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君の守る世界 香椎国編―3―


 賑やかな店の通り。楽しそうな子供たちの声があちこちで聞こえてくる。


「ここは赤い屋根通りっていうらしいです」


 そんな喧騒の中、奏は城の人からもらった地図と、真剣ににらめっこをしている。


「見た感じそのままじゃない。まぁおもしろいけど」


 輝夜奈は上を見上げ、赤い屋根が続いている店通りを見る。その足取りは軽い。

 地図から目を離し、奏は輝夜奈に視線を向けると、はぁとため息をついた。


(この人は……本気で観光するつもりか……?)


 奏がこう思うのも無理はない。何せ、今の輝夜奈の格好はどう見ても街の住人、つまり貴族の格好ではなく、庶民の服装をしているのだ。

 しかも、準備のよい事にカラーコンタクトをして、瞳の色を黒色に変えている。


(国家調査隊の制服といい、この服装にカラーコンタクトって……完全に準備万端じゃないか……)


 奏はもう、呆れや感嘆をも通り越して、笑いがこみあげる。


「飽きない人だな」


 奏が、ぽそり、と声を漏らす。


「何か言った?」


「いえ」


 奏は笑顔のまま、目を閉じた。けれど、すぐにその目を開ける。


「さぁ、行きましょうか、急がないと時間などすぐに経ってしまいます」


 奏は輝夜奈の横に並び、彼女をつれて店へと向かった。


*****


そう、本気で奏は忘れていたのだ、大事な事を。


「わぁっこれ可愛いかも! 奏、どうっ?!」


 輝夜奈は、店の服を自分に当てながら奏に見せる。


「……よく、お似合いです」


 弱々しい声で奏が答える。その顔は赤かった。


「もう、ちゃんと見てる? ん? どうしたの、奏、顔が赤いよ?」


 輝夜奈が奏の顔を覗き込む。すると、奏は口に手を当てて目線を輝夜奈からそらす。


「いや、あの……先程から周りのお客さんや店員さんの視線が痛くて……」


 そう言われて輝夜奈は周りを見渡す。すると確かに周りの人が、奏をちらちらと見ていた。 しかも中には、くすくすと笑っている人もいる。


「何で?」


 輝夜奈は本気で理由が分からず、首を傾げる。


「ここが女性用の商品や服を売る場所で、男が入るような場所じゃないからですよ」


 真っ赤な顔で、目を伏せ、手で口元を隠したままの奏を見ていて輝夜奈も状況を理解する。


「そっ……そっか……ごめん、奏」


 申し訳ない気持ちになり、謝る輝夜奈。


「いえ、買いに行くのは女性用の服なんだから、こういう所に来るのだと、忘れていた俺が悪いんです。でも、早くして頂けると有り難いです」


「うっ、うん、わかった!」


 輝夜奈はとにかくドレスの上からでも羽織れる服を探し、さっさとレジで精算する。

 そして、二人は素早く店を出た。奏は深呼吸をして、外気で火照る顔を冷まそうとする。


「はぁ……恥ずかしかった」


「……ぷっ、あははっ!」


 堪え切れなくなったように輝夜奈が笑いだし、奏は少し、むっとする。


「笑わないでくださいよ」


「ご、ごめん!でも奏ってば、顔真っ赤なんだもん、可愛いすぎっ」


 輝夜奈は笑いが止まらないのか、まだ笑い続ける。奏の中で別の恥ずかしさが生まれた。


「……可愛いとか言われても嬉しくないんですが、姫様」


 そう言うと輝夜奈の動きが、ピタリと止まる。奏はそれに驚いて輝夜奈をじっと見つめる。


「姫様?」


「しっ!」


「!?」


 輝夜奈は急に奏の口を押さえる。あまりに急な事だったので奏は目を白黒させた。

 これが輝夜奈相手でなければ、手を振り払っているどころか、口を押さえるなんて行動もさせないところだ。

 しかし、相手は主人、しかも同い年の女の子。乱暴な事は出来ない。

 なので奏は視線だけで疑問をぶつける。すると輝夜奈は、奏から手を離しながら、


「せっかく、完璧に変装してるのに、そう呼んだら正体がばれるでしょう。そうしたら、奏だって色々大変だと思ったからこうしてるのに、意味がなくなっちゃうじゃない」


 と言った。そこまで考えてくれているとは知らなかった奏は、はぁ、と声を出す。


「でも、そうなったらどうお呼びすれば……?」


「名前で呼んで」


 けろりと言ってのける輝夜奈に、奏は開いた口が塞がらない。


「そっ……そんなことできませんよ!」


 端から見ても物凄い慌て様であった。


「どうして? 別にそう呼んだって、怒る人はここにはいないし、それ以外呼び方ないでしょう?」


 奏が何をそんなに慌てるのか、輝夜奈にはさっぱり分からない。


