君の守る世界 菫国編―2―
更新が大幅に遅れました。申し訳ありませんm(__)m
次の日、空に日が昇った頃、奏たちは宿屋を出発した。
輝夜奈の表情は相変わらず暗いまま。
それでも誰も何も言えないため、そのまま静かに静かに道を進んでいく。
普段と何も変わらないはずの光景。
しかし今日はいつもと何かが違っていた。
「今日もいい天気になりましたね」
馬車の中、輝夜奈と向かい合わせの席に座っていたのは、部隊の先頭で指揮をしているはずの奏だった。
気付いていなかったのか、バッと上げられた輝夜奈の目は驚きに見開かれている。
「なんで……?」
目を瞬かせ、凝視してくる輝夜奈に苦笑しつつも疑問に答える。
「執事様がたまには同い年同士で話した方が楽しいだろうからと。……どうやら話のネタが切れたようですね」
冗談めかしていうと輝夜奈も少し笑った。
本当は輝夜奈の様子完全にお手上げ状態になってしまい、奏に何とかしろと半ば強制的に役目を交代させたのだが。
奏にすれば幸運でもあった。
落ち着いて輝夜奈の話を聞く事が出来る機会が、こうも簡単にやってきたのだから。
「部隊の指揮は代理人に任せてまいりましたので、久し振りに今日は姫様のお話にお付き合い致します。ずっとゆっくりお話をしていませんでしたし」
部隊としても、優先すべきは王女の事だったので、奏が馬車に乗っても誰も文句は言わなかった。
穏やかな雰囲気が馬車の中を包み、ゆっくりとした時間が流れる。
窓から差し込む光が奏を包んだ。
薄い紅色が優しい色に滲む。
「本当に……こうやってちゃんと奏と向かい合ったの、久し振りだね」
泣きそうに歪む顔には傷跡が見え隠れする。
日の下で見る傷は、月明かりの下よりも更に痛々しさが伝わってきた。
この傷が悲惨な別れの象徴のようで胸が痛い。
「今日もまだ王都には着けないでしょう、ですから今日はたっぷりと時間がありますよ」
窓の外は冬の寂しい景色を映しているが、馬車の中はどこか温かかった。
約1ヶ月前までは色とりどりに着飾っていた自然も、今は冬に備えている。
馬車の中が一瞬大きく揺れた。
倒れそうになった輝夜奈の身体を支え、もう一度窓に目を向けると道の向こうに湖らしきものが見えた。
「もしかして……あれが大海?」
頭の中を掠めた考えを口にする。
奏自身、大海を目にしたことも無かったので半信半疑だった。
「そうだよ……きっとあれだよ!」
奏の言葉で同じように窓の外を見た輝夜奈が、嬉しそうに言った。
「だって! 見てよ! 先が全然見えないよ!」
さっきまでの暗い表情はどこへ行ったのか。
急に小さい子供のようにはしゃぎ始める。
奏は苦笑いせずにはいられなかった。
この雄大な景色を前に普通にしていろ、という方が無理かもしれないが。
久し振りに元気な姿を見られたのだから、逆によかったのかもしれない。
(そういえば、前に大海がどうしても見たいとかいってたっけ)
尚更こうなるのも仕方ないような気がしてくる。
「ねぇ、馬車止めてもらおうよ! 私もっと近くで見てみたい!」
「えっ!!」
早速始まった寄り道をしたがる癖。
そうでなくても旅は予定からかなり遅れている。
急がないといけないのは山々だ。
しかしやっと元気になった輝夜奈をまた暗くさせたくはない。
仕方なく願いを聞き入れ、部隊を止めると大海がある方へと向かった。
「うわぁ……綺麗……」
岸へとやってきた輝夜奈は早速大海の水に触れて、その感触を確かめていた。
大海はその余りの大きさに海だと錯覚しがちだが、溢れている水は淡水であり、なかなかの透明度を誇っている。
きらきらと光を反射している水面は、風に煽られて、波をいくつか作っている。
それが足元にまで迫ってきて、輝夜奈の服の裾が濡れそうになった。
