星に誓いを
私、加藤早紀。19歳。
そして私の彼氏、高山優太。18歳。優太とは、付き合って2年を迎えようとしている。
高校の時の後輩だ。
付き合い当初はそれはそれは大変だった。優太の可愛い顔と優し過ぎるくらいの性格に、競争率はとても激しかった。
なぜ優太が私を選んだのかは分からないが、周りの優太ファンも呆れるほど、私達は愛し合っていた。
だが最近はそんな情熱もなく、逆に私は冷めきっていた。優太は相変わらず優しくて、しもべのようだ。
私の言う事は絶対。
私の我が儘は絶対。
私はズルイから、何かあるとは別れを口にする。
最初は冗談で言ってたけど、最近は本気で思うことがある。
だが、家族の様なものだし、義理があって本当に別れることはできなかった。
内心、時間の問題だとは、薄々感じていたのだが。
「早紀ちゃん!」
優太からだ。
「…何?」
これだけ冷めた態度をしてるのに、こいつは相変わらずしつこい。
「…。」
「用ないなら切るよ?」
「…えっと、24日美味しい物食べに行こう!早紀ちゃんの好きなお肉とかさ!」
「…いいけど、そんな先の予定なんてわかんないから来週にしようよ。」
今日は9日。私が予定を立てる事を嫌いなのは、優太も知ってる癖に、いちいちウザイ。
「…〜!!ひどいよ早紀ちゃん。…僕らの記念日じゃんかぁ!」
そっか。忘れてた。こうゆうこと好きなとこは、少しかわいいなとも思う。
「ごめん。忘れてたわ。まぁ、近い日ならいつでも一緒じゃん。来週ね。」
「ぶぅ〜…」
すねてはいても、やっぱり私の言う事は絶対。
そんなんで、実に2週間ブリに会う。今までは毎日会っていたのに、優太の気持ちを無視して会えないと言い張っていた。
「ひさしぶりだね。早紀ちゃん。すごく会いたかったし、淋しかった。」
車の中で私にキスしようとする優太を避けた。
これはさすがに堪えたのか、ほんのり涙を浮かべている。
「もう会ったらキス〜なんていってる関係でもないじゃん?」
とっさにフォローをいれてみる。いや、フォローになってないか…。
それでも優太は気を取り直して明るく話しかけてくる。…あ〜めんどい。
「美味しい?」
目をクリッと輝かせて私を伺う。
「うん。うまい!ってあんた私に内緒でこんな店ばっかりいってるんでしょ?」
「違うよ!僕も初めてだって!」
「まぁ、どっちでもいいけどさ。」
そして、美味しいディナーを終えた。
会計を済ましている優太を先に、車に向かう。
「早紀ちゃん、このあとなんだけどさ…」
「私もう眠いし帰りたいんだけど。」
最近ご無沙汰だから、きっとホテルにいきたいんだろう。回避した。
「えっ…!あ、そっか!じゃあ帰ろっか。」
きっと私は、優太のこの何も口をこぼさない真っすぐな優しさに、少しいらつきを感じていたのかも知れない。
そしてまた、会わない日々が続いた。
毎日してきていた電話も、いい加減諦めたのか、数日おきになっていた。
ピリリリリ−…
ケータイがブルーに輝く。
優太だ。
私はそのとき、会社の同僚達と飲み会をしていた。
まるで学生の頃のコンパのように、はしゃいでいた。
私はケータイをブルーに光らせ続けておいた。
ずいぶん長く鳴っていたが、やっと切れた。
するとまた、私の視界の片隅が、ブルーに光り出す…
優太だ。
いつもは連続でかけてくる事なんてなかったのに。
あまりのうざさに、電源を切ってしまった。
いつから私はこんなにも短気になってしまったんだろうか。
「送ってもらってごめんねー!今日は本当楽しかったぁ!」
マンションまで、同僚の辰巳君に送ってもらった。
「おう!明日遅刻すんなよ!」
「はーい。おやすみ!」
そんなやり取りをして、鍵を鞄から捜しながら、階段を上がる。
「早紀ちゃん…」
「優太!?」
私の部屋の前にしゃがんでいるのは、紛れも無く、優太だった。
「何してんの…?」
「なんで電話出てくんないの?それに、今の…誰?」
「…そんなの、あんたに関係ないじゃん。」
「関係なくないよ!!」
初めて私に大声をあげた。
「…るさいなぁ!あんたは黙って私の言う事聞いてればいいのよ!」
…………。
「僕は…、僕は、早紀ちゃんの、…何?」
そういい残して、私の横を足早に通り、階段を駆け降りていった。
優太が反論してきたのは、これが初めてだった。
だが、私が本当に驚いたのはこれではない。
優太は泣いていなかった。
いつもすぐに泣いていた優太が、泣いていなかったのだ。
私は何故か胸騒ぎがした。
ケータイを手に取り、着信履歴から優太にかけた。
何度も何度も。
でも優太はでない。
気がつくと、私は走っていた。がむしゃらに、優太目掛けて…。
−ピンポーン−
そういえば、優太ん家のインターフォンをおすのは、何年ぶりだろう。
優太はいつも、私が家につくまで電話していてくれたっけ…。