「いや、しかし主人を前に名前を呼ぶのは……何と言うか、抵抗が」


「もう……まぁ呼ばなくてもいいけど、でも名前で呼ぶ以外は反応しないからね」


 煮え切らない態度の奏を尻目に、輝夜奈はさっさと歩きだす。


「あっ……ひ、姫様っ!」


 言われたばかりなのに、奏はさっそく呼んでしまう。

 案の定というか、輝夜奈は振り返らない。いつもの習慣というのを恨む、情けない奏だった。


*****


「あれは何? ……じゃぁこれは?」


 先程まで不機嫌だったのに、街を色々と見て回る内に、だんだんと輝夜奈は機嫌がなおってきたらしい。奏もその様子に、ほっと息をつく。

 輝夜奈はそんな奏の気持ちには全く気付かず、目を輝かせながら街のあらゆるものに興味を抱いている。輝夜奈のその笑顔が何となく奏には嬉しかった。


「きゃーーっ!」


 しかし、そんな時に突然、奏の耳に沢山の女性の歓喜の声が聞こえてくる。

 その声の方を見て、奏は青くなった。なんと凄い人数の人(全部女性)が押し寄せてきていた。どうやら、奏たちの来た道の方に何かあるらしい。

 とにかく、道いっぱいに広がるその群衆に紛れてしまえば輝夜奈とはぐれてしまいそうで、そうなってはいけないと、奏は急いで輝夜奈に手を延ばそうとして振り返る。


「えっ……!?」


 しかし、そこに輝夜奈はいない。慌てて辺りを見回すと、後ろの方で上を見上げたまま、つったっているのを見つけた。

 どうやら、上に通っている不思議な形の水道管に目を奪われているようだ。

 まさか、後戻りをしているとは思わなかった奏は、気付くのが遅れてしまい、奏が走りだした時には、もうすでに、群衆にのみ込まれる寸前だった。

 奏は必死に腕をのばし、とっさに叫ぶ。


「輝夜奈ーーっっ!」


 その時の奏の頭は真っ白で、ただ、輝夜奈だけが見えていた。

 呼ばれた事に驚いた輝夜奈が奏の方を見た瞬間には、二人は完全に群衆に呑み込まれていた。

 奏は凄い勢いの女性達に、あっという間に道の脇へと追い出される。

 そして気付いた時には輝夜奈を見失っていて、その群衆も全部通り過ぎていた。


「なぁっおじさん! さっきの女の人達、どこに行ったか知ってる!?」


 奏は横に立っている店の主人らしき男性に掴み掛かるように尋ねた。


「わっ、とと……どうしたんだい、そんなに慌てて」


「説明してる暇はないんだ、知ってるなら、教えてほしいっ!」


 奏の取り乱し様に、ただ事ではないのを感知した男性は分かりやすく説明してくれた。


「あの女性達はこの国のアイドルのおっかけなんだ、確か今日は教会の近くの広場でコンサートをする予定だから、そっちに行ったはずだ」


 そう言って、その方向を指さす。奏は指先が示す所に、教会の屋根を見つけると、ばっ、と走りだした。


「ありがとう! おじさんっ!」


「何だかよくわからんが、頑張れよー!」


 その男性の声を背に、奏はより加速していく。奏の心は焦っていた。

 何と言っても輝夜奈は王女で、超がつく程の箱入り娘、信じられないほどの世間知らずだ。

 そんな彼女をまだよく分からない国で、一人にする事がどれ程危険か、奏にはよく分かっている。


(早く、姫様を見つけないと!)


 奏はぎゅっと拳を握り締める。自分の未熟さを痛感していた。


「くっそ……!」


*****


 どんっと鈍い音を立てて、輝夜奈は壁にぶつかった。いや、正確にはぶつけられたのだ。


「うっ……!」


 あまりの痛さにくぐもった声しか出ない。


「ったく、人の女に怪我させたくせに、謝るだけで済まそうなんて、いい度胸だな、ガキ」


 大柄な3人の男が輝夜奈を囲んで、地面に倒れた彼女を見下ろしている。薄暗い路地裏に連れ込まれたので輝夜奈から男たちの顔はよく見えない。

 そこは廃墟になった建物の間にある路地裏らしく、光が差している表には誰一人として通る気配はなかった。


「わ、わざとじゃない……の」


「何だと、てめぇ。わざとじゃなければ何してもいいってか!?」


 男の内の一人が怒って、輝夜奈の傍にあった、空の酒の瓶が入った木箱を蹴り飛ばす。


「きゃっ……!」


 その音に輝夜奈は体をびくりと縮める。


「ひっどーい! 私、すっごく痛かったんだからぁ〜」


 女が腕を庇いながら、男たちに甘えた声を出す。

 元はと言えば、この女のせいで、輝夜奈はこんな状況に追い込まれている。

 さっき群衆に呑み込まれた輝夜奈は、その中から這い出ようと必死になって、やっと抜けられたと思った時に、目の前にこの女がいて、体勢を崩していた輝夜奈は彼女を避け切れず、そのまま突っ込んでしまったのだ。

