君の好きな歌
爽やかな風が吹き、いつもと変わらない光景が城を包む。
穏やかな日差しの中で、場違いな程楽しそうな声が響いた。
「きゃーはははっ! 何これ、可愛いーっ!」
「あーもぅっ勝手に荷物からアルバム取り出して見ないで下さい、姫!」
奏に与えられた一室で、奏が家から届いた荷物を片付けていた。
その横で、輝夜奈は奏の赤ちゃんの時のアルバムを見ている。
「何で? 別にいいじゃない、あーぁ、この時の奏に会いたかったなぁ」
「その時は姫だって赤坊ですよ」
いたって冷静な奏の様子に輝夜奈は顔を膨らませる。その行動は10歳なのだから、自然に思えるはずだが、同い年である奏が大人びている為横に並ぶと、どうしても幼く見られてしまい、輝夜奈もそれを気にしていた。
しかし、あのベランダ事件以来、すっかり打ち解けた二人は、毎日顔を合わすので、仲良くなるのに大して時間はかからなかった。
「こんな可愛い赤ちゃんが、こんな可愛げのない人間に育つなんて……」
「すみませんね」
こんな冗談も笑って言える程、彼らは打ち解けている。
友達ができたことが、よほど嬉しいのか、輝夜奈は奏にベッタリだった。
まぁ、何もなくても神守なのだから、常に傍にいなくてはならないのだが。
しかし、神守は竜虎族代表と言っても過言ではない存在。なので、物凄く忙しい。
今、部屋の片付けをしているのも、束の間の休憩時間を利用しているだけだった。
「奏殿、お時間です」
奏の部下が時間を告げに部屋にやってきた。部下と言っても、奏より3倍近く年上だ。
「えぇっ!? もうっ!? さっき休憩したばかりだよ!?」
すると部屋の端にいた輝夜奈がドアの近くまで歩いていき、部下に文句をいう。
その部下は輝夜奈がいたのに気付いていなかったらしく、慌てふためいた。
「おっ、おっ、王女様っ!? も、申し訳ありません!いらっしゃる事に気が付きませんで、ご挨拶を……!」
余りの慌てように、輝夜奈の方が驚き、何故か申し訳ないような気分になる。
「いいよ、別に。ここに私がいるなんて、誰も思わないものね。頭をあげて下さい」
「王女様っ!」
しばらく感動に震えていた様子の部下は、はっとし、奏に向かって急ぐよう伝える。
「わかりました」
急いでその場を片付け、黒いマントをぱっと羽織る。それは王族を護る部隊としての制服で、黒と深い青色を基調とした落ち着いたデザインだった。
そして、神守である奏は、胸に銀と金の2頭の龍が交差した、勲章みたいなものを付けている。
史上最年少神守の奏には合ったサイズがなく、特別注文していたので、この一式が届いたのは昨日だった。
それを恨めしげに見る視線に気付き、そちらを向くと、輝夜奈が奏を睨んでいた。
「何を睨んでいらっしゃるんですか、姫様」
「もう行くの……?」
ふいに悲しそうな表情になった輝夜奈に近付き、奏は余り変わらない身長の、少女の頭を撫でた。
「夕暮れまでに仕事を終わらせてきます」
「本当……?」
じっと奏を見つめる輝夜奈に笑ってやる。奏が笑うと輝夜奈は喜ぶのだ。
「はい」
「わかったわ、待ってる」
案の定、輝夜奈はおとなしく自分の部屋に帰っていった。
「……なんかすっかり慣れたみたいですね」
一部始終を静かに見守っていた部下が口を開いた。その目には称賛の情が映っているように見える。
「そんな……まだどうすればいいのか、手探り状態で。これから時間をかけて、じっくり仲良くなっていくつもりです」
(いや、もう十分仲が良い気がするが……)
子供同士には子供同士なりの関わり方というのが、あるのだろう、そう思い、部下は口をつぐんだ。
「それに……」
そんな部下の思いを知ってか知らずか、奏が言葉を続けていく。
「何となく、妹が出来たみたいで……俺は一人っ子だったから嬉しくて」
言われて部下は先程の二人のやり取りを思い出す。確かに、あれは拗ねる妹を慰めている兄の図かもしれないと思い、吹き出した。
