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君の守る世界 無国編―9―

その日も気持ちの良いカラッとした天気となった。

そんな陽気の中で、周りの雰囲気に似付かわしくない二人組が、森の中を進んでいた。

紅葉した葉を身につける木の間から、垣間見えるは漆黒と薄茶色の髪。

木の葉の間を潜り抜け、その漆黒の髪をもつ青年の表情を伺うと、超がつくほど不機嫌な様子だった。

一方、薄茶の髪の少女はその様子に重々しいため息をついている。

「……そんなに嫌なの? エリサさんの所に行くのが」

困っているという事を隠そうともしていない言葉を投げ掛けた。

「いえ、王女様のご命令ならば、私は従うのみです」

(答えになっていないような気がする)

“エリサに会うのが嫌なのか”と聞いたのに、“命令だから”、と返されても困る。

嫌だとはっきり言われれば、エリサの所に行くために付いてきてもらうよう頼んだ事を、謝罪する事も出来るのだが。

輝夜奈も無神経すぎたのだろうか。

しかし数日前に共にエリサに会った、ヤズラに付いて来て貰う方が何かと都合がいいのだ。

そう思い誘ったのだが、ここまでエリサを嫌がっているとは気付かなかった。

何とかこの状況を打破したいが、どうすればいいのか分からない。

(今日は何だか空回りしてばかりだなぁ)

