君の守る世界 香椎国編―2―
(す……凄いな)
奏は目の前の光景に愕然とする。
大きい2つの窓から差し込む光で包まれた部屋。決して嫌味にはならない色合いの赤い絨毯は、部屋の床に隅々まで敷かれ、そこで寝ても寒くなさそうな程ふかふかしている。
白い壁には色々な装飾品が飾られ、見た目にもかなり艶やかな雰囲気を作り出す。必要な家具もきっちり揃えられ、別室に大きなベットもある。
「ただの姫様のお付きにまでこんな部屋が与えられるのか、本当に凄いな香椎国」
そう、いかにもお客様用のこの部屋は何と、奏一人に与えられたものなのだ。とりあえず自分の荷物を先におくように言われ、部屋にきてみるとこんな状態だった。
「あっ部屋で惚けてる場合じゃない。すぐに姫様の護衛に戻らないと」
我に返った奏は荷物を適当に置き、急いで輝夜奈のいる部屋に向かう。
しかし、その途中途中で城内の人たちが奏をじろじろと見ているのに気付き、その視線に耐え切れなくなった奏は、自分を見ている内の一人に話し掛ける。
「あの、何かあったんですか?」
奏にいきなり話し掛けられた使用人は余程驚いたのか、目を大きく見開いて、あたふたする。
「あっ、いっいえっ! ただ竜虎族の方々を間近で拝見したことがありませんでしたので、つい……。すみません」
使用人は恥ずかしそうにうつむく。彼女がいうように竜虎族はめったな事がないかぎり、物理的に存在する威守族の領地からは出ない。
たまに変わり者が他国に移り住む事もあるが、それは、ごくわずかであるので見た事がないというのも仕方がない事だ。
けれど奏たち竜虎族に、そんな見た目にも分かりやすい特徴も無ければ、注目する程のことはないはずだが。
「まぁ、いいですが。……と、やばいっ早く部屋に行かないと!あっ、答えて頂きありがとうございました!」
しかし、そんな疑問を気にしている場合ではない事を思い出し、
奏は使用人に礼を告げると、また部屋に急いで向かい始めた。
残された使用人はずるずるとその場に腰を下ろす。
「はぁ〜驚いた。見ていたのがばれたなんて、恥ずかしすぎっ! でっ、でも、お話しちゃったわっ神守様と」
使用人達の視線が全て憧れの眼差しであったことを、奏は全く気付いていなかった。
他国からすれば、威守族や竜虎族は謎に包まれた一族なので、みな色々な憧れや夢を勝手に抱いているようだ。
*****
奏は急いで輝夜奈がいる部屋の前まで来ると、見張り役を頼んだ部下達にも、自分の荷物を部屋に運ぶよう促す。
そして輝夜奈の部屋のドアをノックすると、輝夜奈に返事をもらい、中に入る。
「失礼します」
一歩部屋に入って、奏は驚く。その部屋は奏のものより2、3倍大きく、絨毯も装飾品もどれをとっても何千万はくだらないような代物ばかり。家具も一流品だ。
天井に至ってはステンドグラス張りで、さすがは王女、扱いが違うと言った感じだ。
「あはは、香椎国って凄い綺麗な場所よね。でもこれはさすがに落ち着かないわ」
輝夜奈は部屋の真ん中にあるソファーに座っているが、本当に落ち着かなさそうにしている。
それに加え部屋が広いせいか、なかなか暖まらないらしく、秋ではあるが肌寒い。
「姫様、寒くはございませんか?」
奏は心配になり、聞いてみる。
「ちょっと」
案の定、輝夜奈は肩を擦りながら答えた。
「上に羽織るものはございますか?」
「冬物はあと一ヵ月後に城から届けてもらうの、その時に秋物と変えてもらう予定だから、今はこれだけしかないわ」
輝夜奈はため息をつきながら言った。
「仕方ありませんね、すぐに街で調達して参りますので少しお待ち下さい」
奏はマントを翻し、出口に向かい歩きだしたが、マントを捕まれ、それを阻まれた。