*****
「るるる〜♪るるる〜〜♪るるーるーるー♪」
上機嫌で鼻歌交じりに勉強をする輝夜奈。
「何か、よい事でも?」
いつものように輝夜奈の部屋で、輝夜奈の勉強を見ていた咲緒が尋ねた。
「えっへっへー、わかる?」
そりゃぁ鼻歌交じりに勉強をしていたら、誰だって気付く。
「でも大臣には教えてあげない」
あの日以来、輝夜奈は大臣の言い付けを守り、決して咲緒の名前を呼ばなくなった。自分で言いだした事なのに、咲緒の胸は何故か痛む。
(あの子が言った通りかもしれないわね)
咲緒の脳裏に、輝くような笑顔の少年が浮かんだ。
「……王女様は、幸せですね」
ふいに口をついて出た言葉に咲緒は自分で驚く。しかし、幸い輝夜奈には聞こえていなかったらしく、相変わらず鼻歌交じりにペンを走らせていた。
それに安心し、咲緒は読みかけていた本に視線を移す。
「ところで、何で私がいい事あったって気付いたの……?」
輝夜奈に急に話し掛けられた咲緒は、驚いたのと、本気で輝夜奈は、何故ばれたのかが分かっていない様子である事に、吹き出してしまった。
「なっ、何よ、その反応は?」
咲緒は少し頭を抱えながら答える。
「さっきから王女様は鼻歌交じりで勉強なさっているし」
「えっ!うっそ!」
輝夜奈は顔を赤くして、両頬を隠した。
(無自覚か……困った王女ね、まったく)
咲緒は呆れて過ぎて頭が痛い。しかし、まだ言いたい事があったので、それを我慢し、また口を開いた。
「それに、その鼻歌が……あの子守歌だったもので……」
ざぁっ、と草木が騒めく音がした。
*****
夕日が完全に沈む前に、奏は周りより早く仕事を終わらせた。
「今年の神守は仕事が早いなぁ」
奏を誉め讃える城の重役達に挨拶をし、さっさと仕事を切り上げ、約束を果たすために輝夜奈の部屋へ急ぐ。奏の後ろ姿を見送った者達は、よくやるよ、と視線を送った。
「日が暮れる前に行かなくちゃ」
輝夜奈の部屋の近くまで来ると、奏は息を整え、落ち着いた足取りで部屋の前まで行く。ふと、部屋のドアが開いているのに気付いた。
そして、かすかに部屋から声が漏れているのを聞く。近づいていくと、それが輝夜奈の歌声だとわかった。
入っていいのか分からず、奏は開いているドアの前で、そうっと中の様子を伺うと輝夜奈が窓から少し離れた場所で、窓に向かって歌っていた。
透き通るような声がメロディーを奏に伝える。切ないような、温かいような曲。夕暮れのオレンジ色に溶けていきそうな歌声は、誰もが聞き入ってしまう程、美しかった。
しかし、奏は何故か自分が汗をかいているのに気付く。
「あっ、奏!何で入ってこなかったの?もぅ仕事終わったんでしょう?」
歌い終わった輝夜奈が奏を見つけて嬉しそうに駆け寄ってきた。
「は、はい」
慌てている様子の奏を訝しげに見ていた輝夜奈は、思いついたように言った。
「あー、さては奏、あの歌に聞き惚れちゃったのね!?」
全く違っていたが、奏は否定しようにも、自分の気持ちさえ、よくわかっていなかったので、そのままにしておくことにした。
「それなんていう歌なんですか……?」
奏に問われ、上機嫌の輝夜奈は得意げに話してくれた。
「子守歌なんだけど……『世界の花嫁』って題名なのよ。残念ながら古くて、歌詞は分からないみたいなんだけど、とっても綺麗なメロディーで、私大好きなの!」
「そう……なんですか……。綺麗な……メロディーですね、……本当に」
でしょう?!と輝く笑顔を見せる輝夜奈とは裏腹に、奏は複雑な気持ちになっていた。
――何かが奏の中で警鐘を鳴らしていた――
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私の中での第一部はこれで終わりです。いくつかの謎を残して進みます。第二部からは少し年月が経ってのお話となりますが、またお付き合い下さいm(__)m