君の守る世界 蓮白火国編―3―
「っく…あはははは!」
静寂が続いていた中、急に輝夜奈が笑い始める。
「ひ…姫様…?」
奏は驚いて輝夜奈を見る。奏と同じく驚いたタイナも輝夜奈に目を向ける。
「ごめんなさい。でも、すっごくおもしろいお話でした。その宗教は変わっているけど、何だか国民皆が活き活きしてて楽しそうです。」
目じりに涙を溜めて笑う輝夜奈に、タイナはぐんと近づく。
奏はタイナが怒ったのかと思い、輝夜奈を庇おうとしたが、それをタイナに拒まれる。
何をするのかと思っていたら、タイナは輝夜奈に先程持っていた薔薇を差し出した。
「え…?」
驚きながらも、輝夜奈がその薔薇を手に取ると、タイナはガシッと輝夜奈の両肩を掴み、興奮した様子になる。
「そんな風に言ってくださる方に出会うのは初めてです!是非ともあなたを私の妻にしたいっ!」
「………は?]
いきなりの展開に、輝夜奈だけでなく、皆が目が点状態だ。
タイナは輝夜奈のすぐ横に立っている奏の事など、蚊帳の外らしい。
(どうでもいいけど独身だったのか、この国王。)
「そうと決まれば、早速婚約の日取りでも決めましょうか?!物事はなんでも、すばやく行わなければなりませんから!」
沈黙を肯定と取ったタイナは勝手に盛り上がっている。
なんと都合のいい思考だろうか。
「ちょぉぉーーっとお待ち下さーーいっっ!!」
その場に物凄い大音量の変な怒声が響き、奏は恐る恐る後ろを振り返る。
そこには、奏が予想した通りの、怒りを隠そうともしていない執事がいた。
(うわぁ…完全に怒ってるよ…。)
奏はその怒りが自分に向けられていないにも関わらず、肝が冷える感覚を味わう。
今の執事ならば、人ひとりは殺しかねない。
「そんな勝手に大事な王女様を、しかもそんな簡単に娶られてはたまりませんなぁぁっ!!」
執事の怒りは最もだが、何せ怖い、他に例がないくらい怖い。
「そーーおおおぉ殿っっ!!」
「はいっっっ?!」
急に呼びかけられて奏は肩を竦める。
「あなたも文句の1つや2つ、言ってやったら如何ですかなぁぁっっ?!!」
(そう言われても…あなたがそれだけ怒っていれば、怒る気力が湧きませんよ…。)
しかし黙っていれば、奏の命が本気で危ない。
仕方ないので必死に言葉を探す。
「奏殿ぉぉぉ!!!」
「はいぃっっっ!えっと…あの、国王様、姫様は今年14歳になったばかりでして、年齢的に考えますと、犯罪になる可能性が…。」
奏は自分で言っていて、何だか情けなくなる。他にも言う事があるだろうに。
でも、慌てて思いついたのがそれだった。執事からの奏への視線が痛い。
多分、そういう問題じゃないだろうと言いたいのだろう。
「…ハンザイ?何ですか、それは。」
しかし、返って来たタイナの言葉は奏たちの考えを遥かに超えていた。
「えっ!?」
予想外の答えにその場が凍りつく。
(あれだけ流暢に共通語を話しておきながら、犯罪だけ知らないって、何て都合がいいんだ。)
奏たちの開いた口は、衝撃の余り塞がらない。
「もしかして、神となる御方との結婚は禁断と仰りたいのですか?」
「いや、確かにそういう意味でも有りますが…禁断とかいう言葉を知っていらっしゃるなら、犯罪くらい知っておいて欲しいです…。」
奏は本日何度目かの脱力感に苛まれる。
「あの…。」
そこへ、今まで完全に存在感の薄かった通訳が遠慮がちに前に進み出てきた。
「なんでしょうか?」
奏は顔をそちらに向け、通訳に先を促す。
「大変申し上げにくいのですが…この蓮白火国に、“犯罪”に当たる語はございません。」
「ええええぇぇっ!!?」
通訳の言葉で、奏たちの間を更なる衝撃が走る。
「じゃぁ、犯罪とかが起こったらどう表現されるのですか!?」
「…さぁ?」
(いや、さぁって…。)
どこまでタイナに都合がよく出来ているのだ、この国は。
輝夜奈本人が、何度もタイナに断りの言葉をかけているのに、タイナには聞こえていないらしく、それさえも無視されているので、輝夜奈も困り果てている。
だからといって、へたをすれば、国同士の問題にも発展しかねないので、タイナに不快を与えるような事は言えない輝夜奈は為す術がないようだ。
そんな微妙な空気を切り裂くように、場違いな程暢気なタイナの声が響く。
「まぁ、とにかく。そういう心配ならばご無用ですよ。」
しかも彼は人差し指を振りながら、何故か自慢げにしている。
「この蓮白火国は言うなれば、“逆さまの国”。ならば、他国では禁断の結婚でもここでは、逆さま…つまり!許された結婚になるわけです!おー素晴らしいっ!」
「何でだよっ!!」
タイナの余りにも自分勝手な発言に、とうとう奏は声に出して突っ込んでしまった。
しまったと思っても後の祭り。
奏がはっとしてタイナの方を見ると、何だか重い空気になっていて、口を開かない。奏にとっては嫌な沈黙が流れる。
「……そうですか…。まさか神守様もとは…。」
しばらくの沈黙の後、タイナはため息混じりにつぶやいた。
「な…何がです?」
奏はどきどきしながらタイナの次の言葉を待つ。
「神守様も、王女様をお慕いなさっているのですね。」
「はっ?今、何と!?」
奏は自分の耳が、一瞬悪くなったのかと思ったが、どうも聞き違いではないらしい。
さっきの奏の発言が、何がどうやってそんな風に、タイナの中で理解されたのか。
「まぁ、確かに他国では従人が主人を想う事など言語道断。しかし、ここは蓮白火国、逆さまの国。あなたも私と同じように、ここでは許された恋をするもの同士だ。フェアに行きましょう。」
タイナはどんどんと勘違いの方向に突っ走っていく。
奏が否定の言葉を挟んでも、聞く耳を持っていないのか、全く取り合ってくれない。
「では、王女様をかけて剣の勝負をいたしましょう!」
「何でそうなるのですか!?」
奏が抗議の声を上げるが、それでもタイナは奏の言葉を無視する。
「もちろん!フェアなので、あなたには素手でやってもらいますよ、竜虎族の神守様?」
ここで急にタイナの口調が、奏を挑発するものに変わる。
しかし、そんな挑発に奏が乗るはずもなく、ただ困った表情を浮かべている。
どこまでも人の意見を無視する国王である。しかも、一番重要な輝夜奈の答えもちゃんと聞いていないというのに、タイナの独断の意見による、奏との、輝夜奈を取り合う勝負が決行される事になった。