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子役

作者: 楓 京子



 感想など貰えたら、とても励みになります。お待ちしてますので、何か一言宜しくお願いします。



「パパ、僕パパについて行くよ。何があっても、絶対に! 僕はパパの味方だから」



 ゆうきはそう言うと、クシャッと笑顔を作って、父親に抱き付いた。


『カーット!!』



 監督の声があがり、現場から感嘆の声と拍手が漏れた。



「すごいよ、ゆうき! 最高だ!」



 監督がゆうきに駆け寄り、そう誉めると、ゆうきはニッコリ笑いながら首を右に傾げた。



 この仕草が一番可愛く見える事を、ゆうきは知っている。



 父親役の有名俳優が、思わずゆうきの頭を撫でた。


「いやあ、今まで沢山の子役の子達と仕事をしてきたけれど、ゆうきみたいに芝居の出来る子は、一人もいなかった、ゆうきは天才だ」




 スタジオに拡がる称賛の余韻を残したまま、ゆうきは母親の由美子と一緒に、次の現場へと急いだ。



 今日は後三本、テレビ番組の収録がある。時間はギリギリで、間に合うかどうかスレスレの状況だった。




「ゆうき君、背が伸びたんじゃないか? ……まずいな」



 収録中の様子を、モニター越しに見ながら、田中はそう言って、小さく舌打ちをした。



 エンジェルプロダクションは、主に子役が所属しているプロダクションで、田中はここのチーフマネージャーをしている。



 子役の才能を見出だす目は確かで、ゆうきも子役の所属劇団から、田中にスカウトされて、この老舗プロダクションに所属する事になった。




「まずいなあ、このままじゃ決まっている映画の仕事に支障をきたす」



 独り言を呟いているように見せて、隣にいる母親の由美子に聞かせているのだ。



「………………」


 スタジオに駆け込んできたせいか、まだ汗が引かない由美子は、黙ってそれを聞いていた。




「私は色々な才能の卵たちを発掘してきた。それらの才能はいずれもハズレがなく、様々な形でそれを開花させた……」



 由美子は相変わらず、黙って聞いているが、その「才能の卵たち」の全員が、ほぼ例外なく、大成しなかった事を知っている。



「お母さん、いや由美子さん、成功する者というのは、ある種の自己犠牲というものが、必要だ」



「ハァ……」



「ゆうき君は賢い子だ。それ故に、自分に求められているものが、どういう事か、よく分かっている」



 モニターには、番組の司会者に何か質問されたゆうきが、ハキハキした口調で答えた後に、何か言い間違えをして、ペロッと舌を出す様子が映っていた。

 その場の出演者達から、「かわいい〜」という掛け声があがっている。



 腕組みをしながら、それを見つめる田中は、続けた。



「いい病院を知っているんで、いつでも紹介しますよ」



 由美子は、またその話かという顔で、そっと田中から目を逸らした。





「田中さん、そのお話はまた後程……」



 そう畳み掛けるように言った由美子に、田中は被せるように言葉をきった。



「注射を打つなら、早い方がいい。成長してからでは、遅いんですよ」



「田中さん、そうは言っても、子供が成長するのは、当たり前の事ですし」


 由美子はつい、堪えきれずに、強い口調で反論してしまった。



 田中は大袈裟に、肩をすくめて溜め息を漏らした。


「ゆうき君を売り出す為に、うちが肩代わりした金はいくらか分かっているでしょう?」



 そこで田中の口調は、低くドスの効いた調子に変わった。



「これはビジネスなんです。ゆうき君は、子供じゃない。大事な商品なんだ。それはあなただって分かっているはずだ! 商品には価値がなければ、売り物にならない。ゆうき君の商品価値を守る為には……」



“成長を止めるホルモン注射を打つしかない”



 それはここ数日、由美子が田中と顔を合わせる度に、何度も言われてきた話だった。





 由美子は、もともと一人っ子で内気なゆうきの性格を変えたいという親心と、小さな思い出作りになればという軽い気持ちで、ゆうきを子役劇団に入れた。



 劇団に入る子は、親も本人も、もっと野心を持っている人の方が多くて、由美子親子はむしろ浮いている方だったのだ。



 しかし劇団に入って間もなく、ゆうきはすぐにCMの仕事が決まった。そして立て続けに、何本かCMの仕事が入り、トントン拍子にドラマの話も舞い込んだ。



 ……“才能”というのだろうか?