後ろを振り替えると輝夜奈が、ぎゅっとそれを握っている。
「姫様……? お離し下さらないと、服を買いにはいけないのですが」
不思議そうな表情で輝夜奈を見る奏。しかし、輝夜奈の目は真剣だ。
「私も行くっ!連れていって」
「は……?」
奏は一瞬何の事か分からず、首を傾げる。
「私、一回買い物に行ってみたかったの、だからお願い連れていって!」
「ええぇっ?! だっだめですよ、姫様にそのような事させられません」
奏は慌てて手を横に振る。そんな事できるはずがない、と。
「だって、こうやって旅にでも出ないと、自分でこういう事できないじゃない?」
「それなら明日から街を回るのですから、その時に……」
「明日じゃ、香椎国の人が案内するんだから大人数の移動でしょう? 私は友達同士だけでどこかに行くっていうのをやってみたいのっ、近くの店でいいから、お願いっ!」
必死にお願いしてくる輝夜奈をみて、奏は彼女の願いを叶えてあげたい、と思い始めた。
「……わかりました。じゃぁ姫様が執事様たちを説得できたら連れていきましょう」
奏は自分はOKだというのを示す。すると、みるみるうちに輝夜奈の顔が明るくなる。
「やったーーっ! 奏、大好きっ!」
嬉しさのあまりに飛び跳ねる輝夜奈だったが、ドレスを着ているために上手く飛び跳ねられなかったらしく、ドレスの裾に引っ掛かり、体勢を崩した。
「……!! 姫っ!」
咄嗟に奏は、輝夜奈をふわりと腕で抱き留める。おかげで輝夜奈はこけずにすんだ。奏は、ほっと息をつく。
「ごっ、ごめん、奏。重いよね」
輝夜奈は顔をあげ、慌てて体勢を戻す。そして、またこけそうになったのが恥ずかしいのか、奏に背を向ける。
「怪我が無くてよかったです。とにかく気を付けて下さい、怪我をしてからでは遅いですから」
奏が心配そうに告げると、輝夜奈が、ばっとこちらに顔を向ける。
「もうっ! 子供扱いしないでってば、私と奏は同い年なんだからね?!」
しかし、落ち着きが違う。今までの行動を、自分で言いながら思い出し、輝夜奈は自分の言葉に説得力の無さを感じて、それ以上何も言えなくなる。
何となく恥ずかしくなり、輝夜奈の頬は朱に染まった。
*****
それはまさしく、虎と龍の戦いだった。
「…………」
王女の部屋に立ちこめる、他の者が口をだす事を許さない、張り詰めた空気。
一人の初老と一人の少女の無言の睨み合い。先に、その空気を変えたのは執事だった。
「だめだと言ったら、だめです。お聞き分け下さい」
「いやよ、どうしても行きたいの」
しかし、輝夜奈は執事の要求を拒否する。間に挟まれた奏はどうすればよいのか分からず、ただ事の成り行きを見ている。
というより、先程口を挟んだら二人に、同時でしゃべるなと言われたのだ。
「だいたい、何でだめなの? 近くの店なんだし、奏が居てくれるんだから危険なんてないじゃない」
輝夜奈が奏の肩を軽くたたく。しかし、執事は眉をひそめただけで何も言わない。
「言えないような理由なの?」
確かに、輝夜奈が言うように、あまり危険はないのだから、ここまで反対するのもおかしい話だ。
王女が色々と経験したいと勉強熱心な事は、逆に喜ぶべき事のはず。
しかし執事はどうしても、許可をださない。その理由が奏には分かっていた。
(どうしても俺と二人で行かせるのが嫌なのか)
ここまで嫌われているのかと、奏は少し傷つく。
「どうして……奏殿だけしかお供をお許しにならないのですか。せめてあと一人でもお連れになってくだされば、行ってもよろしいと言いますのに」
ぽつりと執事が声を出した。執事の言葉に、奏はやっぱりなと思う。
「……高畑。いい加減にしなさい」
いつもと違う低いトーンで輝夜奈の声が響く。明らかに怒気の含まれた声に、奏と執事は驚いた。
