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君の守る世界 無国編―2―

数十分で素早く準備を終えた医者は、数人の護衛を連れて、香椎国へと出発しようとしている。

彼は緊急時のためのメモ書きを、輝夜奈に託してくれた。

「王女様は薬草などの勉強もなさっていると大臣様から聞いております。なので、色んな症状に効く薬草などの名前も書いておきました。そこに書いていない薬草は絶対使わないで下さいね。」

念を押すように、医者は言う。

「わかりました。」

輝夜奈が答えると、では、と言って、彼らは馬を走らせた。

彼らが見えなくなってから、輝夜奈は奏のいるテントに向かう。

テントの中で、奏は赤い顔をして魘されている。

なので、輝夜奈はタオルを氷水に浸し、それを絞ると奏の額に置いた。

「みんな、あまりこのテントには出入りしないように…。」

輝夜奈が後ろにいる部隊の者達に告げると、

「…はっ。」

と、その者たちは答え、そっとテントを出て行く。

皆、奏が心配なのは一緒だったが、万が一でも風邪を貰ってはいけないので、大人しく輝夜奈の言葉に従わなければならなかった。

部隊の中には、先程香椎国へ出発した医者程ではないが、医療の事を勉強している人物も何人かいるので、彼らと同じく医療の勉強もしている輝夜奈は、その者たちと交代で、看病に当たるつもりだった。

「最初は私が見ているから、あなたたちは今は休憩していて。」

輝夜奈が一緒にテントにいた、奏を看病するために、待機している者たちに声をかける。

「いえ、王女様。我々もここで待機しています。」

しかし、彼らは輝夜奈がそう言っても、誰1人として動こうとしなかった。

輝夜奈はその状況に何となく笑みがこぼれる。

「思われてるね…奏。」

輝夜奈は、すっ、と目線を一度奏に向けると、再び彼らに視線を戻す。

「あなたたちの気持ちはよく分かったわ。けど交代制にしなくちゃ、皆ずっと見ている訳にもいかないじゃない?」

そんな輝夜奈の説得もあって2人ずつの交替制をとる事になり、最初は輝夜奈と、ヤズラという現在第2部隊に所属している青年が看病に当たる事になった。

彼は漆黒の髪に、琥珀色の瞳を持つ、いかにも女性にもてそうな容姿をしているが、周りには爽やかな印象を与える雰囲気を纏っている。

「よろしく、ヤズラ中尉(ちゅうい)。」

「こちらこそよろしくお願いします、王女様。」

ヤズラは跪いて輝夜奈に挨拶をする。

心なしか彼が震えているように思えた輝夜奈が、訝しげに尋ねた。

「どうかしたの…?」

ヤズラは輝夜奈の問いにビクリと肩を震わせる。

「…もっ、申し訳ありません!王女様とこうやって言葉を交わしたことはございませんので、少々緊張してしまって!」

慌てて深く頭を下げるヤズラを輝夜奈は止めた。

「大丈夫よ。怒ったのではなく、心配になっただけだから、そんなに畏まらないで。」

輝夜奈はこういう風に自分の前で畏まられるのは苦手だ。

しかし、中尉ぐらいの位だと、普段王女の近くに仕えることなどありえないのだから、ヤズラが畏まってしまうのも仕方がない事なのだ。

こうやって輝夜奈の前に跪くなんて、彼にとっては本当に特別である。

しかも、寝込んでいる奏を数えないで考えると、テント内、こんな近くで輝夜奈と2人きり。

テントのすぐ入り口には見張り役が何人もいるし、時には輝夜奈の世話係の女性や、執事が様子を見に来るが、この状況でヤズラに緊張するな、というのは無理な話だ。

「まっ、いっか…奏の看病一緒に頑張ろうね!」

相変わらず畏まったままのヤズラの事は諦めて、輝夜奈は気を取り直し、奏の看病に専念する事にする。

奏の額に浮かぶ汗を拭き取り、こまめにタオルを変えていく。

しかし奏の顔色は一向によくなる気配は見せない。「…奏。」

輝夜奈は心配そうな表情を浮かべ、タオルの上から額に触れる。

タオル越しでも奏の熱の高さを感じた。

「熱いわ…。解熱の作用がある薬草を探した方がいいかもしれない。」

「探しに行かれるおつもりですか?」

ヤズラが遠慮がちに尋ねると、輝夜奈は力強く笑ってみせた。

「当たり前じゃない。こういう時の為に薬草なんて難しい学問勉強してきたんだもん。」

医療の勉強をしているといっても、医者が扱う薬は、ほとんどが医師免許を持つ者だけが使うことを許されている代物なので、それを扱えない輝夜奈は薬草を使うつもりだ。

医者もそれを分かっていて、効果のある薬草などを書き記した紙を残していったのだろう。

ヤズラは、ほんの数時間一緒に看病していただけだったが、輝夜奈は自分が聞いていた王女像とは、全く違うように思えた。

「…それではお供いたします。」

そう言うと、輝夜奈は驚いた顔をする。

「…止めないの?」

「はい、止める理由がありませんから。」

それを聞くと、輝夜奈はヤズラに笑顔を見せた。

「ありがとう。」

その笑顔を見て、ヤズラの胸は高鳴る。

まさか輝夜奈に笑いかけられるとは思ってもみなかったのだ。

そして輝夜奈の笑顔が、ヤズラには何の汚れもない、純粋なものに見え、それが自分に向けられたものだと思うと、頬が紅潮していくのが分かった。

しかし、それを輝夜奈に悟られないように誤魔化して、彼は輝夜奈に背を向けた。

「で…では、交代して貰えるように次の番の者たちに伝えて参ります。」

そう言って、ヤズラはテントを勢い良く飛び出す。

見張り役の者たちは、その事に驚いていたが、彼らに簡単に事情を説明すると、何も疑問に思わなかったらしく、ヤズラをすぐに行かせてくれた。

急いで次の番に当たっている者たちを呼びに行く。

「バカだな……俺。」

自分を戒める為に静かに響いた声は、どこまでも悲しく聞こえた。

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