奏たちがいる場所は、大きな大海の岸の一部で、周りより少し幅が広い。
細かい砂粒や大きな岩や石もあり、なんとも歩きにくいが、そこから見える景色は本当に綺麗だった。
大海の向こうにはまた違う国がある。
しかしそれはここからでは見えない。
ただ水平線がどこまでも続くだけ。
湖岸もどこまでも真っ直ぐに続くだけで、端は見えない。
吹き付ける風を防ぐ為のものは何も無く、残酷なまでに冷たい風がもろに二人を襲ってきた。
「ちょ……寒くないですか!?」
執事に持たされていた服を慌てて輝夜奈の肩に掛ける。
「平気」
そう呟きながら奏の方に向き直った表情は硬い。
その金色と銀色の瞳に奏の姿が映っていた。
さっきまでのはしゃいでいた姿はもうどこにもない。
ただ覚悟に満ちた表情をしている。
風は止むことなく、ずっと薄茶色と漆黒の髪を靡かせ、柔らかい布を攫って行く。
水の匂いが鼻を掠めた。
「……待っててくれてありがとう」
「え?」
突然の言葉をすぐに理解する事は出来なかった。
「皆、私が自分から話し出すのを待っていてくれたでしょ?」
ふ、と辛そうな笑顔を浮かべる。
皆が気をつかっている事はさすがに分かっていたらしい。
「遅くなったけど、聞いてくれる?」
遠慮がちに尋ねてくる輝夜奈に、奏は一歩下がり跪く。
「もちろんです。今日は姫様のお話を聞かせていただくお約束ですから」
真剣さを出しながらも、何処か優しい表情の奏に、輝夜奈の肩の力が抜けていった。
「そんなに畏まられても困るって、何度言ったら分かってくれるのかなぁ。まぁいいや…………私ね、奏が倒れていた時に薬草を分けてくれたエリサって言う女の子と友達になったの」
その少女の事はヤズラから聞いていたが、そこはあえて知らなかったように振舞う。
「その子と色んな話をして、今まで知らなかった色んな事を知った。例えば無国地帯の事とか。奏は知ってた? 無国地帯って、貧しさで国から逃げてきた人が作った場所なんだって」
どこか自嘲気味に話す言葉に耳を疑った。
無国地帯がそんな場所であった事など聞いた事もない。
輝夜奈は奏の様子から、知らなかったのだとわかったらしい。
「そっか、奏も知らなかったんだね。……私も知らなくて。エリサには威守族の姫である事を隠して仲良くなったんだけど、あの怪我をした日にばれてね、人が変わったようになって、凄い形相で睨まれたの、よく私の前で笑っていられたなって、こんな場所にいるのもあなたのせいなのにって、こんな世界を創ったのは威守族だって」
奏自身言葉を失っていくのが分かった。
話は簡略的だったが、一応事前に話を聞いていたためかすぐに理解できた。
その話は奏にとっても、衝撃、という言葉が一番合っていたかもしれない。
「この世界は本当に平和なんじゃなくて、ひどい政治をしている国や役人はいっぱいいて、それをわざわざ威守族に報告するわけが無いだろうって、上辺だけの情報に騙されて、それで満足なのかって……っぅ……助けてって叫んでも、神様は助けてなんてくれなかったって……!!」
最後の方は嗚咽交じりになる。
必死に涙を耐えているのだと分かった。
あの泣き虫な王女が。
崩れそうになる身体を必死に保っているようで、押したらすぐにでも倒れてしまいそうだった。
周りを信じていた輝夜奈にとって、これほどショックだった事は無いのかもしれない。
何も知らなかった。
教えてくれる人々を疑う事なんて考えなかった。
それは奏も同じ。
「姫様……」
「奏……私、ずっと考えてたの、エリサの言葉を聞いても、やっぱりどこかで信じたくない気持ちがあったんだと思う。最低だね……目の前であんなに憎悪の感情をぶつけられても、泣き顔を見ても、まだ信じ切れなかったんだから」