 

 親の欲目無しに見ても、ゆうきにはある種の『スター性』があった。



 それはゆうきが持って生まれたもので、カメラの前に立って、台詞を言う時に強く発揮される事を、ずっと側で見ていた由美子は分かった。



 ただそれは、おそらく『子役』という枠の中でのみ発揮されるものである事も由美子は気づいていた。





 由美子も最初の頃は、楽しくて仕方なかったのだ。 目の前でゆうきが『子役』として成功し、売れていく姿を見る事が、誇らしくもあった。



 ところが、ゆうきが売れて仕事の量が増え、忙しくなるにつれ、私生活に変化が起こってきた。



 普通の会社勤めの夫は、ゆうきが「芸能人」になるのを嫌がり、普通の子供として日常が送れなくなる事に、危機感を漏らしていた。



 つきっきりで一日中家を留守にする由美子との間に、ゆうきを巡って意見の衝突が絶えず、二人は別居する事になった。



 本来ならいつ離婚してもおかしくない状況なのだが、ゆうきのイメージダウンを怖れて、離婚はしなかった。



 全てはゆうきが中心の生活。由美子は体調管理からスケジュールの管理迄、気を抜く事が出来ず、ハードな毎日に追い立てられるようになっていた。




「ねぇ、ママ僕今日の夕御飯いらない」



 帰りの車の中で、そうボソっと呟いた後部座席のゆうきに、運転しながら、由美子が聞き返す。





「どうして? お腹が痛いの?」



 サイドミラー越しにみる息子の顔は、青白く疲れているように見えた。



「ううん…… そうじゃないけど、僕少し背が伸びた気がするんだ」



 由美子は思わずハッとして、後ろを振り向いた。


「ママ、危ないよ、ちゃんと前見て運転して」



 ゆうきにそう促されて、前を向き直すと、「そんな事気にせずに、たくさん食べなさい」そう言おうとして、由美子は言葉が出てこなかった。



(私は、どこかで期待しているんだ。ゆうきが子役として、もっと成功する事を)



 三ヶ月後に、ゆうきは有名監督の作品で、銀幕デビューする事が決まっていた。

 本来は、ゆうきよりも、二歳年下の設定の役だったのだが、マネージャーの田中が強く推して、半ば無理矢理にキャスティングして貰った大役だった。






 しかしそれには条件があり、これ以上ゆうきの身長が伸びなければ…… という約束の上での配役だったのだ。


 撮影が始まるまで、三ヶ月。それ迄、ゆうきの成長を止めなくてはならない。



(……………………)



 前方の信号が黄色く点滅しているのが見えた。由美子は、アクセルを強めて、スピードをあげた。







「お母さん、よく決心してくれましたね。いやはや、流石ゆうき君のお母さんだ」



 満面の笑みで揉み手をしながら、そう言う田中を前に、由美子は表情を固くして、とある個人病院の待合室に座っていた。

 傍らには、ゆうきもいる。



 あの帰り道の車の中で、由美子はゆうきに映画に出たいか聞いた。



 ゆうきは出たいと言い、由美子は、その為に注射を打つ必要がある事を伝えたのだ。



 するとゆうきは、どうしても映画に出たいとだけ答えた。



 そして由美子は、はっきりとした答えが導き出せないまま、痺れを切らした田中に促されるように、この病院迄来てしまったのだった。





「田中さん、あくまで今日は先生からお話だけ伺うという事では……」



「勿論、そうですよ。しかし、問題なければ、いつでもそれを打てるように、私から先生に話は伝えてある」




“成長を止めるホルモン注射を打つ”



 それが「問題ない」訳がない。それくらい由美子にも分かっていた。



 田中は、これ迄に何人もその注射を打った子役がいたと言いながら、由美子がそれが誰かを聞くと、個人情報だと言って、具体的な名前は挙げないのだった。



 そこへ看護師が、パタパタと小走りに近づいてきた。



「すみません、緊急の患者さんが入りまして、もう暫く時間がかかります」



 この小さな個人病院の待合室には、他に人がおらず、医師と懇意の田中が特別に予約を入れたらしいが、救急の患者が入る事は、想定外だった。




 田中はあかさらまに、不快な表情をしたが、若い看護師は何かに必死な様子で、田中の事など気にもとめず、足早に診察室の中へと入っていってしまった。




 先程から、電源を切っていない田中の携帯電話のバイブがひっきりなしに鳴っていた。「失礼、電話をして来ます」 そう言って、外に出ていった田中に、由美子は内心ホッとしていた。




 ふと、ゆうきの様子を見ると、待合室の椅子にもたれて、いつの間にか眠っていた。



 その寝顔は、疲れきったサラリーマンのようで、由美子は寝ているゆうきの頭をそっと撫でた。




「ゆうき…………」



(子供の顔をした大人の表情。いつから、この子はこんな顔をするようになったのだろう……?)



