君の守る世界 蓮白火国編―1―
「どうぞ、また機会があればお越しくださいますよう。」
香椎国国王であるメイゼン直々に見送られ、輝夜奈たちは香椎国を出発した。
次に彼らが向かうのは蓮白火国。余り、他の国との交流が無い国だ。
香椎国から東南に3時間程行った所にあるらしい。
「この国に関する書物は全く無いのよ。だから大臣には、ここの事を調べるように言われているの。私や他の人が蓮白火国で見た事を、本にするんだって。」
馬車の横につけて進んでいる奏に、輝夜奈がペンを片手に、色々メモを取りながら言った。
その顔はとても楽しそうだ。
「でも、何故今までそんなに交流が無かったんでしょう?」
奏が不思議に思い、馬の背中の上で唸る。
蓮白火国は他国に誇る、伝統工芸品を持ち、その伝統工芸品はどの国でも高い評価を受けている。ならば、少しくらいは交流があってもいいだろうに。
「この辺りの国で唯一、話す言語が全く違うからでしょうな。」
奏の疑問に執事が答える。
「それでは、蓮白火国では我々の言葉が通じないという事ですか?」
「そうですね。」
執事が頷く。その様子を黙って見ていた輝夜奈は、目を輝かせている。
あの一件以来、執事の奏に対する態度が明らかに緩和しているのが、余程嬉しいらしい。
それにさっきまでのご機嫌がプラスされ、絶好調といった所だ。
「ならば、どうやって今から国王にお会いするのですか?そもそも今回の訪問も言葉が通じないなら、どうやって蓮白火国の了解を得られたのでしょうか。」
しかし、そんな輝夜奈の様子に気がつかないくらい、今の奏の頭の中は疑問が溢れている。すると、奏の疑問に今度は輝夜奈が答えた。
「それはね、大臣が蓮白火国の言葉を研究しているから、彼女はその国の言語が分かるんだって。だから、大臣が直々に手紙を出したそうよ。」
なるほど、と奏は納得した。咲緒は大臣の役目を果たすため、外務、政治、あらゆるものに精通している。勉強熱心という評判のある彼女ならば、確かに出来そうだ。
「大臣様が手紙を出した際に現地のガイドも頼んだらしいので大丈夫です。」
執事が輝夜奈の説明に付け足すように言う。
奏は、その言葉に安心して馬車から離れ、先頭に戻ると空を見上げた。
旅の空はどこまでも澄み切った青色をして、木々は赤々とした葉を風に揺らし、美しい秋を感じさせる。
「次の国もいい旅が出来そうだ。」
奏の心は次の国への期待が満ち溢れていた。
*****
「……………………………………。」
一行の間の会話は全くない。もう、かれこれ20分は誰も言葉を発していなかった。しかし、彼らの胸の内にある思いは、きっと同じである。
そんな中、唯一話を続けているのは、咲緒が雇ったという現地のガイドだけだった。
「ここは工芸品である籠などを手懸けている工場です。」
彼は全く違う言語を話しているとは思えない程、流暢な共通語で、代表的な建物を丁寧に説明していってくれている。
常識で考えれば、かなりの好青年である。しかし、奏たちの、彼を見る視線はいいものではない。
いや、それは彼だけでなく、城までの道中にいる人々にも向けられている。
この国の建物は木造で、村と呼ばれる集落の周りには沢山の畑や牧場があり、何とも閑かな雰囲気だ。
しかし、そんな雰囲気を壊すような光景が奏たちを襲っているのだ。
そう、それは国境にて奏たちが咲緒の雇ったという現地のガイドを待っていた時から始まった。
奏たちが約束の時間どおりに指定の場所に着いた数分後、彼は現れた。
遠くからだんだんと近づいてくる、彼のシルエットが大きくなっていくにつれ、奏は我が目を疑いたくなる。
その青年は、どう見ても上下逆さまの服を着ていたのだ。しかも、何やら凄く歩きにくそうである。
案の定、彼も奏たちの傍まで来ると流暢な共通語で
「すみません、この格好はどうも動きにくくて。」
と言った。
その時、ガイドを除く全員が口にはしなかったが、なら着るなよ、と思っていたに違いない。
しかし、まだ会ったばかりで、これから世話になろうという人に向かって、いきなり服の趣味を問うのもどうかと思い、奏たちは黙っていた。
そして、蓮白火国に足を踏み入れてから知ったのだ。ガイドの服の趣味が、この国では当たり前の事なのだと。
そう、蓮白火国の人々は皆、服を上下逆さまに着ていたのだ。それも、やっぱり歩きにくそうに。
その事実に気付いて以来、奏たち一行の会話は途切れたままだ。
しばらくして、ガイドが何かを思い出したように立ち止まり、懐(というか、実際はズボンのポケット)から、手紙らしきものを取り出して、奏に手渡してくる。
「皆様の国の大臣様よりこの国に来た際、渡すようにと言われていました。」
そう言われて、奏は慌てて手紙を開ける。そして咲緒の綺麗な字で綴られている文章を読んでいく。
しだいに奏の肩が小刻みに揺れていくのが、離れた場所にいる馬車の中の輝夜奈にも分かる。
「どうしたんだろう…?大臣の手紙になんて書いてあったのかな。」
輝夜奈の心配を余所に、奏は全文を読み終え、脱力感に苛まれていた。
その手紙の内容は、こうだ。
*****
お久しぶりでございます、奏殿。
多分これを最初に見てくださるのは奏殿ですよね(違っていたらすみません)。いかがです?蓮白火国の様子は。
おもしろい習慣でございましょう。皆様の言葉を失っている姿が目に見えるようですわ。
王女様も日頃、本などで他国について、お勉強なさっていますが、蓮白火国についての書物はございませんので、さぞかし驚かれているのでは?
たまにはサプライズも必要ですよね。
そう、この国の訪問は、いわば私からのプレゼントです。存分にお楽しみください。
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大臣、如月咲緒
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P.S
この国には他にもおもしろい事があるんです。詳しくは国王にでもお聞きください。
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文面から目を離した奏の目は遠くを見ている。
その脳裏には翡翠の瞳を輝かせ、物凄く楽しそうな笑顔を浮かべている咲緒が過った。
「…遊ばれてる。」