたくらいじゃ死なないんだ。残念だったね」


★☆★


 オワルの方へディナイラーの注意が逸れた事を確認し、魅狐はリリリアを連れて戦場から離れるように城の中を抜けて行く。

 道中、魅狐からオワルの不死性について改めて説明された。生き物を吸収することでその血肉を自らの物として吸収でき、潰れても燃やされても凍らされても死ぬことはない。

「もっとも、今回は完全に潰されたから、色々足りなくて復活にも時間がかかったみたいね」

「では、オワルさんならあの大きな蛇相手にも勝てるという事なんですね」

 すごい、と素直にオワルを賞賛するリリリアに、魅狐は難しい顔をした。

「負けはしないけれどね、勝てるかどうかというと、難しいでしょうね」

 オワルは不死性はあっても小器用な妖怪の能力を吸収し続けた結果、腕力としては妖怪の中でも“それなり”程度でしかない、と魅狐は言う。

「あんな大蛇と殴りあいなんて、無理な話ね。せいぜい逃げ回りつつちょいちょい傷つける程度じゃないかしら」

「えっ……それじゃ、どうするんですか?」

「こういう時のために、彼のそばには私がいるのよ」

 ふふん、と笑いながら、魅狐は上りの階段へと向かった。

「どこへ行くんですか?」

「あの蛇ちゃんがよく見える場所よ」

 勝手知ったるという足取りで城の中を悠然と進む魅狐。

 リリリアは自分より背が低い魅狐がスイスイと歩いていく速度についていくのがやっとだった。

「オワルさんって何者なんでしょうか?」

「そうねぇ。簡単に言えば、半分以上妖怪になった、元人間ね」

 早足で歩き、息を弾ませているリリリアに対して、魅狐はいつも通りの調子で話す。

「それは聞きました。でもその”妖怪”というのがよくわからなくて……」

「あら、オワルから聞かなかった?」

 どう説明したらいいかしら、と魅狐は歩きながら人差し指を頬に当てた。

 見た目子供なのに、妙に色っぽい仕草をする人だなぁ、とリリリアは思う。

「妖怪というのは色々いるけれど、人が“こうだったら怖いなぁ”って思った想像上の生き物や現象に仮初かりそめの命が宿った者たちのことよ」

 首が離れて空を飛ぶ、窓に映る影がヒトの姿をとって驚かす、田畑に現れて悪い奴を襲うなど、姿も危険度も様々だが、どれも実際の現象や生き物が、噂や子供に聴かせるおとぎ話を経て生まれたものだ、と魅狐は説明した。

「オワルは特殊でね。小さい時に山の中で死にかけていたのを私が見つけて、ちょっと面白い体質だったからとり憑いたのよ」

「と、取り憑くって……」

「普通の人なら妖狐に取り憑かれた狂っちゃってダメになるんだけれど、妖怪やそれに近い性質の物を自分に吸収できる体質があったのよね。それで、半分妖怪半分人間のオワルが誕生したわけ」

 もう何百年も前の話だけど、と笑う魅狐を、リリリアはジト目で見ていた。

「どうしたの?」

「それって、魅狐さんのせいでオワルさんが妖怪になったってことですよね?」

「恨まれる筋合いはないわね。あの時私と同化しなかったら5歳くらいの歳で彼は死んでいたわけだし。それとも、そこで彼が死んでいた方が良かった?」

「それは……」

 うつむいてしまったリリリアに、魅狐は優しく笑った。

「意地悪な言い方だったわね。とにかく、彼は最初こそ勿体無い能力を持っていたから生かしたのは間違いないけれど、何百年も一緒に過ごす間に、関係も色々変わったわよ」

「色々、ですか」

 何を想像したのか、顔を赤らめるリリリアを、魅狐は可愛いと思った。

 そんな話をしながら到着したのは、城の屋上だった。

「流石皇都のお城! 蛇ちゃんが見下ろせるわね!」

 多少距離があるが、ディナイラーが暴れているのが見下ろせる。時折蛇の身体が城の壁や塀に振れて振動が伝わってくる。

 さらに下の方へ視線を向けると、元の姿に復活したオワルが、瓦礫の間を飛び回りながら、ディナイラーの尾の攻撃を避けている。

「あら、やっぱり防戦一方ね」

「ど、どうするんですか?」

 高いところか揺れるのが怖いらしく、屋上の塀にしがみついているリリリアが不安げに尋ねると、魅狐は大幣を取り出した。

「とりあえずは、時間稼ぎね」

 魅狐は大幣を振り上げ、しゃらりと音を響かせた。

 しばらく迷っていた魅狐は、やっぱり祓詞かな、と呟いた。

「高天之原に神留り坐す皇親神漏伎・神漏美の命を以て……」

 美しく響く言葉にディナイラーが気づいた時には、魅狐が放った狐火が彼の周囲を囲んでいた。

 鬱陶しいとばかりに尾を使って振り払おうとするが、祝詞に寄って形成された結界は、尾どころか巨体による体当たりを受けてもびくともしない。

「す、すごい……」

 火や水、風を操る魔導は見たことがあるが、敵を拘束する術式など見たことが無いリリリアは、怪獣よろしく暴れまわるディナイラーがどれだけ攻撃しても破れない障壁を目の当たりにして、手放しに賞賛した。