数時間前に奏が目を覚ました事を聞いて奏が寝ているテントに向かったら、奏は解熱作用のある薬草のもう一つの効用、催眠作用ですでに夢の中だった。

やっと声を聞く事が出来ると思っていたのに、まさに出鼻を挫かれたようだ。

熱に魘された表情ではなく、落ち着いた表情で寝ていた姿には、確かに安心したのだけれど。

世界は明るい色に染まっているにも関わらず、二人は別々の思いを抱え、同時にため息をついた。


*****


「こんにちは」

キィッと静かな音を立てて、小屋の扉を開ける。

その音に反応して、小屋の中の人物がこちらへと顔を向けた。

「なんや、あんたかいな。普通に入ってこれるやん」

赤い毛を掻き揚げて、いたずらっぽく口角をあげるエリサの言葉に、輝夜奈は数日前の自分の行動を思い出し、複雑な表情をした。

「今日はあんた一人なん?」

輝夜奈の表情の変化には気付かなかったのか、エリサは早速ヤズラの事を気にし始めた。

視線は輝夜奈の後ろに向けられている。

「ヤズラ中尉は途中まで付いてきてくれましたが、彼にはちょっと別の用事があって別れたので、今は私一人です」

「ふーん」

明らかに、つまらなさそうな表情で答えるエリサに、苦笑いをするしかなかった。

彼女はヤズラ以外に興味はないようだ。

本当はヤズラも傍にいるのだが、彼は本気でエリサに会うのが嫌であるらしく、小屋に着くなり隠れてしまったのだ。

輝夜奈の護衛をしなければならないので、離れられないが、普段の訓練がこんな時に役立つとは、ヤズラ自身思ってもみなかった。

「で、何しに来たん? 薬草なくなったとか?」

興味の大半が削がれたのか、こちらに向けていた顔を元の角度に戻し、掃除を再開し始めた。

客にこんな態度で商売をしていて、店の経営は大丈夫なのだろうか。

ふう、と一息ついてから、輝夜奈は本題に入る。

「今日は御礼がしたくて来たんです」

「御礼!?」

そのような言葉など予想もしていなかったであろう、その表情は、目を丸くして驚き、本気で当惑したものだった。

「うちはただ商売しただけやで」

訳が分からないといったように顔をしかめる。

「だって本当は売れなかったものを売ってくれたんでしょう?」

けろりと言ってのける輝夜奈から、他意は感じられなかったのか、本当にただ御礼をしにきたとわかってくれたらしい。

難しい表情をしていたのが崩されていく。

彼女は持っていた箒の柄の先に両手を乗せて、さらにその上に顎を乗せた。

頭の横に、一つにすっきりと結い上げた赤い髪が、さらりと肩を滑り、流れるように宙へと舞う。

「……あんた変なヤツやな、なんか調子狂うわ」

いきなり変な奴と言われて、ショックを受けつつも、御礼のために持ってきた品を差し出す。

「で、何にしようか考えたんですけど、これをエリサさんに。」

可愛らしい包装を施された包みが、ちょこんと手の上に乗せられていた。

目を見開いたエリサを不思議に思いながらも、受け取って貰えるのを待つ。

「…………何なん? これ」

絶妙な間の後、絞りだされたような声が届く。

「気に入って貰えるか分からないけど、ここに来る前に私が作ったクッキーと、砂糖菓子です!」

輝夜奈は問われるままに笑顔で答えるが、その後、何故だか二人の間に妙な沈黙が流れるので、首を傾げるしかない。

次第に困惑した表情に変わっていくのを見て、耐えられなくなったようにエリサが笑い出した。

「あはははっ! もーーあかんっ! もうマジであんたおもろすぎやわ!」

一方笑われた方は、全く状況が掴めていなかった。

「うぅ、もう腹が痛いー! 笑い死ぬぅぅぅぅ!」

大爆笑の嵐がエリサを襲っていた。

一人置いてきぼりを食らっている輝夜奈は、次第に顔を不機嫌な色に染めていく。

「何でそんなに笑うんですか!?」

エリサは、荒げられた口調で、相手が完全に機嫌を損ねた事に気が付く。

「ごめんごめんて、あんたが変わった事ばっかするもんやからついおかしくて……!」

それで謝っているつもりか、と問いただしたくなるほど、エリサはひーひー言いながらまだ笑っていた。

「普通金持ちが御礼ゆうたら大金出して、貧乏人見下した言い方しながらするもんやろ?」

輝夜奈は、その定義はどうだろうと思ったが、とりあえず黙って聞いていた。

「やのにあんたは、けちってんのか、天然なんか知らんけど、クッキーとかゆうんやもん! これが笑わんでおれる!?」

そのように言われると、確かに御礼としては、おかしいかもしれない。

他にもあったはずなのに、何故、よりによってお菓子を選択したのだろうか。

自分の行動が理解できなくて、エリサと同じように笑い出してしまった。

「あーー久し振りやわ、こんなに笑ったん……そういや、あんた名前なんてゆうん?」

「え……? あっ輝夜奈です」

突然の質問に慌てて答えたので、苗字を名乗るのを忘れてしまったが、エリサがそこまで追求してこなかったので、まぁいいかと済ました。

「へぇ、いい名前やん! まっうちには劣るけどな」

そんな言い方をされたにも関わらず、不快な感じはしなかった。

これがエリサの魅力なのかもしれない。

「ありがとう」

素直に御礼を言うと、また笑われた。

「ほっんまおもろいな、いいわあんた。気に入った! うちとも友達にならん? 金持ちはいけすかんやつばっかやと思うとったけど、あんたとは仲ようしたいわ。」

その言葉に輝夜奈の心がパァァッと舞い上がっていった。

「本当ですかっ!?」

自分でも驚くほどに声が裏返る。

「ほんまやって! 声裏返る程嬉しいんやな。素直でいいこっちゃ」

明るくて、どこか向日葵を思い起こさせるような笑顔で輝夜奈の頭を撫でた。

「あっ、それから敬語は禁止やからな」

力強いウインクをしてみせるエリサに、同性としても惹れてしまいそうな程の魅力を感じる。