必ず家の近くになったら迎えにきてくれた。
なんでこんなときにこんなことばっか思い出すんだろう。
「優太!?優太いないの!?」
耳を済ましても静まり返っている。
「あれ?加藤先輩じゃん!優太は?」
「え、…亮介君?」
偶然にも優太の近所であり親友の亮介君に出くわした。
「あ、私が仕事で飲みに行ってたら、怒ってどっか行っちゃって…」
亮介君は、一瞬驚いた顔をして、私を睨み付けた。
「…先輩ひど過ぎますよ。今日は先輩達の記念日じゃないんですか?」
「え…?!」
私はケータイの、既に12時を回った日付を確認した。
25日。日付はあっさり記念日を過ぎてしまっていた。まるで私をあざ笑うかのように…
亮介君は私の目を見つめて口を開いた。
「あいつ、今日が本当の記念日だからって。ちゃんとしたプレゼントとか、いつもあげてなかったからって、あいつ必死で仕事してバイトもして、この日のために、忙しい時間裂いて何日も先輩が気に入りそうな物探し回って…。それもスッゲー嬉しそうにさぁ。この前の晩飯だって、すげぇ必死で店探し回ってたんですよ?何もそこまでしなくてもっていったら、早紀ちゃんには絶対妥協したくないって。早紀ちゃんは宇宙一厳しいけど、本当は宇宙一恥ずかしがり屋で、真っすぐな人だから、僕も真っすぐ早紀ちゃんを愛したいんだって。だから…もっとしっかり優太を見てやってください。」
彼はそれを言い放つと、一目散に去っていった。
私は大バカだ。
こんな私を、バカみたいに愛す優太もバカだ。
涙が止まらない。
優太…
優太に会いたい…
私の体は、コンクリートに崩れていった。
もう会えないのかもしれない
もうあの笑顔には会えないのかもしれない
そう思うと、胸が張り裂けそうになる。
「何してるの?」
その声に敏感に反応し、恐る恐る泣き腫らした顔をあげる。
「…優太」
私を見下ろし、冷たい顔をした優太の姿が見えた。
私は悟った。私達は、今日、今ここで終わるのだと。
よりいっそう大きな粒が、私の目から零れ落ちた。
「早紀ちゃん。
プラネタリウムみたくない?」
え…?
予想外過ぎる優太の言葉に開いた口が塞がらない。
優太はそっと私を抱きしめた。
「最初に出会った時の事、覚えてる?」
最初に出会った時…?
私が一方的に優太を好きでいたのは覚えてる…
「早紀ちゃんは本当に強引で、一回だけデートしてってお願いされたんだよね。」
そうだった
その時から既に強引だった
「最初はなんだこの人って思ってビックリしたんだけど、その強引さに少し興味もっちゃって。それでその初デートでさ、早紀ちゃんがどうしてもプラネタリウムが見たいってせがんで、その意外性にもなんかぐっときちゃったんだよね。内心本当に好きなのかなって疑っちゃうくらい。でも一緒に星を見て思ったんだ。なんて目で星を見るんだろうこの人はって。すっごく輝いてた。星が羨ましくなっちゃうくらいに。それで思ったんだ。この人とずっと一緒にいたい…って。」
そんな風に思ってたなんて。私はただの思春期の興味本位で付き合い始めたとばかり思ってた。
そんな風にしか取れなかった恥ずかしさと、そう思われていた嬉しさで、顔が熱くなった。
優太は年下だけど、私よりもずっと大人で、誰よりも私の事をわかっているんだ。
「ごめんね…。いっぱい傷つけて、いっぱい辛い思いさせて…」
優太はしばらく黙り込んで、さらに強く私を抱きしめた。
「早紀ちゃん…。」
「…ん?」
「キス…して?」
いつもの私なら、覚めた目をして断っていただろう。戸惑いながらも、私は優太にそっとキスをした。
優太はキスの瞬間、私の首元になにかを置いた。
「…綺麗だよ。すごく似合ってる。」
そこにあったのは、銀色に輝く星の形をした、ダイヤモンドだった。
「これのために、仕事とバイト、かけもちしてたの?」
「…えっ?なんで?」
「亮介君と、さっきバッタリ会って、その時全部聞いちゃった。」
「本当に?!亮介のやつ…。」
「…違うの!亮介君は何も悪くないよ。それに、私亮介君のおかげで、やっと大事なものわかったから。このプレゼント、ホントに嬉しいよ。ありがとう。でも、私が本当に嬉しいのは、ずっとそばに優太がいてくれることだから。それが気付けて、ホントによかった。」
私は、自分の思っている事すべてを、優太に伝えた。いや、やっと伝えられた。私の心の中でごまかしていた、優太への思いを…。
「…うぅっ…」
「ほら、またすぐ泣いちゃうんだから。もぅ、泣かないの!」
「…うぅ〜…好きだよぉ、早紀ちゃぁ〜ん…!」
その日の夜は、優太の小さな部屋から、優太の小さな望遠鏡で、天体観測をした。私は星達に、心の中でそっと誓った。
優太を幸せにします。
私の、たったひとりの、大切な人だから…。