 映画に出ること、子役として成功することの意味を由美子は強く考えていた。


 ………………



 …………



 ……



 ……



 …………



 ………………



【懐かしの子役スター同窓会】


 そう書かれた大きな看板のあるスタジオで、数人の「元子役たち」が、並んで座っている。



 その元子役たちの前には誰だか分かるように、大きな名札出ていた。



『僕が子役をやってた時にわぁ、それはもう贅沢三昧でねぇ、小学生なのにぃ、ママにポルシェを買ってもらってぇ……』



 語尾を伸ばした甘えた喋り方で、もう青年とは言えない年齢の男は、自慢話を繰り返した。



 それは中年になったゆうきだった。



 座っていても分かる程、背が低く、まるで少年のように高いソプラノの声。


 それでいて顔にはくっきりとシワと法令線が刻まれていて、全体的にチグハグで調和のとれないおかしさを醸し出していた。



 昔話を振られたゆうきの自慢話は止まる事なく、とめどなく溢れ、何かにとりつかれたように機関銃の如く一人でまくしたてている。



 その姿はまるで、滑稽な晒し者だった。





 収録が終わり、楽屋に戻るテレビ局の廊下を歩きながら、ゆうきは喉がカラカラだった。



(あれだけ喋れば、また呼んで貰えるだろう)



 そんな事を考えながら、突き当たり迄来た時、ゆうきはプロデューサーとエンジェルプロダクションの田中がゆうきに背を向けて、話している姿が目に入った。


 エンジェルプロダクションをとっくの昔に辞めていたゆうきは、田中を見るのも数年ぶりだった。




(挨拶しておくか……)



 そんな思いが頭を霞め、二人に近づいた時、ふいに話しの内容がゆうきの耳に飛び込んできた。




「いやあ、しかし人間あそこまで落ちぶれるもんかね?」



 すると田中が首を傾げながら、聞き返している。


「ゆうき? ……そういや、そんな奴もいたかな?」



「田中さん、それは酷いよ、ほらあの見た目がオトナコドモの……」



 「子役なんて、履いて捨てる程いるからな。いちいち覚えていないが、そういやいたかもしれないな。それより、うちのリュウヤの事なんだが……」




 そう言うと、田中は今売り出し中の子役の事を語り始めていた。




(そんな奴、いたかもしれない?)



 田中のその一言が、ゆうきの頭の中でこだました。



(俺が、俺がこんな姿になったのは、誰のせいだ?)



 ゆうきは頭が真っ白になり、込み上げてくる怒りに全身が煮えたぎっていった。

 一心不乱に楽屋に戻り、果物ナイフを手にすると、Uターンして、二人のもとに走っていった。




「うわぁーーーっ!!」



 叫び声をあげながら、ゆうきが田中に突進した。



 その声に驚いて振り向いた田中の腹に、ナイフが深く突き刺さり、田中は声にならない声を出しながら、その場にうずくまった。


 ゆうきは、田中からナイフを抜くと、そのまま下に落とした。血まみれになった両手で頭を押さえながらフラフラと歩き出す。


 キャアという叫び声が、遠くで聞こえていた。




「ママ、ママ……」



 ママ、ママ起きて。






 由美子は、はっとして目を覚ました。





 目の前で、子供のゆうきが心配そうにこちらを見ている。



「ゆうき!!」



 由美子は思わず、ゆうきを抱き締めた。



「ママ、痛いよ」



 ゆうきにそう言われても由美子はゆうきを抱く手を緩めなかった。



「ああ、ゆうき、ママが間違ってたわ。ごめんなさい」



(子供の成長を止めるなんてバカげた事を……)



 今見たばかりのリアルな夢は、一過性の子役の成功と引き換えに失った人間としてのゆうきの代償をまざまざと浮き彫りにしていた。


「由美子さん……」



 気がつくと、側に田中が立っていた。いつの間に電話を終えて、戻ってきたのか分からないが、田中は、まるで先程の夢の続きのように青ざめている。



「田中さん、やっぱり成長を止める注射を打つなんて、出来ません!! それで映画に出ることが出来ないなら、仕方ありません」


 由美子ははっきりそう言ったが、田中はまるで上の空で、何も耳に入っていないようだった。



 するとやけに外が騒がしい事に、由美子は気がついた。




 ざわついた診察室から、男二人に挟まれるように、白衣姿の初老の医者が、うなだれて出てきた。



 先頭を歩いていた男の内の一人が、田中に近づいてくる。そして胸ポケットから警察手帳を出して見せると、口を開いた。



『エンジェルプロダクションの田中さんですね?既に連絡が行っているかもしれませんが、プロダクションの粉飾決算の調査をしている過程で、貴方が不当な薬物の注射をこの病院の医師に打たせているという噂が入りまして。お話を聞かせていただきたいのでちょっと署までご同行いただきたい』



 そう言うと、田中は有無を言わさず、男に連れ出された。




 由美子とゆうきも警察から、その場で話を聞かれたが、ゆうきの「ママはなんにも知らない。無理矢理連れてこられた」という迫真の演技が効いたのか、その場で帰された。




「ゆうき、パパの所に帰ろうか」




「うん。ママ、僕お腹すいた」



 そう返したゆうきの笑顔は、久々に曇りのない子供らしい笑顔だった。





     完





 読んで頂き、有り難うございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] リアルな描写だったこと。 [気になる点] リアル過ぎるところ。
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