目頭を押さえ俯いているので、奏から表情は見えなかったが、だいたい予想は出来た。
「ずっと……誰かにどうすればいいのか尋ねたかった。けど、それじゃぁ今までとなんの変わりも無いでしょう? だから奏にも言えなかったの。心配かけてごめんね」
「……そんな……滅相も」
慌てる奏を見て、輝夜奈は顔を和ませる。
また冷たく強い風が吹き付けてきた。
その瞬間、今まで弱々しかった輝夜奈の瞳に、強い意志の色が浮かんだ。
表情も引き締まり、どこか幼さを残していた顔が大人びる。
「だから私、決めたの。全部自分の目で確かめる。人から聞いた事も大切だけど、でもきっと人に聞いても、その人が見たものは私に全部伝わらない」
奏から目を離し、大海の方へと向き直る。
「この大海だって、人から凄い凄いって聞いていたけど、やっぱり本物を自分で見た方が何倍も綺麗。……きっと、この世界だって人から聞いていたのと全然違うはずだから」
水面に反射した太陽の光が顔を照らす。
跪いた体勢から輝夜奈を見上げると眩しくて、思わず目を細めた。
「……どうするおつもりなのですか」
静かに呟いた声。
その声で大気に波紋が広がっていくような、そんな錯覚を覚えた。
身体が小刻みに揺れ始める。
冬の寒さが身に沁みているのか、それとも……。
「……命ずる」
同じように静かに返された声。
それはいつものように柔らかい笑顔と共に発せられたのではなかった。
どこか硬く、威圧を感じさせた。
「威守族の王女の名の下に、神守に命ずる」
神守だと初めて明確に呼ばれた。
普段のように他愛もない話をする時には呼ばれない。
輝夜奈は普段から偉ぶる行為は嫌っていた。
それ故に、決して奏に対して命令することはなかった。
これは竜虎族と威守族の主従関係を最も表した行為だったから。
それだけはしないという想いを破るほど、拒絶を絶対に許さない命令なのか。
「私たちは、どんな道を通るのか、どの場所なら泊まってもいいのかという他国の許可の下に動いている。危険を防ぐ為だと言われて。……今まで怪しいとは思わなかったけど、今となっては、何かを隠すためだったとも思える。だから……」
続きの言葉を待った。
今まで大海に向けられていた顔がこちらへと動く。
背中に太陽の光を受けて、その顔には影が落ちる。
「それを確かめる。私自身の目で。だから連れて行って」
静かすぎる声。
逆光で見えない表情。
「……その御友人の所ではなく……?」
眩しさに目を細めていたが、輝夜奈の身体が微かに揺れるのは見えていた。
「エリサには今は会えないの」
声も微かに震えていた。
「私はまだ何も出来ていないし、何も知らないし、泣かないでいられる自信はないから」
また水の匂いが鼻を掠めていく。
「……ちゃんとして会いに行ける自信が出来てから、エリサに会いに行きたいの……今は、確かめに行く事が私のやるべき事だと思うから」
奏には輝夜奈の決意が伝わってきた。
きっと、真実を受け止める覚悟はもう出来たのだろう。
ならば奏はそれの手助けをするのみだ。
「ご命令のままに」
いつのまにか身体の震えは止まっていた。
今回のBGM……YUI「TOKYO」です。そして今回、読者の方々にお詫びをさせて頂きたい事があります。まずは今回の話の更新の遅かった事、そしてあともう一つは、これからはかなり遅い亀更新になるであろう事です。私はお恥ずかしながら今年受験生で勉強を主に頑張らなければいけないため、なかなか小説を書く時間がありません。それでもチョコチョコと書いていくつもりですし、受験が終わりしだい、しっかりと創作に励む予定です。読者の方々にはご迷惑をおかけしますが、よければこんな私の作品をこれからもよろしくお願いします。