 ところが、リリリアが向き直った魅狐の顔には、玉のような汗が浮かび、先ほどの余裕の表情は消え失せている。

「読みが甘かったわね……」

 様子がおかしい魅狐に、リリリアはハンカチを取り出して汗を拭くことしかできないが、魅狐は笑顔を見せた。

「あら、ありがとう」

「大丈夫なんですか?」

「破られることはないんだけれど……」

 苦しい状況ね、と言っているところへ、壁をよじ登ってきたオワルが塀の向こうから顔を出した。

「お疲れ……と、どうした?」

 魅狐の隣に立ったオワルが魅狐を見る目は優しい。

「偽物の蛇神ではあるけれど、私一人だと抑えるのが手一杯みたい。神社の子達を呼んでるから、彼女たちに封印を手伝ってもらうわ……。そしたらオワル、貴方はあの力を使いなさい」

 魅狐の説明に、オワルが明らかに渋い顔をしたのをリリリアは不思議に思った。

「あの、力って……」

「ああ、それはね」

 魅狐が説明をしようとするのを、オワルは肩に手を置いて止めた。

「……これは僕にとってはあまり気分のいい事じゃないんだ。リリリア、今からでも城を出て、避難してくれないか」

 真剣な顔で、オワルはリリリアの目を真っ直ぐに見つめた。

 ふぅ、と溜息をついた魅狐は、結界が解けないように意識を集中しながらも、リリリアにそっと視線を向けた。

「……その力を使うのに、オワルに私の一部を食べさせる必要があるのよ」

 そのうち治るけれど、結構痛いのよね、と魅狐は笑う。

「オワルはね、女性を食べる所を貴女に見せたくないのよ。それに、姿もさっきと違って大きく変わってしまうわ。これから先は本当に異形と異形の戦いになる。そんなの、貴女も見たいわけじゃないでしょう?」

「それは……」

 リリリアは、すぐに答えることはできなかった。


★☆★


 イナリ教本部で与えられた部屋にて待機していたリィフリリーは、じれったい気持ちでベッドに座って足をぶらぶらとさせていた。

 自分がのんきに部屋でくつろいでいる今この時も、城ではオワルが大蛇と戦っていると思うと、落ち着かない。

 そんな事を取り留めもなく考えていると、廊下の向こうから叫び声とラッパのような音が聞こえる。

「なんだこいつは!」

 声はドアの外で警護をしているアレッドンのものだったが、ラッパの音の正体がわからない。

「アレッドンさん……?」

「うおぉおっ?!」

 二度目の叫び声と共に、アレッドンはドアごと吹き飛ばされて室内へと転がり込んできた。

「アレッドンさん!」

 リィフリリーが駆け寄るより先に、部屋へともう一人の人物が踏み込んできた。不思議な事に、その足音は小さなラッパの音だった。

「貴方は……?」

 闖入者を見上げて、リィフリリーは絶句した。

 足は長くしなやかで蹄がある馬そのもので、上半身は若い貴族が好むような金刺繍をあしらった華美なジャケット。そして、首から上には馬の頭が乗っており、鼻から勢い良く湯気を吹き出していた。

「こんにちは、お姫様。事情があって本名は名乗れませんが、とりあえずはアムドゥスキアスとでもお呼びください」

 優雅な仕草で頭を下げた馬頭うまあたまは、一歩踏み出したところでアレッドンのうめき声に気づいた。

「おや、まだ生きていましたか。しぶといですねぇ」

 パン、パンと軽快なラッパの音を鳴らしながらアレッドンへと向かおうとするアムドゥスキアスの前に、リィフリリーが両腕を開いて立ちはだかった。

「彼に乱暴するのはやめてください。一体、何が目的ですか?」

「おやおや、勇気あるお姫様だ。私はですね、上司から貴女をエスコートするように言われて、大急ぎでやって来たのですよ。無能な蛇が失敗したようなのでね」

 私はこんな手荒な事はあまり好きじゃないんですがね、と鼻から湯気を吹いて不満を漏らしたアムドゥスキアスは、自分が一番足が速いのですよ、と自慢げに言う。

「……わかりました。大人しくしますから、彼には触れないでください」

「そうですねぇ……」

 しばらく考えた様子を見せたが、暴れられるよりはいいでしょうと言い、アレッドンを無視してリィフリリーを抱え上げ、肩に担いだ。

 緊張で身体は堅く震えているが、声を出さないように我慢する。

「大人しく震えていてください。あっという間につきますからね」


 瀕死のアレッドンが発見され、リィフリリーが攫われたことが発覚したのは、そのすぐ後の事だった。

お読みいただきましてありがとうございます。

更新遅くてすみません。

次回もよろしくお願いします。


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