 運が悪いことに、その彼女は柄の悪い連中の仲間だったらしく、今に至る。


「ったく、とんだガキだな、教育がなってねぇ」


「仕方ない、俺たちで教育しなおしてやるよ」


 不気味な声を出し、男の内の一人が輝夜奈の髪を掴んで顔を上にあげさせる。


「痛っ!」


 輝夜奈は恐怖のあまりに泣きそうになる。衝撃が来るのを予感して、輝夜奈は目を瞑る。


「……ん?うぉっ?!待てよ、こいつ、まだ子供だけどかなり可愛いじゃん」


 しかし、そんな衝撃は来ないで、髪を持ち上げた男が残りの2人にそう告げた。すると、残りの2人も輝夜奈を見て驚きの声をあげる。


「まじで可愛い、でもここらでは見た事ない顔だぜ」


「しかも、よく見てみると、いい所のお嬢さんみたいだ。……ついてるな、俺たち。こいつで、たっぷりと身の代金要求すりゃぁ、一気に大金持ちも夢じゃないかも」


「!!」


 男たちの言葉に輝夜奈は閉じていた目を見開く。

 目の前には暗くても、はっきり分かるほど、欲望に歪んだ笑顔を浮かべる男たちがいた。

 恐怖で輝夜奈の体の震えは止まらない。知らない内に涙が零れる。


(だ、誰か助けて……!)


 それをみた男たちは掴んでいた輝夜奈の髪を離した。そのせいで、輝夜奈は地面に勢いよく落ちる。


「ぎゃはははっ! 泣いちゃって、可愛いねー!」


「大丈夫さ、俺たちにおとなしく従って、君の家を教えてくれたら何もしないから」


 輝夜奈は地面の土を握り締める。脳裏に浮かぶのは少年の優しい笑顔。輝夜奈は今更だが、奏の忠告が身に染みていた。


(なんで、一人で勝手な行動をしたんだろう。あれだけ怒られたのに。あの時、忠告をちゃんと聞いていれば、こんな事になっていなかった。自業自得だね……)


 輝夜奈の目にまた涙の波が押し寄せる。たわいもない事で怒り、奏を避けた罰があたったのかもしれない、輝夜奈はそう思った。


「ほいっと、今、仲間を呼んだ。直に来るぜ」


 いつのまにか、どこかへ行っていた男が帰ってきた。どうやら電話をかけてきたらしい。


「ねぇ、本気でやるのぉ?」


 ずっと黙っていた女が、ふいに不安そうな表情を浮かべた。


「あったりまえだろう? こんなチャンス、二度とこないぜ!」


 仲間内でそう言っている間に、武器を持った男達が路地裏に入ってきた。さっき呼ばれた仲間らしい。


「これで7人、全員揃ったな。……よっしゃ、後はさっき連絡した通りだ。てめぇら、ぬかるなよっ!」


 リーダーと思われる男に合わせて、他の男たちが一斉に大きな声を出す。

 そして、リーダーの男は、肩を抱くように座っている輝夜奈の腕を引っ張り、立たせる。


「おとなしく俺たちに従えよ、こんな場所じゃ誰も助けに来ない。お前に残された道は、自分の親に金を出させる事だけだ」


 調子に乗った男は、輝夜奈の耳元で囁きながら、腕を輝夜奈の首に回す。

 俯いている輝夜奈の表情は男からは見えない。


「奏……」


 小さな声で輝夜奈は奏を呼ぶ。


「んー? 何だって?」


 輝夜奈の言葉が聞こえなかった男は、輝夜奈が怯えているのだと思い、おもしろそうなものを見つけたように、輝夜奈に顔を近付ける。

 その瞬間、輝夜奈は大きく口をあけて、男の腕に力いっぱい噛み付いた。


「ってぇぇーーー!」


 男は堪らず輝夜奈から腕を外し、その隙に輝夜奈は男たちの間を擦り抜けた。


「こっの、ガキーーっ! お前ら、追い掛けろっ! 二度と日の下に出られないくらい、何もかもボコボコにしてやれっ!!」


 男が叫ぶと、周りにいたものが武器を持って、すぐに輝夜奈を追い掛けてきた。輝夜奈は必死で走り、路地裏から出ようとする。

 しかし子供の足ではすぐに男たちの足に追い付かれそうだった。


(助けて……! 奏っ!)


 輝夜奈の脳裏に奏の背中と、先程、初めて自分の名前を呼んだ彼の姿が浮かんだ。

 しかし、とうとう男たちの一人が追い付いて、輝夜奈の頭上から、鉄パイプを思い切り振りかぶり、輝夜奈は頭を殴られた。




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