「あっ……えっと、はい! ……じゃなくて、うん!」

心底嬉しそうな様子に、エリサも満足したのか、そのまま輝夜奈を小屋の中のテーブルの方へ招く。

「まっ、ゆっくり座っててーな、折角来てくれたんやし、なんも構われへんけどお茶くらいは出すわ」

誘いに応じて、輝夜奈が椅子に座るのを確認すると、エリサは店の奥へと消えていった。

しばらくすると、お盆を持って返ってくる。

「あんたがいつも飲んだりするやつよか、まずいかもしれへんけど、これが家の中で一番おいしいお茶やねん」

木製のコップが、コトンと輝夜奈の前に置かれる。

「こーゆー時は、粗茶ですが、とかゆうべきなんかなぁ」

本気で悩んでいる様子に、今度は輝夜奈がクスリと笑う。

「気にしないでください。私たちは友達になったんでしょう?」

首をほんの少し傾けて尋ねるように言った。

エリサは、その言葉に微笑んで返したが、すぐにそれは、不敵なものへと変わる。

「あんたもまた敬語になってんで」

二人は顔を見合わせ、互いに笑い合った。


*****


「ふーん、あんたらは今旅してんの」

お茶を飲みながら、二人は互いに色々と話し合っていた。

話は、尽きる事を知らないかのように、どんどんと溢れていく。

それと言うのも、エリサが話上手である上に、聞き上手だからだろう。

「そういえば、あんたどこの国から来たん?」

今まで自然な流れで続いていた会話が、そこで一旦途切れてしまう。

「……なんか聞いたらまずいことやった?」

不審に思ったのか、輝夜奈の顔を覗き込んできた。

輝夜奈としては、ただ困っていただけだった。

自分達が住んでいる領地には名もなく、この世界の全ての土地が威守族のものなので、何と形容すれば良いのか分からなかったのだ。

それに加え、あまり自分の身分を簡単に明かすべきでないかもしれないという懸念もあった。

エリサを信用していない訳ではないが、今までの経験上、身分を明かせば、同等に扱ってもらえなくなるのは目にも同然だ。

折角出来た友達を、そんな形で無くす事だけは何としても避けたい。

そのような考えが頭を巡る中、雰囲気を察したエリサから助け船が出される。

「まだ会ってすぐやし、言えへんこともあるか……まぁ言えるようになったら話してや」

輝夜奈の強ばった肩をポンッと軽く叩く。

「ありがとう」

エリサの心遣いに感謝しながら、ほっ、と息を付いた。

「ちゃんとお礼が出来るあんたは偉いで!」

暗くなってしまった雰囲気を掻き消すように、エリサの明るい冗談が小屋に飛びかう。

「ほんま金持ちって嫌な奴ばっかやと思ってたけど、それはうちの偏見やな。だって輝夜奈はこんな素直で普通の女の子やし」

「それ本当に思ってくれてるのー?」

女の子は基本的におしゃべりが大好きだ。

輝夜奈も、その例には漏れないらしい。

今まで女の子の話相手がいなかったため、知ることのなかった、女の子とのこういう会話をして、心底楽しいと思っていた。

もちろん、奏と話すのだって、同じくらい楽しい。

けれど、これはそれとはまた違った楽しさを感じた。

「ふふっ! なーんか輝夜奈と話してると妹の事思い出すわ」

急にそのように呟いたエリサの目に、一瞬だが、悲しい色が差した。

それはすぐに消えてしまい、輝夜奈は危うく、その事に気付かない所だった。

「妹さん?」

意を決し、聞いてみる事にした。

エリサは問われた事に不快を感じた様子もなく、先程よりはいくらか声のトーンを落として話し始める。

「うん、3歳年下の妹がいてん。生きとったら今年で13歳やったわ」

その口振りからわかるが、彼女の妹は亡くなったらしい。

しかしそれを辛そうに話している、という印象は受けなかった。

どちらかというと、受けとめている、という表現が正しいかもしれない。

「辛くないの……?」

思わず尋ねずにはいられなかった。

しかし口を滑らしてから、はっとする。

家族がいなくなった事を悲しまない人がいるだろうか。

何という愚問。

何という浅はかな思考。

どうして、そのような軽はずみな事を聞けるのか。

輝夜奈は自身が憎くらしくてしかたがなかった。

「ごめんなさい。辛くない訳がないのに変な事きいて」

慌てて謝罪する輝夜奈に、エリサが笑いかける。

「ええよ。この話を、輝夜奈がそう尋ねたくなるくらい、平気で話せるようになったって事やから。……確かに、この現実は辛いで。ここ数年ずっと悲しみに囚われてたわ。両親を知らんうちにとっては、妹が唯一の家族やったから。でもやっと受けとめる余裕が出来てきたみたいや」

エリサはポツポツと心の内を、隠さずに語る。

それが嬉しくもあり、同時に身分を隠したりする自分に嫌悪が渦巻く。

どうしようかと輝夜奈が悩んでいると、小屋の扉が開かれた。

「あっ客みたいや。ちょっと待ってて」

エリサはパッと立ち上がり、扉の方へ行く。

「いらっしゃーい! お客さんは何をお求めで?……って、あんたかいな」

入ってきた客の顔を見た瞬間に、声音や態度が急変した。

輝夜奈が来た時に向けた口調とも少し違う。

空気が、一気に張り詰めるような雰囲気へと変わっていく。

「今度は何なん?」

うんざりといった表情をしていた。

(……? お客さんじゃない?)

入り口から少し離れた場所にテーブルがあり、輝夜奈からはエリサの話している相手が扉に隠れて見えなかった。

しかし次の瞬間、驚愕の場面が目の前に広がった。

鈍く重い輝きを放つ銀色の尖った物体が、エリサの喉元に突き付けられている。

状況を理解できていないエリサの目にも、それが映り、顔面蒼白になっていく。

「こっの泥棒女ぁ!!」

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