「あなたは小さい頃から私を見てきてくれた、だからこそ史上最年少で来た奏では頼りないって、私を心配してくれているのが分かっていたわ。……けど、奏はちゃんと竜虎族の中で戦って神守になったのよ?! 若いという理由でそこまで拒絶することはないじゃないっ!」
「しかしっ、奏殿は至らない所ばかりではないですかなっ?!」
輝夜奈の言葉で頭に血がのぼったのか、執事が言い返す。
「そう思うのは、あなたが奏の失敗する所しか見ていないからじゃないっ! 奏は今まで、なかなか認めてくれないあなたに認めてもらえるよう、色々頑張っていたのに、あなたは気付いていなかったの?!」
「……!!?」
この言葉には、執事だけでなく、奏も驚いた。
(姫様……気付いていたのか)
「奏は……いつも、いつもあなたの事を気に掛けて、あなたに認めてもらいたくて、一生懸命なのにっ! どうして、そうやって何かをする前に否定するのっ?! どうしてちゃんと見てあげないのっ?! ……嫌うのは……その人を、しっかり……見てからに……してよっ!」
後半の方はもう泣きながらいう輝夜奈を見て、執事はさらに驚く。
「どうして、そこまで奏殿をかばわれるので……?」
泣きじゃくる輝夜奈の背中を優しく奏が撫でる。
「ひっく、だっ……だって……奏は……っ、私の……大切な友達……だからっ!」
「姫様っ……!」
輝夜奈の言葉で、奏の心に温かいものが生まれ、何とも言えない幸福感に包まれていく。
「だから……っ、ひっく、私の……大好きな高畑が……そうやって……冷たい態度をとるのを……見るのは嫌なのっ!」
「王女様っ!」
続く輝夜奈の言葉に、今度は執事が驚きの声を上げる。そして、しばらく部屋には、輝夜奈の泣き声だけが響いていた。
「はぁ……情けないですなぁ……」
ため息とともに執事は二人に背を向ける。肩をぐったりと落とし、ひどく疲れたかのようだ。
「この年になって、まだ幼い王女様に大切な事に気付かされ、挙げ句の果てには王女様を泣かせてしまうとは」
「高畑」
いつのまにか輝夜奈の涙も引いている。くるり、とこちらに向き直った執事の表情は優しい。
「奏殿、今までのあなたへのご無礼、申し訳ない。少々大人気なかったですな、私も。……では、奏殿、王女様の事をよろしく頼みますぞ」
「高畑……っ! じゃぁっ、行っていいのね?!」
輝夜奈の顔に、また笑顔の花が咲く。
「はい。王女様には負けました。……ちゃんと夕食の時間までにはお帰り下さいよ」
執事が認めてくれたのが嬉しくて、輝夜奈は奏の手を取り喜ぶ。
さっきまで泣いていたのが嘘のようだ。しかし、奏も執事が先程かけてくれた言葉が嬉しくて、一緒に笑顔になる。
「ただーーしっ!」
けれども執事が二人の楽しそうな空気を突き破り、覇気のある声を出す。
「今、奏殿だけがお供についていくことを認めるのは、私が疲れていて王女様についていけないので、代わりに行って頂くだけですから、勘違いしませんように。私はまだ奏殿を認めている訳ではありませんぞ。これからじっくりあなたの行動を拝見させて頂く事にしますので、お覚悟を」
執事の浮かべる笑顔に奏は唖然とする。それだけを言うと、執事は部屋を出ていった。
「くすっ、高畑らしいかも」
輝夜奈は何だか楽しそうに笑いだす。
「そ、そうですね……」
苦笑いを隠せない奏は、これからの苦労を考える。
(じっくり拝見って……前より監視の目がきつくなるって事か……!?)
少しは態度が緩和されるのかもしれないが、事態は悪化したのかもしれないと、今、奏は気が付いた。
奏の受難の日々はまだまだ続く。
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